第十六話 再会と恋バナ。
悠矢とアイスを買いに行った日の、夜。
風が窓から注ぎ込んできて、気持ち良い。今日はクーラーも扇風機もいらないかもしれない。
自分の部屋は、悠矢と二人で使う決まりなので、隣には当然悠矢のベッド。悠矢のタオルケットは青色だ。
「おやすみなさい」
私は部屋の電気を消して、布団に入った。
そして、悠矢が何かを呟いていたが、寝言だろう、きっと。
大好きって言ってたけど、誰のことなんだろうな。
好きな人、出来たのかな。
なんて思いながら、私は眠りについた。
次の日、事件が起きるなんて、知る由もなかったから。
◇◆
翌日。
太陽が見え隠れする、曇りの中、私は衣織ちゃんと美玖さんと一緒に、夏休み学校プールに向かっていた。
結構皆から「やっぱり」と言われることが多いのだが、私は心底水泳が苦手だ。主に、出来ないことが苦手とする原因だ。
「にしても遥乃ちゃん、まさかクロールしか出来ないだなんて、驚きだよ」
「そんな驚かないでよ、衣織ちゃん……」
「大丈夫よ。私だって出来ないから」
「うわぁ、美玖さん、天使……」
そんな会話をしながら歩いていると、急に衣織ちゃんが、ポンポン、と肩を叩いてきた。
「ねぇ、あれ、晴樹君じゃないかな?」
衣織ちゃんの声が少しだけ高くなっている。これが恋する女の子ってやつ、なのだろうか。
私も少し恋なんてものをしてみたいけどな。
両想いとか、そんなんじゃなくて、叶わなくたって良いから、いつか、恋をしてみたいな。
藤沢は衣織ちゃんが好きで、それに、あまり好きになれないんだよね。
悠矢……は、有り得ないよね。一瞬でも浮かんだ私は何ていう頭をしてるんだろうか。
平野君……。
いやいや。
何で平野君が思いつくの?
平野君は、私を助けてくれて……。
でも、それは正義だからって、助けたことだよね?
本当は、私を助けたいがためにしたいんじゃないんだと、感じている。
悠矢と会って以来、何もなかったから、少しだけ、会うのが怖かったんだ。
でも。
「おーい、晴樹君!」
「うわっ、衣織ちゃん!?」
恋心なのか、衣織ちゃんはにっこり笑って、晴樹君の方へ向っていった。
その行動に私はびっくりして、思わず声を出してしまった。
「あ、東さん。こんにちは。それに、松宮さんに、真城さんも」
「あ、よく覚えてくれてたんだね。……そりゃあモテるわけだ」
途端に可愛い子オーラを全力で出す美玖さん。あざといけど、メチャクチャ可愛いから、文句を言う気にもなれない。
「真城さん、友達出来たんだね」
「え? う、うん。まぁ、ね。こんな優しい友達が二人も出来て……、私、とっても嬉しい」
ちらっと二人の方に目をやる。二人ともニコニコ笑っている。
「全然優しくなんかないよ私は。でも、嬉しいなんて言ってくれて、ありがとう」
衣織ちゃんが、私を見てにっこり笑った。
「……!」
私は、嬉しくなって、目を見開いた。
「あははっ。……じゃあね」
平野君は歩き出した。
「じゃあね」
私達は、三人で手を振った。
「あ~。晴樹君、超カッコよかったね」
「爽やかイケメンって感じ、私、好きなんだよね」
二人は、恋バナで盛り上がっている。
「……にしても遥乃は、何であんなイケメンに惚れないの? 恋したって言うなら、三人全員ライバルで親友って、絶対面白いなって思うんだけど」
突如、美玖さんが言った。
「え、でも、二人とも、好きなんだから、私が好きになる資格なんて」
衣織ちゃんは、私の言葉に目を丸くした。
「好きになる資格なんて、誰にでもあるでしょ。……ない方がおかしいって」
そして、更に言う。
「たとえ叶わなくっても、好きになる権利は誰にでもあるんだよ?」
「……」
名言だ、これは。衣織ちゃん、すっごく可愛くて優しくて、こんな心に響く言葉を言ってくれるなんて。
何て良い人なんだろう。
「だから、恋しなよ?」
そう言ってにっこり微笑みかける衣織ちゃんも、流石衣織ちゃん。
「あ、ねぇ、今度私の家に集まって恋バナしない?」
すると美玖さんは、人差し指を立てて言った。
清潔感のある手だなぁ、と思う。
「いいね、みくちゃん。じゃあ、みくちゃんと私のマンションのエントランスに集合ね?」
衣織ちゃんが、ワクワクしている様子で、美玖さんに尋ねる。
ちょっと待って。……話がどんどん先に進んでいるような……。
でも、恋バナ、楽しそうだから、良いかな……。
初恋すら未経験だけど、それでも人の好きな人の話を聞いてはしゃぐのも、良いなって思ってたりもするから。
「あ、遥乃も行く?」
「うん」
私は頷いた。
不思議だ、本当に。
美玖さんは私を嫌って、率先して私をいじめていたというのに。
それなのに、こんなに仲良くなれるだなんて。
人間って、本当に不思議なもんだ。
◇◆
恋バナ当日。
衣織ちゃんと美玖さんが住んでるマンションに、私は向かった。
「ついた」
美玖さんと衣織ちゃんのマンションは、平凡って感じだった。
三階建てのマンション。エレベーターはついていなかったけど、向こうに見える駐車場は広々としているし、駐車場とマンションを繋ぐ通路には、鬼ごっこをしている小さな男の子や女の子がいた。
ベランダには、日を避けるためのカーテンが設置されているところもあるし、花瓶が植えられているところもある。一回には花壇もある。
妙に懐かしいなっていう感じだった。
私は内側に開くガラス張りのドアを開けて、中に入る。
まず入ってから正面に見えるのは、郵便受け。エントランスにはちょっとしたソファが設置されていて、観葉植物も置いてある。
そして、ソファに、美玖さんと衣織ちゃんが座っている。
「あ、遥乃」
「美玖さん、衣織ちゃん!」
私達の姿を見付けた二人は、ソファから立ち上がって、私の方へ向かった。
「じゃあ、行こっか」
「「うん!」」
私と衣織ちゃんは、ほぼ同時に頷いた。
「そういえば、美玖さんの家って何階?」
「んー、三階だよ」
私と衣織ちゃんと美玖さんは、三階に上がっていった。