第二十四話 告白の返事。
…………。
好き……?
え?
一瞬、何が起きたか分からなかった。
でも。
悠矢の瞳には、今までにないくらいの優しさが、広がっている。
それは、本気なのかどうか、分からなかった。
だって、優しげな表情なんだもん。……本気で責め寄ってますって感じがしなかった。もしかして、どこかで、ドッキリでも仕掛けているんじゃないかって思ったけど、全然違う。
真城家の至る所に、カメラが設置されているわけないからだ。
「……ちょっと待って、悠矢、好きっていうのは、「いっつも頑張る姉ちゃんが好き」ってことでしょ? ……って、まぁ、私、頑張ってないけどさ……」
「違う。本当に、遥乃が、好きなんだ」
…………。
何でこういうときだけ、姉ちゃんって呼ばないで、名前で呼ぶんだろう。
意識しちゃうじゃん。真面目に「ありがとう」を伝えるだけなら、「姉ちゃん」でも充分なのに。
……でも、それをしないってことは……。
自意識過剰を承知するけど、悠矢は、まさか……。
「……いやいや、んなわけないでしょ? まさか悠矢が私のことを好きって、そんなわけないよね?」
思っていたことがぽろっと口に出てしまうとは、こういうことか。私も、今しがた、ぽろっとこぼしてしまった。
だが、悠矢は、微笑みながら、首を横に振る。
「え、冗談だよね? ドッキリ企画なんだよね?」
またしても、首を横に振る。
「……あぁ、はい、はい……」
こうは言ってみたものの、正直全くもって分からない。
弟が、姉に……? いやいや、漫画でも見たことないし、まずそもそも、身近ですら聞いたことがない。つまり、今私を取り巻くこの環境は、随分とレアなケースなのだろう(そもそも聞ける友達すら少なかった)。
……そう考えれば、思い当たる節が、少しだけど、あった。
夜桜公園で、悠矢の好きな人を聞いていた時だった。
『……その人、俺がその人のことを好きだって、絶対に思わないような人なんだ。……優しくて大人しくて、でもいざって時は俺を守ってくれるような、そんな人なんだ』
別に、たいして私は優しいわけではない。大人しい、はまぁ正解なんだけど。……悠矢をいざって時には守る……うん、確かに、それは私と同じかもしれない。っていうか私なんだけどね。……はぁ。
『……でもその人、俺のこと、欠片さえ意識なんてしてなくて、本当に、絶対に、俺が自分のこと意識してるなんて、絶対思わない、夢にも思わない人なんだ』
……。うん、まぁ、合ってた。正解だ。あの時、私は「守ってる時点で意識してるよ」なんて言ってしまったんだ。……今そう考えれば、何て無知な発言だったんだろう。
「……姉ちゃん、夜桜公園で、言ってたじゃん。……その人に告白した方が良いって」
うん。言った。言ったよ。でも、それは好きな人を知らなかったからであって、それで……って、何か言い訳がましいな。
でも、私って最初に知ってたら、絶対に応援しなかった。うん。それだけは頷けるよ。
「だから、今、告白した。『好きな人』に」
うん、そうなんだよ、そうなんだけどね。
でも、私だったなんて、知らなかったんだ。……だから、私は、何も答えることが出来ないんだよ。
家でも学校でも地味だし、気が弱い。たまに調子乗ると冷たい目で見られるし。……情けない女子なんだよ。……悠矢は、何でこんな私を好きになってくれたんだろう。
「悠矢は、何で、私のこと、好きなの?」
思わず、そう尋ねてしまった。
私は慌てて口を押さえる。思ったことがまたぽろっと口に出てしまった。悠矢が驚きの表情をした後、頬笑みながら言った。
「……俺のこと、いっつも一生懸命考えてくれたから。……他の女子は、「暴力振るうから嫌い」って、相手にすらしてくれない。……そんな俺を、……まぁ、弟なんだから、当然って感じもするけど、……でも、俺を思って親身に聞いてくれる遥乃が、いつの間にか、好きになってたんだ」
「…………」
告白されるって、こんな感じなんだ。……ちょっと不思議だった。
もっと嬉しいことなのかと思ってた。地味子を好きになってくれるだなんて、嬉しい事以外の何物でもないって、思ってしまった。
でも、違う。
何だろう、好きな人じゃない人から告白されたら、戸惑ってしまうんだ。
この人は、私を好きだって言ってくれている。でも、その人のこと、好きじゃないんだ。……こういうときって、本当に、どうしたらいいか全然分からないんだ。
「悠矢……」
「何?」
私が呟いた一言に、悠矢は、今までからは想像もつかない、優しい響きで言った。
「私もね、悠矢のことは、大切に思っている……それは頷けるよ」
悠矢は、私のその言葉で、顔をぱぁっと明るくさせた。
「それじゃあ……」
私は、その期待を裏切るのが、少しだけ、少しだけ、怖かった。悠矢は、こんなに熱心に想いを伝えてくれた。
私の好きな人を、知らないから。
晴樹君だって知ったら、きっと、私に対して、冷たくなるから。
この前と、元通りになってしまうから。
私は、恐る恐る首を振った。
悠矢は、「えっ」と独り言のように呟いた。
「なっ、何で……」
「……ごめんね。……私、好きな人が……」
その言葉で、全てを察したのか、悠矢は、顔を伏せた。
私は、悠矢が好きではない。……大切に想っているけど、好きな人は、晴樹君なんだよ。
……その言葉が、口からどうしても出ない。さっきは思っていたことが口から出てしまったのに、今は言おうとしても全然言葉が出ない。
「でもっ、悠矢が私を好きだって言ってくれてっ、すっごい嬉しかったんだよ? ホント、ありがとう!」
そんな言葉を投げかけても、悠矢は口を閉ざしたまんま、顔を伏せている。
「でも……、私、好きな人がいるの。……だから、ごめんなさい!」
私は、頭を下げた。
もしこれが姉弟じゃなかったら、青春の一ページとして流せただろう。
でもこれは、これからの姉弟関係をどうするか、という問題にもなる。これからずっとすれ違いのまんまだったら、私は耐えられなくなる。悠矢はどうだろう。
「……いいよ、そんなの。最初っから、分かってたし。……この恋が叶わないってことぐらい」
悠矢がやっと放った言葉は、重く、暗い声だった。
「分かってたよ。……だって、好きってこと、全然知らなかったんでしょ? ……まぁ常識的に考えたら、頭おかしいって思われること間違いないし」
「そんなことっ……」
思ってない。そう言おうとしたけど、悠矢のことを考えると、確かに、そんな感じがしてしまう。
「……ごめんね」
私が呟くと、悠矢はハッとしたような顔をしながら、「うん」と頷いた。
「姉ちゃんは、後悔しないように、頑張ってね?」
その声に、私は思わず顔を上げた。
そこには、いつものぶっきらぼうな顔があった。




