VRで復讐代行します
「西暦2010年を超えたあたりからVRの技術進歩は著しく、2020年以降はフルダイブ式VRが出回り、一昔前の携帯電話より世の中に普及するようになりました」
という当たり前のことをアナウンサーが語っているドキュメントを、ぼーっと眺めていた。
今更VRの説明されてもなぁ。このニュースを見ているのもVRの中だし。
俺は中世ヨーロッパ風の広場にあるベンチに腰掛けながら、空中に浮き出ている映像を眺めていた。
「魔法の力で映し出しているという設定だけど、スーツ姿なのが違和感しかないよな。凝るなら細部にまでこだわって欲しい」
服装だってせめてタキシードにでもしてくれたら、雰囲気にあっているだろうに。
そんなニュースも終わると、今度はラーメンのCMが流れ出した。ここは人気ゲームの一つで基本料無料だから、スポンサー企業が絡んでいるのはわかるんだけどさ。
暇だから今のうちにこのゲームの内容をもう一度確認しておくか。
昨日何度も読み返した説明書とゲーム内容に目を通していると、体の硬直が解けた。
「っと、そろそろ動けるか」
このゲームのスポンサーがテレビ局とインスタント食品の企業だから、ログインして初めの五分は動けずにこの映像を見続けなければならない。
場所もここから始まることが決まっているので、広場の真ん中でぼーっと虚空を見つめている人がいつも数人いる。
ただ、課金をすると好きな場所からログインできて、すぐさま動けるらしいのでニュースもCMも観なくて済むらしい。
便利な機能だとは思うが、俺は何百ものゲームをやっているので、無料でやれるゲームでわざわざ課金をする余裕はない。
「ゲーム会社も集金に必死だな」
VRが日常になった世界。あらゆるゲームが乱立して日本産のゲームだけでも百以上ある。俺がやっているこのゲームはその中でもかなり人気があり、VRゲーム国内第三位だ。
「今日はどこに行こうかのぅ」
「灼熱のダンジョンなんてどうですか、おじいさん」
刀を腰に携えた侍風装備の十代男性と、とんがり帽子にマントという魔法使いの格好をした若い女性の二人組が、年寄りのような話し方をしている。
普通なら違和感を覚えるところだが、あの二人は中身が老人なのだろう。
VRが普及した理由の一つが身体能力が衰えた老人であっても、若者の体を得て走り回ることができることだ。
寝起きすらままならない現実と若かりし頃と同じように体を動かせる架空世界。どちらが魅力的かなんて尋ねること自体愚かな行為だ。
「なーに、黄昏ているのよ。似合わないわね」
ベンチに腰かけていた俺の隣に座ったのは、現実世界なら警察のお世話になるのは確実な露出度が高すぎる格好をした変態だった。
「今日は一段と見事な痴女っぷりだな」
「男はこういうの好きなんでしょ。胸も多めに盛っておきました!」
辛うじて薄い布で覆われている胸部には巨大なボールが二つ揺れている。Eか……いや、それ以上はありそうだ。
鼻筋が通り目もぱっちりとしていて瞳が不自然に大きい。美人であるのは間違いないが、普通ではありえない見た目をしている。
「毎回、ゲームごとにキャラ作るの面倒じゃないか?」
「それが楽しいんでしょ。貴方みたいに、どのゲームも同じ顔でパッとしない標準装備なんて芸がないわよ」
「仕事で来ているからな、ゲームの見た目なんてどうでもいいだろ。で、肝心の仕事内容を話してくれ」
「はいはい、じゃあ個人チャットにするわね」
個人チャットモードにすると許可した人物以外会話の内容が聞こえなくなるので、周りに聞かれたくない内容の話をするのに便利だ。
『今回の依頼主は両親を殺された少年からよ』
『お気楽な内容じゃないようだな……』
『そうね。まあ、ありがちな話と言えば話なんだけどね。お金持ちの両親に死ぬほど甘やかされて育ったニートが依頼者の両親をはねて殺したのよ。んでもって、両親が金と権力に物を言わせて握りつぶしたって話』
