パラレルフィスト・プロト
現在とは違う初期設定で書いてみた物語です。
当然本編との関わりはありません。
・桜が舞う並木道。
多くの少女達がそこを歩き、
面倒と淡い期待の集う学び舎へと足を運ぶ。
旧暦では夏に差し掛かっているというのに
未だ春は生まれたばかりで陽気な風と心地よい照りが
少女達の背中を押していく。
「はぁ・・・」
その中、嘆息を口から零す影があった。
決して自分には似合わないであろうヒラヒラ服を
身に纏い憂鬱な現状を儚く着飾ってくれている。
「・・・どうして僕がこんな・・・」
ライランド・円cryン。通称:ライラ。
それがこの少女改め「彼」の名前だ。
そう、「少年」である。
憂鬱を吐き捨てながら「彼」が女子の制服を着て
女子校に通っているには当然理由が在る。
今から一週間ほど前。
ライラは一人の少女と試合を行った。
唯夢・M・X是無ハルト。
それが「彼」の対戦相手であり、また憧れた相手でもあった。
唯夢は6回連続で世界タイトルを防衛した実力者である。
しかし噂によれば札付きの女子校生とのことも。
それでもライラは嬉しく唯夢との戦いに挑んだ。
パラレルカード。
かつて世界を戦争に導いた悪夢の力・ナイトメアカードを
平和的に、スポーツの競技として改良したパラレルカードを
用いた魔法格闘技である。
戦争により多くの文化が死に絶えた今
やっと蘇った平和な時代に人々を賑わせる数少ない競技である。
かつてテレビで唯夢の活躍を見ていたライラは
彼女との試合を心待ちにしていたのだ。
だが、試合自体は起きなかった。
試合会場に向かうライラのバスはしかし、会場にはたどり着けなかった。
途中の山道で謎の爆撃を受けてバスは転落した。
「ごめんね。でも少しだけその姿でいて。」
「え・・・?」
体中に走る激痛、意識を奪う暗闇の中
声が聞こえた気がした。
やがて暗闇の中で光を蘇る。
炎だ。
眼前で自分達を乗せていたバスが倒れ燃えていた。
どうやらライラはバスが横転する前に咄嗟に窓から飛び降りたようだった。
とは言えブレーキを踏む必要のない一本道を
走っていたバスから飛び降りたのだから全身を激痛が襲っていた。
だが、今気に留めるべきはそこではない。
「・・・そんな・・・」
折れ曲がったサイドミラー。
その輝きは地にひれ伏す唯夢の姿を反射していた。
その手にはチェンジのカードが握られていた。
自分自身の目と正気を疑った。
その事実を認識し幾度の反芻を終えてやっと結論を導き出せた。
「・・・僕、唯夢さんの姿になっている・・・!?」
・最初に疑われたのはライラだった。
レスキュー隊がやってきて横転し炎上するバスの隣で
唯一無事だったのはライラだから仕方がない。
運ばれた病室で治療を受けながらライラは警官から事情聴取を受けていた。
ライラが懐から顕にした生徒手帳。
そこに写された顔と今の「彼」の顔を見比べてしまえば
規定通りの行程を行えるほど彼らは特殊な場慣れはしていなかった。
しかし後に病院に唯夢の姉である
キリエ・R・X是無ハルトがやってきた。
彼女も妹の唯夢に負けないパラレル選手であった。
しかし数年前に事故で両腕を失ってからは選手を引退。
妹にタイトルを託したのだ。
「彼は無実です。」
白い病室で彼女は告げた。
最初は理解できなかったがどうやら
それは自分を助けるための言葉だったらしい。
彼女の背後には中年の警官が立っていた。
恐らく驚いた表情でライラの前に立っている彼らの上司だろう。
彼はため息1つを零してから部下だろう二人に命令を放った。
それから。
行われた検査の結果
ライラは声と顔だけが唯夢のモノとなっていた。
対象の外見を変換出来るとされるレアカードでも
チェンジの効力ではそれが限度だろう。
しかし異常な程の魔力が込められていたからか
しばらく戻りそうになかった。
異常に発達した科学は魔法と変わらない。
それはよく言われていた言葉だが
しかしパラレルをも生み出した近年の異常とも言える科学力は
もはや魔法と呼称しても差し支えないだろう。
全身打撲で完治に半月は要するはずのライラは
病院に運ばれた次の日には完治して退院。
引率のためにやってきたキリエに従い
彼女の屋敷にやってきたライラは
そこで彼女から話を聞いた。
