97話「禁忌の種」
10:禁忌の種
・蒼に閉ざされた空間。
その中では蒼の主の意にそぐわぬ者には抵抗する意思さえも無力だった。
望めば指一本動かすという電気信号が頭の中で発生せず
全身の細胞の動きが止められ擬似的なコールドスリープ状態にも出来る。
どんなに広大であっても室内のような閉鎖的な空間であれば
その支配力は完璧であり
勝利という結果すら取るに足らない概念であるはずだった。
それなのに今その蒼い闇を人とは思えぬ右腕で
打ち破りかけている相手がいた。
「はあ・・・・はあ・・・・・はあ・・・・!!!」
「ゆ、ユイムさん・・・その腕は・・・!」
ライラが恐怖と不安に満ちた表情で見やった。
自分の体を使ってキリエの蒼い支配に抵抗しているユイムの姿は
まるであの時の自分の姿の写し絵のようだった。
あの腕を、あの爪を、あの目を見れば途端にズタズタに引き裂かれ
ひき肉の寄せ集めと化したかつての級友の姿が脳裏を焼き尽くす。
「そんな馬鹿な・・・!今私はあの子の全てを、
電気信号も神経も血管も魔力も心臓でさえ支配して
抑制しているのに・・・!」
「・・・そ、そうか・・・!
ユイムさんから全ての余裕を奪ってしまったから
心の奥底に眠っているキリエさんに対する対抗意識が抑えられなくなって、
それが無意識に僕の体の中の
あの力を引き出してしまっているんだ・・・・!」
ライラの分析は正しかった。
ユイムは決してキリエに対して怨嗟の感情だけを持っているわけではない。
だが、姉に対する様々なコンプレックスを含むマイナスの感情は
決して存在しないわけではない。
むしろ心の根底に残り続けているからこそ
保護観察処分だからという名目を使ってまで
実家に帰りたがっていないのだ。
ブランチに操られていて正気ではなかったとは言え
姉を襲い、その両腕を奪ってしまったのだ。
そして昨夜の対決もあってユイムのキリエに対するマイナスの感情は
どうしようもなく高いままであった。
そのマイナスの感情だけをその原因たる姉によって取り残され
他の全てを奪われた今、ユイムはもはや姉しか見えていない。
「ううううううううううううううううう!!!」
一歩。たったその一歩だけで蒼い闇が薄くなっていく。
一歩、また一歩。キリエの闇をユイムの怨嗟が打ち破っていく。
「ユイムさん!ダメだよ!そんなことをしたら・・・!」
ライラがキリエの前に立ちユイムをまっすぐ見つめる。
しかしユイムの、ライラの目には本来の自分の持ち主は映っていなかった。
蒼い闇の中に見えるのはただ一人、怨嗟の対象だけであるキリエだけ。
そしてその対象が自分を恐怖の対象として見ている事に気付くと
心が躍るように快楽の感情が全身を走る。
瞳孔が猫のように縦一直線に迸り眼光が猛禽類のように鋭く光る。
キリエに接近する事に右腕が徐々に禍々しく形を変えていく。
太さだけなら人間の横幅よりもあるかもしれない。
長さだけなら人間の背丈よりもあるかもしれない。
鋭さだけなら鋭利な刃物よりもあるかもしれない。
硬さだけなら鋼鉄の刃金よりもあるかもしれない。
それを右腕に宿した怪物が自分だけを見て狙って迫り来る姿を
ただ恐怖という感情だけに縛られながら涙目で見るキリエには
とても蒼を制御出来るだけの気高さはなかった。
「がはっ!!」
葵がその口からおびただしい量の赤を吐き散らした。
ものすごい圧力が胸を襲っている。
それは発動者本人であるキリエも例外ではなかった。
両足が破裂しそうなほど筋肉が圧迫と膨張を繰り返している。
神経も血管も押しつぶされてしまいそうなほど圧力を受けている。
何とかしなくてはいけないと思いつつも眼前の怪物からの
恐怖に抵抗出来るだけの気力が
今の自分にはとてもあるとは信じられなかった。
制御不能になった蒼き闇は間違いなく
ユイムの、ライラのその異形にも襲っているはずだった。
実際左手と両足からは血が滴っている。
それでも自分への侵攻を止める気配は毛頭も感じられない。
むしろその圧力を獲物をその手で血祭りにあげた時のための
糧にして喜んでいる振りすらある。
そんな余計な考慮がまたキリエの余裕を奪い蒼き闇が狂い始めていく。
だが、突如その怪物は歩みを止めた。
「キリエさん、しっかりしてください!」
それよりも前にいた少年の声が耳に響き正気が引き摺り下ろされる。
「あ・・・」
よく見ると目の前にはスライトを発動したライラが立っていた。
自分を左手で抱きながら右手に持ったハンドガンで
自分の姿をした怪物を愛する人物が宿っているその器を
破滅を願いながら撃ち続けていた。
破滅が込められた弾丸は次々とユイムの、ライラの体に命中していき
異形へと変わった右腕がその体からぼとっと落ちた。
「があああああああああああああああああああっ!!!!」
声帯が潰れそうなほどのけたたましい咆哮が蒼き闇に響き渡る。
「キリエさん・・・ブルーの制御を!」
「・・・え、ええ!!」
自分を抱く二つの感触を肌で感じながらキリエは精神を研ぎ澄ます。
今まで恐怖に怯えていたのが嘘のようだ。
その心はまるで今この時空を縛る蒼き闇のように鎮まっていく。
そしてキリエの心相と蒼が一体化した時
再び蒼き闇の主はキリエとなり支配が制御された。
「はあ・・・はあ・・・」
内臓が潰されてもはや虫の息だった葵の肉体が修復されて事なきを得る。
さらに自分自身の傷ついた体も瞬時に治癒させていく。
「・・・あら?」
ライラの、ユイムの体の傷を治そうとして
その体を見るが一切傷がついていなかった。
体の内部まで調べてみても一切の傷は見当たらない。
(・・・あの制御できない暴走状態でも
一切危害を加えられ無かったとでも言うんですの・・・!?
