第十四話 予感。
帰り道。
悠矢と、通学路を歩いている。
雨がやんでなかったから、まだ傘を差さなければならなかったけど、朝よりかは弱くなってきている。明日にはやんでいるだろうか。
「姉ちゃん」
ぽつり、と悠矢が口を開いた。
「ん?」
私は悠矢の顔を覗き込んだ。
悠矢は最近、この前の一件が心に残ったのか、暴力を振るわなくなっている。ぶっきらぼうなところは変わってないけど。
「姉ちゃん、好きな人いる?」
「えっ」
声が震える。特に身に覚えがなくても、この手の話題を聞くと、しかも私に向けられてると、少しだけびっくりしちゃうのだ。
「い、いないいない。どうして急にそんなこと聞くわけ」
「いや、別に……」
悠矢は、頬を赤らめている。
なんだなんだ。姉の好きな人を放送室乗っ取って全校に放送する気か。
「……本当にいないの?」
「いないってば。……どうしたの急に」
「……うぅん」
悠矢は、自分から話しかけたくせに、自分から目を逸らした。
しかも何で好きな人なんか……。
少しだけ疑問に思って、私は考えた。
そのとき、背後から声がした。
「遥乃さん!」
驚いた。
その声は、ここ最近あまり聞いていなかったからだ。
男の子の声。
藤沢でもない。……悠矢、なわけない。
だったら、この人は!
振り返る。
やっぱり、平野晴樹君……だった。
「ひ、平野君っ」
私が声を出すと、突然、悠矢の目が鋭く光った気がした。
何してるの、悠矢。
「久しぶりだね。遥乃さん。……あの全校朝会の日以来かぁ」
「だねぇ。……まだ少ししか経ってないんだけどね。色々あったんだよ?」
なんだろう。
何か、平野君と話すの、楽しい。
自分を騒ぎの中心人物にさせた張本人なのに、何でか、救われた気がして、そして。
平野君と会うのを楽しみにしていたんだ、と勝手に思ってしまったんだ。
「色々って、どんな?」
「えっとね、何か、私、ちょっと女の子から目を付けられちゃってさ。……ほら、平野君ってモテてるから」
「えぇ? 全然モテてないよ」
「ちょっと」
暗く、重たげな声がする。
何事かと思って声の主の方を向く。
「……悠矢? 声暗いよ?」
私は注意する。
「良いじゃん。わざと声暗くしてるんだから」
「はぁ?」
悠矢は、さっきよりも更に不機嫌そうな顔をして、言った。
「あ、君、もしかして、遥乃ちゃんの弟君? 名前、何て言うの?」
平野君が、悠矢の存在に気付き、声をかける。
「……悠矢」
平野君と目を合わせようともしない。
「ちょっと、悠矢。目を合わせて。失礼でしょ?」
私がもう一度注意すると、平野君は「いいよいいよ」と笑った。
「お姉ちゃん守りたいんだよね? 偉いねぇ」
平野君は、しゃがみ込んで、悠矢と同じ目線に合わせる。
「勇敢だねぇ。……でも僕、あんまり悪い人じゃないんだ。……そこだけは信じてほしいな……な~んて」
笑顔を絶やさない平野君に対し、何故か、嫌悪感をむき出しにしている悠矢。
「……悠矢!」
私は怒鳴った。
「……何だよ姉ちゃん。……こいつ、姉ちゃんに向かってって。馬鹿なんじゃねぇの?」
悠矢は、平野君の方を指差して、私に吐き捨てるように言った。
私は、悠矢をどうしようか悩んでしまった。
だから、何も言うことが出来なかったんだ。
あぁ、ここぞというところで、私、お姉ちゃん失格なんだ。
弟をちゃんと育てることすら出来ないなんて。
そう思っていると、悠矢は、平野君の方に向き直って、言った。
「姉ちゃんはな、両親が交通事故で死んで、それで俺の家に来たんだ! 強がってる姉ちゃんを狙ってくる男なんて沢山いるから、だから、姉ちゃんのこと、守ってあげたいんだよ! なのに、お前、何も姉ちゃんのこと知らないくせに、勝手に近寄るんじゃねぇ!」
流石の迫力にびっくりしたのか、平野君は目を見開いた。
「悠矢!」
私は、思いっきり、悠矢の腕を引っ張った。
「平野君に何てこと言うの!? ……あぁ、ごめんね平野君! 私、もう帰るからっ」
私は悠矢を引きずって歩いた。
もう、恥ずかしいよ。
平野君がせっかく話してくれたというのに。
悠矢ったら、あぁもう!
◇◆
だから、私は気付かなかったんだ。
私の知らない事実を知ってしまった平野君が、していたことなんて。
「悠矢君。……僕、容赦しないから」
そんなことを呟いていたなんて。
顔が真っ赤だった私には、知る由もなかった。