「え?失踪した!?」
「はい、そうなんです。数日ほど前に。
ちゃんと書置きもあります。」
キリエが目を配ると間髪なく使用人らしき女性が
懐から一通の手紙を出してライラ向けて広げて見せた。
「お姉ちゃんへ、私は私のやりたいようにやります。
もうX是無ハルトを名乗るつもりもありませんので
どうか探さないでください。」
そう書かれてあった。
平たく言って家出宣言である。絶縁状である。
「えっとこれって・・・」
「絶縁状ですわね。」
「・・・唯夢さん何かあったんですか?」
「・・・本当でしたら一昨日あの子はお見合いをするはずでしたの。
ですが既にあの子には好きな人がいて・・・」
「そう・・・だったんですか・・・」
「・・・3年前に両親が死に、私は事故で両腕を失い、
もはや無事なX是無ハルトがあの子しかいないばっかりに・・・」
下に釣らす物のない双肩が震える。
きっとそれがあったならば指の先まで震えていただろう。
涙こそ流さなかったが彼女の心は確かに哭いていたに相違ない。
使用人の彼女はその感動を受け止めることなく顔を伏せていた。
が、よく見ればその肩は確かに震えていた。
「それであの、僕の姿とどういう関係が・・・」
「そこまでは私には分かりません。
ですがあなたにはやってもらいたい事があるのです。」
それから一週間でライラは何故か唯夢の姿のまま、
そして彼女の制服を着て彼女の通う
山TO氏高校に向かうことになったのだ。
スカートを履いたのは初めてではない。
しかし久しぶり過ぎるためか膝が寂しく風を直に受けている。
「はぁ・・・」
「どうしたの?唯夢ちゃん。」
「まだ頭が痛む?」
隣を歩くのはかつての唯夢の親友だったらしい
ティライム・KYMと赤羅門・ミドリュエスカラナイトだ。
今の自分は事故で記憶喪失だと伝えてある。
だから自分に親切に学校の案内などをしてくれていたりする。
キリエからは自分の素性を明かすなと言われている。
彼女が言うには唯夢はこの学校に恋人が居るらしい。
ライラが唯夢の姿でさも当然のように校内をうろつけば
必ず姿を見せる。そこを捕まえて・・・。
(・・・この学校って女子校だったよね?
それで恋人ってことは唯夢さんは・・・。
それなら僕もまだチャンスがあるかも・・・)
「唯夢ちゃん?」
「あ、ううん。何でもないよ。」
なるだけ邪心は隠しておこう。
こんなスパイごっこをやらされる羽目になって
混乱していないわけではないが少しずつ
新しい生活にも慣れてきていた。
(・・・慣れって怖い。)
心の中でため息をこぼしながらも
女子校への道を歩くライラであった。
・朝のホームルーム。
友達と会話する顔も寝ぼけ眼の顔も
今では消極的ながらも全てが教卓の一人へと注がれている。
「では、今日の出欠を行います。」
担任であるMMはライラの従姉だ。
事前にキリエによってライラの事情は伝えられている。
だからライラを唯夢として扱うように努めている。
尤もそうでなくても声と顔が同じで
さらに記憶喪失だと伝えていれば誰もが「彼」を疑うことはないだろう。
もし、それで疑う者がいればきっとそれが・・・。
「聞こえてないんですか?唯夢・M・X是無ハルトさん。」
「あ、はい!」
危ない。
出席に答え損なうところだった。
いるはずの誰かの尻尾を掴むより前に
まずは自分が今唯夢であることに専念しなければ。
無関係な生徒にまで怪しまれてしまったら手がつけられない。
出欠確認が終わるとやがて授業が始まり
教室内は先程までの喧騒が嘘のように
静まり返りMMの声とチョークが黒板を刻む音とペンの音だけが響く。
「・・・・・・・・」
実際ライラも勉強はそれほど苦手というわけではない。
自分として通っていた頃でも赤点は一度もないし
平均点以下を晒した事もない。
だから授業の内容自体に全く問題はなかった。
「このようにコンプレックスは自分に対しての不満という意味で
使われることが多い昨今ですが本来の意味は
相反する二つの感情がぶつかり合うことで悩んでしまうと言うことにあります。
独立の欲求と承認の欲求が一番コンプレックスの
原因となりやすい傾向にあります。
ですがコンプレックスと言うのは誰もが持ち得、
乗り越えていくことが出来ます。
コンプレックスを乗り越えるという事は個人差がありますが
