表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パラレルフィスト~交差する拳~  作者: 黒主零
if集
158/158

パラレル・フィスト

「ケーラ・N・Hル卍への道」からの続編であり、if集のラストであり、「パラレルフィスト~交差する拳~」の最終話です。

・西暦は3018年。激動の1年間を終えたばかりの年始。

800年以上前に突如全世界にばら蒔かれた魔法のカード・ナイトメアカード。その存在は科学に支えられたそれまでの文明を大きく覆すのには十分すぎた。

魔法と科学が交差して文明同士の激しい競争が最大限に高まった400年前には、世界を鋼鉄と魔法により炎に包み込んだ史上最悪の戦争・聖騎士戦争が勃発した。

その戦争による被害は凄まじく、地球環境は大きく変化を遂げていた。地球上の8割以上を占めている海は放射能よりも凶悪な悪性物質の数々を浴びて完全に汚染されてしまい、人間は愚かあらゆる水生生物でも足を踏み入れれば数秒で死に至る状態となっている。これにより水生生物は一部の湖沼に生息している種を除き絶滅。

人類も8割以上の人間が死亡し、ほぼ全ての国家が機能しなくなるなど甚大すぎる被害が生じた。

それからの400年間は今までの歴史上では全く類を見ない歴史を辿ることとなった。

国家というものがなくなったために生き残ったわずかな人類を率いるための組織として政府議会が結成。

戦争初期に滅亡した日本の国家を参考に、交通省、文科省、魔術省、内務省、財務省、労働省、法務省、外務省が存在する。それぞれ一人ずつ代表となる大臣を用意し、内内務省大臣が全体のリーダーも兼任して人間以外がほぼ絶滅した魔導の世界を導いていていた。

まず、争いの道具として使われていたナイトメアカードは規制をし、代わりに日常生活で使えるようなものや、魔法格闘競技として使えるように調整されたパラレルカードの配布を行なった。

さらに、全人類のDNAにナイトメアカードを使用すると命に関わるレベルの負担が掛かるよう調整。

聖騎士戦争が残した文明への爪痕を最大限利用して生まれ変わった新たな文明は一見、平穏無事に育まれているように思われた。

しかし、西暦3017年。当時の内務省兼外務省大臣であるステメラ・I・Hル卍が予てから議会の間でもトップシークレットとされてきた人類の敵・ブランチと繋がっている事が判明。さらに聖騎士戦争時代の負の遺産であるオメガまで使用して政府議会に反旗を翻した。最後までブランチの手駒として操られていたステメラだったが、しかし禁忌を宿した鋼の刃の前に政府議会は滅亡を迎え、多くの大臣や職員は殉職してしまった。

この事態に際して、800年前にナイトメアカードを司る存在に認められた青年・風行剣人は自分が信の置ける少数の人物を率いて新しく政府議会を立ち上げ、これより迫り来るであろうブランチの襲撃に備えることとした。

3017年12月。剣人が最も強い信頼を託していた少女ライランド・円cryンが実は、聖騎士戦争以前から人類と天敵同士であった異種族・天死である事が判明。しかも彼女は自分の力を制御出来ていなかった。

剣人は、天死を世界に残すわけには行かないと彼女を葬る決意を抱き、早くも新生政府議会は解散の危機に追い込まれてしまう。だが、彼女には仲間がいた。仲間達の必死の説得と、彼女らを庇おうとしたライラが天死の力の制御に成功したため剣人はライラの処罰を中断し、政府議会は事なきを得たと思われた。

だが、年末も年末。世界でほぼ唯一と言っていい、まともに機能していた国家である泉湯王国アク・サスファンテがブランチ率いる天死の集団に襲撃を受ける。ライラ達はかつてこの国で世話になった少女・シキル・Pんパ麗℃・最首を救うためにブランチとの戦いに挑む。その戦いの最中にライラは、彼女同様天死の力を制御して理性を保っていた天死・エマと出会う。エマとの戦いに辛くも勝利したライラだったが、既に泉湯王国アク・サスファンテは滅亡といってもいい程甚大な被害を受けていた。ライラ達はあまりに苦い勝利を噛み締めながら未だ終わりの見えない戦いの中の年末を過ごす事となった。



・年が明けて2ヶ月。

緊張状態のライラ達だったがしかしその2ヶ月でブランチも天死も一切姿を見せることはなかった。

交換チェンジの効力を消し、本来の姿に戻ったライラは妹共々、X是無ハルトの家の世話になっていた。

自分が天死の血のせいで生えてるだけの女性だと言う事を明かしたため、少年と紛う程短くしていた頭髪も今では肩にかかるほどに伸びていた。

仲間達に支えられながらも剣人に認められた現在だが、それでもまだ自分を完全には認めていない状態を、きっと妹のリイラには見破られているだろう。そして今も、

「ライラくんさぁ……」

「え?」

まだ完全に日が落ちていない夕暮れの寝室。ベッドの上で腰を前後させながらユイムが口を開いた。

「最近、反応悪いよね」

「え!? 僕、ユイムさんの言った事何か忘れていましたか?」

「いや、そうじゃなくてこっち」

ユイムは顎で自分と繋がっているライラの部分を指す。

「ひょっとして僕の、飽きちゃった?」

「い、いえ、そんな事ないですよ!? ユイムさんは僕にとって憧れですし、大好きなお嫁さんですし……」

「いやいや、むしろライラくんがお嫁さんだから」

「え、そうなんですか!?」

「あ、また縮んだ。どうしたのかなぁ? ひょっとしてライラくん実は女の子望んでる?」

「え?」

「もし、そうだったならライラくんの男の子の部分が少しずつだけど消えて行ってるんじゃないかな?」

「……じゃあその内これもなくなるって事でしょうか?」

「いや、ごめん。言っておいてなんだけど僕にそこまでは分からないよ。反応悪くなったのだって別の要因かも知れないしね。……とりあえず激しくしようか?」

「ま……っ!!」

ライラの言葉は、宣言通りに激しく動き始めたユイムから来る刺激の前に終わった。



・翌日。学校。体育倉庫。

「へえ、確かに反応が鈍くなってるってのは薄々気付いてたけど本当だったなんてね」

「ううう……」

次の授業の準備をしているライラはそのブルマと下着の中にシュトラの手を入れられていた。

男の部分と女の部分を同時に攻められ、その二つを膨張させていくのをライラは意識しながらも我慢できなかった。

「とてもそうは見えないけどね。ライラくん、女の子なのにブルマの前をこうもパンパンに膨らませてそれでクラスメイトに混ざって体育受けられるかなぁ?」

「ず、ずるいですシュトラさん……」

シュトラに言われたままの姿となっていたライラは暗闇の中でブルマを下ろし、同じくブルマを下ろしたシュトラとその身を重ねた。



・放課後。コート外ランニングロード。ライラとケーラが使うトップランナー専用の場所だ。しかしいま走っているのは体ではなく呼吸の乱れだけだ。

「……なるほど。それで経験の浅い私を選んだと」

「すみませんケーラ。でも、確かめたいんです」

他に人も目もないとは言え野外でライラはケーラの服を脱がしてトップレスにすると無理矢理髪をつかんで露出した己の股間に引き寄せた。数秒してから不慣れな奉仕が快楽を生み出し始める。やがて絶頂に達したライラは彼女の口の中にその結果を吐き出した。

「……充分元気じゃないですか」

「……すみません。ケーラ相手は慣れていなくて」

「ライラ、言っておきますが私とあなたはそういう関係ではないのです。数回寝ただけの話でユイムさんやシュトラさんのような関係を望まれては私も困ります」

「……すみません」

口元を拭いながらジト目で説教のケーラに対してライラはただ謝ることしか出来なかった。



・放課後。MMから呼び出しを食らっていると言うユイムを待つために校門前でライラが佇んでいた。

寒くもない冬風がスカートを軽く翻すと、同時に嘆息をこぼす。

ケーラにまで手伝わせて、得られた情報は特になし。しかし自分の男の部分の反応が鈍くなっているのは事実だ。これだけここに対して執着を示すのは未練があるからだろうか? それとも逆?

「はぁ……」

「次々と女の子とエッチなことして何が不満なんですか先輩?」

「え?」

嘆息の次に声がした。ライラは周囲を見やるが他に生徒の姿はない。そもそも既に部活が終わって時間が経っている。この時間ではまだ残っている生徒は自分達くらいだろう。なら、空耳だと疑えるが、

「あ~、やっぱり見えてないみたいですね。まあ私も自分の姿見えてないんで本当に体ないんだなぁ……」

「えっと、聞き覚えのある子の声はまさか……ヒカリさんだったりします?」

「はい! ヒカリ・軽井沢・SKAちゃんですよ! ライランド先輩」

「え、えええぇっ!? ヒカリさん、確か泉湯王国アク・サスファンテでユイムさんを生き返らせるために亡くなられたんじゃ……!?」

「私もそう思ってたんですけど、どうやら体をなくしただけみたいです。ずっと先輩のこの体の中に入ってたみたいですね」

「入ってたみたいって……いつから? どうして、あれからもう半年以上過ぎてるのに……」

「そりゃ先輩の体の所有権がコロコロ変わってるからじゃないですか? ユイム先輩になったり戻ったり、天死になったり……」

「ひ、ヒカリさん、天死の事を知っているんですか……?」

「……まあ、そう言う名前だってのは先輩の中で目を覚まして先輩の中の知識から引き出して照合したんですけどね。まあ、それよりも先輩。そんなに迷う事ですか?」

「え?」

「だって先輩女の子してても男の娘しててもどっちも困ってないじゃないですか。大好きな人達と毎日エッチなことし放題。何が不満なんです?」

「いや、その、やっぱり僕女の子ですし……」

「……先輩の体の中に入ってると自然と先輩の記憶や情報が私の中に入ってくるんですけど、先輩自分で女である事を捨てたそうじゃないですか」

「そりゃ、こんな体になってしまったからで……」

「今もまだこんな体では?」

「そうですけど……でも……」

「ああもう、どうしてそうウダウダなんですか先輩は。そう言う性格は女の子でも男の娘でも気に入られませんよ? 来斗くんを取られそうになった際にブランチや剣人さんとやらに向かっていった時みたいに直感でいいじゃないですか」

「だって……こんな怪物の体じゃユイムさんを抱けないよ……でも、抱きたいし一緒にいたい。でも……!!」

「答えなんて今あなたが言ったじゃないですか! ああもうじれったい!! 体があったらラリアットを打ち込んでやりたいくらいですよ!」

「ライラくん? 何してるの?」

声。今度は背後から。ユイムが来ていた。

「ユイムさん……」

「独りでどうかした? それとも誰かと電話でもしてた?」

「あ、いや、そうじゃなくて……」

「……?」



・政府議会。未だに修復作業が続くそこにライラとユイムは足を運んだ。

救済キュアで体を失った女の子?」

剣人が事務作業をしながら疑問を口にした。

「はい。泉湯王国アク・サスファンテでの一件からずっと僕の体の中に入っていたそうなんですけど、意識だけしかないみたいで……」

「なるほど。ブランチはそんなのを作り出したのか」

「剣人さんが知ってるカードとは違うんですか?」

「奴が使うナイトメアカードはパラレルカードを奴が自分に都合がいいように強化しているものだ。本来のナイトメアカードとは全く違うものもある。……確か報告書ではキュアはシュトラちゃんに使わせるつもりだったらしいな」

「はい。死んでしまったユイムさんを生き返らせるためにシュトラさんがブランチから受け取ったそうです」

「……以前の議会襲撃の際もそうだが奴は天死を正確に制御する力は持っていないのかもしれない。だから、奴は副人格を付けさせて天死をコントロールしようと企んでいたのかもな」

「えっと、どういうこと?」

「ユイムさんが僕の、天死の体を使って蘇ってそれをブランチが天死として活性化。普通ならユイムさんは全国大会の時のように暴走してしまいますが、キュアを使えばユイムさんの体内にシュトラさんがいるため二人分の理性で天死の力を制御しようと言う事です。尤も推測に過ぎませんけど」

「そのブランチも最近は全然音沙汰なしだ。きっとまた碌でもない事を考えているんだろうな。……さて、キュアで体を失った子についてだが、時間をくれれば何とか出来るカードはあるぞ」

「え!? 本当ですか!?」

「ああ。造物オブジェ移植インストールのカードを使えば自分で望んだままの肉体を作り出し、そこに意識を送ることが出来る。これをすればそのヒカリって子の体をイメージしてオブジェで作り出してお前の中のその子をその体に送る事が出来る。ただ、もしもだ。もしも、お前が言うような状況じゃなかったら、例えばそのヒカリって子は飽くまでもお前の意識上の彼女を再現させられているだけの空虚な存在だった場合、お前の魂がその作り物の体に移植されてしまう上、もう元の体には戻れない。……どうするかは任せる」

「……分かりました。でも、それならそれでいいと思います。この天死の体を捨てられるのなら……」

「……分かった。準備に24時間掛かる。また明日来い」

「はい、ありがとうございます剣人さん」


・夜。月のない暗闇の空間に一つの影があった。

「……」

白銀の衣装に身を包んだ青年・パラディン。彼はキザにマントを夜風に翻しながら崖の上から静かに揺れる森を見下ろしていた。

「……なるほど。あれがブランチか。この400年で一度もあのような構えを取ったことはないはずだ。それをするという事は、奴にとって去年の1年間は決して空疎なものではなかったと言う事か」

その灰色の眼に映るのは海とも形容出来るほどの闇だった。空に漂う雲のように暗闇で包み込んだ森の中に卵あるいは繭のように幽かに揺れる物体があった。

「……休眠状態か、いつもなら間違いなく私の気配に気付いているはずだが……」

いくつかの候補を考え、現在のブランチにどう対処するか検討するパラディンは、しかし数秒ほどデジカメで撮影してからその場を去る事にした。

白銀が夜空を去った後だ。彼が見ていた闇の繭の中で動きがあった。

「……もはや使える手駒はない。ならばそろそろ我自らが動き、世界を変えねばならぬ。我が望み、進化の先にある存在。それを掴む為にも……」

「相変わらずだな、ヒディエンスマタライヤン」

「……何者だ……!?」

「何だ、記憶喪失なのか? 全宇宙の調停者がひと柱たるものが」

「……その声、どこかで聞き覚えがある……しかし思い出せない。一体何だ貴様は……!?」

「言ってみればお前と同じ、<進化>を司る存在。ここではない星を観測していた。だが、中々終の存在であるお前からの反応がないから見に来てやったんだ」

「……<進化>を司る全宇宙の調停者……くっ!! 思い出しそうで思い出せない……! 一体、何だというのだ……!?」

「……ふむ、なるほど。今この星の歴史を調べてみたがお前は数万年前にここへやってきた際に記憶を失っているようだな。下手にこの星の種族を真似しようとして、その脆弱さまで真似しちまった結果がそのあまりに不完全な状態ってわけか。そんな状態でも本分たる進化の観測と導きを忘れずにいたのは褒めてやるがな」

「……」

「1つ、いいことを教えてやろう。あまり暴れすぎない方がいい。今はまだ眠りについているストラヴィンガルドクィンケッサだが、目を覚ませば間違いなくお前を処罰しにかかるぞ。既に逆行してラァルシムタンカヤイの野郎が分身を送り込んでいるようだしな。忠告は親切に受け取るべきだぜ。人、それを学習と言うってな」