確かによくある話だ。
『ちなみに交通事故の原因は?』
『ふざけてるわよ。VRで人殺しも何でもできる違法ゲームにはまったバカが、リアルでも同じことをしてみたいからって、親の車に勝手に乗って目についた依頼者のご両親を、どーんっとやったってわけ。むかつくわよね』
『なるほどな。同情の余地がない相手か』
『ちゃーんと裏も取ってあるから安心して。他にも強姦や暴行で何度も捕まっては釈放されているクズよ。遠慮はいらないわ』
彼女のハッキングの腕は信用できる。それは何度も依頼を受けている俺が一番知っている。リアルがどんな人物なのかは知らないが、相手は俺の個人情報まで調べつくしていることだろう。
表面上はお互い知らないということにはなっているが。
『一応謹慎中で違法ゲームを親に没収されたクズは、このゲームを最近やりこんでいるみたいよ。金に物を言わせて課金をしまくって既にレベル200らしいわ』
『そうか。依頼人からの要望は何かあるのか?』
『あるわよ。もらったメールを読むわね。両親は車ではねられた後、まだ息があったのに奴は母だけを車に乗せて立ち去りました。父はその場で死亡して、母は無残な姿で山中に捨てられていました。同じ苦しみを奴にも……って。その時の情報も流すわよ』
頭に当時の事件を扱った新聞の記事や、明るみになっていない警察署のデータが流れ込んでくる。はねた後に引き返して、父親に殴る蹴るの暴行か。それに連れ去った母親は……無念だっただろうに。
その恨み、苦しみ、この世界で果たしてやるよ。
『能力の変更を頼む』
『この世界の技術で応用するから、レベルはマックスで格闘家とテイマーと……ハイプリーストをセットしておくわね。あと、何処でも転移宝珠と、このナイフもどうぞ』
自分のステータスが変更されたのを確認してから、ナイフを受け取る。刃が針のように細い変わった形状をしている。
何処でも転移宝珠はこいつがデータをいじって、本来なら町の移動でしか使えないアイテムを改良したのだろう。いつものことだ。
『相手が何処にいるかも簡易マップに表示させられるようにしておいたわ』
マップを起動させると、街から外れた荒野に赤い点が見える。これがターゲットか。
『仕事をしてくる』
『報告を楽しみに待っているわー』
暢気に手を振るあいつに背を向けたまま手を上げ、宝珠を起動させた。
◇◇◇◇◇
光りに包まれたかと思うと、一瞬にして目の前の光景が入れ替わり、町中から無事荒野へと移動できたようだ。赤土が辺りに敷き詰められ、乾いた風か吹きつけてくる。
風と大地を踏みしめる感触が伝わってくる。ゲーム内での触感や味覚も実装されているので、現実とゲームの区別がつかなくなる輩が出てくるのも無理はない。
ターゲットから少し離れた場所に降り立ったのは狙ってのことだ。違法行為で力を手に入れた体の慣らしと、前準備が必要だからだ。
「っと、きたきた」
俺の姿を見つけてのこのこと現れたのは、醜い豚の顔と脂肪だらけのたるんだ体がトレードマークのオークだ。
適正レベルは45の相手だが、俺のレベルは300でおまけに三つの職をカンストしている。負ける要素が一つもない。
「さて、肩慣らしに付き合ってもらうぞ」
軽く手招きすると、いきり立ったオークが襲い掛かってきた。
◇◇◇◇◇
ここはオークが湧くポイントらしくターゲットもオークの群れを駆逐していた。
筋肉質の体に不釣り合いなイケメン。中身は日本人なのに金髪碧眼だということは、元の自分とは全く違う容姿に作り替えているようだ。ソロで狩りをしているのは都合がいいな。
あのレベルならオークなんて雑魚の筈なのに、嬉々として狩りを続けている。
「弱い奴をいたぶって殺すのはやっぱ楽しいぜ! PVできねえシステムのゲームだと、これぐらいしか憂さ晴らしできねえからな」
