第二十一話 平野君の家へ。
「え?」
誰?
私は、訳が分からなかった。
偶然、偶然にも、こんな状況で救いが訪れるなんて、思いもしなかった。
私は振り返る。
そこにいたのは。
平野晴樹君だった。
◇◆
奇跡としか、言いようがない。
偶然が入り混じって、奇跡が起きたような。
そんな感じだ。
「遥乃さんは、本当に、万引きしたの?」
「は? マジで万引きしたって言ってんじゃん!」
葵さんが私を指差した。
「万引きしたの? コンビニを出ていないのにそうやって決めつけるの?」
冷静な平野君。葵さんは、痛いところを突かれてしまったらしい。一瞬黙ってしまった。
「それは、入口に立ってるからじゃない! 立ち去ろうとしたも同然よ! こいつ万引きしたんだから、守んなくても別に良いじゃない!」
葵さんは、自動ドアを指差す。平野君は、少しだけ笑った。
「お金足りなかっただけかも知れないじゃん?」
「な、何なのよ、初対面の人に向かって、その態度は!?」
葵さんは、今度は怒りの矛先を平野君に向けた。
「初対面の人に向かって? あぁ、君にはそう思えるのかもしれないね」
「は? どういう意味よ!?」
言ってから、平野君は「おっと、マズイマズイ」と口を塞いだ。
「いえ、何でもないですよ。……でも」
平野君は、ビシッと音がするくらい、葵さんを指差した。
「遥乃さんのこと、何にも見てないで、そんなことを言って、こんな風に、遥乃さんに恥をかかせることは、どう思うの?」
嬉しかった。
平野君が、こんな私を守ってくれたなんて。こんなに優しい男子は、初めて見た。
嬉しくなって、ついつい、涙が出てきてしまう。
もっと、平野君のことを好きになってしまった気がする。
「っ……」
行き詰ったのか、葵さんは、平野君を突き飛ばして、コンビニを出て行ってしまった。
「あらら、行っちゃったね」
平野君は、苦笑して、私の持ってるパンに手を伸ばした。
その間、お客さんはひそひそと話していた。
「もしかして、お金、足りなかった?」
咄嗟に、平野君が言ってくれた。
でも、違う。足りなかったんじゃない。
「違う……」
私がボソッと言うと、平野君も、何かを感じ取ってくれたみたいだ。
「あぁ、分かった。お金が、足りなかったんだね? あげるよ、買ってきな」
平野君は、ポケットから、百五十円を差し出してくれた。
「えっ、良いの?」
「うん。全然平気。……ってか、それ、偶然、ちょうど食べたい気分だったし。僕が買うのと変わらないよ? 何なら僕が買ってこようか?」
平野君は、とても気遣ってくれる。
優しい。ただ単に、そう思った。こんな風に、私に優しくしてくれる男子なんて、今まで一人もいなかったから。
平野君は、私の中で、どんどん特別な存在になっていく。
「良いよ。私が買う」
「そう? それなら良いけど」
私は、平野君のお金を持って、レジへと向かった。
万引きじゃないと分かった店員さんは、商品のバーコードを読み取った。
◇◆
パンの入った袋を平野君に渡すと、平野君は、「ありがとう」と言って、そのまま袋を持った。
「え、あの、持ってって意味じゃなくて、食べてって意味だったんだけど……」
「あぁ、良いよ良いよそんなの、気にしなくて」
平野君は、手を横に振った。
「さっきは、助けてくれて、本当にありがとう」
私は、丁寧にお辞儀した。
「いやいや、当然のことをしたまでだよ。……困ってる人がいたら助けるって、教わったからさ」
にっこり笑う平野君。
その笑顔が、また綺麗だ。
「ホント、何かお礼をしたいくらいだよ。お礼なら何でもするよ」
悠矢の顔が、一瞬、頭に浮かんだ。
思いつめたような、あの顔が。
そう言えば悠矢、あの後から何してるんだろ。
「ねぇ」
「ん?」
平野君が、口を開いた。
「お礼にと言っちゃあ何だけど、これから、僕の家、来てくれる?」
……。
え……?
平野君の、家?
「はっ、嘘、え、何で!?」
「ちょっと話したいことがあるんだよね」
平野君は、さも当然かのように言った。
でも流石に、僕の家に来て……って、これは、友達としてなのか、お礼としてなのか、分かんないんだけど……。
「でも、家に悠矢が……」
「悠矢君? 悠矢君に電話したら良いんじゃないかな。「今から友達の家に遊びに行きます」って。……あまり悠矢君呼びたくないんだよね。悠矢君抜きで話したいことだから」
悠矢抜きで話したいこと?
何だろう。まさか、悠矢の悪口?
ひえぇぇ……とのけぞる。そんな雰囲気がしなかったからこそ、ショックと言うか……。
「あぁ、別に悠矢君の悪口とかじゃないから、大丈夫だよ」
良かった。
でも、だったら……。
「悠矢抜きで話したい話って、何?」
「それは、後でのお楽しみ」
平野君は、クスッと笑って、家の方向へと歩いて行った。