「……ストラヴィンガルドクィンケッサ……ラァルシムタンカヤイ……」

「そして、覚えておけ。お前の終の存在であるこっちの名はブフラエンハンスフィア」

「……ブフラエンハンスフィア……ヒディエンスマタライヤン……くっ!!」

ブランチが己の謎の頭痛を押さえ込んだ時には既に自分に語りかけていた存在は消えていた。

「……何だったのだ今のは……。しかし、今ので我が記憶回路には不備が有ることが分かった。時間は掛かるが修復機能を働かせてみるか」

声が終わり、森はまた静かに闇の中を漂い始めた。



・夜が明けた。

「……ん、」

規定の時間になると、自動的に部屋のカーテンは開かれ生まれたばかりの朝陽が寝顔に注ぐ。

そろそろ1年となるここでの生活を再び始めるためライラは目を覚まして上体を起こした。少し前までならこの時点で元気になったそこが視界に入るのだが今では僅かな隆起さえ見られない。

「あ~あ、せっかく朝立ちが見られると思ったのに」

「ヒカリさん、女の子でしたらもう少し言葉を選んでください。と言うかヒカリさんはひょっとして眠らないんですか?」

「う~ん、そこらへん微妙な感じなんですよね。意識があるのかないのか私にも分からない状態です。お腹だって全然空きませんし、かと言って満腹ってわけじゃありませんよ? 昨日ケーラ部長やシュトラ先輩とにゃんにゃんしてた時なんて見てるだけでお腹いっぱいご馳走様って感じでしたもん」

「そういうのは言わなくていいんです!」

「そう言えばシキルいるんだってねこの家」

「え? あ、はい。去年、泉湯王国アク・サスファンテが壊滅してしまったのでX是無ハルトで引き取ることにしたんです」

「……あ~、信じたくなかったけど事実なんだってね。あそこ魔境すぎるよね」

「言いたくありませんがその最初の発端作ったのあなたでしょ?」

「……まあね」

「……ヒカリさんは元の体を取り戻したらここの預かりになるんです。みんなにも見える姿であまり変な事言うとキリエさんに叱られますよ?」

「でもその人もまだ入院中なんでしょ?」

「ええ、怪我自体はもう治っているのですが今まで使っていた義手が特注品で、あれがないといざと言う時にブルーを使えないため、新しい義手が届くまでの間は議会直下の病院にいらっしゃいます」

「空間支配系カードかぁ。確かアレで一度アルクス倒してるんだよね。チートだよ全く」

「正確に言えば倒したわけではなくて追い返しただけです。それに室内でなければユイムさん程の魔力で抵抗可能だそうですので」

「先輩はどうなんです? 勝てそうですか?」

「……ナイトメアカードのスライトで室外ならこの前突破出来ましたが、スライトでもユイムさんでも室内で使われたら歯が立ちませんよ。天死の力を全開にした僕でも無力化されましたし」

「ふうん。確かパラレルカードってナイトメアカードを競技用にデチューンしたものなんですよね? なのにどうして空間支配系はナイトメアカードより強いんですか?」

「……それは僕にも分かりません。ただ、空間支配系は他のカードと違ってカード自体が自分を使うにふさわしい人を選ぶそうですので何か特別なのかもしれませんね」

「ならもし、空間支配系がブランチにナイトメアにされたら大変ですね」

「こ、怖いこと言わないでください……!」

会話の中でライラは起き上がり、服を着替え始めた。

制服に着替えたライラがリビングへ行くと、既にシキルがいて朝食の用意をしていた。本来シキルは客人であり、家事などは使用人達が行うものなのだが彼女は自ら望んで家事をしている。魔力をほとんど持たない自分が出来る事を探した結果だそうだ。

「おはようございます。ライラさん」

「おはようございます。シキルさん」

「どうせ聞こえてないだろうけどおっはよー、シキル」

重なる3つの声。その内2つしかX是無ハルトの朝の空気を彩らない。

「ライラさん、ヒカリが中にいるって本当ですか?」

「はい。ちょうど今シキルさんに挨拶してましたよ」

「……そうですか。色々複雑です。生きてて良かったとも思いますし。やっぱり夏での事もありますし」

「ヒカリさんは全然気にしてませんよ。むしろ早く会いたがってます」

「先輩、あまりポジティブに代弁をしないでくださいよ」

「今照れてます」

「クス、そうですか。でも今晩には体を取り戻すんですよね?」

「はい。その予定です。剣人さんのカードで、夏に僕が会ったヒカリさんの姿の記憶から肉体を再現してそこにヒカリさんの意識を移植するそうです」

「おっはよー! ライラくん、シキル!」

「ユイム、朝からうるさいわよ」

会話の途中で別のドアから入ってきたのは制服姿のユイムと升子と彼女に抱き抱えられた来斗だ。

升子はライラの幼馴染であり、来斗はユイムがライラの体を使っている間に升子と作った子供だ。

12月では天死の血が入った来斗をめぐってライラ達、剣人、ブランチの三つ巴の空気が続いていたが今はそうでもない。しかし、それでも互いに望まぬ未来を産んでしまったユイムと升子は未だに不和が流れている。

「ユイムさん、升子、来斗。おはようございます」

「ライラくんは朝早いよね」

「ユイムは昨日、イメージのカードで作った女と遅くまでレズレズしてたからでしょ? 次の日学校だってのに」

「ゆ、ユイムさん……ついに非現実な女性とも……」

「それはちょっと違うかな。昨日イメージで投影したのは僕の体を使っている頃のライラくんだもの。外見は自分だけど仕草とか全く違くて新鮮だったよ」

「レズなだけでなくナルシストにまでなったわけね。この貧乳僕女は」

「もう、升子ちゃんてば。一緒のベッドで何度も寝て子供まで作った仲なのに照れることないんだよ?」

「あんたに対しては嫌気の感情しか持ってないわよ」

「まあまあ、升子もユイムさんも落ち着いて。ほら、朝ごはんが出来ますよ。あれ? リイラは?」

「昨夜の来斗のお世話担当だったからもう少し寝たいらしいわ。あと10分だけだって」

「……強くは言えないけどあいつのそれは10倍の時間で換算した方がいいから先に制服に着替えさせてスカイカーの中で寝かせた方がいいかも。ちょっと僕行ってくる」

リビングを出たライラはまっすぐリイラの部屋に向かい、ノックなしで中に入る。

「リイラ、朝だよ。起きなさい」

声を飛ばす先はベッドの上。かつての部屋では置くだけで部屋の面積の大半を占めてしまうであろう巨大なベッドの上には明らかに面積に対して小さすぎる妹が大の字で眠っていた。思えばこうして寝姿を見るのは久しぶりだ。数秒、感慨深く眺めてからリイラに歩み寄る。

「リイラ。リイラってば。せめて制服に着替えてから寝てよ。……もう、起きないならこちょこちょしちゃうからね?」

「……ぶっ! あははははははは!!! ……ってこらぁ!! お兄ちゃん何やってるのよ!! 脇の下に手なんか入れてエッチ!!」

「エッチって、別にそんなつもりないし昔はいつもこうだったでしょ?」

「年を考えてよ! ううう、私までお兄ちゃんに孕ませられると思ったら……」

「誰がするかそんな事」

「……忘れてるなら言っておくけど私の処女破ったのお兄ちゃんなんだからね?」

「ら、ライラくん……そんな事を……!?」

ドア。ユイムが表情を変えて立っていた。

「い、いや、ユイムさん!? 違いますよ!? 6月の試合で戦った時にパイルドライバーかましてその時に破れてしまっただけで……!」

「それでも女の子にとっては重大だよ。ってかライラくんも女の子なら分かるでしょ!?」

「あ、いや、それはその……」

「ってそう言えばライラくんはまだ処女なんだっけ。なら今度、トランスのカードでやろうか?」

「えっと、ユイムさんを楽しませるためならその……」

「あのさ、二人共。小学生の女の子がいる部屋で朝からそんな話しないでくれる?」



・学校。昼休み。昼食のためにケーラの部屋に集まったライラ達。

「ねえねえ! 春休みになったらみんなでスキーしに行かない? KYMグループでよく行ってる場所なんだけど」

ティラからの誘い。それにラモンが付け加える。

「正確に言えばお泊まりだよ。2泊3日くらいでいいかな。それくらいなら剣人さんも許してくれるでしょ」

「どうでしょう? でも僕は来斗がいますし……」

「来斗くんやリイラちゃん、升子ちゃんも連れてきていいよ? シキルちゃんもおいでよ」

「いいんですか? 私スキーって初めてです」

「雪って言うんでしたっけ? スノウのカードで出るあの氷みたいなのが自然発生してるなんてちょっと信じられませんね」

「昔はそれが当たり前だったようです。まあ、今となっては雪が降る地域はかなり限られているそうです」

「まあ、聖騎士戦争でほとんど地球上の気温が変わらなくなったからな」

挟まった声。一同がその方を向くと、当然のように隣の席に剣人が座ってカップ麺を頬張っていた。

「け、け、け、け、けけけけけ剣人さん!?」

「おう、どうした? 雪はそんな鳴き声しないぞ?」

「知ってますよ生物じゃないってことくらい! それよりどうしてここにいるんですか!? ここ学校で女子校ですよ!?」

「知ってる。一度来てみたかったんだよな。いや、男からしたら一度は足を運びたい場所ランキングで上位に来るんだぜ? 女子校」

「捕まりますよ!?」

「大丈夫だ。他人の認識を阻害する忍者アサルトのカードでお前達以外には見つからないようになってるから」

「……で、ここまで来て何の用ですか? まさか100%男の欲望を叶えるためじゃないでしょうね?」

「ああ。50%くらいだ。それより、スキー旅行に行くそうだな。まあ、3日くらいなら別にいいだろう。もちろん何かあったら直ぐに帰ってきてもらうが。と言うかこっちから転移テレポートで迎えに行くが」

「あ、ありがとうございます。と言う事は剣人さんは来ないんですね」

「来てもいいのか? ……まあ、それよりだ。今夜例の作業を終えたら俺は少しの間、空ける。3枚目のあいつを探しに行きたいんだ」

「3枚目? 召喚系ですか?」

「ああ。純闇カオスって言ってな。コイツ自身は嫌がらせくらいにしか使えないんだが、3体集めた時しか使えない技があるんだ。と言うか、八又轟閃は3体の召喚系カードの力を合わせて初めて完成するんだ」

「……未完成であれだけの力が……」

「と言うか、キマイラ1枚でも確かライラくん倒してたよね……?」

「流石ナイトメアカードだね。生贄サクリファイスと言い、そんなのが戦争に使われたなんてよっぽど昔はすごかったんだよね」

「凄いなんてもんじゃない。聖騎士戦争は、かつて世界を終わらせると言われていた第三次世界大戦を遥かに超える規模だった。WW3では国が30滅ぶ程度で済んだが、聖騎士戦争は泉湯王国アク・サスファンテ以外の国家全てを潰したんだぞ。なにせ、かつて世界最強最悪と言われた核ミサイル以上の威力を個人が見境なくポンポンポンポン出せるカードばかりだったんだ。下手すりゃ1対1の戦いですら地球全土が数度焼き払われる規模の戦いだって起こせるだろう。ナイトメアカードを使う人間、ナイトメアカードを狩ろうとするカードハンター、ブランチのオメガや天死、その裏で色々こそこそしてたパラディン。そこにさらに滅亡間近で自棄になった多くの武装国家。これらが入れ混ざって100年以 上も全力でぶつかり合っていたんだ。……もうあれはゴメンだぜ」

「……」

「ライラ。今夜8時に議事堂に来い。そこで作業を行う。そんなに時間は掛からないだろう」

「分かりました」

「……学校か。こう言う雰囲気は久しぶりだな。俺の時代はもうほとんど残っていなかったが……まあいい」

カップ麺を食べ終えた剣人は剣捌きで空き容器を粉々にすると、その場を後にした。



・茜色に空が燃え、しかしカラスの鳴き声が乗らない空気の夕刻。

一日の授業を終え、部活を終えたライラが夕刻すら終わりに傾いた時間にスカイカーにも乗らず独りで歩いていた。

「どうしてスカイカー使わないんですか?」

「ここからなら歩いていけばちょうどいい時間かなって。いい運動になりますよ」

「本当勤勉だなぁ先輩は。とても休み時間の度にユイム先輩やシュトラ先輩にぶっかけまくった人とは思えませんね」

「そ、それを言われるとちょっと……」

「このまま元の姿に戻ったらいつか私まで毒牙に掛かってしまうのではないかと不安です」

「流石に天死の僕でも見境なく女の子を襲ったりはしませんよ。それより、ヒカリさんの復活を周囲にどう説明するかが考えものです。一応戸籍上ではヒカリさん亡くなっているのですから」

「ナイトメアカードを説明しちゃいけないんだよね」

「はい。一応ナイトメアカードは正真正銘の黒歴史として厳重に情報が管理されているそうですから。まあ、P3でのインターネットサービスでは既に所々で噂になっているようですが」

「それに、私やユイム先輩以外にもブランチからナイトメアカードを渡されて暴れろって言われた人はいるらしいですし。でも、ブランチの目的を果たすならナイトメアカードの存在は隠された方がいいんですよね」

「え?」

「だってブランチは数少ない人間にナイトメアカードと言う力を与えてその少数が他の多くの人間を支配する事で人類全体の質を高める事なんですよね? だったら事前にその力の存在を知らせない方が支配の確率は高まるんじゃないですか? 誰だって知ってる力より知らない力の方が対処しづらい訳ですし」

「……確かにそうですね。ブランチはステメラ大臣とも繋がっていたようですから現代社会についても詳しかったはずです。だからそれを利用していた可能性もあります。ブランチがどうしてナイトメアカードを他人に渡せるのか、そもそもブランチはどんな存在なのかもまだ分からないですが別にナイトメアカードじゃなくてもいいはずです。ステメラ大臣やミネルヴァさんにしたような方法だってあるはずですし……」

「後で剣人さんに聞いてみたらどうですか? 先輩がウジウジしてると正直うざいですし」

「う、直球ですね。でも、今のはいいポイントかもしれません。何かブランチの手がかりになるかも……」

歩行者のほとんどいない赤と青のせめぎ合う道を歩くライラ。しかしふとその足が止まった。

「先輩?」

「……何かが僕を狙っています」

「え?」

カバンを下ろし、懐のカード達に手を伸ばす。姿勢を低くして周囲に気を配る。短く伸びた己の影と月と夕陽が視界にはいる。カラスはいない。そもそも彼らが足を止めるための電柱や電線もこの時代には存在しない。

しかし、空でも大地でもない何かが己を真紅の瞳で見つめているのをライラは全身を走る神経で認識していた。

そして、一瞬にも満たない時に風を切る音が聴覚を小さく刺激した。

「!」

ライラは脚力強化ステップで低く、遠く左に転ぶように跳躍した。

直後に先程までいた場所を鋭く大きく歪な爪が貫いた。その事実を視覚が捉えてからその持ち主をライラは見た。

「ラウラさん!?」

ヒカリ同様、あの夏に泉湯王国アク・サスファンテで出会った少女ラウラ・ラリーラ・来音。

しかしその姿は以前と大きく違っていた。クリーム色の髪はおかっぱから腰まで届くほど長く伸びていたが、しかしその表情などは少女のものとは言い難い。十代後半くらいの青年と言った方が相応しいか。

そしてそれ以上に目を引くのが首から下。自分よりも大柄な背丈と体格。しかしその背中からは2枚の大きな翼を生やし、肘から先の腕は恐竜の化石のような硬質で大きなものとなっていた。その先には牙のような爪。

「天死……!?」

「ライランド・円cryン……! その首を貰う。僕を取り戻すために」

伸ばした腕を戻し、着地したラウラが真紅の瞳でこちらを見やるや否や、奥に控え脇に締めていた左腕を突き出す。ボウリングの時のような挙動。しかし猪の突進のような勢いの一撃。それを放つ寸前に背中の翼を小さく羽ばたかせることでラウラの体は縮地でも行なったかのようにこちらとの距離を勢いよく縮めた。

……回避できない……!!