清々しいぐらいのクズだな。
PVというのはゲームをしているプレイヤーを襲って戦うことが可能なシステムのことだ。このゲームは比較的平和なので、プレイヤー同士が争えないようになっている。
もし斬りかかったとしても、攻撃は当たらないしダメージも通らない。
「ったくよぉ、貧乏人を犯して殺したぐらいでガタガタ言いやがって。はぁ、暫く反省したふりをしおけば、またあのゲームに戻れるよな。それまで、こいつらいたぶって楽しむか」
手にした大剣の一振りで敵を瞬殺できる実力差があるというのに、わざと相手の手足を一本ずつ切り落としてから、逃げようとするところを殺している。
やはり同情の余地もないか……初めから容赦する気もなかったが。
オークを虐殺するのに夢中なターゲットの背後へ、格闘家のスキルである〈無我の境地〉を発動させて忍び寄る。これを発動中は存在感が消え、相手に察知されにくくなる。
俺に全く気付いていないターゲットの背後に接近すると、あいつからもらったナイフを無防備な背中に突き刺した。
「なっ、なんだっ!? てめえ、プレイヤーか。あああんっ、なんでプレイヤーの攻撃が通じてんだよっ!」
怪訝な顔をして振り向いたターゲットは、ナイフが刺さったことに困惑しているようだ。
このゲーム内ではプレイヤーの攻撃は弾かれる仕様だから、驚くのも無理はない。
ただ、痛覚が実装されていないので痛みはなく、違和感だけがあったようだ。
「このナイフは特別製でな」
「ちっ、チートアイテムかよ」
チートね。確かにあいつが独自に作り上げたアイテムだから間違いじゃない。
毎回、あらゆるゲームで似たようなアイテムを作り俺に渡している。形状は様々で今回はたまたまナイフの形をしていただけだ。
「でもよお、ダメージ1しか通ってねえぞ。けっ、PV用のアイテムみてえだが、ちゃちい威力だぜ。何がしたいんだてめえはよ」
「俺はVR始末人だ。お前に絶望を味合わせてほしいという依頼があってな。復讐の為にやってきた」
そう名乗ると男の顔色と表情が見る見るうちに変わっていく。興奮して赤らんでいた顔から血の気が引いていき、眼球が逃げ場を探し落ち着きなく暴れている。
「まさか、噂で聞いた……VR内で悪党どもを懲らしめている、謎の始末人。VR世界でひどい目にあわされ精神に異常をきたし、廃人になったやつもいるってのは、ただの噂話じゃねえのかよ……」
「聞いたことがあるようだな、話が早い。何故狙われたか、心当たりがありすぎるだろう」
図星だったようで、顔中に冷や汗が吹き出ている。
だが、何かを思いついたようで、またも表情が一変した。鼻で笑い蔑んだ目つきになり、余裕の態度で腕を組んでいる。
「はっ、何が始末人だ。この対人攻撃不可能な世界で、俺にどうやってお仕置きするんだ? そんなダメージか与えられないナイフなんぞ、警戒していれば怖くねえ。それに俺はレベル200もあるんだぜ。てめえの攻撃なんぞ、全て避けてやるよ!」
ナイフの攻撃が当たったことでさっきまで冷静さを失っていたようだが、ちょっとは頭が働くようになったか。
「まあ、普通ならそうだが、このナイフは特別製でな。刺した相手のデータをいじれるんだよ」
「はああっ、んな馬鹿なことがあるか。ダメージ与えるアイテムぐらいならまだしも、相手のデータをいじるなんてVRでは御法度。セキュリティーは万全な筈だ、クソ下らねえ嘘なんかつくんじゃ――」
「その高級そうな大剣の刃で、てめえの顔を映してみろ」
俺の言葉に警戒しながらも気になるのだろう、ちらっと大剣の刃に自分の顔を映したようだ。その瞬間、ターゲットの動きが止まった。
全身が小刻みに震え、大剣を地面に刺して杖のようにしなければ立っていられないほど動揺している。
オークも真っ青の肥え太った顔には冷汗が滝のように流れ、無駄に肉厚で大きな唇がだらしなく開き荒い呼吸を続けていた。