基本的に簡単に出来ることではありません。
しかし真実乗り越えられた時、きっとあなたは人間として成長したのです。」
「・・・・・・」
こういう風に真っ当な教師として教壇に立ち
生徒に授業を行うMMの姿を見るのはやはり今でもどこか違和感が有る。
そんなにしょっちゅう会ったことがあるわけではないが
しかし今まで会ったことのある彼女の姿からは想像が出来なかった。
彼女も教師としての自分を演じているのだろうか。
だがそれは決して間違ってはいない。
人間が時と場合によって自分というものを演じ分けるのは当然のことだ。
が、今の自分はどうなのだろうか。
頼まれたことな上自分は巻き込まれた側だろう。
しかし周囲に自分を偽っているのは紛うことなく真実であり
指示されたとは言え行なっているのは、偽っているのは自分自身だ。
(・・・痛いな、こういうの。)
今は考えないようにしてただ黒板に刻まれる文字を
そっくりそのままノートの余白に書き記しておこう。
・放課後になった。
ティラとラモンは部活・・・パラレル部へと向かう。
かつて唯夢もキリエも所属していたという。
一度誘われたが流石にパラレルの戦い方を披露してしまうと
唯夢でないことがバレてしまうためか断っている。
だから昇降口を離れ校門へと足を運ばせている。
「・・・でもたまにはまた使いたいな・・・」
立ち止まり、懐から幾枚かのカードを出した。
あれから2年間。
苦しい戦いも苦い戦いも乗り越えてきたカード達。
この醜い自分にとっての数少ない誇り・パラレルカード。
白銀と紫紺に包まれた外見からは信じられないほどの軽さが
自分の指に確かで懐かしい手応えを示してくれる。
例え顔と声が変われどもこの思慕が走る脳が自分の物だという事を
実感させてくれる手触り。
そしてその銀の輝きが自分以外の人間を映し出した。
「!?」
体が反応した。
地を蹴り咄嗟に左へ跳ぶ。
土煙を起こしながら姿勢を低くしたまま後ろを見やり反転。
「あらら。随分気が早いじゃない。」
声。
夕日を背に自分と同じ服を纏った少女が立っていた。
その顔立ちは確かに校内のどこかで見覚えがあった。
確か同じクラスのシュトライクス@・イグレットワールド!
「イグレットワールドさん・・・!」
「・・・やっぱりあなたは本物じゃないみたいね。」
「・・・っ!!」
バレた!?
もしかしたらこの人が唯夢の・・・?
いや、単に付き合いが長い親友かもしれない。
しかし、このカンが告げている。
「エルブレイド・サブマリン!」
「やっぱり危険な人だった!」
カードを行使させたシュトラの両腕は刃のついた籠手を纏い、
当たり前のようにライラに向けて振るう。
が、その刃は風圧すらライラに掠らなかった。
ライラは既にシュトラの側面に移動していた。
「答えてもらうからね・・・!」
「カードを決められた場所以外で使ったら下手をしたら犯罪ですよ!?」
「その程度のことで諦めてなるものですか!!」
続く鋼の刃が宙を切り裂く。
しかしその斬撃はライラを、その残像さえも掠る事は出来ない。
シュトラの肩と肘が動くと同時にライラはその攻撃の軌道を予想して
その攻撃が絶対に当たらないのと同時に
彼女の死角となり得る場所に必要最低限の動きで移動する。
そのためシュトラの目にはライラの残像すら映らず
当てるつもりで放った攻撃を終えるとライラを視界から失ってしまう。
そして一瞬だけでも生まれてしまった隙にライラは
シュトラの背後に回り込み向き直ることなく
自分の右手で彼女の左手首を、首裏で彼女の左肘を、
右腕で彼女の首を乗せ、右手で引手となっていた彼女の右手を固めて
自分の腰に彼女の腰を乗せて持ち上げる。
「な・・・!?」
一瞬でシュトラは左腕の関節を極められ首を絞められ
そして全身の動きを封じられてしまった。
拘束を解除しようにも力を入れれば余計に極められた腕が軋む。
だがそれでも今ここで止まっていい理由にはならない。
シュトラは左腕を懸けずに地に足を着かせようと暴れた。
「・・・スイム・サブマリン!」
「っ!」
素早くライラはカードを発動させた。
それは地面を泳ぐカード。
発動者はそのままあらゆる無機物に溶け込んで
水中を泳ぐ魚のように移動できるようになる。
