番外編 初恋 悠矢
「ねぇ悠矢」
「ん? 何遥乃姉ちゃん」
久しぶりに、思い出した。
遥乃。……俺の姉ちゃんが、まだ幸せだった頃の話。
今となっては真城遥乃になってるけど、前までは、如月遥乃だった。
その時の話だ。
俺と遥乃の関係は、……まぁ、従兄弟みたいなものだった。
二人とも一人っ子だったためか、会う時はまるで本当の姉弟みたいに接していた。
俺はその頃、遥乃を本当に心から慕っていて、お父さんやお母さんから「悠矢と遥乃ちゃんは、本当の姉弟みたいね」と言われるたびに、嬉しくなっていた。
だけど、一緒に住むようになってから、俺の気持ちは、一変してしまったんだ。
一緒に住んだら、もっと楽しくなるって、思ってたのに。
遥乃は、ずっと黙っていたままで、昔のような、無邪気な笑顔を浮かべることなんてなかった。
昔は、何で遥乃は笑ってないんだろうってずっと思ってたけど、今となっては分かる。両親が死ぬまでは、俺の家に住むことなんて考えてもいなかっただろうから、平気に振る舞っていただろう。でも、両親が死んで、こっちに来ることになったら、途端に意識してしまったんだろうな。
両親が死んで、ちゃんとしなくちゃって、大人っぽくなったからかもしれないけど。
あれ以来、遥乃は、俺に作り笑顔しか向けなくなってしまったんだ。
学校でも、ずっと孤立していたらしい。
それにも相当応えていたのか、遥乃は、ふとした瞬間、寂しげな表情をするようになったのだ。
それを見て、俺は、思ったんだ。
絶対、遥乃を笑顔にしてみせるって。
作り笑顔なんかじゃない。本当の笑顔にしてやるって。
だけど、口から出る言葉は、全部、俺の気持ちとは正反対で。
姉気取ってんじゃねぇよって。……ホント、酷い言葉だよ。遥乃はせっかく俺に優しくしてるのに、その好意さえ踏みにじったんだ、俺は。
「無理すんなよ」って言いたかったのに、口から出る言葉は、照れくささを隠した、思っていることと正反対のことばかり。
そう思ってたある日のことだった。
平野晴樹が現れたのは。
全校の前で宣言されたときに、俺は思ったんだ。
こいつでも、遥乃を笑顔にすることが出来るんだって。
こうやって皆の前で宣言して、そうやって、助けようとしてるんだって。
俺の目に、晴樹はライバルに映ったんだ。
そして、思った。
こいつには、絶対負けたくねぇって。
遥乃を笑顔にしたいって気持ちは、短いだけの付き合いのお前には負けないって。
遥乃のことを好きになったって、俺はお前に遥乃を渡さないって。
そして、
俺が遥乃を好きになったと気付いたのも、まさにこのときだった。
笑顔にしたいって気持ちが、いつの間にか「好き」に変わっていたんだ。
それは、初恋だった。
弟が姉に恋するなんてのも、それだけ聞いてれば「こいつやべぇ」みたいな感じだけど。
あると思うぜ? そういうの。
辛さを間近で見てきた人間なら、
この人を笑顔にしてやりたいって、強く思う気持ち。
その人を、大切に想っているのなら、尚更だ。
◇◆
でも、それが上手くいかないっていうのもあるんだよ。
告白しようと、路地裏に連れて行った時もそうだった。
まるでアニメとか漫画とか、そっち系の話にありそうな、「あともう少しのところで邪魔が入る」ってやつ。
告白も、それで失敗して、結局、チャンスを失ってしまったんだ。
こんな偶然ってあるのかって、俺は心底びっくりしちゃったよ。
だから、告白のチャンスも逃してしまったまま、遥乃とアイスを買いに向かったんだ。
「……遥乃」
俺は、夜、布団の中に入って、呟いた。
「大好き……」
それが、姉ちゃんに聞こえてないことを願いながら。