「なんで、俺の顔になってんだよおおおっ!」
そう、金髪イケメンだった顔が強制的に変更されたのだ、実際の自分の顔に。
復讐前に必ずやることの一つが、VRでの顔から元の顔へ戻すこと。それにより、これから行われることをリアルに感じられるからだ。
「更にあのナイフの効力の一つが……痛覚の実装だ」
「は、はああっ! あり得ねえぞ、痛覚はまだVRで再現できていない、ぐあああっ」
足元の石を蹴りつけターゲットの顔面にぶつける。頬を抑えて震えている口から血がスーッと零れ落ちる。
「い、痛い!? えっ、嘘だろ!」
「味覚、嗅覚、触覚が感じられるんだぞ。痛覚の再現なんてとっくの昔に成功している。ただ、一般には知らされていないだけだ」
闇の世界では常識なのだけどな。それを悪用する国の幹部も――俺のような外道も存在する。
VRを実現させるヘッドギアには元からそのシステムが組み込まれているのだ。それを知るのはごく一部の、お偉いさんと技術者のみだが。
「ログアウトもできねえ……ひ、ひぃぃい、ま、待ってくれ! 金か、金なら幾らでもやる! 一生遊んで暮らせるだけの金をくれてやる! だから馬鹿な真似はやめろ!」
「なるほど、命乞いをする人間をいたぶる感覚はこういう感じなのか。お前が興奮した気持ちもわかるよ」
俺はわざと意地悪く笑って見せると、ターゲットの顔が面白いぐらい情けなく歪んだ。腰が抜けたのか尻もちをついて後退っている。
「や、やめろ! 俺のオヤジは国会議員で母親はゼネコぐあああっ、ひぎいいいぃぃ」
雑音がうるさかったので、男の膝を全力で踏みつけてみた。
足の関節が歪な方向に曲がり、男が涙をボロボロと流している。
「さて、このまま、死ぬほどの痛みを与えてもいいが気絶されたら、そこで終わりだ。それだと依頼者の望みが叶えられない。治癒」
俺が差し出した手から白い光が飛び出し、ターゲットの膝に命中した。
すると歪に曲がった足が元へと戻り、砕けた膝も再生する。さすがハイプリースト、治癒力が半端ないな。
「安心してくれ、殴られても斬られても直ぐに再生してやるからな。安心して大怪我してくれ。じゃあ続けようか」
「やめろおおおおおっ、やめてくれええええっ!」
そういった相手に対してお前はやめたのか? なんてベタな問いかけをする気はない。
このまま、黙々と殴られて斬られて痛みだけに集中しろ。悲愴な叫び声は好きなだけ出して構わないがな。
暫く淡々と体を痛め続けては回復させていたのだが、反応が薄くなっている。
「ゆ、許さねえぞ。オヤジにこのことを……話せば……お前の人生は……終わりだぁ……ひ、ひひひひっ」
涎と涙を垂れ流しながらも、気味の悪い笑みを浮かべている。
この状況でも心が折れないか、外道としては立派だ。
元々痛みに対して強い体質なのか、この架空世界の痛覚制限が強すぎて、あいつの腕でも完全には再現できなかったのか……実際はどっちか分からないが。
どちらにしろ、そろそろ次の動きに移るつもりだったから丁度いい。
「よく耐えたと賛辞を贈ろうか」
「い、今更後悔しても遅いぜ……てめえ、ただじゃ済ませねえ……」
ここまで折れない奴も久しぶりだ。まあ、簡単に屈服するような相手だったら、もっと拷問にも手を抜いたけどな。
「何を勘違いしているか知らないが、これからが本番だぞ? お前がやったことと同じ経験をさせるのが目的だからな」
「な、何を言ってやがる。て、てめえ、どれだけ痛めつけられ」
「これからお前を犯す」
「なっ!?」
俺の言葉が予想外だったのか、地面に突っ伏した状態で間抜け面を晒している。
「といっても、勘違いするなよ。俺にそんな趣味はない、お前の相手はこいつだ。サモン」
サモナーの能力である服従させた魔物の召喚をすると、魔法陣から一体のオークが現れた。さっき捕まえたばかりの新鮮な魔物だ。