しかしその効果範囲は飽くまでも発動者本人のみ。
ライラが勢いよくそのまま足場に溶け込めば
そのライラに動きを封じられて腰の上に乗せられたシュトラは。
「ぐふっ!!」
彼女は背中から地面に叩きつけられた。
落下ではないもののライラの潜行速度は尋常ではなかったからか
強い衝撃が無防備な背中に走った。
呼吸をも封じられた状態でそのような衝撃を受けてしまえば
それでなお意識が光を掴めていればもはや化生の類だ。
彼女は人間だ。
紛れもなくまだ高校生の少女である。
その証拠に彼女は地面に寝そべったまま起き上がる様子はなかった。
「・・・正当防衛大丈夫だよね・・・?」
スイムを解除してライラが地上に姿を立体化させる。
念の為に様子を確認するがやはり気を失っているようだった。
一応彼女の懐からカードを全て取り出してシュトラを背負う。
そのままMMのいる職員室に向かおうと校舎側に踵を返した時だった。
「!?」
鳩尾に何かが触れた。
素早く後ろに飛んだというのに
鳩尾には僅かな痛みが刻まれていた。
着地してシュトラを下ろしながら正面を見やる。
「・・・・・あなたはそこで何をしているのですか?」
夕陽を背に少女が立っていた。
その手には長さ1メートルほどの一本の棒。
それが今自分の鳩尾を触れたのだろうか。
それよりこの少女は確か隣のクラスで見たような気がする。
「あなたは・・・?」
「私はケーラ・ナッ津ミLク。
あなたに如何なる了見があるのかはわかりませんが
窓の外からあなたがシュトラさんを締め落としたのを見ていました。
そして今どこかへ連れ去ろうと言うのも。
・・・申し訳ありませんが事情を聞かせてもらいましょう。」
しかしケーラと言う少女はすかさず棒を振るう。
肩と肘から軌道を予測・・・出来ない。
彼女の繰り出す棒はあまりに素早かった。
それでも棒が攻撃出来る範囲には限度がある。
それを予測して攻撃の届かない場所へ移動しようとする。
だが彼女はこちらと全く同じ速度と距離を以て移動していた。
ライラがどこへ移動しようにも全く距離を稼ぐことが叶わず
むしろ移動する隙が「彼」を不利にさせていく。
逃げる事は出来ない。
このままでは話を聞かすことも難しい。
ならばこの場面は戦うしかない。
ライラが足を止め集中してケーラの動きを見やる。
だが棒術と言うのは肩も肘も動きが最低限過ぎる。
手先の動きだけで1メートルほどの棒は如何様にも形を変える。
そしてライラと言えど手首の動きだけでそれを見切ることは不可能だった。
「くっ・・・!」
ガードのために右腕を立てて前に押し出すが
その直後に鈍い痛みが肘を襲った。
どうやら自分の右腕を死角に肘を攻撃していたようだった。
腕を引き戻そうとするとどうしても意識が右腕に集中してしまい
その一瞬にケーラはこちらの右側面に回り込み
右膝を遠心力を込めた一撃で穿つ。
その足に体重が乗っていなければ転倒させられていただろう。
だが、逆に体重をかけていたのに転倒させられる程の威力を
叩き込まれていたら。
「がああっ・・・!!」
骨が砕けるほどの衝撃が膝を、右足全体を貫き思わず膝を折ってしまった。
実際に骨が砕けていないのは彼女の技量故か。
それとも運良く自分の足が丈夫だったからか。
どちらにせよ、この勝負は・・・。
「あなたの負けです。
そしてしばらくあなたは立つことも出来ないでしょう。
大人しく事情を話してもらいましょうか。」
棒を右引手に構えこちらを見下ろすは勝者の貌。
抵抗など出来るはずもなく騙し討ちなどは以ての外だろう。
第一そんなことをする理由もない。
「それは、彼女がいきなり襲ってきたから・・・」
「・・・え?」
・職員室。
MMも交えて気絶したシュトラとの状況についてライラが語った。
「申し訳ありませんでした!」
彼女は土下座した。
棒を正面に献上するかのように置き額を床に着ける。
表情は窺えないが見るまでもないだろう。
「い、いいえ。僕は大丈夫でしたから。」
進言の間も与えられず一方的に叩きのめされてしまったが
言い換えれば自分の未熟さが原因でもある。
そう改めてしまえば驚くことに自らだけを悪者にしてしまえる。
その心境で鑑みてみればどうしたものか、
そんな自分を省みて頭を垂れるこの少女が悲哀で仕方がない。