悟ったライラはステップを中断せずに新たなカードに指から魔力を注ぐ。

絶望ヴァイン!!」

カードを引き抜いた右腕は鋼刃手甲タルパナとなって硬質な一撃を真っ向から防ぐ。防御を完了すると同時に全身をカードの効力で包み、甲冑をその身に纏った。

「それが新しい悪夢の力か」

「ラウラさん、あなた天死だったのですか!?」

「最初からそうだったさ! 最初から僕はお前のための運命だった! でも、そんな運命はもう許せない!」

「どう言う……」

「問答無用!!」

次なる攻撃が迫った。右腕の回し打ちだ。恐竜の尻尾を使った回し蹴りのように太く硬い右腕を外側からなぎ払うように振るう。

ライラはそれをやはりタルパナで受け止め、反撃を用意するがすぐに異変に気付く。攻撃を受け止めた左腕がラウラに掴まれていた。

「え!?」

「僕はお前より天死の力に詳しいんだ!」

握力がライラの左腕を軋ませ、その体を地から離す。

「くっ!!」

ライラは強化されたままの左足でラウラの右腕にかかと落としを打ち込み、握力から解放されると、着地と共に甲冑とタルパナを解除して巨大な腕に変形させた。

「その力は危険です!」

宙を舞う腕を使い、ラウラを掴んで空に固定する。

「ぐっ!!」

先ほどのそれを大幅に上回る握力がラウラの全身を握り締めて軋ませる。

「ラウラさん! どういう事ですか!? どうしてあなたが天死で……」

「知らないのか……!? 天死は必ず対になって生まれるものだ……! お前が太陽で僕が月……! お前が女を選べば僕は男になる! 月はひたすらに太陽の影響を受け続けるしかない! なら、僕はまだ眠りに就いたままの太陽を殺して自由になる!」

慟哭。その勢いで翼が大きく広がって握力から解放されるとラウラは始まったばかりの夜空を舞う。

爪をこちらに向けて針のような紅い視線を添えていた。

ライラは知っている。あれは、天死がよく使う突撃の構えだと。天死の体の頑強さと爪の鋭さを翼から出る速度と高度を乗せて放つ突進はこのヴァインの腕でないと防御は出来ないだろう。

「先輩、ラウラは突進する時左目を瞑る癖があります」

「ヒカリさん……!?」

「昔からの癖です。さっきも似たようなのを見ました。そこを突けばどうにかなるはずです」

「……ありがとうございます」

ヒカリからの助言。それに対する礼。それらが終わると同時にラウラは突撃を開始した。

2枚の翼を一度前に回し、小さく前進してから背後の空気を同時に強打して急加速。速度はおおよそマッハ2。

それに対し、ライラは自身の目も天死と同じ、緋瞳ひとみへと変えて動きを見やる。正確な突撃角度を一瞬で見切り、防御をやや斜めに構え直す。


結果、ラウラの突撃は見事防御されたばかりかわずかに受け流され、左目を瞑った一瞬にライラはラウラの左側面に移動。その大きな腕でハエたたきのようにラウラの背中を強く打つ。

「……ぐうううう!!!」

突進の勢いを殺さぬまま、さらに背中からの強打を追加されたラウラは稲妻のように地面に叩きつけられ、何度もバウンドと滑りを繰り返しながら10メートル先の石造りの壁に激突した。

土煙が上がり、夜風に運ばれて二人の間の空気を濁らせる。

やがて、崩れた壁を払ってラウラが立ち上がった。

「……なるほど。ライランド・円cryン。お前の中にヒカリがいるのか……!」

「……」

「僕の癖を知っているのはあいつくらいだ……」

ラウラは正面のライラとその中にいるであろうヒカリに真紅の視線を送ると、やがて翼を羽ばたかせて去っていってしまった。

「……まさかラウラさんが天死で、しかも僕と対になっていたなんて……」

「私もラウラが天死だってのは知ってたけど先輩との関係までは知らなかったな」

「ヒカリさん知っていたならどうして教えてくれなかったんですか?」

「だってもう二度と会う機会がないかもしれないのに幼馴染の詳しい事情なんて話せませんよ。……まだ性殺女神セキシキルアルクス泉湯王国アク・サスファンテに来る前です。ラウラが旅館の最上階から落ちるって事故があったんです。その時に命の危機からかラウラは空中で翼を出して着地したんですよ。その際にラウラは自分が天死だって事を思い出したみたいで。ラウラは孤児だったんです。どこから来たのか分かりませんが気付いたらシキルの旅館の前にいたみたいで……」

「……もしかして僕と対になってるって事は僕が生まれた時に自然発生した……とか?」

「分かりませんよそんな事。それより今の、剣人さんに話すんですよね?」

「……どうしようか迷っています。ラウラさんはブランチとは繋がっていないのは去年の夏や年末の件で分かっています。だから剣人さんや政府議会がどうにかしなければならない本題とは違うような気がするんです。僕個人の問題じゃないかって」

「……そうですか」

「……ともかく一度議事堂に急ぎましょう。天死の対について剣人さんに聞きたいですし」

ライラは発動中の2枚を解除してスカイカーを呼んだ。



・政府議会議事堂。予定より2時間早く到着したライラは剣人に質問を投げた。

「天死の対か。俺も天死については詳しくはない。天死ってのは必ず2体1組で生まれてくるらしいが、ハーフで適用されるかどうかは知らない。そもそも天死のハーフが存在出来るってのはお前を見て初めて分かったことだしな」

「……ところで剣人さん。これ何ですか?」

「ん? ああ、すき焼きだよすき焼き。この時代にはあまり知られてないみたいだが俺の時代には普通に食われてたんだ。材料を選んでじっくり飯が食える今日のうちに久々に食いたかったからな。お前もいるか?」

「あ、もらいます。お腹すいてますし」

「よかったな剣人。夜に一人ですき焼きって言う悲しい憂き目に遭わなくてさ」

「うっせ。まあいい、ライラ。これ食い終わったら作業を始めるぞ」

「あ、はい。でも美味しいですねこれ。僕初めて食べます」

「そうだろうそうだろう。今度は牛丼を食わせてやる。お前は俺と同じでジャンクフードが好きそうだからな」

それから談話などをして食事を終えると、ライラが洗い物をしている間に剣人は2枚のカードを出した。

「これが造物オブジェのカードと移植インストールのカードだ。俺が発動しても意味がないからお前が使ってみろ」

「え、でも大丈夫なんですか? 確か純粋なナイトメアカードって現代人が使ったら大変な事になるんじゃ……」

「お前はもう何度も俺が渡したカードを使っているだろう。あのおかげで耐性は出来てる。それでも100%ではないだろうがナイトメアカードの司界者である俺が許可しているから大丈夫なはずだ」

「……分かりました」

「まずはオブジェのカードを握って作りたい肉体をイメージしろ」

「はい」

カードを握り、思い出す。半年前に会ったヒカリの姿を。中に本人がいるからか鮮明にその姿を脳裏に浮かべることが出来た。するとカードが光り、正面にそのイメージのままのヒカリの肉体が魔力で構築された。

「……へえ、あいつそっくりだな。血を引いているのか」

「え?」

「何でもない。次はインストールだ。彼女をこの中に入れて終了だ」

「はい……!」

言われた通りにインストールを発動した。すると、

「おおおっ!?」

直後に人形のようだったヒカリの体が人間そのままに声を上げて動き出した。

「ヒカリさんですか……?」

「うん! うん! そうだよ先輩! いやぁ、やっと自分の体を取り戻せましたよ! いやぁ、やったー!」

ぴょんぴょん飛び回るヒカリだが直ぐに立ち止まってくしゃみを連発した。

見ればヒカリの服装は夏に会った時と同じノンスリーブのワンピース姿だ。泉湯王国アク・サスファンテ程温暖な環境ではない山TO氏の、しかも夜に過ごすには肌寒い服装だろう。

「ちょっとトイレ行きたくなっちゃった。トイレどこですか?」

「ああ、そこの2番目のドアの先だ」

「ではちょっと行ってきます」

ヒカリが去ってからライラは剣人に2枚を返す。

「本当にすごいですねナイトメアカードって。今までの攻撃力とは違ってこんな事まで出来るなんて」

「まあ、流石にここまで高性能且つ何でも出来るカードはそうそうないがな」

剣人がカードを懐に戻した時だった。

「ぎにゃあああああああああああ!!!」

ヒカリの悲鳴が部屋をつんざいた。

「ヒカリさん!?」

立ち上がった二人にヒカリが突進してきた。

「どうしたんですか!?」

「先輩! 何てことしでかしてくれたんですか!」

「え!? 一体何があったんですか!?」

「だって、この体、性殺女神セキシキルアルクスに性別を殺されたままの体じゃないですか!!」

「……へ!?」

「……あぁ、なるほど。ライラ、確かお前その子とは性別を殺された姿でしか会ってないんじゃないのか?」

「……そう言えば……」

「知らないものは再現できない。だからその子の体は性別を殺されたままだったんだな」

「もう、戻せないんですか!?」

「戻せるぞ。ただ、体の方はどうする? 例えばライラと同じ体型にするか? ただそうすると背丈とかがおかしくなる。出来れば実在する人間の体型をそのままコピーしないと歪な形になる」

「……じゃあシキルを連れてこようよ!」

「……それも無理だろうな」

「どうして!?」

「だってあの子はカードをやらないんだろう? 魔力が全然足りない。それにライラだから2枚のナイトメアカードを使えたんだ。他の人間がやったら遺伝子に仕組まれたセキュリティの暴走によって最悪死ぬぞ」

「……そんなぁ……」

「……いや、ヒカリさん。まだ希望は捨てられませんよ」

「え?」

「もう一人いるじゃないですか。ヒカリさんを知っている人が」

「……まさか、」

「そう。ラウラさんです。あの方ならばヒカリさんを元に戻せるはずです。かつてナイトメアカードも使っていたのですから」

「……でも、簡単じゃないですよ? 先輩さっきのラウラ見たじゃないですか」

「……待て。何かあったのか?」

「……実は、」

ライラは剣人にラウラの事を話した。剣人は驚き、一瞬殺気立ったがしかしそれを収めた。

「……いいだろう。ブランチと繋がっていない事は確かそうだし、ライラの対ならば一部の耐性も補える。だからって、その子を生け捕りにしてヒカリちゃんを助けるためにカードを使わせるなんて尋常じゃない程難しいぞ。少なくとも現実的ではない」

「それでもやります。僕のせいでこうなったのですから。それにラウラさんは放っておけません」

「……分かった。俺も一週間だけカオスを探しに行くのを延期しよう。だが、それ以上時間が必要なようなら諦めろ。少なくとも次に俺が帰ってくるまではな」

「……いいですか?」

「……先輩、ありがとうございます!」

「……よし、こうなったら予定の練り直しだな。ライラ、他の連中を呼べ。これから緊急会議を行う」

「はい!」




・朝が来た。昨晩の緊急会議は2時間程掛かった。

議題はラウラ・ラリーラ・来音の素性とその捕獲作戦。特別にシキルとヒカリも会議に参加し、彼女の居そうな場所などを提案し合ったが故郷である泉湯王国アク・サスファンテが滅亡している上政府議会のスタッフの管理下にある以上別の場所にあると考えるのが適切なためあまり力にはならなかった。

一番可能性が高いのがライラが天死の力を使ってその気配でおびき出すと言う物だった。

しかし、ライラはまだ天死の力を制御しきれていない。緋瞳だけを使うので精一杯で、それ以上を使えば暴走してしまう恐れまである。キリエがいれば何かあってもブルーで対処可能だがしかしまだ彼女は戦えない。

マリアとマリナが持つ空間支配系・エアリアルではただの人間ならともかく相手が有翼の天死ならば対処可能どころか逆に相手の有利にしてしまう。

「……」

休日の午前10時。朝食を終え、準備を整えたライラがユイム達と共に作戦ポイントまで移動する。ヒカリやシキルも一緒にいる。

「すみません剣人さん。ヒカリのために……」

「いや、何もその子のためだけじゃない。力を制御しきれている天死を味方に引き込めるのは決して悪い事じゃない。ブランチの力はどこまでのものか俺にさえ分からない。そしてブランチでも天死の力は制御しきれていないのが明らかになっている。つまり、癪ではあるが天死の力ならブランチにも通用する可能性があるわけだ。それに、酷な事を言うが、対の天死と言うのはまだ俺も詳しいことは分からない。それを知るためにも……ん?」

言葉を終え、剣人が正面を歩くライラの背中を見た。

「……」

その背中には天死の翼が生えていた。

「ライラ、どうした?」

「何か強い気配が迫ってきます。ラウラさんでもブランチでもありません!」

「強い気配……!?」

緋瞳を発動させたライラが見る正面の空。まるでガラスのように空の一部が割れていくつかの人影が落ちてくる。

「……! 馬鹿な、あれは!!」

驚く剣人の前に着地したのは5人だった。

「いてて……! 天死の気配を追ってきたらこんなところまで来ちまったぜ」

「相変わらず着地の出来ない奴だな」

「剣一!? 李狼!? それに……!!」

「……剣人!? お前は剣人なのか!?」

「しばらく姿を見ないと思ったらイメチェンか?」

「お兄ちゃん? 本当にお兄ちゃんなの……!?」

「……ムラマサ兄さん、火之介、羽咲……!?」

「剣人さん、この方々は?」

「……昔の俺の仲間と、兄と妹だ。しかしとっくの昔に死んだはずだ……! 一体どうして……!?」

「剣人、色々聞きたいことはある。だが、それよりもお前の前にいるそいつは天死の筈だ。どうしてお前が天死と行動を共にしている?」

「兄さん、こいつは味方だ。敵じゃない……!」

「信じられないな風行剣人。第一お前が本物の風行剣人なのかも信じられない」

「そうだぜ! お前、どう見ても15には見えねえぞ!」

「15……!?」

「偽物の可能性もあるわな。なにせ、天死と一緒に、そして見たこともない女どもを連れ回してるんだからよ!!」

半裸の男が大剣を振り上げた。

「見定めてやるぜ!」

「よせ剣一!!」

剣一は声を無視して大剣を振り下ろした。対して剣人は抜刀してそれを受け止める。

「……それは父さんの剣。本物なのか……!?」

「当たり前だろ兄さん! 俺が分からないのか!?」

「口を慎め剣人! 雅星翔来!!」

立ち止まる剣人に李狼は跳躍。腰から抜いた刀の鋒から楔状の光線を発射した。

「くっ!」

剣人は剣一の攻撃を受け流し、バックステップで回避。眼前を光線が貫くと同時に剣一が斬りかかってくる。

「はははっ!! 本物か偽物か分かんねえけど、随分強いじゃねえか! いつまで持つかな!?」

「だぁぁぁっ!! スイッチ入ってんじゃねえぞ戦闘狂がぁぁっ!!」

身の丈よりも尚長い大剣を自由自在に操り、あらゆる角度から次々と攻撃を放ってくる剣一。

「剣人さん!」

「お前の相手は俺だ。天死」

「!」

ライラは変貌させた左腕を前に出した。その腕には李狼の刀が叩きつけられていた。

「くっ……!」

「おいおい! やめろよお前ら!!」

剣人の懐からキマイラが実体化して言葉を選ぶ。

「キマイラ……説明しろ」

「ムラマサ、ここは西暦3018年2月16日だ! お前達はとっくに死んだ未来なんだ!!」

「……800年以上も未来だと……!?」

「だったらどうしてお兄ちゃんが生きているんですか……?」

「剣人はナイトメアカードの司界者に選ばれたんだ」

「司界者? あいつは全てのナイトメアカードを集めて封印して悲劇が起こらないようにするために私達と旅をしていたはずだ。何故パラディンと同じ存在になった?」

「お前達がいつから来たのか知らないが、でっかい戦争が起きたんだよ! 剣人はその戦いを止めるために司界者になったんだ! お前達こそどうしてここにいるんだ!?」

「……私達はキングとの戦いの後に発生した時空の歪みに巻き込まれて、その先に天死の気配がしたから飛び込んだらここにたどり着いた」

「だったらどうしてもう羽咲がいるんだ!? あいつはキングとの戦いが終わってしばらく経ってから剣人と初めて会ったんだぞ!?」

「何を言っている? 羽咲なら最初から一緒だったではないか」

「何!? ……まさか全くの別世界からでも呼ばれたのか……!?」

「オラオラオラオラオラオラァァァァァッ!!」

「くっ!!」

口論のキマイラとムラマサの周囲では二つの戦いが続いていた。

剣一の雷の雨とも言っていい激しい連続攻撃を剣人は全て受け流しつつ間隙を伺うのだが、その度に恐ろしい反応を見せてくる剣一が物理的に厳しいはずなのにさらなる連撃を放ってくる。

