2話「女らしく姉妹らしく?」
2:女らしく姉妹らしく?
・朝起きたら見慣れない景色だった。
真っ先に鼻が女の子特有の柔らかい匂いを伝えてきた。
どこか近くに女の子でも寝ているのかと思って
起き上がってみる。
「あ、そうだ。今は僕がユイムさんなんだ」
正面の姿見に映る自分の姿を見て思い出す。
試合のあとに自分の姿がユイムになっていて
そしてそのユイムの実家であるこの家でユイムの姉である
キリエと暮らすことになっている現状。
曰く家族はいないそうだが使用人はいる。
上流階級を名乗るにふさわしい広大な敷地に
100人を超える使用人。
本当にあの姉妹はお嬢様なのだと感じざるを得ない。
キリエは使用人にはユイムが記憶喪失になっていたと
話しているらしく丁寧に屋敷の案内などをしてくれた。
そしていま自分が眠っていた場所はユイムの部屋。
学校の教室くらいはある広さだがこれでも狭い方らしい。
ユイムはあまり家にはいなかったらしく学校かジムによくいて
ここへは寝る時くらいしか戻ってこなかったらしい。
だからか部屋もあまり使われていない様子だった。
机の上には家族写真と6つのタイトル楯くらいしかない。
「学校……?
もしかして僕は学校にも行かなくちゃいけないのかな?
…………ユイムさんとして」
とりあえず着替える。
あまり他人の、それも女の子のクローゼットを
見るようなことはしたくないけれどしかし今はそれは自分だ。
見たこともないようなフリフリしたような服やら下着やらがいっぱいだ。
あまり習慣はないが下着も替えた方がいいのだろうか?
しかしそのためには再びユイムの秘部を見る必要がある。
正直昨夜の入浴時はかなり危なかった。
憧れていてしかも女性としても好きなユイムの体を今自分が
好きに弄り回せると言うのは健全な高校生からすれば
天国過ぎて逆に地獄のようだった。
自分の成すすべての行為を自分自身の罪悪感が邪魔しているようだった。
結局どうしようもないほど目視してしまい
ユイムの裸体は目と脳裏に焼き付いてしまっていた。
「……はぁ、」
下着は置いといて普通に着替えて深呼吸。
「状況を整理しよう。
まず、あまり考えたくないけれど考えられることとして
僕はユイムさんに身代わりにさせられたんだよね。
僕はチェンジのカードなんて持っていなかった。
そしてユイムさんはキリエさんに追われていた。
キリエさんに僕は発見された。
可能性としてはやっぱり一番有り得るんだよなぁ……」
実はもうひとつほど可能性がある。
それは何者かがユイムを攫い、自分を囮に使った。
しかし、これはかなり可能性は低い。
キリエが言うにはあの試合で判決が下った直後に
ユイムはキレて船を真っ二つにした。
それにキリエがすぐ追いかけているから
少なくともユイムは害意を持っていた。
パラレルカードをナイトメアカードにして
実の姉を襲って両腕を奪った。
そんな状態のユイムを誰が攫えるのだろうか。
まぐれでも勝ててしまった自分でもナイトメアカードを
使って暴れまわるユイムをパラレルカードで抑えるのは不可能だろう。
第一もし可能だとしてもすぐにバレると分かっていて
どうして自分を囮に使ったのか。
時間稼ぎにもならないはずだ。
「……やっぱりユイムさんが僕を……」
「そこまでにしてくださるかしら」
声。部屋の扉が空いていた。
「キリエさん」
「あなたの悪い癖ね。考え込むと周りが見えなくなる。
それに、2人きりの時はいいとしても
周りに誰かいる可能性があるのなら私のことはお姉さまと呼ぶことね。
いくら記憶喪失としていても不自然だわ」
「す、すみません。でも、まだ慣れなくて」
「…………まあ、ユイムとしての記憶がないのは事実ですから
怪しまれることはあまりないかもしれませんわね。
……そう言えば1つ聞きたかったのですが」
「はい?」
「あなたユイムのこと好きですの?」
「え、ええええっ!?あ、そ、それは、その……」
「はっきりなさい。男でしょ?それとも思考回路まで女になったのかしら?」
「………………そういうわけではないのですが……。
えっと、正直に言えばユイムさんのことはパラレル選手として憧れています。
……それに同い年の女の子としても好きだと思います」
「……そう。あなた前にあの子と会ったことは?」
「いえ、ないと思います。僕は田舎から来たので……」
「そう。なら話したこともないわけね」
「試合の前に少し話しただけです。それも通過儀礼のような会話でしたし……」
「そう。」
「ユイムさんは僕がパラレルをやるきっかけになった人です。
覚えているか分かりませんが本当の僕は
背も低いですしあまり頼りにならない地味な外見でした。
でも2年前にユイムさんの初めて公式試合を観戦して感動したんです。
同い年の女の子があんな格好良くなれるんだって。
だから僕も一生懸命練習してパラレルの選手になったんです。
……その、一目惚れもしてしまいましたし」
「……あなたがあの子の事もパラレルの事も好きなのはよく分かりましたわ。
それ以上の告白は本人を見つけてからにしなさい」
「何か手がかりがあったんですか?」
「いえ、まだ何も。と言うのもあなたとユイムのことを知っている者は
かなり制限されています。私と本局のマサムネさんの二人ですわ」
「マサムネさんってあの世界で数少ないナイトメアカードの装備と使用が
許されたカードハンターのマサムネさんですか!?」
「ええ、そうですわ。私と知古ですのよ。
現在彼に本物のユイムの捜索をしてもらっているわ。
遅くとも半年以内には見つかるでしょう。
なのであなたにはそれまでユイムとして生活していただきたいんですわ」
「…………でも、僕…………」
「ならあなたはどうしたいんですの?
文句ばかりで自分で何か提案がありまして?
それにあなたはユイムの体で女を知ってしまった。その責任もあるのではなくて?」
「それは……そうですが。
でもまだ情報が全然ありませんし……出来れば慎重に行きたいです」
「なら、少なくともあなたの正体を他人に知られないことですわね」
「…………はい」
惑いながらも返事をする。
しかし頭の中では最悪の可能性が導き出されていた。
理由はどうあれユイムが船1隻を沈めたくさんの死者を出して
禁止されていたナイトメアカードを使って実姉を襲い、
自分という囮を使ってまで完全に行方を眩ませている。
これはもし彼女がマサムネに見つかってしまえば
厳罰に処される可能性が高い。
無期懲役……でも甘いだろう。
高確率で死刑……。
もしくは噂に聞く埋葬機関に送られて
戸籍上は死亡した扱いになってその実、
本人はカードに封印されて永久的に
現世を物理的に彷徨い続けられるということも考えられる。
いくらユイムが悪いとは言えそれはあまりにも偲びない。
ならば、自分が先にユイムを見つけ出して何とかして保護をしたい。
それが、このライランド・円cryンの今一番の使命だ。