「ナッ津ミLクさん。彼もこう言っていることですし
今は頭を上げてみたらどうかしら?」
「ですが・・・」
「今はそれ以上に優先すべきことがあるのでは?」
MMは視線をケーラからその横に倒れたままのシュトラに向けた。
シュトライクス@・イグレットワールド。
MMもケーラも当然彼女のことは知っている。
ケーラはクラスは違うが部活が一緒だ。
そして二人とも唯夢の事も知っている。
ケーラに聞いてみるが初めは首を曲げ、
やがて慌てて赤面したため
彼女は唯夢とそういう仲ではないようだ。
ならばシュトラはと言えば現状一番怪しい。
明らかに唯夢とは何かがあった事を窺わせていた。
少なくとも自分が唯夢ではない事には気付いていた。
それでいて自分に襲い掛かってきたのだ。
やがてシュトラは目を覚ました。
すぐ目に入ってきたライラを確認すると懐に手をやる。
カードを探しているようだったが既にライラによって回収されているため
当然いくら弄っても指が撫でるのは己の胸だけだ。
「あなた、私までどうする気なのよ・・・!」
「ぼ、僕は何も・・・」
「そうよ。落ち着きなさい。イグレットワールドさん。」
声。
シュトラはここで初めてライラの横にMMとケーラがいたことに気付く。
MMがシュトラが何かを言い出すより前にライラについて事情を話した。
やはり最初は信じられないといった表情だったが
やがて心当たりでもあるかのように渋々振り上げた両手を静かに下ろす。
「・・・あなたでも唯夢さんの場所を知らないのね。」
「え?どういうことですか・・・!?」
「・・・いいわ。全部話してあげる。
確かに私は唯夢さんと付き合っていたわ。
所謂そういう関係よ。
でもね、唯夢さんは私の前から姿を消した。
ただ一言「待っていて」とメッセージを残して。
・・・唯夢さんの言葉を信じて私は唯夢さんが帰ってくるのを待っていた。
でも、私の前に現れたのは偽者の唯夢さんだった・・・。
私はあなたが唯夢さんに何かしたのかと思った。
・・・でも、違うのよね?」
ライラは静かに頷く。
するとシュトラは先程とは別の色でその肩を震わし始めた。
「・・・唯夢さん・・・どこ行っちゃったの・・・?
唯夢さん・・・唯夢さん・・・!!」
傍若無人ともばかりに彼女は震え泪を流し始めた。
MMが言うにはライラが来る少し前からシュトラは休みがちになっていたらしい。
今のこの様子を見るからに理由は嫌でも察せてしまう。
「MM先生、これはもう警察に連絡した方がいいのでは?」
「・・・確かに失踪事件と見た方がいいかもしれないわね。」
「・・・でも!唯夢さんは待ってって!!」
「・・・その唯夢さんが行方不明で連絡も取れないのよ。
もしかしたら何か重大な事件に巻き込まれているかもしれない。
そうなると私達民間人では手に負えないわ。」
MMは至って冷静に放つ。
シュトラも頭では理解しているかもしれないが
湧き上がってくる感情を抑え込むにはまだ幼すぎる。
だから、泪を拭きもせずに職員室を駆け出してしまった。
「イグレットワールドさん!」
慌てて彼女を追いかけるライラ。
向こうもそれなりに速かったが「彼」の方が速く
最初の曲がり角に至るより先にその手を掴んだ。
「・・・何よ。」
「イグレットワールドさん。僕も唯夢さんが好きです。
出来るのなら今すぐにでも走り出して見つけ出したいです。
でも、僕一人じゃ多分それは叶わない。
個人で叶わない時にそれでも個人で動いてしまえば
事態は悪化するかもしれないんです。
・・・いいじゃないですか。
自分達だけが逸る気持ちを慰め専門の方々に事態を任せれば。
そうするだけで間違いなく僕達が勝手に動くよりは希望があります。
僕は・・・自分のためにその希望を踏みにじってしまえるほど強くありません。
イグレットワールドさんはどうですか?
自分の闇雲さにその希望を翳らせる事が出来ますか?」
「・・・そんなの私だって分かってるわよ!
でも、でも・・・!自分に出来る事を探すのがそんなに悪いことなの!?」
「・・・それは・・・」
「確かにあなたの言う通り専門家に任せれば
高確率で唯夢さんは見つかるかもしれない。
でもそれを待っている間にもし唯夢さんに何かあったら・・・?
組織が動くには時間がかかりすぎるかもしれないわ!