「VRって魔法みたいな世界だよな。自分とは全く異なる誰かになれる。そう……異性にだってな」
見下ろしながら俺が放った言葉がすぐには浸透しなかったようだが、徐々にその意味が理解できたのだろう。慌てて自分の体をまさぐっている。
「ねえぞ! 俺のアレがねえぞおおっ!?」
「お前が大好きな女性の体だ、よかったな。じゃあ、お前が散々してきたことをその身で経験したらいい。やれ、オーク」
俺の指示に従いオークがゆっくりとターゲットに近づいていく。
そこから先の光景には興味がないので、俺は背を向けて近くの岩場へと移動する。
「や、やめろっ、じょ、冗談だよな! 俺が悪かった、本当に反省しているっ! だから、頼む、許してくれ……嘘だろ、おい、おい、近寄るなああああっ!」
不快な音をシャットダウンするために、事前に用意しておいた耳栓を装着する。
これで依頼は完遂か。俺は偽物の空を眺めながら、行為が終わるのを待ち続けていた。
◇◇◇◇◇
広場に戻ると、ご機嫌なあいつが痴女の格好のまま待っていた。
露出度が高すぎる体をじろじろ見ている周囲の目が邪魔臭い。
「ご苦労サマンサ」
仕事終わりにこのハイテンションは鼻につく。
大事な仲介役だから邪険にもできないのだが。
「あれは録画済みだよな」
「もちのろんよ。依頼主にダビングして渡しておくわね。本日はお疲れさまでした」
「ああ」
『依頼料も振り込んでおくから。精神ぶっ壊れたあいつのアフターケアーは任せてね。二度と社会復帰できないようにしておくからー』
内容が内容だけに、俺にだけ聞こえるようにしたようだ。
物騒なことを口にしているが、こいつにはそれを実行できるだけの力がある。この先のことは突っ込む気はない。互いに知らないほうがいいからな。
「私が言うのもなんだけどさ、いつまでこれを続けるの?」
珍しく真剣な顔をしているな。その問いに対する答えは決まっている。
「終えるときは……奴にたどり着くか、その前に仕返しされて殺されるか。その二択しかない」
辞めるという選択肢は存在しない。始末してきた奴らの身内に復讐されるか、先に俺の復讐相手にたどり着くか。命がけのチキンレースだ。
「次の依頼があれば、いつでも連絡してくれ。金はいつもの口座で頼む」
「はいはい。おやすみなさい」
振り返らずに、いつものように腕を上げて挨拶すると、そのままログアウトした。
VRヘッドギアを外すと、最低限の物しかない殺風景な部屋が目に映る。
俺は壁に手を突きなんとか立ち上がると、ぴょんぴょんと跳ねるように洗面所へ向かう。
予約しておいた風呂の浴槽にお湯が溜まっているのを確認すると、シャツとパンツを脱ぎ直接洗濯機へと放り込む。
右足だけで転ばぬように浴室へ入ると、右手で風呂桶を掴みかけ湯をする。そして浴槽に肩まで浸かり、大きく息を吐いた。
人を拷問していたぶるのには精神を摩耗する。だが、俺は同じ苦しみを味わう者の為に……いや、来るべき復讐の日の為に牙を研ぎ続けなければならない。
この濁った炎の勢いを弱めないよう、常に人の恨みに触れ炎に薪をくべ続けなければ。
体の芯まで温まると浴槽から出る。浴室の大きな鏡に全身が映り込み、その姿を俺は半眼でじっと見つめる。
身長は低くも高くもない。顔は中の上だと数年前までは思っていたが、今は下だな。潰れた左目と頬の傷が全てを台無しにしている。
そして、肩口から先のない左腕と膝から先が消滅している左足。
「酷いな」
この体を眺め、あの気持ちを忘れないようにするのも日課の一つだ。
もう二度と全力で走ることのできなくなったこの体。
VRという世界でだけ思う存分動ける俺。
「必ずたどり着いてみせる。だから待っていてくれ」
これからもVRに潜り続ける。いつか、俺か奴が始末される日が来るまで。
書いたことのないVRに手を出してみました。
感想お待ちしています。