最終回「無理も道理も交差する拳」
30:無理も道理も交差する拳
・5月。
今年もタイトル戦の日がやってきた。
この1年間色々あったため中止が多かった。
故に去年7月以来となるタイトル戦が開催されることになった。
当然ユイムがタイトル防衛のため参加する。
ブランチとの戦いで以前までの2%しか魔力が使えなくなったが
それでも常人よりかはやや高い。
しかし日に日に魔力が少なくなってきていることから
これがユイム最後の公式戦になるだろう。
そしてその最後の対戦相手に選ばれたのは、
「・・・緊張する。」
ライランド・M・X是無ハルト。
嫁入りして初めての公式戦。
そして、ユイム同様彼女の魔力も尽きかけている。
きっとこれが最後の公式戦になるだろう。
ライラだけでなくユイムも緊張している。
しかしそれ以上に緊迫しているのが控え室だった。
「ど、どっちを応援したらいいんだろう・・・?」
顔を真っ青にしたシュトラが狼狽えては、
「だ、大丈夫だよシュトラちゃん!」
「そうだよ、二人共応援しよう。」
ティラとラモンが落ち着かせようとしている。
「・・・シュトラさん、落ち着いてください。」
正座で観戦しながらケーラが声をかける。
そのすぐ近くでは、
「リイラ、あんたはどっちに賭ける?」
「あのバカ姉貴が勝てるとも思えないんだけどね。」
3人の子供を抱きながらテーブルで紅茶を飲むリイラと升子。
「いや、ライラが勝つと思うわ。
あのスタイルはやりにくいったらありゃしない。」
「まあ、ラットンはユイムさんにも負けていますしね。」
隣の円卓でラットンと民子が紅茶を飲む。
「・・・いや、お前ら流石にだらけすぎだろ。」
「全くですわ。」
そしてケーラ同様おとなしく座って観戦するキリエとミネルヴァ。
それとは別に部室ではMMや中等部メンバーがモニターで観戦していた。
「ライラ、ユイム。頑張りなさい。」
「先輩・・・」
「頑張って~!」
「応援してます~!」
パルフェ、マリア、マリナが祈る。
「・・・いよいよですね。」
X是無ハルト邸ではシキル、ヒカリ、ラウラが観戦している。
「・・・我が娘の成長を見ようじゃない。」
「・・・そうね。」
個室でハイキュリアスと霞が観戦する。
そして、ついに二人が舞台に上がった。
「それではこれより久しぶりのタイトル戦を行いたいと思います!!
まずはタイトルホルダーで防衛者!
この試合が最後の公式戦との事であります、
ユイム・M・X是無ハルト選手~!!」
DJがマイクをハウリングさせると派手な演出と共にユイムが入場する。
「挑戦者はこの1年何かとユイムさんと関連が深く、
先日同性婚を果たしたとされるライランド・M・X是無ハルト選手です!!」
逆側からライラが入場を果たす。
ブランチとの戦いで魔力も天死の力もほとんど使い果たした今、
自分に勝ち目はほとんどないだろう。
しかしだからと言って諦めていい理由にはならないというのを
ライラはこの1年で学び実践してきた。
あらゆる無理も道理も突破してきたこの拳で勝てぬものはない。
「それでは!見合って見合って・・・はじめっ!」
号令と号砲。同時に2枚のカードが宙を切る。
「行くよ、ライラくん!!ボム・行使!!」
ユイムが爆発する魔力弾を放つ。
以前ならば雨のように降らせただろうが今では2,3発で打ち止めだ。
「ステップ・行使!」
対してライラは足を強化して爆撃を回避しながらユイムに接近する。
「行きます!」
「どんどんカモン!」
ライラが廻し蹴りを放つもユイムはしゃがんで回避しつつ
その足を掴んで関節を極める。
しかしあまり腕力が強い方でないユイムでは
強化されたライラの足を完全に封じることは出来ない。
だから数秒ほど動きを止めて空いた手をライラの腹に押し付ける。
「!?」
「ファイヤー!!」
そしてその状態で掌からボムを発射してライラを吹っ飛ばす。
体術とカードを組みわせた戦術、見事なパラレルフィストだった。
(これがユイムさんの新しいスタイル、
ユイムさんは全然立ち止まっていない・・・!
