第一話 弟。
私は、家に帰った。
「真城」と書かれた表札は、もう見慣れてしまっていて、最初にこの家に来た時の違和感は感じなかった。
「……ただいま」
「お帰りなさい」
私は、玄関のドアを開ける。途端に、どうしようもない窮屈さに襲われる。
私と、血の繋がっていない……義理の弟である、真城悠矢が、熱中していたであろう携帯ゲームから微笑みながら私を迎えてくれた。
そして、またゲームに視線を落とす。
そこに優しさは感じられない。
「……なんか、ご飯ある?」
「母さんが作り置きしたカレーならあるよ」
ゲーム画面から視線を外さず、悠矢は人差し指を台所に向けた。
「……へぇ、じゃあ、温めて食べよっか」
私は冷蔵庫から皿を二皿取り出し、炊飯器からご飯を取り出し、鍋に沢山入っているカレーをその上に盛った。
弟の分も、盛ってあげなきゃいけないのだ。弟ももう小三なのに。
「……っていうか、もう、小学三年生でしょ? 小学三年生! 少しは私を手伝ってよね!?」
私は、ゲームをしている悠矢に注意する。
すると、悠矢は舌打ちをして、言った。
「……姉だからって、調子乗んなよ」
あまりの乱暴さに、私は一瞬ためらったが、いつものことだ、と諦めた。
悠矢は、いっつもそうだった。
私が真城家に引っ越してくる前……。それこそ、私と両親が楽しく暮らしていたときは、悠矢君は素直で明るい、普通の子だったのだという。
だが、私の両親が交通事故に遭って、母親の弟夫婦、「真城」家に引っ越してきたのだ。
その頃から、悠矢の態度は豹変してしまったらしい。
学校でも家でも、ぶっきらぼうで、乱暴で、暴力的なのだという。弟夫婦さん達は決して私に悪口を言わない。だけど、困っていることは明らかだった。
「……はいはい。姉だからって調子乗ったら、あんたに殴られちゃうもんね」
意地悪く言って、私はカレーを電子レンジに入れた。
悠矢は、携帯ゲームに熱中しているのか、それ以上反論はしてこなかった。
弟の分と私の分が出来上がり、私は悠矢と向き合う形で、ご飯を食べていた。
ふと、プリント類が目に入る。
悠矢の学年便りを見る。
社会科見学があるらしい。
日にちは明後日。
「あーっ、あんたこれ、お義母さんに言った? 準備できないかもしれないじゃない?」
「うるせぇよ、調子乗っておせっかいかくんじゃねぇ。そうやってペースに乗せられると思うなよ」
やっぱり、何でこんな性格が悪くなってしまうんだろう。
両親が死ぬ前に、一回悠矢君と遊んだことがあった。
その時は、とっても素直で、「遥乃お姉ちゃん、おもちゃで遊ぼう」なんて言ってたのに。
もしかして、私という他人が、同じ家で同居するようになってしまったから、かもしれない。
そうだったら、私のせいだ。
「悠矢」
「何だよ」
麦茶をごくっと飲んで、悠矢に話しかける。
「なんか、相談したいことがあったら、いつでも相談していいからね。……絶対、悠矢の味方になってあげるから!」
「は、はぁ……?」
呆れたような表情をされた。まぁ、そりゃあそうだろう。
いきなりこんなことを言われたら、優しい子でもこんな顔をするだろう。
「馬鹿みてぇ。相談なんて、あっても姉気取ってる馬鹿になんか相談しないし」
いつまでたっても、無愛想だ。そして、どこまでも冷徹だ。
だけど、耳が少し赤くなっているのは気のせいだろうか。
気のせいじゃなければいいな。