第二十九話 そばにいてくれてありがとう。
「…………」
私はささっと葵さんから目を逸らす。けれども葵さんは、サッと私の方に寄ってきて。
そして。
「あ~。コンビニにいたイケメンじゃない! 何でここにいるの~超偶然!」
晴樹君にボディタッチをしながら、私をちらりと見やる葵さん。よく見れば瞳は青色だ。……まさか、カラコン!?
どう見ても小学生、中学生ぐらいの見た目なのに、カラコン使っても、良いの!? なんてびっくりしていると。
「晴樹君、私達と一緒にお祭り回らない? 一緒にアイス食べようよ~」
な、なっ、何だと!?
私の心に致命傷が。
確かに、葵さんの方が何倍も可愛いけど。葵さんの方が何倍も私より綺麗だし、私なんか葵さんの何分の一ぐらい、もさいし……。
でも、私だよ!? 誘ってもらったのは。
だから……。
「ごめん、僕、遥乃さんと約束したから」
晴樹君は、触ろうとする葵さんの手をやんわりと払って言う。
どくっ、と胸が高鳴った。
しかも、晴樹君の顔がちょっとだけ赤くなったのも。
気のせい……なのかな?
葵さんは、私を見て、ちっと舌打ちする。
そして、くるっと後ろを向いて、「さっ、行こう、エリ達」と先ほどまでそばにいた女の子達に呼びかけた。
「えーあのイケメンはー?」
「ブスにかまってあげてるって」
葵さんがあらぬことを言い、皆がキャハハハと笑った。
うっ、だから、何回も言われていることだけど、胸が痛いよ……。
「じゃ、どこ行く最初」
「そんなのお祭りだよってアップでしょ」
アップって一体何だと思ったが、彼女達がいそいそとスマホを取り出したので、「ネットにアップする」ことなのだとやっと分かった。
私が一息ついていると、晴樹君がふいに私の肩に触れた。
「ん?」
私が振り向くと、晴樹君は顔を赤くして、「その……」と蚊の鳴くような声を漏らす。
「……ごめん、守れなくって」
「う、うぇえぇえっ? いいよ、いいよ晴樹君」
分かったからその赤い顔を今すぐ平常運転に戻して! こっちの方が恥ずかしいから!
「僕、遥乃さんを守ろうと思ったのに、全然出来なくて。しかも相手は、万引きのときに会ったあの派手女でしょ。一目で分かった」
派手女……って。
私はプッと噴き出して、晴樹君もたまらず笑いだす。橋の上で、二人だけの密かな幸せを作れたことが、私の密かな思い出となっている。
◆◇
「あ、晴樹君、次は投稿花火らしいよ」
「投稿花火……て、そのまんまじゃん」
私達がお祭りを回って、一時間ぐらいが経った。
辺りはすっかり暗くなってて、カップルの割合も急増した。しかもさっき、仲良く話している衣織ちゃんと藤沢を見かけた。そしてその僅か数メートル後に、美玖さんがかき氷を食べながらふふっと笑っているのが見えた。
何だ、あの二人も、カップルになるのかな。
「投稿花火、今年はどんなんだろうな」
「さぁねぇ」
「投稿花火」は毎年行われる東麻呂夏祭り最後の催しイベント。前日までに東麻呂市に住んでいる人から、作品を貰って、それを花火師がアレンジして打ち上げるらしい。
去年はそれで告白して、見事カップル成立した人もいるらしい。
投稿花火の始まりを告げる放送がスピーカーから流れ、会場にいる人達が一斉に空を見上げた。
どんっという音がして、私の心臓に響いてくる。
うーん、花火って心臓に来るんだよなー。小さい頃、まだ私と悠矢が家族じゃなかった頃、私の家族と悠矢の家族とで花火大会行ったなぁ。あのときは花火の音が心臓に響くのが怖すぎて、耳を塞いで花火の綺麗な色だけ見ていたっけ。
懐かしいなぁ。あの日のことを思い出すと、今にも泣きたい気持ちに駆られる。
「遥乃さんは、何か投稿したの?」
「してないよ。伝えることは、何もないし」
それに、伝えたいことは、もう伝えちゃったし……。
私はギュッと口を結ぶ。
そう、晴樹君に告白した私。晴樹君に告白したはずなのに、晴樹君は、そのことについて、先ほどまで一言も触れなかった。
……もしかして、聞こえてなかった?
そう勘違いさせてしまうには充分だった。
「僕は、投稿したんだよ」
「へぇ」
一体、どんなのを投稿したの? 晴樹君は。
綺麗な花かな? 星とか。それかもしくは文字?
うーん、どれだろうな。
私が一しきり悩みながら空を見上げていると。
そばにいてくれてありがとう
どどんっという音がして、花火が打ち上げられた。
あぁ、誰かが告白したんだな、と思った瞬間。
「これ、僕の花火だよ」
隣にいた晴樹君が、ふいにそんな言葉を口にする。
ショックだった。
晴樹君は、やっぱり私のことを好きなんかじゃない。
晴樹君の隣にいてくれた人は、他にも沢山いる。
私じゃ、ない。私じゃないんだ、晴樹君の好きな人は。
分かり切っていたことなのに、ショックを受けてしまう。
「遥乃さん」
分かってるよ。
ごめんなさい、でしょ。
付き合えないから。晴樹君には好きな人がいる。
だから、なんでしょ……?
私は、恐る恐る、晴樹君の顔を見る。
晴樹君は顔を赤く染めながら、言った。
「好きです、遥乃さん。そばにいてくれてありがとう」
最終回です。
ここで終わる形です。
更新停止状態でしたが、やっと更新して完結させることが出来ました。
ここまで見てくださった方々、本当にありがとうございました。
また期待しないで見てくださいね。