数百年以上もまともな一騎打ち、それも剣術戦を行っていなかった剣人は中々攻勢に出られずにいた。

一方、李狼の類を見ない異質な攻撃達をライラはその体の頑強さと反応速度だけで迎えていく。

本来ライラの緋瞳ではあらゆる攻撃がスローモーションに見えるため対応出来ない攻撃などほぼ存在しない。しかし、李狼の攻撃は激しい閃光を伴うものばかりで、僅かな瞬間とは言え緋瞳が塞がれる事が多い。その攻撃や挙動の多くは天死との戦いを想定して研究されたものだった。

「くっ!」

刀身が七色、いやそれ以上の数に輝き、ライラの緋瞳が一時的に能力を失う。パカパカと癲癇の要領だ。

「どうした天死? まさか加減などと言う人の真似事をしているのではあるまいな!?」

そしてついに李狼の鋒がライラの緋瞳に迫る。が、それは届かなかった。

「事情を聞かずに攻撃を続けるのはどうかと思いますよ」

刺突に放たれた李狼の刀はケーラのレンゲルに払われていた。

「……邪魔をするな。天死の存在は人類にとって存亡に関わる問題だぞ」

「彼女は危険な存在ではありません。私達の大事な仲間。そして人類の希望です」

「天死が希望だと……!? 馬鹿な事を……!」

李狼は再び輝く刃を振るう。ケーラは、その刀身ではなく李狼の握り手と鍔を見てからレンゲルを振るい、攻撃を受け流していく。

「剣一……! 李狼!! 今お前達の相手をしている暇はないんだ! そこをどけ!!」

「力ずくでしてみせろってずっと前から言ってるだろぉがァ!!」

「ならしてやる!! 神速クイック・サブマリン!!」

カードを発動。同時に剣人の時間は世界の時間とは切り離され、周囲の全てがスローモーションとなる。

笑いながら大剣を振り下ろす剣一の姿も、ケーラの間隙を伺って攻撃を放とうとしている李狼の姿も。

「風行流・弁天孔雀!」

刀を地面に擦らせながら回転。その勢いで剣一の左側面と、李狼の背部全てに回転連撃を叩き込む。

2秒で16回転を終えると、クイックの効果が切れ、

「……くっ!」

剣一が膝を折った。李狼の方はバランスを崩し、放たれたケーラの石突に腹を穿たれる。

「剣一、李狼。そこまでだ」

そこでやっと隻腕の青年・ムラマサが膝を折る二人の間に割って入った。

「剣人、事情はキマイラから聞いた。私達はお前に力を貸してやりたいところだがそれは出来ない」

「どうして!?」

「私達は過去の、それも違う世界の存在だからだ。だから、この世界の今を生きるお前達の力になってやるわけには行かない。……だが、成長したお前の姿を見れて私は嬉しいぞ」

「……兄さん」

「……さて、せめてもの情けだ。せめて、この場を用意してくれた同様の招かざる客を相手してやる」

右腕で抜刀。ムラマサは背後の空間の歪みに斬撃を放った。真空波だ。飛ぶ斬撃が宙を切り裂き、歪みに吸い込まれる。手応えはあった。だが、

「やれやれ。こんなのありかよ。ぶっ飛びすぎだぜ」

歪みから声を伴って姿を見せたのは一人の青年だった。人間と同じ姿で着地し、左の手首には黒い鉄扇。

「何者だ貴様は?」

「<進化>を司る全宇宙の調停者<ディオガルギンディオ>のブフラエンハンスフィア。名前が長いからエンハンスでもいいし、ヒエンと呼んでくれても構わないぜ」

「ディオガルギンディオ……!?」

「名前のとおりさ。全宇宙のあらゆる星を舞台にあらゆる実験を行ない、その過程と結果を観察する超常存在。

神なんて言葉は嫌いだが、その類だと思ってくれて構わないぜ」

「神だと……!?」

「……! まさか、ブランチは……!?」

「ブランチ? ああ、ヒディエンスマタライヤンの事か。そう、奴も同じディオガルギンディオのひと柱だ」

「……ブランチが、神の一種……!?」

「じゃあまさか僕達にはどうすることも出来ないんですか……!?」

「へえ、アルデバラン星人か。ヒディエンスマタライヤンの野郎、記憶喪失のくせにちゃんと繕っているじゃねえか」

「アルデバラン星人……!? 天死の事……!? じゃあ天死って宇宙人なんですか!?」

「自覚がないか。ふむ、こっちは地球ここの担当じゃないから分からないがいま大注目のこの星は実験場として最適な環境に調整されているようだな」

「……」

「まあ、そう構えるな。ディオガルギンディオは本来お前達には手出しはしないよ。今回のもちょっとしたお茶目って奴さ」

「で、でもブランチは世界に大きな戦争を起こして多くの人を……! それに今だって……」

「あいつは今、システムに不備が出ている。ここの生物、つまり地球星人に合わせようとしてしかし失敗してな。お前達で言う記憶喪失な状態にあるようだ。困ったものだな」

「……!」

「だが心配する必要はない。奴は暴走しすぎた。だから相方であるこっちがわざわざ3つも離れた銀河から派遣されてきたんだ。ヒディエンスマタライヤンの不備も報告済み。そう遠くない内に奴は処罰され、新しいディオガルギンディオがこの星の観測を行う。そうなればお前達は今までどおり、いや、歴史レベルで言う今までの生活を送り続けられるだろうさ。少なくとも奴がしたような失敗をする奴はいない」

「……だったら僕達は一体何のために……」

「さっきも言ったがこっちとあいつが司る役割ギアは進化。あいつも曲りなりにそれを努めようとはしていた。

そしてそのあいつがお前達には注目しているんだ。そして奴は不調を抱えている。だったらさ、示してみたらどうだ?」

「え?」

「1つ、いいことを教えてやろう。決して最後まで諦めるな。力の限り、魂の限りを尽くせ。そうすれば或いは届くかも知れないぜ。お前達の拳がディオガルギンディオによ。人、それを可能性と言う」

「……可能性……」

ライラがその言葉を呟くと、いつの間にかブフラエンハンスフィアもムラマサ達も姿を消していた。

まるで今起きた出来事が一瞬の幻だったかのように。

「……夢じゃないんですよね……?」

「ああ。きっとな。正直何て言ったらいいのか分からないが今は余計な事を考えずに当初の目的を果たす」

言われてライラは思い出す。そう言えばラウラを探していたのだった。変貌したままの腕を元に戻してからP3を見る。時刻表示では先ほどの戦いはなかったかのように時間が巻き戻っていた。

一拍置き、P3をポケットに戻してからライラは気持ちを切り替えて真紅の視線を正面に飛ばした。




・超銀河の果て。星々を背丈にしても尚足りない大きさの存在達がそこに集まっていた。

「どういうつもりだブフラエンハンスフィア」

声を出すのは<裁き>のディオガルギンディオであるオドゥラハブジャナイラネヤン。いくつもの幾何学模様が集まった姿をしている。空気も空間も震わせずに放った言葉の相手は、

「どうって?」

<終の進化>のディオガルギンディオであるブフラエンハンスフィアだ。

「本来の予定と大きく違うぞ。どうして地球星人と接触した? いくら数日で記憶から消えるとは言えその情報が歴史に与える影響は皆無とは言えないのだぞ?」

「否定はしないさ。だが、予定通りの進化は進化って言えるのか? こっちゃ違うと思うね。ヒディエンスマタライヤンは壊れているがそれでも一応神格だ。それをたかが実験動物に過ぎないと侮っている人間達が倒せたら……。面白くないか?」

「……だからと言ってディオガルギンディオと実験動物を戦わせるなど! 勝率は1%にも満たないのだぞ! お前がヒディエンスマタライヤンを処罰してこのまま数万年も計画通りの進化を続けさせた方が堅実的だ!」

「たとえお前の言うとおりに数万年でも数十万年でも予定通りの進化をさせても予定通りじゃどこまで行っても人類はディオガルギンディオに届きはしねえさ。たった1%に賭ける。それだけで人類はディオガルギンディオに通用する事が証明されるかもしれないんだ」

「しかし……!!」

「そこまでにしておけ」

新たな声が混じった。二人の間の宇宙が一気に膨張して新たな超銀河を生み出す。ピラミッドのような姿をした天文学的大きさのそれは、<流転>のディオガルギンディオであるブフラスマシエンガルトだ。

「ブフラスマシエンガルト! ブフラエンハンスフィアの博打を認めると言うのか!? ある意味ヒディエンスマタライヤンの暴走より度し難いものだぞ!?」

「そうかもな。だが、オドゥラハブジャナイラネヤンよ。その1%の実例が可能性を信じると言っているのだ。ある意味これ以上の説得力はあるまいて」

「ぬううう……! しかし私は……!!」

「1つ、いいことを教えてやろう。オドゥラハブジャナイラネヤン。可能性がそこにあるというのに踏み込む勇気を持たないもの。人、それを臆病者と言う。……確かに元々実験動物の一人にしか過ぎなかったさ。だが、その実験動物は切欠1つでお前と同格のディオガルギンディオにも、それを打ち破る可能性にだってなれるんだぜ。その切欠がたとえ、10円ほどの価値しかない赤い糸だろうが、不調を抱いた欠陥品が起こした小さなイタズラだろうがな」

「……いいだろう。しかし、もしもヒディエンスマタライヤンが勝利してしまいあの星の歴史が変わってしまった場合はお前が責任を取るがいい。ブフラエンハンスフィアよ」

「言われなくたってそうするさ。あの零なる星の未来はたとえ神にだって奪いさせはしない」

複数の銀河が渦のように集う超銀河の中で、零なる青年は遠い故郷の光に視線を送った。



・昼下がりの青空を見上げる紅い視線があった。

「……」

ラウラだ。昨日のライラとの戦いを反省していたのだ。自分の方が天死の力の使い方は上。しかしナイトメアカードを使われたら勝ち目がなくなる。一応こちらも過去にブランチから渡されたナイトメアカードがある。

しかし、自分はまだナイトメアカードと天死の力の両立は不可能だ。

「……緋瞳の視線を感じる。僕を呼んでいるのか?」

遠い空の彼方の向こうから天死がこちらを見ている。まだ焦点は定まっていないようだがしかし時間の問題だろう。自分が知る限りライランド・円cryンは好戦的な性格ではない。だから向こうからこちらを呼んでいるのは最初意外に感じられた。だが、確かライラは新しくなった政府議会に密接に関わっていると聞いたことがある。

ならば彼女の意思ではなく、彼女を束ねる者の指示の可能性がある。そしてその可能性の中では自分への対策をしている可能性もまた大いに含まれているだろう。

「……もういいか」

自棄だ。殺したい太陽を殺せぬのならいっそ死んでしまった方がいい。その念でラウラは翼を動かした。

「……! 動きがありました! こちらに向かってきます!!」

接近を知ったライラが声を上げた。

「いいか!? 飽くまでも目的は撃破ではなく捕獲だ! だが、それまでのやり方はライラに任せる!」

剣人は告げてから2歩を下がった。代わりに、

「ユイムさん……みんな……!?」

「ライラくん一人に背負わせたりはしないよ」

「泣きそうな顔した子同士でなんて戦わせられないよ」

「だからちょっとお節介させてもらうよ」

「みんなで一緒に戦えば何だって出来るよ」

「ライラ、一人で悲しみを背負うのは強さではありませんよ」

「……皆さん……ありがとう……」

「……友情ごっこはそこまででいい」

「!」

声。前方の空にラウラがいた。見た時は翼を生やして、目が真紅な事以外は男性体となったラウラだったが直ぐに体が変貌して天死そのものとなる。

「ラウラさん……!!」

「あれがラウラなの……!?」

「そうだよシキル」

「シキルにヒカリまで……。物騒な同窓会をしようとでも?」

「それはラウラさん次第です。どうして僕達が戦わなくちゃいけないんですか!?」

「理由は言ったはずだ。ライランド・円cryン。お前がいる限り、その行動は無関係なはずの僕の人生を大きく揺るがすんだ……!!」

翼を羽ばたかせてラウラが急加速で突進を始める。しかし爪は前に出していない。それを見たライラは構えど、攻撃には移らなかった。それは、ラウラの計算通りだった。

着地したラウラは一瞬で天死の力を捨て去り、そして。

熱波ブレイザー行使サブマリン!!」

「!?」

油断が生んだ間隙にラウラはナイトメアカードを発動。その1枚から炎の津波が放たれた。

「ライラ!!」

咄嗟にガイアスを召喚し、生んだ岩壁で炎を防ぐ剣人だったが、ライラ達への防御は間に合わなかった。

数秒程放射された炎が消えると、そこにはボロボロながらも互いに体を支え合って立つ6人の姿があった。

「はあ……はあ……、ごめんなさい皆さん」

「大丈夫だよ……ライラくん……」

「ライラくん一人に背負わせたりはしないよって言ったもん……」

「まあ、痛手だったけどね……!」

「くっ! 泉湯王国アク・サスファンテ組とはこれだから……」

「この程度なら……まだ……!!」

口々に走らせる言葉達。しかしそこに見られる色は苦痛と限界だった。支えあわなければきっとすぐに倒れてしまうだろう。だが、それでも6人は立っていた。

「……これしか……!!」

ライラは絶望のカードを手に取る。発動を宣言すると、巨腕で他の5人を支えると自らの背後に置いた。

「ライラくん……!?」

「ここから先は僕一人で……」

「出来ると思っているのか……!?」

直後、ライラの背を見やる5人は異質を感じた。視界の中のライラの背が破けた。

「……がはっ!!」

破けた背中からは変貌したラウラの爪が5本伸びて、赤を撒き散らしていた。

「ライランド・円cryン。せめてお前を道連れにしてやる」

言いながらラウラは3枚のカードを手に取る。

破滅スライト絶望ヴァイン野獣ビースト破滅行使カラミティシフト!!」

「何!? ナイトメアカードを3枚同時に発動だと!?」

驚く剣人の前でラウラはさらに己の肉体を変貌させた。両手の異形のその上から漆黒の銃口が携えられた手甲が備わり、背中の翼は2枚から4枚に増え、その先端がまるで手のような形状と動きを取る。

