第三話 出会い。
その日。私は一人で帰ることになった。
弟は五時間授業で、クラブも委員会もなかったから、さっさと帰って、お花見シーズンの過ぎた、夜桜公園で遊んでいた。
無邪気に夜桜公園で遊ぶ余裕もない。ときどき、六年女子が主催する女子会に参加することはあるけど、それ以外は、散歩でしか来たことがなかった。
私は、通学路である、土手を歩いている。
今日の気温は、初夏に近い。最高気温が二十五度。長袖でいるのもキツイほどだ。
だから今日の私は、半袖だ。水色の布地にところどころクリーム色のラインがあるお気に入りのシャツ。
通学路に咲き誇れていた桜は、もう既に散っているし、道端のカップルも、春の格好をしている人はいなかった。シャツにショートパンツの人が殆ど。
左を見ると、川がある。
太陽に反射してキラキラと光る水面。
私よりも小さな男の子達が、靴と靴下を脱いで、川の中に入っている。魚を捕まえているようだ。
他にも、小石を投げている子供もいる。そして、その様子を座って眺めている子。……よく見ると、その中に女の子も混じっている。麦わら帽子をかぶった、白いワンピースの可愛い女の子だ。紅一点、というものだろうか。
私は、その子達を見ながら呟いた。
「……いいなぁ。そんな無邪気で」
私は、その子達が羨ましく感じる。
川の中に入って魚を捕まえようとする男の子達も、小石を投げている子も、それを眺めている子も。
今をめいっぱい楽しんでいる。そんな感じ。心の底から、「僕達は友達だ」と思っているみたいだ。
しかも、女の子の方を見ては微笑んでいる。……好き、なのだろうか。
こういう甘酸っぱい青春が、私には経験できない。なんて、大人っぽく言ってみたりして。
馬鹿みたいだ。私は。
そんなこと、関係ないか。
そう思って、眺めていた光景から目を逸らし、前を向いて、歩き出した。
だけど、目の前に、誰かがいた。
その人にぶつかり、私は倒れた。
「う、うわわっっ!!」
思いっきり尻もちをつく。
「……ったぁ……」
お尻を押さえて、立ち上がる。
「……あ、ご、ごめんなさい!」
そして、全力で謝罪。
その人がこっちを見るのが、いやってほど分かる。
男か女かすら分からない。
「い、いいって。……と、とりあえず、顔上げて。……ね?」
「え……?」
「気をつけてください」と怒られるのかと思いきや、降り注いだ言葉は、優しいものだった。
顔を上げる。
目の前にいたのは、男の子、だった。
しかも、かなりのイケメン。
少し茶髪がかった、ちょっと癖のある髪の毛。
切れ長の二重の目に、小さい鼻。小さい唇。しかも小顔。
しかも、スラリ、とした長い足。……だけれど、私と殆ど身長が変わらない。
そして、スーツを着込んでいる……。
え、ちょっと待って。何でスーツ?
って、何、私、見とれちゃったんだろう!?
初対面なのに。
「……ご、ごめんなさい! あ、あの、本当にごめんなさ……!」
「あ、謝んなくていいって」
男の子は、ちょっと苦笑いして、「前見てなかった僕が悪いから」と言った。
「……で、でも」
ぶつかってしまうことには、迷惑極まりない。
「……で、では……」
私は、思いっきり走り出す。
恥ずかしい! カッコ悪い!
「待って!」
すると、誰かに手を掴まれた。
「ひゃっ」と、小さな悲鳴を上げる。
振り向くと、あの男の子だった。
恥ずかしいやら、早く逃げ出したいやらで、顔が赤くなる。
すると、その男の子は、私の手を掴んでいた方ではない、反対の手を見せて、言った。
「これ、落としたの、君だよね?」
すると、その手の中に、ハンカチがあった。
名前を書き込むところに、「真城遥乃」と書いてある。
「あっ、は、はいっ!」
びっくりして、思わずむしり取るような格好になってしまう。
「……ほ、本当にごめんなさい! 迷惑をかけてしまって! し、失礼します!」
名前も知らない男の子に、二度も話しかけられて、私は消え去りたい思いでいっぱいだった。
「あ、ちょっと」
その男の子が何か尋ねる前に、私は走り出した。
あぁ、今日はなんて最悪な日なんだろう。
みくさんに対して妬いたり、男の子とぶつかって、しかもハンカチを落としてしまうなんて。
ドジで嫌な子だ。私は。
結局、私は、その男の子との出会いを、そんな形で終わらせてしまったのだった。