第九話 いじめの原因。
「ねぇ、遥乃ってマジ有り得なくない?」
「虫の死骸、衣織先輩の机の中に入れたんでしょ? マジ最低。クズじゃん」
いつの間にか、後輩までもが、そんなことを陰で言っていた。
私は、学校内で、いじめられてしまっているみたいだ。
体力調査の日、「記録をしてくれてありがとうございます。私、絶対良い記録じゃなかったですよね?」と、はにかみながら私の記録をしてくれたペアの女の子は、「マジ最低じゃん、遥乃」と私を罵る立場に回っていた。
教室に入れば、誰もが会話を止めるなんて日常茶飯事。
衣織ちゃんの周りには、いつも誰かがくっついて私から守っている。
もちろん先生にはバレていない。
皆巧妙な手口で、先生にバレないようにしているのだ。
机の引き出しの中に、画鋲が沢山詰まっているなんてこと、いつものことだし。
掃除当番でやらされるのは毎回面倒な仕事ばっかりだし。
校庭掃除をさせられると、大抵私以外は先に帰ってしまうし。
体育を終えて更衣室に入ると、私の着替えがなくなっているし。
このままだと、水泳のときは下着までなくなっているんじゃないか。
そんな気が気でならなかった。
「遥乃ちゃん」
軽やかなリズムでスキップしながらこちらに向かってくるのは、美玖さんだ。
現在、私に話しかけてくるのは、美玖さんだけだった。もちろん、悪意のある行動というのは分かっている。
「今日の掃除当番、代わってくれる? ほら、トイレ掃除なんて地獄でしょ? 特に花の乙女の私なんか入ったらすぐ汚れるじゃん? あんたみたいに」
きゃはは、と高らかに笑う美玖さん。
「……だから、代わってくれる? これも、償いのうちの一つだよ?」
私は、仕方なく頷いた。頷くしかなかった。
「じゃあね。……あと、給食の皆の分の配膳、宜しく」
そう言って、来た時と同じように、軽やかなステップを刻みながら帰っていく美玖さん。
「……はぁ」
ここに味方は誰もいない。
平野君は、もう私を助けてくれないだろう。
全校朝会で一躍有名人になった平野君は、あのあと、生活指導の先生に他校の生徒であるにも関わらず、こっぴどく叱られたからだ。
しかも、何故月曜日のあの時間に、彼はあの場所に入れたのかと言うと、ただ単に、運動会の振り返り休日だったから、なのだという。
なんだ、だったら人助けを優先するわけか。休日だからだよね。……そうだよね。平日だったら、こんな私のこと、助けてくれることなんてなかったもんね。
◇◆
結局、給食の配膳も、トイレ掃除も、私が行った。
掃除では、誰かが、バケツに入れた汚い水を、バシャッとこぼして、私の上履きが濡れてしまった。
配膳は、皆の分を先にやるように命令されて、最後の私は、給食の量を、皆より半分以上減らされた。
私の大好きな揚げパンは、四分の一にまで減らされてしまった。
いじめは、毎日のように行われていた。
言葉の暴力は日常茶飯事。
悠矢は最近、私に攻撃をしてこなくなったけれど、けれど、いじめを見かけているのに、止めてくれない。
そうだよね。いじめられている女子の弟だなんて言われているって話だもの、悠矢も原因の私に攻撃するよね、そうだよね……。
そう思いながら、私は、人気の少ない放課後の廊下を歩いていた。
綺麗に掃除された、六年生の教室前の廊下。……ここは全て私がやったんだけれど、何故か「すごい!」と自画自賛する気にもなれない。
「……はぁ。……何でこんな調子狂っちゃうんだろうな」
ため息ばっかりついていても、何も始まらないんだよな。
明日は、「おはよう」って叫んでみようかな。
そんなの、無理かもな。
そんなキャラじゃないし、勇気がないもの。
せめて、もう少し、勇気があれば───。
「遥乃ちゃんのこと、何でいじめてんの? みくちゃん」
え?