「うああああああああああああああああ!!」

咆哮を上げたラウラは空高く飛翔して両手の銃口をライラ達に向け、柱のような黒色の光線を放つ。

「……まずい……!! 破滅スライト行使サブマリン!」

己の腹と手を赤に染めながらライラはその手に破滅の拳銃を握り、迫り来る黒色光線に向けて力と数の限り発砲する。

「くううううう……!!」

銃口からは何発も破滅の性質を備えた銃弾が発射されるが、しかし押し寄せる黒き光の柱が相手では減速させることすら叶わずついに、

「うあ、うあああああああああああああああああ!!!」

「ライラ!!」

剣人の前でライラ達6人は黒い光に飲み込まれてしまった。



・黒い光の中で揺蕩う幽かな炎の欠片達があった。

「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ごめんなさい……」

「ライラくん、自分を責めないで」

「でも、でも……私のせいで皆さんが……あうううううう、うああああああああ!!!」

「ライラくん、泣かないで……」

「あんたの悲しみは私達も悲しませるんだよ?」

「でも、でも……」

「ライラくん! 私と一緒に剣人さんと戦った時の事忘れたの!? あの時あなたは私の身を案じて逃げなかった。剣人さんに無心で立ち向かっていったじゃない!」

「ライラ、私が認めたあなたはそんなものではないはずです」

「私は……私は!! そんな強い人間じゃないんです……そんな、皆さんに信じてもらえていいような人間じゃ……!!」

「ライラくん! あなたが僕達をどうしようもないほどまで信じてくれているのを僕達は知っている!」

「あたしとラモンに秘密を隠していたままでそのストレスで倒れた事も血を吐いたことだって……!」

「だけど私達だってあんたを信頼して、心配しているんだ! それこそこうして消え去ってまでも!」

「私だってライラくんが好きだって言ったよ! バカにしないで!!」

「ライラ、もうそろそろ自分のためを思ってもよろしいのはないですか……!?」

「……皆さん……私は……私は……」

「希望を信じて……」

「希望……」

黒い炎の中、炎と風に煽られて己の音を奏でる2枚のカード。破滅と絶望。その2枚が光輝き、1枚の希望となった。その希望のカードが炎の中で宙を舞い、カードを中心に炎や風が巻き上がる。

「私の中の絶望は、皆さんとの絆で今、希望になるんだ……! 奇跡とも言えるいくつもの可能性が集まって真実の希望になるんだ!」

腕の形を成した炎が希望のカードを手にとった。

希望パラレル行使サブマリン!!」

行使を宣言する。途端に炎は光に弾けて混ざり合い、1つの姿を形成した。

「な、何だ!?」

驚く剣人とラウラ。二人の視線のぶつかり合う一点に生まれた新たな姿は人間の、少女のものだ。

山TO氏学園パラレル部の制服バトルスーツに身を纏い、背中から6枚の翼を生やした少女。

ライラに似ているが彼女ではない。他の5人のいずれの面影もあるが別人だ。

「何だ……お前は……ライランド・円cryンじゃないのか……!?」

「私は、パラレル。無限の可能性が集まった希望。ラウラさん、あなたの全てに今、可能性を」

パラレルは6枚の翼で羽ばたいた。一瞬でラウラの目前まで飛来した彼女がラウラの体を抱きしめる。

と、その体で発動されていた3枚のナイトメアカードが効力を失って彼の、彼女の体を離れて空中で霧散した。

「ナイトメアカードを打ち消した……!?」

「だけじゃない……僕が、女の姿に戻っている……!?」

「私とあなたの関係を打ち切りました。これであなたはもうあなた以外の何者でもありません。悪夢にも天死の血にももう、縛られる必要はないんですよ」

「……もう、僕は僕でしかない……?」

声を絞るラウラを抱いたままパラレルは着地した。

「私はあなたを救わない。ただ、可能性を与えるだけ。だから後はあなたが自分の力であなたの道を進んでください」

言葉を告げたパラレルは何者でもない笑顔でラウラに微笑んだ。



・議事堂。剣人が見張っている中でラウラはヒカリの本来の姿を記憶の中から引き出してオブジェで作り出されたヒカリの体を女性のものに変えた。

「これでいいはず」

「うんうん! 去年の姿で今よりちょっと胸が小さいけどやっぱりこうじゃないとね。あ~ん! 可愛いヒカリちゃんが帰ってきたよこの世界ィィィィ!!」

「自惚れるな幼児体型」

「何さ男女!」

「……えへへ。でもこれでやっとみんな揃ったね」

喧嘩を始めそうになったラウラとヒカリをまとめて抱きしめるシキル。それを微笑ましく眺めてから剣人はもう1つの注目すべき人物に目を配った。

「で、いつまでそうしているつもりだ?」

その先にいて言葉をかけられたのは未だ6枚の翼を持ったままのパラレルだった。

「……すみません。戻り方が分からなくて……」

「他人と合体するカードなんて俺も聞いたことないぞ。第一今お前は誰なんだ? ライラか? ユイム? ティララモンシュトラケーラの一体誰なんだ?」

「そう言われると困ります。見事に6人が混ざっているので」

「……とりあえず喋り方や声はライラに近いな。しかしこれからどうするんだ? 言っとくが俺でも戻す手段が今のところ思い浮かばないぞ?」

「そこんとこ本気で困ってます。とりあえず6人の家を回ろうと思います。私の中の5人が家族に事情を話したいと願っているようです」

「……いない一人はユイムか。まあ、キリエがまだ入院しているわけだしな」

「……そう言えばキリエさんのブルーならどうにかなるのでは?」

「だとしてどうするんだ? まだ義手は出来上がってないんだぞ。そのへんの義手じゃ魔力を通わせることが出来ないからいくらキリエでもまともにブルーは使えないだろう。空間支配系は俺でも手出し出来ないしな」

「……じゃあ、それまではこの姿のままですかね」

パラレルは小さく嘆息した。



・KYMシップ。

それはこの30世紀においてなくてはならない人々の足・スカイビハイクルの製造メーカーであるKYMグループの母艦となっている飛空船艇だ。

地上に出回っている全てのスカイビハイクルはこのKYMシップで製造されたものであり、現状世界で一番財力を有している企業でもあり、そしてティラとラモンの実家でもある。

7月中旬にはグループの代表が娘のティラに移譲されてからは父である元代表の手も借りながら世界各地の空を飛びまわりながら一日数万台のペースでスカイカーを製造している。

「……ドキドキ」

パラレルはコールでスカイカーを呼ぶ。懐には5枚のコールがあったのだがどれがどれだか分からない。

とりあえず最初に飛来したのはX是無ハルトの専用スカイカーだった。しかし、X是無ハルトには今は行く必要がないためそのまま帰ってもらった。

次に呼んだのがKYMシップ行きの専用スカイカーだ。そこでパラレルは逡巡していた。

6枚の翼を可能な限り萎縮させて車内に入る。このスカイカーはティラ及びラモン専用のものであり、この二人でないと動かす事が出来ないようになっているのだ。しかし果たしてその二人を孕んだパラレルには動かす事は出来るのだろうか。

指紋認証パネルにパラレルが右手を置いた。結果はエラーだった。

「まあ、そうだよね」

仕方なくそのスカイカーを送り返し、逆に送り返したX是無ハルト専用スカイカーを呼び戻してKYMシップを目指すことにした。

向かうまでに剣人に頼み、先にKYMグループ側に事情を話してもらうことにした。

剣人の説明が終わるのと同時にスカイカーがKYMシップに到着してパラレルは格納庫で降車した。

格納庫を見た時の感想は泣き出しそうな、吐いてしまいそうな、とにかく違和感を多く含んだ様々な感情が氾濫しそうになった。どうやらティラとラモンの安堵感と、ライラの既視感、ユイム、シュトラ、ケーラの未知への緊張感がごちゃまぜになっているようだ。その感情のままにぎこちなく艦長室を目指す。

「……あれ誰? ティラお嬢様やラモンお嬢様にちょっと似てるかも」

「ユイムさんにも少し似てる気がする」

「あの翼本物?」

「……ううう、」

すれ違う一般職員からおもっきし注視されていた。ライラ由来の羞恥のまま長い廊下を早足で歩き終えてやっと艦長室に到着した時には壁に背を持たれ胸に手を置いて息を切らせてしまっていた。

「えっと、大丈夫ですかな?」

直立待機していた元代表のノーザスター・KYMが心を配る。

「え、あ、はい。うん。あ、えっと、ど、どうしよう。パパって呼んでいいのか艦長なのか、ノーザスターさんなのか……。初めましてって言いたいのかただいまって言いたいのか……。あううううう……!!」

「と、とりあえず落ち着きなさいパラレルさん」

言われるがままにパラレルは椅子に座り、お茶を口に運ぶ。ティラもラモンも好みの種類だからか恐慌の只中にあった心は幾分か楽になった。ちょびちょびと口に含みながらパラレルは改めて自分の口から事情を話す。

「……年末にティラとラモンが政府議会の特別役員になったと聞いた時も驚いたがまさかそんな大事になっていたとは夢にも思わなかった。そしてまさか人間が合体までするとは……」

「私も驚いていますし、今でも信じられません。ライラもユイムもティラもラモンもシュトラもケーラも。全てが私の心の中にいて、混ざり合っていてみんなの記憶や情報が混ざり合っていて……。何か一つの事に集中していれば全く問題ないのですが、いざこうして日常を過ごすとなると違和感が爆発しちゃいます」

「……確かに。ティラやラモンの仕草が混じっているかな。以前ここへ来たユイムさん……いや、ライラさんかな? 彼女の面影もどことなく見えるよ」

微かに笑みを浮かべてから、しかし彼が言葉を飲み込んだのをパラレルは見た。

「キリエさんの義手が完成してブルーが使えたらきっと元に戻ります。ですからそれまでティラさんとラモンさんをお借り致します」

「……ああ、よろしく頼むよ」

それから再び格納庫にやってくると、ティラ&ラモン専用スカイカーが用意されていた。どうやら先ほどのパラレルの指紋を登録してパラレルでも運用可能にしてくれたらしい。パラレルは最後に一度だけ振り向いてからそのスカイカーに乗ってKYMシップを去った。

「……ありがとう、パパ……」



・イグレットワールド家。

シュトラの実家は至って普通のアパートだ。しかしアパートの部屋を3つも借りているそうだ。

疑問の5人の心がシュトラの心から情報を読み取ると、小説家な両親の他に、シュトラ含めて子供が20人以上いるらしく、部屋が1つでは足りないようだった。2つの部屋に子供を10人ずつ住まわせて両親は仕事部屋も兼ねた1つに住むと言う状態だ。

予め剣人から事情が話されていたからかパラレルの存在は快く受け止められた。

まだ小学生にもなっていない18番目以降の子供からは翼を弄られたりポニテを掴まれたりされ、思春期な10歳前後の弟達からは胸を揉まれ、両親は小説のネタに使えると言ってすごい勢いでキーボードを叩き始めた。

「あなたは冒険物を書いて! 私はこの子で陵辱系小説書くから!」

……ある意味KYMシップを初めて見た時以上の衝撃がそこにはあった。



・ナッ津ミLク家。

X是無ハルト邸には遠く及ばないがそこも十分大きな屋敷だった。

表には和料亭が佇み、裏には華道と棒術の道場がある。住居部分には料亭のシェフなどのスタッフや、道場の門下生なども住めるように、狭いように見えて100人以上が住める広さを誇っていた。

ライラとシュトラの萎縮と、ティラとラモンの懐かしさと、ケーラとユイムの通常が混ざり合って再び吐きそうになっていたが、道場の研ぎ澄まされた空気を感じて全員の神経が一致する。

やがて、道場から現れた袴の女性。ケーラの母親だ。それはつまり、ステメラの妻でもある。

「私があの人と会ったのは20年前の大学生の頃でした。あの人は自分の立場を在学中は捨てて、ひたすら古い歴史のことを学んでいました。私はかつて存在していた日本と言う国家の文化を継ぐ家元の娘でしたので彼からよく話を聞くことがありました。いつからか惹かれていたのかもしれません。彼が大学院を卒業して政府議会の大臣に就任する際にお情けをいただきました。後から、あの人には妻も後妻もいた事を知りました。そして彼女達の間に子供を作っていたことも」

言葉を聞きながらケーラの記憶が流れてきた。幼き日には自分の父親はいないと聞かされてきた。

しかしやがて長女であるミネルヴァとひょんなことから出会い、自分の出自を聞いた。父親が政府議会の外務省大臣であるステメラ・I・Hル卍である事や、彼女と自分の間にもうひとり姉がいるという事。

「ケーラ。いいかい? あたし達の父親は危険な奴だ。だから、今ここで聞いた話は自分に関係のない絵空事で、しかし気を抜いてはいけない情報として心にしまっておくんだ」

しかし、その姉もこの前、死んでしまった。怪物の姿にされてしまって死んだ。父と共に。




・政府議会直営の病院。

日も落ちてきた頃合にパラレルは最後にここへやって来た。

「……連絡はありましたがまさか本当にそのような姿になっているとは」

傾いたベッドにキリエが座っていた。布団の中に袖の先が隠れている。どうやら日常用の義手も用意していないようだ。

「すみません。また無茶をしてしまいました」

「あなた方の無茶などもはや日常茶飯事でしょうに。……今のあなたが一体どういう事になっているのか詳しくは分かりません。しかし、」

言葉の途中で傍らのテーブルの引き出しがひとりでに開き、中から1枚のカードが飛び出してキリエの前にやって来た。

「このブルーで出来る限りの事はしてみせましょう」

「……キリエさん。義手はいつになったら完成するのですか?」

「分かりません。義手の材料はHル卍家で製造されているそうなのですが、そのHル卍邸が先日の戦いで完全に焼失してしまったので今は代用出来る材料を探しているそうです。が、あまり現実的ではないそうです」

「……そうですか」

「……パラレルさん。これを」

「え?」

キリエの傍らからブルーのカードがパラレルの前に移動した。

「私が認証すれば1度だけ使用出来るかもしれません。だからあなたがこれを使って元に戻りなさい」

「大丈夫なんでしょうか……?」

「ユイムとも一体化しているのでしたら魔力は十分足りるはずです。あの子の魔力は私と比較しても数倍近くありますから。そして私の代わりにブルーを継いで下さい。きっとあなたやあの子の方が相応しいはずです」

「キリエさん……」

パラレルはブルーを握った。指先から魔力をカードに流し込むが、違和感があった。普通ならば指先からカード内の装置までの道筋は短く、真っ直ぐだから触れた瞬間に発動出来る。しかし、今は考えられない程、長く複雑で発動まで時間が掛かりそうだった。いや、今も発動の目処が立たない。キリエから認証されてこれだとすれば、確かに全くの他人では扱えないだろう。

1分程集中してみたが、カード内の装置の場所すら分からなかった。

「ふう、」

嘆息。そこからキリエの顔を見上げた。カーテンの隙間から差し込む夕陽が彼女の表情を隠していた。布団がずれて彼女のない腕の袖先が顕となっていた。

……あの腕を治してあげたい……。

その想いが生まれてからは不思議なくらい気持ちが真っ直ぐになった。

「パラレルさん……?」

キリエの言葉を聞きながらパラレルはいつしかカードではなく、キリエの両肩に手を置いていた。

「私は可能性を示す存在。無限の可能性を集めて希望となる存在……だったら、だったら出来ない事はないはずです……」

「何を……!?」

キリエの疑問は終わった。彼女に掴まれた両肩から違和感を感じた。お湯をかけられた時のような熱い滴りを感じる。肩口からやがて肘先まで走り、そして有り得ないはずのその先まで熱は走った。

「これは……!?」

「不可逆であっても可能にする……!!」

パラレルの手も熱に合わせてどんどん下に下がっていき、そして気付いた時。

「腕が……!」

パラレルの両手には新たなる手が握られていた。それはキリエの腕だった。

思わずキリエが自分の袖をめくって様子を見ると、本来ないはずの肘から先が新しく生まれていた。半信半疑で己の腕をさすってみればその感覚は間違いようもない、己の腕そのものだった。

「……まさか、こんな事が……!?」

「……キリエさん、お願いします」

「……はい」

キリエはブルーを己の手に取り、

ブルー行使サブマリン

発動した。夕陽が差し込む病室が一面、蒼の世界となり、働いていた全ての物理法則が一時的に無効となった。そして、空間を埋め尽くす蒼がパラレルの体を包み込むと、次の瞬間には