だから私は・・・私は・・・!」
「・・・・・」
感情論ってやっぱりずるい。
どれだけ理屈で押さえつけようとしても
やっぱり人間は感情を持った生物だから・・・。
そして何より自分もまたシュトラと同じ気持ちだったから。
・空の蒼を押し退け、あらゆる生物が眠りの頃合を
見計らう夕闇の支配する時間がやってきた。
それを弁えず闇の中狂ったように珍道する輩達がいた。
幾度の戦争と平和を経ても潰えることのない無法者どもだ。
その数は10人。
その全員が顔にバーコードのようなものを焼き付けられていた。
それは警察の厄介になり常習性を伴なった者の証。
稚拙な自由や矮小な尊厳のため多くの人間を
何の躊躇いもなくカードを使って負傷させてきた証である。
現にその無法者どもの中には周囲にそぐわない少女がいた。
少女は鎖のカードで両手を縛りあげられ
上着を縦に切り裂かれまだ成熟していない乳房を夜の闇に露出していた。
当然少女の意思ではない。運の悪いことにこの集団に捕まってしまったのだ。
一晩の慰み物として扱われるならまだ運がいいかもしれない。
だがこの集団は強姦殺人も平気で行うと噂がある。
最悪の場合この少女は二度と太陽の光を見る事が出来ないかもしれない。
やがて、先頭に立っていた少年が足を止めた。
その視線の先には二人の少女がいた。
”今日は大漁だ。3人も捕まえられるとは。”
他の9人も気付いたのかその下衆な笑みを増長させる。
しかし直後には表情を変えた。
「聞きたいことがある。」
まず先に先頭を歩いていた少年が宙を舞い
背中から地面に叩きつけられ一瞬で意識を放棄した。
「この顔と同じ少女を見たことはないか?」
次に二人の鳩尾が正確に拳で穿たれ
呻きもないままコンクリートの地面に倒れ伏した。
同時にもう一人の少女が1枚のカードを出す。
「エルブレイド・サブマリン」
街灯の下、少女の肘から刃が生えたような影が6人を見やる。
そして残っていた6人の両足をそれで切り刻んでいく。
6人はカードを懐から抜く暇さえ与えられないまま
自らの体から噴き出した鮮血の中に沈んでいく。
しかしいずれも死には至っていない。
両足を失った激痛から身動きは取れないが生きてはいる。
「答えなさい。
唯夢・M・X是無ハルトを見たことはある?」
街灯の輝きが上手く帳となりその顔は見えない。
だがその両手に構えた刃が鈍く輝き
まるで両手に鎌を携えた死神に迎えられているようだ。
「し、知らない・・・!テレビで名前を聞いたことがあるだけだ・・・!」
「・・・そう。ならもう用はないわ。」
すると驚くほどあっさりと死神は鎌を下ろし踵を返した。
少年達はおろか囚われていた少女も一切身動きが取れなかった。
・夜更け。
ライラとシュトラは人知れず夜道を歩いていた。
「へえ、そんなことがあったんだ。」
「・・・はい。ですから唯夢さんは僕にとって目標なんです。」
「・・・こうなっちゃったら私も負けていられないかもね。」
二人は他愛ない会話をしながら歩いている。
しかしその4つの手は血に染まっていた。
ここに至るまで3度無法者どもを襲い情報を集めていた。
最初は何の手がかりもなかったが2度目からは
まるでパズルのピースを集めるかのように少しずつだが情報が入ってきた。
一週間ほど前に唯夢を街はずれの森で見かけたと言う者がいた。
”ナンパをしたら腕をへし折られた。すっごい強かったから間違いない!”