思わず、私は声の方向を振り返った。
そこは、六年二組。私のクラスだ。
「……何でって。知らない? 知ってるでしょ? 原因」
私は、少し開いている教室の扉から、中の様子を覗いてみた。
衣織ちゃんと、美玖さんだ。
二人は、目を合わせている。
衣織ちゃんは、真剣な目をしているけれど、美玖さんは余裕そうな顔で髪を人差し指に巻きつけている。
「知らないよ。遥乃ちゃんは優しい子だって前に言ったじゃん。……あの時は、ついカッとなって、最低って言っちゃったけど。……遥乃ちゃんは、あんなことしないよ」
その言葉を聞いて、私は、胸が高鳴った。
衣織ちゃんは、私のことを、信じてくれていた。
その事実が、とっても嬉しかったのだ。
「でも、自分の言ったことは変えられないじゃん? 結局、衣織は遥乃のことを最低って言ったんだよ? そのことに変わりはないじゃない」
「そうだけど……。……でも、私、もう遥乃ちゃんが最低だとは思ってないよ」
衣織ちゃんの言葉は、私の胸に深く刺さった。
嬉しかったのだ。ただ純粋に。
「は? ちょっと衣織。今更何言ってんの? 遥乃は、あんたの机の中に虫入れたんだよ? そんな最低な奴を、まだ友達として扱っていきたいの?」
「そうじゃないよ。私、段々分かってきたんだ。
……いっつも遥乃ちゃんに話しかけるのはみくちゃんだけだし、給食の配膳も、毎日遥乃ちゃんが全部やってるし、トイレ掃除をしているのは、遥乃ちゃんだけだし。……誰も話しかけないんだよ? 遥乃ちゃんに。これっておかしくない?」
「っ……」
美玖さんが言葉に詰まっているのが、目に見えた。
「何でこんなひどいことするの?」
衣織ちゃんは、なおも美玖さんに迫っている。
随分と間が空いた。
やがて、美玖さんは、観念した、という風に、言った。
「……衣織も覚えてるでしょ? 平野晴樹が私達の学校に来たこと」
美玖さんは、にやり、と笑った。
「え、そりゃあ覚えてるわよ。……だって、私の好きな子が、学校に来たんだもん」
衣織ちゃんは、何を言っているのか分からない、という表情だった。
「……あの時、私、守られてる遥乃が、嫌で嫌でたまらなかったの。……多分晴樹は遥乃が好きなんだって、思ったわ。……だから、遥乃が生き生きして学校に来れないようにしてやったの。
当然でしょ? 晴樹は女子に絶大な人気があったわ。……そんな子が好きなのは、地味子の遥乃って、……おかしいにもほどがあるでしょ?」
美玖さんは、微笑んだ。
何言ってるの? 平野君が、私のこと好きなわけないじゃない?
美玖さん、そんな根拠もない話を真に受けて、私を……?
「……嘘、そんなことでいじめたの? 最低じゃない」
突然、衣織ちゃんは、顔を真っ赤にさせた。
手が小刻みに震えている。
怒っている……のだろうか。
「……いいじゃん。最低じゃないよ。……晴樹のことが好きな女子が、どれほど遥乃に嫉妬したか分かる? 衣織はお人好しすぎよ。こんなもん、まだ序の口よ」
「は……? ちょっと、ひどすぎだよ。みくちゃん」
「全然酷くなんかないわ。……私が五年の頃したいじめの方がもっと酷かったじゃん?」
やっぱり。
五年の頃のいじめは、衣織ちゃんのせいじゃなかったんだ。
美玖さんのせいだったんだ!
「……その時、晴樹君に助けてもらったこと、忘れたの、みくちゃん!」
衣織ちゃんは、なおも、美玖さんに叫び続ける。
「また晴樹君に嫌われちゃうよ?」
「……だったら、見て見ぬふりしてる衣織も、嫌われるじゃん?」
美玖さんは、必死に語りかける衣織ちゃんに、冷ややかな視線を投げかけた。
だが、衣織ちゃんは、決してひるむことがなかった。
「……別に私は、……確かに、晴樹君の前で猫かぶっちゃって、可愛い私アピールすることあるけど……。……でも、晴樹君が、たとえ私を好きじゃなくても、幸せでいてほしいって思うんだ」
よく言った、衣織ちゃん!
「……ちょっと衣織。良い子ぶりっ子しちゃ駄目だよ」
ニヤニヤしながら言う美玖さん。
「本当は、結ばれたいって思ってるんでしょ? 衣織」
笑いながら言う美玖さんに向かって、衣織ちゃんは頷いた。
「確かに、本音を言ったら、結ばれたいって思ってるよ? でも、……やっぱり、幸せでいてほしいな。……たとえ遥乃ちゃんと結ばれる運命だったとしても……」
衣織ちゃん、何てかっこいいんだろう。
平野君が、たとえ誰と結ばれても、幸せでいてほしいって、本音じゃなくても思っているだなんて。
素敵だ。衣織ちゃんは。
「……それが、本当の好きだと思うから。私は」
「…………」
にこやかに笑う衣織ちゃんに、美玖さんは何も言い返せなくなったのか、爪を噛んだ。
「だから、もういじめはやめない? こんなの、絶対、何も平和じゃないから」
「……!」
衣織ちゃんの強さに根負けしてしまったのか、美玖さんは、しぶしぶ、といった様子で、俯きながら、言った。
「も、もうしないし……」
「……!!」
「良かった、みくちゃん!」
喜びのあまり、私の顔は、思わず笑みを漏らした。
衣織ちゃんは、みくちゃんに抱きついた。
「それでこそ、みくちゃんだよ!」
「……うん。……今度、遥乃に謝るね」
美玖さんは、抱きついてくる衣織ちゃんの服を、ギュッと掴んで言った。
その目に、涙が浮かんでいた。