「あ……!!」

「元に戻った!」

パラレルは6人の姿に戻っていた。

「こんなものですわね。やはり、義手じゃない生身の方が調子が出ますわ」

ブルーが解除されると空間は元の病室に戻る。先ほどと違うのは人数が3倍に増えていることだ。

「何だか不思議な感覚でしたね」

「そうだね。まさかこんな形でティラ達とも1つになれるなんて」

「えへへ……そう言われると照れるかも」

「きっと歴史上に残るくらい珍しい体験をしたんだろうね」

「個人的には出来ればもうしたくないかも」

「……そうかもしれませんね」

6人は自分だけの言葉を放ちながらそれぞれ自身の体を確かめている。

「これでキリエさんも退院ですね」

「そうですわね。もう少し冬休みを取っておきたい気持ちもありましたがそうも言ってられませんからね」

「……お姉ちゃんってさ、なんだかんだ言って絶対僕よりぐうたらだよね」

「あなたにだけは言われたくありません!」

「ま、まあまあ……」

二人を諌めながらもつい笑顔を零すライラであった。

……これで後はブランチを倒すだけ……。



・夜。議事堂に用意した部屋のベランダ。

この時期の夜では本来もっと冷え込むはずだと哀愁を漂わせながら剣人がビールを飲んでいた時だ。

「いい月じゃないか。ご一緒しないかな?」

小さな音と、キザな声、そして葡萄酒の匂いと共に姿を見せたのはパラディンだった。

アルコールが見せる幻ではないと分かるとわざとらしく大きなため息をこぼしてから、

「……お前、自分が宿敵だと忘れてるんじゃないだろうな?」

「私は一度でも君を敵だと思ったことはないさ。仲間だと思っている」

「何だ、早くも出来上がっているのか? グラスはほとんど減ってないように見えるが何杯目だ?」

「まだ一口も付けていないさ。君の方こそ体は18歳のままなのだからあまり慣れていないのではないかな?」

「バカ言え。この400年でアルコールを欠かした日はないぞ。……んな事より一体何の用だよ」

剣人からの問。パラディンはわざとらしくグラスを小さく揺らし、紫色の波紋に月光を映す。それを小さく口に含むとやがて、

「ブランチの居場所が分かった」

「……何?」

「ここから南西に200キロ離れた森の中だ。君がオメガと初めて戦って敗れたあの場所だ」

「……そんな事はもう覚えてないが、本当か?」

「ああ。さっき君は宿敵だといったがそれはむしろブランチの方だろう? 何せ、私がリード・クロイツ……黒主火楯からナイトメアカードを奪ったのも、君がその司界者となって聖騎士戦争に直面したのも全部奴のせいなのだから」

「いや、その二つはお前の差し金だろうに。……まあ、元凶の1つだってのは認めるさ」

剣人はぐびっと手に持ったビールを一気に飲み干すと後方のゴミ箱に投げ捨て、足元のクーラーボックスから新しい一本を取り出して開けた。

「ディオガルギンディオって知っているか?」

「……全宇宙の調停者か。昔、黒主火楯から聞いたよ。この時代は連中が作り出した偽りの実験室に過ぎないと」

「……ブランチはその1体だ。この前ディオガルギンディオの1体と会ってその話を聞いた」

「……先日の時空の歪みの時か。何だか懐かしい姿を見たような気がするけれども」

「奴が言うにはブランチは人間に力を合わせすぎたがために不備を起こしているそうだ。だが、それでも神格の1つだと言う。そしてその力は俺達が一番よく知っている」

「……800年前に君がオメガに負けた際も同じような事を言っていた。しかし君は勝った。今度は仲間もいる。ならば何を恐れる必要がある?」

「……そうだな。久しぶりにあいつらに会って、どうかなっちまったのかも知れない。そろそろ旅を終えたいなってさ」

「…………」

「……いいぜ、乾杯してもいいぜ。これが最後の……って何だよ。もういないのか。後から来て先に帰るか。昔みたいだなあいつは」

剣人は無人のベランダで再び缶を空にすると部屋に戻っていった。クーラーボックスの上には純闇カオスのカードが置かれていた。



・翌日。学校へ行く途中のライラ達のスカイカーは急にハッキングで行き先を議事堂に変えられて集合した。

「剣人さん、何かあったんですか?」

「ああ。緊急会議を行いたい。それも今までのと比べてもかなり重要な内容だ」

「……何があったんですか?」

「ブランチの本体の場所が分かった。ここから南西に200キロ行った場所にある森の中だ。さっき俺もキマイラに乗って向かったが間違いない。今までは黒い輪郭のない人型だったり狼と獅子を合わせたような姿だったりしたがいずれも奴の体を構成しているのは液体状の闇だった。目的の森にはその闇がとんでもない量集まってもはや海といってもいい状態になっていた。だから恐らくあれを正面から倒すのは無理だ。質量が違いすぎる。

今、カオスとガイアスにコアを調べてもらっているからその結果次第で……」

「あれ? カオスって3枚目ですよね? 見つかったんですか?」

「ああ。パラディンの野郎が持っててやがったんだ。まあそれは今はいいとしてだ。あの2体でブランチのコアを発見し、見つけ次第そこに集中攻撃して一気にケリをつける」

「……見つからなかったら……?」

「アースラを落とす」

「アースラ?」

「KYMシップのモデルになった人工衛星艦の事だよ。120年前に作られたんだけど、諸々の長時間の航行には向いていない事が分かったからすぐにKYMシップが作られたんだ」

「KYMシップが作られてからは成層圏のあたりに待機して大空を飛ぶKYMシップと地上とで連絡をする際の中継地点として活用されていたんだ。けど、そろそろ限界みたいでね。廃棄場所に困っていたんだが」

「その話を聞いた俺が許可申請をして、もしもの時には奴に落として質量兵器として使う。倒せなくともしばらくの時間稼ぎは可能なはずだ。落下と同時に自爆までさせればもっと威力は出るだろうしな。すんなりコアを見つけ出して撃破しても奴の後始末に落とすのもいいだろう」

「なるほど……」

「それで剣人さん。分析はいつ終わるの?」

「遅くとも12時間後。早ければ6時間後だ。分析終了から1時間後に作戦を開始する。だから今は少しでも作戦を成功させるための会議を行うぞ。ライラ、スライトはまだ使えるのか?」

「それが、パラレルになった際に消えてしまって……。ただ、希望パラレルならまだあります。あれから使った事はないですが多分またパラレルになる事は出来ると思います」

「そうか……。パラレルのあの力は未知数だ。そもそも俺には何が出来るのか分からない。キリエの腕を治したそうだが……」

「キリエさんを呼んで、いつでも戻せるようにしてから残りの時間で何が出来るか検証してみるのはどうでしょうか?」

「……それも悪くないかもしれないが、出来れば作戦会議と並行したいな。何せ相手はディオガルギンディオとか言う化物だ。今までの、いくら倒しても当然のようにまた現れる奴だからコアがあるはずだと想定はしたものの本当にそんなものがあるかも分からない。もしかしたら俺達は無限に膨張を続ける闇の海を相手にしないといけないのかもしれない。それに……」

「剣人さん」

剣人が続けようとした言葉をシュトラが遮った。

「あなた、もしかしてビビってるの?」

「……慎重になってるだけだ。何せ相手は……」

「私達だって甘く見ているわけじゃないわよ。でもあなたのは少し臆病になりすぎじゃないの? もうすこしちゃんとしてよね」

「……俺だって人間だ。相手が何者なのかはっきりしないまま戦っていた時はまだ若かったし蛮勇も振るえたさ。だが、今は違う。まさか正体が分かって余計に戦慄することになるとは思わなかった。臆病にもなる。けど、それの何が悪い……!?」

「私達はあなたのその蛮勇で助けられてきたのよ!? ライラくんだってあなたが気まぐれにくれたナイトメアカードで何度も窮地を救われてる! あなたが自分を、自分が導いてきた私達を信じなくてどうするのよ意気地なし!」

「……」

「剣人さん。もしもご自分が信じられなくなったとしたら僕達を信じてください。だって僕達はみんなに可能性を示す希望なんですから」

「……やれやれ。長生きするとこれだから仕方ない。だから昔の俺は司界者になりたがらなかったんだよな。普通に生きて羽咲と子供作って普通に死にゃ良かったのによ。……ああ、いいぜ。もういい。考えるのはやめだ。キャラじゃない。もう政府議会だとか司界者だとかそんな事はどうでもいい。俺とお前らが出てどうして負けなきゃいけねえ。俺とお前らがいてどうして絶望しなきゃなんねえ。俺だってかつては伝説の英雄とか言われた男だ。ええい!! やってやるぜ!!!」

「剣人さん……」

「……ところで何だかすごいことを聞いたような気がするんだけど」

「羽咲ちゃんってあの時いた妹ちゃんだよね?」

「まさかあんた、近親相姦……!?」

「なぁんだ。剣人さんも結構やるじゃない」

「……姉の事もあるのでノーコメントで」

「だぁぁぁっ!! うるさいぞお前ら! 羽咲は後から妹になった義妹だ! 俺はそうなる前から好きだったんだよ! 文句あっか!?」

怒鳴りを上げた剣人を6人は笑った。

「そうだよそうだよ……! いくら羽咲に身寄りがなかったとは言えどうして俺が好きだって知ってたはずの兄さんは羽咲を引き取って義妹にしたんだよ……その事で俺は兄さんを一生恨んでたんだ。義妹になってから結婚まで至るのに一体どれほど苦労した事か……! ああああああっ!! 思い出したらムカムカしてきた! こないだ会った時ぶん殴っておくんだったぜ!!」

「……け、剣人さん……?」

「はあ……はあ……はあ……ふう、落ち着いた。よし、キリエを呼べ。すぐにパラレルを調べる!」

未だ顔を赤くしたままの剣人が命令を飛ばし、数秒の間を置いてからライラはP3を起動させた。



・剣人からの招集から3時間が過ぎた。

政府議会の空いているスペースに佇むパラレル、キリエ、剣人。

ガイアスやカオスからの報告があるまでの間、パラレルの能力を見極めるための時間に費やした。

初めは剣人が用意した仮想敵ならぬ幻想敵が相手だった。パラレルが、ライラの体術やユイムの馬鹿魔力、ケーラの棒術などを組み合わせた非常に強力な戦闘能力の持ち主だったため途中からは剣人自らが相手をする事となった。

「ふう、」

刀を置き、腰を付いて汗を拭う剣人。対してパラレルは6枚の翼で宙に浮いたままだ。

「いや、まさかここまでとはな。俺も殺さないように加減はしているがそれでもここまでとは」

「ありがとうございます、剣人さん。私もこの姿での戦い方が随分分かってきました」

「そりゃどうも。しかしどう考えても対人向きの能力じゃないなそれは。いいんじゃないのか? これならブランチが相手でも真正面から叩きのめせそうだ」

「はい。全力で叩きます!」

「では、ブルーで合体を解除します」

「いや、いっそのこと作戦開始までこのままでいよう。パラレルはほとんど体力も魔力も消耗していない様子だし。ブルーを使うお前の消耗の方が気になる。場合によってはお前にも作戦に参加してもらうんだからな」

「場合によっては? 何を仰るのですか。私は行くつもりですわよ。素手を取り戻してからは調子がいいのです。今ならばユイムが相手でも負けるつもりはありませんわよ」

「楽しみです」

「あ、いや、流石にパラレルさんが相手は難しいかと」

「……ふっ、じゃあ少し休むか。俺は疲れた。今からだと早くてまだ3時間はある。その間で消耗を回復させる」

「あ、じゃあ私はお風呂に」

「私もご一緒しますわ」

「剣人さん、覗かないでくださいね?」

「色んな意味で覗きたいメンツだが正直くたびれたから、んなことしねえさ」

椅子に座って水を飲む剣人を背にパラレルとキリエは部屋を出た。

「しかし、あなたは本当にユイムでもライラさんでもないのですわね」

脱衣所。キリエが服を脱ぎながら言葉を放つ。対してパラレルは翼のために脱ぐのを四苦八苦していた。

「え、ええ……まあ、そうですね……。色んな人から口調とかはライラっぽいって言われています。個人的にはケーラやシュトラの色も強いと思うのですが」

バトルスーツを脱いだパラレルはここでやっと自身がノーブラである事に気付き、赤面した。

「……胸はユイムとは似ても似つかないようですわね。かと言ってティラさん程でもない。6人の中間といったところでしょうか?」

「ど、どうでしょうか? 自分でもよく分かりません。とりあえず魔力に関してはユイムの数倍は確実ですね。これならチャージなしでダイダロスを2回は使えそうです。魔力が漲りすぎて、フレイム一発でもものすごい威力になりそうです。剣人さんが言うように対人戦向きじゃありませんね」

「これがあなた方が会ったというディオガルギンディオのブフラエンハンスフィアの言った可能性と言う事でしょうか?」

「……分かりません。それにあの人、どこかで会った気がするんです。ここではないどこかで」

「……まあ、ブランチと言い、そのブフラエンハンスフィアと言い、人知を超えた存在なのですから考えても無駄でしょう。今は英気を養い、戦いに備えるとしましょう」

「はい、キリエさん」

それから二人でシャワーを浴びる。

「ひっ! ……ひゃん!」

翼が濡れるのは感覚的に妙なのかパラレルは翼が濡れる度に小さな悲鳴を上げる。やっとシャワーに慣れたと思ったら今度はボディソープを翼に垂らして洗うのだが、背中までは届かず中途半端になってしまう。

「……もう、仕方ありませんわね」

「あ」

見かねたキリエがその手でパラレルの翼を洗い始めた。同時にパラレルの脳裏を焼くのはかつてユイムが幼い頃にキリエに体を洗われた頃の記憶だ。まだ家族がいて、ブランチに魅入られてもいないし、その異常な魔力の体質も発覚していなかった、無邪気だった頃。同じような記憶は他の5人もある。

まだ生えていなかった頃のライラ、ラモンと出会う前のティラ、まだKYMシップに拾われる前のラモン、まだもっと兄弟が少なかった頃のシュトラ、まだ自分を取り巻く事情も知らなかった頃のケーラ。

6人分のノスタルジーが涙腺を緩ませる。しかし、同時に6人分の決意が胸の中で固まっていく。

……幸せだった日々。それをこれからも続けるためにも、この戦いは絶対に負けられない……!