とのことだ。
情報の礼に無事な方の腕も二人で念入りにへし折っておいた。
やがて街はずれの森に到着した。
唯夢が来たとされるのは既に一週間前。
ライラの顔と声を変えて数日でここに来たということになる。
森は暗闇の中ざざーっと静寂を嘲笑っている。
しかしそれさえも夜の帳の一部に過ぎない。
「・・・では、行きましょうか。」
「ええ、そうね。」
二人は迷わず静かに笑う森の中に入っていった。
・森の中はまるで天然の迷路のようだった。
樹海と言える程広い面積があるわけではないが
夜の闇の中いくつもの大木が縦横無尽に生い茂っている。
光の跋扈しない緑色の暗闇では目の開閉は関係しないようだ。
「何だか妙な気配がありますね。」
ライラが口を開き暗闇の四方に気を配る。
今は互いに血塗られた手を繋いで少しずつ前に進んでいる。
唯夢を取り戻したい一心でここまで来て
この夜で何人もの無法者を襲い蹂躙してきた激動も
こう静まり返った場所では静寂を取り戻し
逆の座に浮いていた不安が重みを増していく。
一応警察には連絡しておいた。
きっと夕暮れにはもう捜索活動を開始しただろう。
だが当然この時間には動いていないだろう。
「妙な気配って?」
「今までに感じたことのない魔力です。
・・・とても生きた人間のものとは思えません・・・」
どちらのものか、固唾を飲む音が夜の闇に溶け込む。
それだけの行動でさえ妬み羨み憎むような魔力が渦巻く錯覚に襲われる。
この違和感を鈍いシュトラでも今はっきりと感じた。感じてしまった。
”この森は死んでいる・・・。それなのにここに在る。”
やがて目の前の闇が動いたように見えた。
「ひっ!」
よく見るとそれは闇ではなく人間だった。
しかしかなり歪な姿となっていた。
全身を泥のようなもので覆われていてまた指はなく顔ものっぺらぼう。
人の形をしているだけの闇に見える。
が、それは確かにまだ生命の鼓動を止めてはいなかった。
しかしその鼓動は心臓ではなく足元の沼のような闇から聞こえる。
「これは・・・」
先に進む。
竦んでなどいられない。
もしも唯夢がここに来ていたとしたら・・・。
「ライラくん!」
「!」
シュトラの声。
同時にライラは地を蹴って距離をとった。
直後に先程までいた場所に地面から腕のようなものが生える。
それに触れた木々が枝から腐り落ちてしまった。
「シュトラさん!」
ライラは脚力強化のカードを発動。
両足の能力を大幅に強化してシュトラを抱えると同時に走り出す。
今の走る速さは時速60キロほど。
ライラが走り抜けた地点を次々と闇の腕が襲う。
しかしどうやらそれではライラを捕捉出来ないようだ。
当然ライラもただ逃げているわけではない。
暗闇の森の中を駆け巡りながら唯夢の姿を探していた。
「・・・いない・・・!」
漏れた安堵の声が暗闇に吸い込まれていく。
その声が唯夢の物だからほんの一瞬だけ不安が芽生えたが
次の瞬間には欠片も残らずに消え去った。
だが、走っていく内に見逃せない何かを発見した。
「あれは・・・」
森の中心だった。
そこに繭のようなものがあった。
虫が匿うにはあまりに大きい。
しかしそうなるとこの状況からはいい想像ができない。
「・・・まさか・・・」
「・・・・・行ってみる?」
シュトラと顔を合わせ、そしてその繭へと向かう。
周囲の木々はさしずめ城壁、闇に蠢く泥人形は門番。
その中心に存在する繭の形をした闇を主とした領域。
近付いてみるとやはりその繭からも鼓動が聞こえる。
じっくりと様子を見やる。
繭はあの腕のようなものや泥人形同様やはり光を奪う闇だ。
だがその闇の中に人の形をした影のようなものが見えた。
まるで寵児のように丸くなった形から詳しい背丈は見測れないが
どうも自分達よりも小柄な少女のようにも見える。
「・・・まさか!」
慌てて闇の繭を二人で暴く。
闇は泥か綿のように手で軽く掻けば容易に引き裂かれていく。
しかし引き裂かれた闇は手に掬われた水のようにまた1つに戻る。
1つに巻き戻ろうとする闇に手が巣食われる前に中心の少女を引きはがした。
それはやはり唯夢・M・X是無ハルトだった。
着ていたであろう制服が闇に溶け彼女の体そのものに焼き付きつつあったが
それ以外ではまるで変化のない姿をしている。
「唯夢さん!」
闇の繭から離れ距離をとる。
やがて彼女は目を覚ました。
が、それと同時に。
「っ!」
シュトラが倒れた。
ライラもまた腹に衝撃を感じて後ずさる。
「・・・え・・・?」
それが、腕の中で体重を預けた少女によるものだと
理解するまでにそう時間はかからなかった。
「ゆ、唯夢さん・・・!?」
「・・・まさかたどり着けるとは思わなかった。」
ライラが膝をつくと同時に唯夢は立ち上がった。
唯夢はほぼ裸に近い恰好ながらそれを1欠片ほども気にはせず
肌とほぼ一体化していたスカートのポケットからカードを取り出す。
「唯夢さんどうして・・・!?」
「ここは、生まれることの出来なかった命が集まる、
彼らにとっては最後の砦となる場所。
・・・私は、私は女だからシュトラを幸せに出来ない。
でもここにいる魂から魔力を吸い上げて
それをカードに込めて魔法を使えれば私も男になれるかもしれない・・・。」
だから邪魔しないで。私はあなたを囮のために用意したのに!」
常人の数倍以上の禍々しい魔力が目に映るほどの質量を以て
唯夢と持つカードに纏わり渦巻く。
”これは、まずい・・・!”