・・・私という人は全く・・・。)
「キリエさん?」
「何でもありませんわ。それよりアレ、どうやって止めるんですの?」
二人の先にはひどく荒れ狂うユイムの、ライラの姿があった。
右腕を失い左手だけで自分の体を抱いて
破裂しそうなほど筋肉が膨れ上がる。
「キリエさん、気絶させられますか?」
「けど、また私に対する憎悪で暴走するのでは・・・」
「・・・僕が止めてみせます。」
「・・・分かりましたわ。」
キリエが集中するとユイムの、ライラの頭への酸素の供給を止めて
さらにその体全体を蒼の空間に物理的に釘付けにする。
そしてライラが破滅を込めた銃弾を発射して自分の体を撃った。
「・・・・あ、」
そしてユイムという名の自分の姿をした怪物は倒れた。
完全にその体の機能を停止させていた。
このまま蒼を解除してしまえば死か植物人間か。
だからキリエは残った魔力を使ってユイムの、ライラの体の修復を始めた。
本当はDNAに含まれていたその禁忌の種も排除したかったが
既に彼女自身の人間としてのDNAと完全融合していたため不可能だった。
だがより強度な脳内防護プログラムを幾層も構築しておく。
・・・敢えてユイムの自分に対する憎悪だけは消さなかった。
ちぎり飛ばされた右腕も元に戻してから蒼を解除した。
「・・・後は・・・任せましたよ。」
「え?」
完全に蒼い闇が晴れるのを確認してから
キリエはそれだけ言い残して倒れた。
「・・・どうやら残ったのは俺達だけのようだな。」
「あ・・・」
葵が立ち上がりまっすぐ自分を見ていた。
スライトを解除して身構える。
しかしカードは既に全て葵に奪われていたままだ。
ナイトメアカードであるビースト、スライト、シプレックなら
ライラが望めば瞬時に手元に現れるがそれを試合で使うわけには行かない。
カードもなしに葵のタキオンに対抗できる手段はない。
この勝負、負けたかと思いつつも構えは下ろさない。
「・・・ほらよ。」
「え?」
突如葵が自分から奪ったカードを全てライラに投げた。
「俣野さん・・・?」
「俺とお前の勝負はまだ終わっていない。それは俺を助けてくれたお礼だ。
・・・さあ、気張れよ。そして俺を越えていけ、ライラ!!」
「・・・はい!」
カードを手に取りまっすぐ葵を見やる。
とは言え今の自分に葵のタキオンに対抗出来る手段はほとんどない。
しかし、一度しか出来ないとは言えそれがないわけではなかった。
「行くぜ!煌・行使!」
葵が発動を宣言した瞬間ライラもまた1枚のカードを発動させた。
直後時間を止めた葵がライラに超スピードで接近する。
まずは何のカードを発動したのか確認する必要がある。
「・・・何!?」
しかしライラが手にしたのはフェイクのカードだった。
偽。他のカードを劣化コピーして発動するカード。
何をコピーするかは発動時にライラが脳内で設定したカードだ。
当然それを今ここで確認できる手段はない。
「やるな、ライラ。だが・・・!」
そのカードを奪い、額にとびひざげりを叩き込む。
3秒経過して時間がもどる前に葵が距離を取る。
「くっ!」
時間が活動を再開させてライラが突然の衝撃に襲われて後ろに倒れる。
直後激しい閃光が前方から見えた。
「がああああああああああああああああああああああああ!!!」
葵がその全身を雷鳴に打たれていた。
そして数秒の放電の後自分と同じように倒れた。
「・・・ま、まさかフェイクでサンダーをコピーして
それで発動者自らに放電するよう仕組んでいたのか・・・!?」
「俣野さんなら確実に時間を止めている間に
カードを奪うと思っていたので・・・。」
そしてライラが立ち上がりサンダーのカードを手にした。
「・・・・俺の負けだ。流石だな、相変わらず・・・。」
葵がフェイクのカードを手放し上着を脱いで天にかざした。
「俣野葵選手、ギブアップの表明です!
ライランド・円cryン選手もいつの間にか気絶している様子ですので
この試合、山TO氏の勝利です!!
蒼が発動されてしまい試合内容のほとんどが省略されてしまったのが
惜しい限りですがこの結果はれっきとした結果です!!
流石はX是無ハルト姉妹!負け知らずです!!」
アナウンスがかかりライフの効果が解除される。
しかしキリエもユイムも目を覚まさなかった。
「まあ、ライフで守られるのはダメージだけだからな。
方や体力が方や魔力が尽きて気絶したわけだから
回復するまでは戻れないだろう。」
葵がユイムの、ライラの体を持ち上げる。
ライラもキリエを背負って立ち上がる。
「後でそちらに向かいます。」
「いんや、まとめて病院に送っておこうぜ。
升子の体も気になるし。なあ、旦那さん。」
「そ、それはその・・・」
「・・・じゃあな。」
軽く手を振って葵はユイムを抱えたまま舞台を後にした。
ライラはその背中を見送った後舞台を後にした。