・シャワーから上がり、体を火照らせた二人が会議室にやって来た。そこには、シキル、ラウラ、ヒカリ、そしてパルフェがいた。

「あ、先輩!」

「シキルさん達はともかく、どうしてパルフェさんが?」

「剣人さんがガイアス使ってるじゃないですか。元々は剣人さんのカードでも今は私と契約をしているそうなのであまり遠くには離れらないんですって。今は剣人さんもお休みになられているのでその間を任されました」

「そうだったんですか。お疲れ様です」

「……にしてもすごいですね。本当に先輩方が一人になったみたいです」

「まあ、そのまま一人になったんですけどね」

「ブランチとの戦い、頑張ってくださいね」

「はい。ありがとうございます」

応援のパルフェ、その後ろに着くシキル、ラウラ、ヒカリ。そう言えばいずれもブランチに狙われた事のある者達だ。ならばそのブランチとの決戦には興味があるのは当たり前だ。彼女達のためにももっと負けられない。

パラレルがそう心に解いた時だ。

「大変だ!!」

剣人が部屋に突入してきた。

「剣人さん?」

「ブランチが動き始めたそうだ! ガイアス達から緊急通達が来た!」

「なんですって!?」

「まだコアの分析は終わってないが、70%は終了している。つまり残りの30%のどこかにコアがあるはずだ! ともかく今は迎撃に向かうぞ! パルフェちゃん達は避難勧告を山TO氏全域に発令!」

「はい!」

「俺達は出るぞ!! 磁気嵐のせいでスカイカーは使えないそうだからキマイラとお前の翼で行く!」

「はい!」

駆ける剣人、キマイラの背に乗るキリエ、己の翼で宙を舞うパラレル。

戦場の空に飛び出る前に一度だけ議事堂を、山TO氏の街を見てから地を蹴った。




・南西に進むにつれてその異常は一目瞭然となって来た。

まるで津波のように闇が迫っては森や民家を飲み込んでいく。さらによく見ればその闇の中には以前までよく戦っていたブランチの分身体が無数に存在していた。あの津波は数千万以上もの分身体の行進だった。

「剣人さん、」

「……あれは放置だ。本体ですらない。ただの余波だ。本体を叩いた方が早いし、被害も少ないはずだ」

「……分かりました」

3人は被害の集落を通過した。

やがて飛ぶ事3時間。いくつもの被害と津闇を目撃しながらもたどり着いた場所。

「状況は!?」

剣人が声を飛ばすと同時にその手に2枚のカードが現れた。

「遅いぞ剣人」

「奴はもうとっくに臨戦態勢だ。見ろ、あれを!」

カードが僅かに正面に傾く。3人の目が見たのは空を貫く程大きな人型に近い姿だ。下半身は闇の海に直結していて、背中からは悪魔のような翼を生やし、両腕は濡れたままで絞らない雑巾のような形状で闇が指先から溢れ落ちていく。全体的にゾンビのような、或いは被曝して全身が焼けただれたような姿をしていた。

「あれがブランチの正体なのか……!?」

「上半身と下半身部分は分析済みだ。どこにもコアはなかった」

「上半身と下半身って、じゃあ残りはどこに……!?」

「分からん。と言うかお前誰だ?」

「今はそういうのはいい! ちっ、まともに作戦会議できなかったのが痛いな。ガイアス、どこを攻撃したらいい?」

「どこでも構わず、どこでも意味がない。奴は今、形状と機能を一致させていない。頭を攻撃したところでそこに脳はない。奴の全身は全ての機能を内含している状態にある。奴の腕は腕であり、目であり耳であり脳でもある。そして奴の手からこぼれ落ちた闇の全ては……武器だ!」

ガイアスの言葉が終わると同時、今までこぼれ落ちていた無数の闇の一滴達が直径2メートルほどの球形を取り、弾丸のようにこちらに迫ってきた。

フレイム!」

回避体制を取った剣人達に対してパラレルが行なったのは迎撃だ。虚空から突如カードを出現させ、それが右上の翼に模様の一種のようにまとわせると、カードが発動状態に入り、パラレルの周囲からいくつもの火炎弾が出現して迫り来る闇の弾丸に向かっていく。

放たれた火炎弾は通常のフレイムによるものとは大幅に出力が違っていた。一発一発がおよそ20倍。それを視界を埋め尽くすほど生み出して矢のように繰り出す。もはやこの空は、宙を切り裂く火炎弾と闇とで埋め尽くされていた。その両者は激突しても爆発を起こさずに、まるで激突した一点の空間に吸い込まれるようにして消えていく。小さなブラックホールと言ってもいい現象が起きていた。そのブラックホールの点達が面となって、とある一瞬に空を埋め尽くす全ての激突を飲み込んでかき消した。

ウォール!!」

左上の翼に2枚目のカードが装填される。と、パラレルの左右に全長8000メートル、全幅2000メートル、全厚300メートル、重量100万トンの巨大な石畳が4枚ずつ出現する。

「はああああああああっ!!」

パラレルはそれをピザの生地を伸ばすように頭上高く持ち上げてその場で高速回転を展開し、ブランチの巨体めがけて8枚同時に投げつける。

秒速26回転している巨大な石畳はもはや打撃武器ではなく切断兵器と化して、宙を切り裂きブランチのその巨体をズタズタに切り裂いてどこかに飛んでいく。

しかし、ブランチの体は不定形だった。スライムと言うよりは液体に近く、一度バラバラになっても地面に固まり、そこから一瞬でまた先ほどの巨体へと再構成された。

「……あれじゃ切断は意味がないな。かと言って打撃も通用するかは怪しい」

「いえ、あの子はもう次の策を打ってありますわ」

キリエが指をさす。それはブランチの後方300メートル。そこに先程放った8枚の石畳が仕切りのように地面に突き刺さっていた。

そして、パラレルは3枚目を右中翼に装填する。

ダイダロス!!」

発動され、この世に出たのは今度は大津波だ。見たところ、全長100キロメートルは容易くあるブランチの巨体。その巨体の3倍以上の大きさの津波が突如大空に出現してその不定形の巨体を呑み込んだ。

大地を削り、森を打ち砕き、押し進む莫大な大津波は300メートル先の石畳に受け止められる。8枚だけじゃ足りないと判断したパラレルはその数を3倍の、24枚に増やして完全に威力を殺す事に成功する。

「……!」

押し止められた水の中をパラレルは真紅の瞳で見た。バラバラになったブランチの肉体の中で僅かだけ定形を保ったままの部分が存在していたのを。そしてその中で何かが存在し、小さく仄かに点滅していたのを確認する。

「あれがコアか……!!」

6枚の翼で空気を叩き、発光体めがけて急加速する。距離は大体100メートル。この程度なら1秒は掛からない。しかし、敵の次の一手にはそれすら必要なかった。

「!」

突如、通り過ぎたばかりの闇の塊から何かが飛び出てきた。それは、かつて見覚えのある人物だった。

「あれは、ミネルヴァさん……!?」

かつてライラが戦った戦天死状態のミネルヴァだった。

「ぐがああああああああああ!!!」

咆哮を遂げた後、ミネルヴァは4本の翼を羽ばたかせ、6本の腕に力を込めてこちらに迫ってきた。

「このままでは……後ろから狙われる……!!」

パラレルは旋回して、4枚目を使った。

レンゲル!!」

右手にレンゲルを召喚してミネルヴァを迎撃する。

「がああああああああっ!!」

次々と亜音速で迫り来る6つの殴打をレンゲルの棒術だけで受け流していき、素早く背後を奪い、その背中に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。

「……くっ!」

そこでコアらしき発光体を探すが既に居場所はつかめなくなっていた。ばかりか津波が終了して少しずつ不定形な巨体が再構成されつつあった。何とかしてそちらへの攻撃を行おうとすると、咆哮を上げながらミネルヴァが迫り来る。

そこでやっと確認出来たがこのミネルヴァは前に見た時と僅かに外見が違っていた。ブランチに操られていたステメラと同じような姿だった。全身がメタリックになっていて、ただでさえ生物的に頑強だったミネルヴァの全身がさらに鋼鉄でコーティングされていて、先程の背骨をへし折るくらいの威力で放った後ろ回し蹴りも全く通用していないようだった。

「まさか、戦天死をさらにオメガにしたのか!?」

剣人の驚く声を聞きながら、パラレルは迫り来る終焉戦天死オメガヴァルキュリアミネルヴァを迎撃する。



・それは遠い、遠い記憶。

父親は弁護士で、母親は銀行の職員で、何不自由なく過ごしていた……はずだった。

けど、その頃の自分は自分が何者かも分からなくて、ただ自分に興味を持たない或いは忌避しているような両親からの視線や、口ではなんだかんだ言いながらもどこまでも自分の、ただひとりだけの味方になってくれた妹がいた。妹と同じくらい口下手で素直じゃない同性の幼馴染や何考えているのか分からない異性の幼馴染。年頃になっても他の女の子と比べて余りにも育たない自分の胸にだけ不安を覚えて暮らしていた日々。

でも、それはそこから始まる長い物語の序章に過ぎなかった。

ある日に自分には、生えている事が判明。学校中で大騒ぎになって、色んな人から拒絶された。今までどおりの生活が全く送れなくなってしまった。それでも前述の3人はついてきてくれたけれども、ある日今度は羽まで生えてきてしまった。

……私は一体、何なの……!?

そう思う日々は尽きなかった。みんなが見ていない時にひとり涙する事もあった。けど、隣には大切な人がいた。だから、頑張れた。たとえ、自分が人間の天敵である天死と呼ばれる存在であっても。

天死と人間との戦いが続く中で自分は女としての機能をほとんど失った。代わりに大切な人との間には子供が生まれた。この子もきっと天死なのかもしれない。それでも、自分が乗り越えられた未来ならばきっとこの子も超えられるかもしれない。

「この大地のように安心してみんなの期待を背負えられる。そんな心の強い子に育ちますように」




・迫り来るミネルヴァの猛攻。戦闘において腕が増えるということはただ手数が増えるということではない。

今、パラレルがそうして見せているように通常2本であっても相手の手数に対応することは出来る。手数だけであれば腕の本数はそこまで関係ない。しかし、相手は世界王者。自分よりかも技術に関しては間違いなく上。

こちらが6本で向こうが2本だったとしてもその手数と技術は防ぎきれるものではない。そして現実ではそれが逆だ。こちらが2本で向こうが6本。ただただ攻めて来るだけじゃない。一本一本が洗練された動きで攻撃と防御を以てこちらの戦術を潰してくる。

「くっ!!」

落ちる事も出来ずにパラレルは空を下がった。既に胸や腹の辺りは打撲だらけだ。ひょっとしたら骨も行ってるかもしれない。やはり天死を相手に接近戦を行うのはたとえこの姿でも難しいか。しかし、離れるのは難しい。

飛行速度は恐ろしい事にどちらも同じだった。翼の本数を大柄でカバーしているからだ。しかし、逆に言えば飛行を自分のものに出来ていたならば小回りに関してはこちらの方が上のはずだ。それを活かせば距離も奪えるだろう。しかし、相手の猛攻がそれをさせてくれない。

下がろうとすれば伸びたこちらの手足を掴んでパンチ。掴みから解放されようとすればさらにパンチ。うまく解放されて体勢を立て直そうとすればそこでもまたパンチ。全く距離を稼がせてはくれなかった。

そしてあの全身鋼鉄。それは確かに防御力を高めるものだ。が、それを攻撃に活かされれば当然攻撃力も上がる。パンチの一発一発が銃撃にも等しい。きっとパラレルへの合体前だったら一撃でノックアウトだったろう。

そして鋼鉄故の防御力。こちらがどんな体術で応戦してもまるで通用しない鉄壁。

「っ!!」

迫る拳。回避も受け流しも況してや防御も意味がない陣形での6打同時。だが、唯一可能なものがあった。

エレキ!!」

5枚目を使い、体を100万ボルトで包み込む。当然自分にも電撃ダメージが襲うし、殴打のダメージもある。しかし、帯電状態の自分に触れたことでミネルヴァもまた感電したのは事実だ。電気が良く通る鋼鉄の体がバチバチと面白いようにスパークを上げ、その時間が凍りついたように動かなくなる。しかしそれを見届けるだけの余裕はない。パラレルは素早く6枚の翼を羽ばたかせて上に上昇した。

右手には既に完成されつつあるブランチの巨体。左足の方に小さくなったミネルヴァの異形。

「……」

考える。翼にカードをストックすることでいつでも、そして通常の何十倍何百倍の威力で発動できるのはもう把握済みだ。しかし既に5枚をストックしている。後ストックできるのは1枚だけ。そしてそれはライラのカードからだ。ライラのカードはいずれも小回りが利くものばかりだ。しかしそれ故に純粋な破壊力を持っているカードは多くない。思い浮かべるのは2枚。キャノンとヴォルカニックだ。どちらも確かにパラレルで用いれば威力は凄まじいだろう。直撃できればあのミネルヴァもきっと粉々だし、ブランチをもう一度バラバラにも出来るかもしれない。しかし、どちらも威力重視で隙だらけだ。自分と同じスピードを持つミネルヴァには当たらないだろう。

なら必要なのはスピードか、範囲。どちらも備えたウォールがあるが、今度はパワー不足かも知れない。パワーも補えるダイダロスは、空を飛ぶ相手には通じない。やろうと思えば巻き込めるがそうなればウォールでは被害を殺せなくなるだろう。ならばどうすればいいか。

マグネット行使サブマリン!」

その時だ。行使の声が聞こえた。やがて、全身鋼鉄でしかも感電しているミネルヴァの体が高速で地面に引き寄せられた。

「キリエさん!?」

「この方は私が何とかしますので、あなたはブランチを!」

「……分かりました!」

心配ではあったがキリエの傍には剣人もいる。それにいつまでもつかは分からないがミネルヴァは感電していてほとんど身動きがとれない。ならば、問題ないだろうか。

「……頼みます」

小さく言葉を残し、パラレルはブランチへと向かっていった。




・闇が洗い流された森の中。ミネルヴァは勢いよく地面に叩きつけられた。

「……ようやく前回の借りを返せますわね。そして、どっちが世界王者か決められます」

土煙の向こうには金髪の少女がいた。キリエだ。

「本当にいいんだな!?」

「はい。早くしてくださいまし」

「分かった! 居城キャッスル・サブマリン!!」

上空。キマイラに乗った剣人が1枚のカードを発動させると、キリエとミネルヴァがいるエリアに要塞或いは居城のような建築物が出現して二人はその中に閉じ込められた。それが完了してミネルヴァが立ち上がると、キリエは1枚のカードを懐から取り出した。

ブルー解放トルード!!」

行使を宣言した時、キリエの眼光は蒼穹の色へと変わる。やがてそれと同じ色に室内の空間が侵略されていく。

キリエは設定する。ミネルヴァのみ運動能力が500分の1にまで減衰する、と。

生身の人間にやれば植物人間状態にすらならない。しかし、正面のミネルヴァはその両足で体重を支えて直立していた。

「ほとほと呆れますわね。天死と言うのは。ですが、支配と言うのはこれから」

キリエの姿が蒼き闇の中に消える。と、ミネルヴァの視界の全てから鎖の形状をした光線が無数に出現し、次々とミネルヴァの体を貫通していく。

「ぐぎゃあああああああああああああ!!!」

既にブルーにより、自分がいま対峙しているミネルヴァは本物のミネルヴァではなく、飽くまでもブランチが作り出したコピーに過ぎない事は分かっている。だから一切の容赦は必要なかった。

閃光の鎖で貫かれたミネルヴァはさらに全身を隈なく閃光で覆われ、締め付けられ、縛られてついには一切の身動きが取れなくなった。6本の腕も4枚の翼も鎖で滅多刺しにされて朽ちている。

「……覚えておきなさい。X是無ハルトに敗北の2文字はないと。」

キリエが声を送ると同時。無数に巻かれた捕縛の鎖の全てはその一瞬に圧力を集中し、鋼鉄の戦天死を粉微塵に磨り潰した。



・キリエを包んだ城塞の真上だ。剣人はキマイラから降りて目の前に人物と相対していた。

「ライラに似ている……あんたは?」

それは赤い髪の少女だった。どう見ても人間にしか見えない蒼穹のような色をした瞳の少女。

「あなたがあの子を導いてくれたんだね」

「……あんた、まさか……」

「私はもうこれ以上、ブランチを止めることは出来ないから後はあなた達に託すね」

「待ってくれ! 娘に会わないのか!? あの子は成長した! もう泣き言を言うような子じゃない! せめて、せめて立派になったその姿を見ていかないのか!?」

「……ありがとう、優しい人。でも、大丈夫。心配しなくてもあの子の事ならブランチの中でずっと見てたから」

「……まさか、ブランチがライラを狙っていたのは、天死の体が目的ではなかったのか……!?」

「……多分私が中にいたからだと思う。全身全霊でブランチを止めよう、たとえ体を捨ててでもって思ってたんだけど……えへへ、ダメだったみたい。心のどこかであの子を見たかったんだと思う。だから、合わす顔はないよ」