直感的に判断を下したライラがカードを手に取るのと
唯夢のカードが発動するのは同時だった。
「スパイラル・サブマリン!!」
「ぐっ・・・!」
カードから魔力の竜巻が横薙ぎに放たれて
前方数百メートルを一瞬で貫通、幾多もの木々や民家をなぎ倒していく。
もし一瞬でも回避の判断が遅かったなら
ライラもそれに巻き込まれ粉々になっていただろう。
しかしライラは無事回避に成功してカードを発動させていた。
脚力強化のカードで唯夢の側面に回り込み彼女を羽交い絞めにする。
「・・・くっ・・・!パラレルでプロレスだなんて邪道だよ!」
「魔法格闘技で何を・・・!」
彼女の両脇の下から腕を通して後頭部を掴み上半身の動きを封じながら
足を払い共に地面に倒れる。
己の体重で唯夢の動きを封じ羽交い絞めからキャメルクラッチに切り替える。
後頭部に掛けた手を顎に組み替えて首を極める。
しかし唯夢を襲ったのはその痛みだけではなかった。
背中に滴る液体の感覚。
最初はそれが何なのか分からなかった。
だが、すぐに合点が整った。
「なぁるほどぉ。君、私と刺し違えるつもり?」
「え・・・!?」
「だってそうでしょ?その傷で持久戦やろうなんて。」
唯夢は嘲笑う。
何故なら自分を押し倒すライラは先程のスパイラルを
直撃は避けていても砕け散った木々の欠片が背中に突き刺さっていたからだ。
よく考えれば考える必要もないくらい容易だった。
あれだけの範囲の攻撃への回避が咄嗟で掠りもしない筈がない。
突き刺さった欠片自体は小さく、鉛筆ほどの物だ。
だがそれでも肉に半分以上突き刺さっていれば重傷に違いはない。
出血も激痛も馬鹿に出来ない程度。
しかし、
「だからって僕があなたを諦めていい理由にはならないんだ!
そしてあなたもあなた自身を諦めていい理由はない!」
「・・・どういうこと?」
「イグレットワールドさんから唯夢さんの事はたくさん聞きました!
どんなに悩んでも仲間には迷惑をかけることがなかった、
現に今だってイグレットワールドさんを巻き込まないように振る舞っている!
あなたはまだ迷っている!だから、まだ間に合うんです!
自分を捨ててまで手に入れた体をイグレットワールドさんは望んでいないと
分かっているはずなんです!
だから、だから僕はあなたのためにあなたを倒します!!」
キャメルクラッチを解除し、
しかし唯夢の腕を極めながらにライラは立ち上がる。
互いに顔を向き合わせるのとカードを抜くのは同時。
2枚のカードが宙を切り、指先から流れ出る魔力を帯びて輝く。
「サンダー・サブマリン!!」
「ガイザレス・サブマリン!!」
本来の明けより遥かに早い空を焼く稲光と
まるで大地を抉り裂く鷹の爪のような一撃が
膨大なエネルギーを生みながら超至近距離で激突を果たす。
落雷と落雷とがぶつかり合ったように凄まじい衝撃と轟音が森中に響き渡り、
振動が通過した直後に全ての木々が焼き尽くされた。
・やがて本当に夜が明けた。
騒ぎを聞きつけた警察が救急、消防と共に出撃して
地図には記されていなかった森の残骸にやってきた。
駆け付けた隊員により二人の少女が発見された。
片方は疑うまでもなくシュトライクス@・イグレットワールド。
しかし、もう片方はどちらだか分らなかった。
姿形は紛れもなく唯夢・M・X是無ハルトに違いない。
だが、
「・・・ここ、どこなの?私は・・・誰なの・・・!?」
彼女は記憶を失っていた。
すぐに病院に運ばれDNAを調査したところ
彼女は唯夢のDNAを持っていた。
だが、以前までの唯夢ではありえない現象も起きていた。
彼女の股間には女性器の上に男性器が生えていた。
また、調査のため森の残骸に残っていたチームは
少女のものらしき腕を発見したが既に細胞が炭化していて
DNAは調べられそうになかった。
結局この少女が唯夢・M・X是無ハルトなのかライランド・円cryンなのかは
この先明かされることはなかった。
ただ数週間後には傷が癒えたその少女は
自分が何者なのかも知らないまま元通りの生活を送ることになった。