「……」

「……じゃあ、私はもうこれで。あの子には伝えないでね。今はブランチを、間違った可能性を選んでしまったこの存在を倒す方が大事だから」

「……ああ、分かった。俺の胸にしまっておくよ。そして、この世界に平和が戻ったらちゃんと伝える。あなたの言葉を」

「……うん、ありがとう。じゃあ、霞も待ってるから、私はもう行くね」

笑顔と声。それを残して少女の姿は光となって消えた。

「……ライラ、希望を持て。可能性を信じろ。お前をどこまでも信じている人の事を忘れるな」

剣人は飛翔するパラレルを見て小さく呟いた。




・戦場の空。それを埋め尽くすは再び放たれた闇の弾丸達。

「くっ!」

パラレルはフレイムで迎撃しつつブランチへの接近に臨んだ。

ブラックホールを起こしてしまえば簡単だがしかしそうなるとその吸引に巻き込まれかねず接近できない。だから今はフレイムの引火性を強くして、激突で生じた爆発がうまく相互干渉するように計算して放ってブラックホールが広範囲には起きないようにしている。爆発と爆発の間をくぐり抜けたパラレルは6枚目を発動しながらブランチの頭上にたどり着いた。

キャノン!!」

成層圏。話題にもなったアースラが見える星の空でパラレルは正面に突き出した右手の先に巨大な魔法陣を生み出した。直径にして60キロ以上。

「チャージ……!!」

そして懐から出したチャージを発動して一時的に保有魔力を2倍にし、増強した分の魔力をそのまま砲弾に変換して魔法陣に注力する。チャージが完了するとこちらに向かって無数の闇の弾丸が迫り来るのが見えた。

しかし、フレイムでの迎撃はいらない。行うのは迎撃ではなく、砲撃だ。

「はあああああああっ!!」

魔法陣から莫大な量の魔力が放出された。光線と言うよりは柱。それも束に近く、もはや線ではなく面。或いは域である。

光の域が成層圏から地上に向かって放たれて、その途中にあった弾丸達を一瞬で消し飛ばす。そしてその先に続くブランチの巨体に直撃を果たした。全長100キロを超えるその巨体を一瞬で飲み込み、圧倒的質量で微細なサイズにまで焼き尽くしていく。

消滅の閃光は1分以上も長い間、巨体を焼き尽くした。その閃光はあまりの明度に、しばらく他の光の存在を許さなかった。やがて、閃光が収まりパラレルが地上へ戻ってくると、当然のように巨体はその姿を消していた。

しかし、代わりに存在しているものがあった。それは光の膜で覆われたセミの抜け殻のような姿の物体だった。

「あれがブランチの本体……!?」

「……よくぞここまで力を見せた人間よ」

「ブランチ……!」

「我が名は<進化>を司るディオガルギンディオ・ヒディエンスマタライヤン。我が導きによってよくぞここまで進化を見せた。ディオガルギンディオとしてのこの星での使命は終わった。不備を抱えていたとは言えディオガルギンディオをここまで追い詰められた生命は今まででほとんどいない」

「追い詰めるじゃない。今ここで私があなたを滅ぼす!」

「ディオガルギンディオは死なない。……貴様が示す可能性とやらがどこまで通じるものか、最後に試してやろう」

と、ブランチの前で時空が歪んだ。それは前にブフラエンハンスフィアが見せたのと似たような現象だった。

しかしそこから出てきたのはあの時の過去の人物ではなかった。

「あれは……!?」

そこにいたのは一人の少女だった。2枚の翼を背中から生やした自分パラレルそっくりの少女。

「これは別の世界の希望の象徴。別の世界のパラレルだ」

「……!」

声のないパラレルに少女は迫る。その瞳は真紅で、その翼は猛禽類のそれで、その爪は餓狼のそれで……!

「くっ!」

亜音速で迫る敵の爪をパラレルは間一髪で回避した。

どうやらあのパラレルは天死の力を内含しているらしい。それでいて、

「フレイム・行使サブマリン!!」

一瞬、目の前に太陽が生じたのかと見紛うような火炎弾が生成された。即座に自分もまた同じ大きさの火炎弾を作り出して激突させる。

……相手は今カードを使わなかった。ならストックしているのだろうか? いや、あの翼にはそれがなかった。なら、あれはパラレルであっても自分とは全く違う存在かもしれない。と言うか天死の力とカードを並行して使っているとはどんな怪物だ……!

試しに、パラレルは今の状態で緋瞳を発動してみた。視界が変わり、相手の様相がよく分かるようになった。しかし、ストックしてあるもの以外のカードは使えない状態なのが両手を走る魔力管で分かる。

向こうのパラレルはこちらのよりも高性能なのだろうか? それはそれで可能性が示されている事になる。しかしここでパラレルが落とされると言うのは可能性は生まれてもその先にあるのは希望ではなく、絶望だ。

……ここでパラレルが落とされるわけには行かないな……!!

パラレルは相手の突撃を回避し、その背後に回り込んだ。

「!」

右手を相手のあご下から回り込んで左頬に、左手で相手の左手首を掴んで伸ばす。6枚の翼で相手の2枚と両足を封じる。

「パラレルコブラツイストだ!!」


・ブランチの虚栄が占める戦場の空で、二人の希望パラレルは今、コブラツイストによって固定されていた。

「……何の真似だ……?」

低く浸透した声が聞こえる。ブランチだ。

「貴様は可能性を止めるのか? 可能性の、希望の象徴である貴様が」

「違う……! ここで希望パラレルが落とされたら可能性が示されても希望は落ちてしまう……! だから、ここではパラレルを落とされるわけには行かない……それは私だけじゃない。このパラレルもだ……!」

「自分を殺すために向かってくる敵を封じつつ絶対に倒せぬ我に攻撃を続けるつもりか?」

「絶対なんてない……!! 諦めない限り、希望を捨てない限り可能性はいつだってある! そして可能性は0ではない限り、無限なんだ!!」

「……っ!」

声は聞こえない。しかし。今確実に自分が相対するパラレルにも変化があった。どうしてこの少女は自分と戦っているのか。先程のミネルヴァと同じ作られて、ブランチの思うがままにされているからか? だが、もしも……もしも、このパラレルも自分と同じ状況に立たされているとしたら……。

彼女もまた別の、彼女の世界においてブランチを倒すために動いていて突如現れた自分パラレルと戦わせられているのだとしたら……、そのために会話を封じられているのだとしたら……!

そう感じたパラレルは懐からカードを取り出した。

オープン行使サブマリン!!」

そして発動する。その効果で重なり合う二つの希望パラレルの心が同時に開放された。

「……!!」

コブラツイストを解除して二人のパラレルが開放された情報の海を見やった。やはり、二人のパラレルはライラ達6人が希望のカードによって合体した姿であること、そして今はブランチとの最終決戦の最中であったこと。

その事実を知った二人は顔を見合わせた。

「ブランチ! お前の野望もここまでだ!」

「二つの希望、力を合わせればその可能性は無限大だ!」

互いに構え、ブランチを見やる。

「……これが可能性だと……!? まさか、ディオガルギンディオの力をも上回るとでも言うのか……!? 有り得ぬ……!! そんな事など決してありえない……!!」

叫び。すると蝉の抜け殻のような姿だったブランチは己を包む光の膜を打ち破り、さらなる変化を見せた。

その姿は黒と紫色のドラゴンのようだった。体のあらゆる細部には地球を思わせる青い球体が付属されていた。その姿は、紫祖の魔竜とでも表現しようか。

「この進化は間違っている! バグだ!! 不備を起こしたディオガルギンディオが作ってしまったバグなのだ!!」

「間違った進化なんてない! 間違った希望がないように!」

「ブランチ! 選ばれなかった闇であるお前をここで倒す!」

咆哮と共に闇を叫んだブランチに対して、二人のパラレルは空を飛ぶ。

散開して攻撃を回避。続いて互いにキャノンを発動。数倍以上に強化された砲撃が左右から紫祖の魔竜を穿つ。魔力の圧力に体積を歪まさせられた魔竜は、しかし怯むことなく咆哮を上げ、青空の色をした翼を羽ばたかせた。

「「フレイム!!」」

飛翔の魔竜を、同じく飛翔した二人が無数の火炎弾で要撃する。太陽以上にこの空を輝かせる無数の火炎弾が雨のようにブランチの翼向かって下から上に降り注ぐ。ブランチは闇を炎のように吐き散らす事で迎撃するが、あまりの量に相殺しきれず次々と直撃を受けてその体を炎上させていく。

「ぬううううううう……!! この星そのものが間違っている間違っている間違っている間違っている……」

「ブランチが壊れた!?」

「待って!! ブランチが!!」

二人のパラレルはブランチが狂った叫びをあげながら大気圏を突破するのを見た。追撃に向かおうにも敵の方がスピードがあった。無理もない。相手の翼は街1つどころか島1つくらいもある馬鹿でかい翼なのだから。そして島を羽ばたかせてブランチは宇宙空間に出た。

「可能性は可能性で潰す! 狂ったものは狂ったもので破壊する!! 壊れたものは壊れたもので破壊するぅぅぅ!!」

体の細部に握った球体。それを体から切り離すと、ものすごい勢いで巨大化していき、あっという間に地球となった。形も内部も文明も全く同じ地球。それがブランチによって今、地球を破壊するための質量兵器として発射されたのだ。

「何てことを……!!」

言いながらもパラレル達もまた大気圏を突破して宇宙に飛び出た。そしてこちらに向かってくる地球に向かって飛び込んでいく。

「「パワー!!」」

カードを発動し、その腕力を以て大地を受け止める。しかし、放たれた地球は止まらない。

「このままじゃ、地球と地球がぶつかってしまう……!!」

「何とかしないと……!!」

「その役目、もらおうか」

「「え!?」」

声がした。やがて、大地を押す二人のパラレルの前に一人の青年が姿を見せた。

「ディオガルギンディオのブフラエンハンスフィア!?」

「よく噛まずに言えるな。まあいい、先に言っておく。お前達を助けるんじゃないし、力を貸すわけでもない。ただ、この星を守るのがこっちの役割だからそのGEARを果たすだけだ」

言うと、放たれた地球はその移動エネルギーを瞬く間に0にされて宇宙空間で停止。次の一瞬には光となって消えた。

「え!?」

「今の地球はディオガルギンディオが万一文明を間違えた時に置き換えるための予備のものだ。所詮コピー、気にするな。そして、ヒディエンスマタライヤン。お前はディオガルギンディオからあまりに離れすぎた。壊れすぎた。寄ってお前からディオガルギンディオとしてのすべてを剥奪する」

「ブフラエンハンスフィア……!!」

「忘れるな、己の役割を。お前が進化の終わりを司るのであればこちらはその終りを打ち砕くための進化を司るんだ。まあ、こっちが何かするでもなくこうして進化は訪れてくれたんだがな」

ブフラエンハンスフィアは一度だけパラレル達を見やると、その姿を消した。同時にブランチの全身から地球のストックが消えて急に苦悶を唱え始めた。ディオガルギンディオの力で成り立っていたその巨体が今、崩れ落ちようとしていたのだ。

「我は……我は進化を司るもの……!! 選ばれなかった者達の、進化を妬む心を使って終わりを引き寄せるために……!!」

「どんなに他人を進化させたとしても、」

「お前自身が進化できなかったんだ!」

二人はカードを握る。

「「サンダー!!」」

発動し、全身に電撃を纏って、ブランチに向かって突撃する。レールガンの要領で宇宙を貫くように突き進んでいき、崩壊を始めたブランチを貫通する。

「ぬうううううううう!!」

その背中を打ち破って出てきたのは蝉の抜け殻であるブランチの本体を掴んだ一人のパラレルだった。

「何故だ……何故、我は進化できなかったのだ……!? 我は……!!」

「自分で一歩を踏み出そうとしなかったからだ。そして、誰とも出会わなかった。誰との可能性も生むことが出来なかったんだ……! 無理も道理も吹っ飛ばすほどの意志の力がお前にはなかったからだ!!」

左手でブランチを掴み、握った右拳をブランチの胸に叩き込む。

「パラレルフィスト!!」

拳が激突すると同時、宇宙全体を輝かせるほどの光を伴った爆発が起きた。全宇宙の調停者の最期を告げる本来ありえないはずの現象だった。



・それは、ブランチを撃破した爆発の中だ。

パラレルは己の体の消滅を感じていた。無理もない。宇宙全域に広がるほどの爆発を至近距離で浴びたのだ。地球は無事だろうか? まさか全ての戦いが無駄になってしまったのだろうか? 疑問は尽きない。しかし視界に光は絶えている。全身に力は入らない。初めてパラレルになった時のような虚ろに朽ちる感覚だ。

「……よ」

「え?」

声がした。もう聴覚などとっくに消えているはずなのに。

「……朝だよ。起きて」

朝? いや、それよりこの声はどこかで聞き覚えがあった。もうとっくの昔に消えてしまったあの人の声。

「ライラ、起きて。あなたはここで眠ったままでいいわけじゃないでしょ?」

「……お父……さん!?」

「大切な仲間と一緒なんだから。みんながあなたを信じてる。あなたがみんなを信じているように。だから、目を覚ましなさい。起きて、みんなに笑顔を見せるんだよ? お父さんみたいに立派で可愛い笑顔を」

「……お父さん……」

既に視界には光が溢れていた。その光は希望色と、そして父の色をしていた。

「……あ!」

気付いたらパラレルは宇宙空間にその肉体を漂わせていた。消滅したはずの肉体は戻っていた。翼も無事。そしてさっきは気にしなかったが酸素も問題なかった。

「……みんなのいる、みんなが待ってる地球へ帰らないと……!」

パラレルは翼を羽ばたかせて宇宙を飛んだ。

………………

…………

……

「パラレルは……どうなったんだ!?」

地球から剣人とキリエがその閃光を見上げた。

「……ユイム、ライラさん……」

キリエは祈る。その中で宇宙全体を照らす光は収まった。爆発が収まった一点からこちらに向かってくる影があった。

「……皆さん、ただいま!!」

パラレルが大気圏を突破し、今地球へと帰還を果たし、その笑顔を見せた。



・ブランチとの戦いが終わって一ヶ月が過ぎた。その日はタイトル戦が行われる日だ。

X是無ハルト主催の豪華客船の中。ティラ達パラレル部のメンバーや仲間達が集まり、その戦いを待ち侘びる。

「……行こうか、ライラちゃん」

「……はい、ユイムさん」

小柄な少女が二人。ユイムとライラ。

「それでは~っ!! これより、X是無ハルト主催の客船上タイトルマッチを行います! 不動のタイトルホルダーであるユイム・M・X是無ハルト選手と、挑戦者であるライランド・M・X是無ハルト選手の入場です!!」

DJの呼びかけに応え、二人の少女は始まりの舞台に足を踏み入れた。

「ここから始まったんですね。私達は」

「そうだね。ちょうど1年前に。……ふふっ、今度は負けないんだからね」

「僕こそ、今度こそ実力でタイトルを取ってみせます」

構える二人。その二人を包むように巻き起こる多くの歓声。

「それではっ!! これよりユイム・M・X是無ハルトとライランド・M・X是無ハルトの試合を行います!! 見合って見合って……はじめっ!!」

号令と号砲。同時に二人のカードが宙を切った。

これからもまた、無理も道理も吹っ飛ばす、可能性の物語を始めるために。

10ヶ月と言う期間で生み出した物語の最後です。

ここまで読んでくださった方々には感謝でいっぱいです。ありがとうございました。

ちなみに本編中に登場した二人目のパラレルは、ifではない本編でのパラレルです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