むしろどんどん進化していっている・・・!)
ライラが着地してから構える。
「あれれ?う~ん、やっぱ火力が弱すぎるかな。」
首をかしげながらも笑顔を崩さぬユイム。
この試合を本当に楽しんでいる証拠。
ならば相応に楽しまなければ失礼だろう。
ライラは一度ステップを解除して新たなカードを手に取る。
「テンペスト・行使!」
暴風雨を巻き起こし一瞬でユイムの視界を塞ぐ。
「わわっ・・・!」
その間隙にライラが距離を詰めてコブラツイストを極めた。
適度に痛めつけると手を組み替えて一本背負い。
が、同時に掌からの爆撃を受けてライラが真上に吹っ飛ぶ。
「流石円cryン流だね。」
ユイムが起き上がるのとライラが着地するのは同時。
当然といえば当然だがプロレス技よりもカードによる攻撃の方が威力は上だ。
掌からしか放てないがその分小回りが効くくせにそれなりの威力を持つボムは
ライラのスタイルからすればやりづらい事この上ない。
むしろライラが使えれば頼れること間違いなしのカードだ。
(テンペストからの奇襲は2度は通じない。
試合時間はまだ1分以上ある。3枚目を使うべきか・・・!)
ライラが新たなカードを懐から出す。
「竜・行使!!」
「へ・・・!?」
そのカードが発動されると3メートルほどだが
コウモリのような姿をしたドラゴンが出現した。
「な、何なのそれ!?」
「とある少年から物理的に譲り受けたものです。」
「・・・絶対夏希くんのだ・・・」
ティラが小さく零す。
「くっ・・・!」
小さい分よく動くドラゴン相手に対応を取りにくいユイム。
ボムを放つも回避されてしまう。
そして見せてしまった間隙にライラが距離を詰めて膝蹴りからの巴投げ。
投げ飛ばされたユイムは偶然ドラゴンに激突し、
その長い尻尾で絡め取られてしまう。
「な・・・!?」
「はあああっ!!」
そして空中で磔られたユイムめがけてドロップキックを打ち込む。
一切加減の効いていないそのままの衝撃がユイムの腹を貫く。
「ぐうううううっ!!」
ライラが着地すると同時にドラゴンが尻尾ごとユイムを床に叩きつける。
背中と腹の表裏両方から凄まじい衝撃に見舞われ一瞬落ちそうになるユイムの意識。
が、その酷薄な意識の中で放った爆撃がドラゴンの頭を吹っ飛ばした。
その音で意識を呼び戻し直ぐに立ち上がる。
カウントを見れば6まで刻まれていた。
(危なかった・・・!本当にライラくんは強いなぁ・・・。
でもタイトルだけは渡せないんだよね。
せめてこれくらいはX是無ハルトのためにしてあげなきゃ・・・。
・・・待てよ?ライラくんももうX是無ハルトだからどっちが勝っても
あまり意味がない・・・?どの道二人共これが最後の試合だし・・・)
「・・・ユイムさん?」
「ううん、何でもないよ。残り30秒か。
ライラくん、耐えられるかな?」
「え・・・?」
「ガイザレス・行使!!」
3枚目が発動された。
空を切り裂く魔力の爪がドラゴンの残骸を粉砕し、ライラに迫る。
「す、ステップ!!」
すぐに脚力を強化して回避に専念する。
以前に比べれば範囲も威力も激減している。
しかしそれでも元々威力の高めのカードだ。
直撃すればそのままダウンとなる可能性も低くはない。
(・・・そういえば以前ユイムさんこのカードでケーラを倒したんだよね。
しかもミネルヴァさんごと。それにそれ以前にもフェリーを沈めてるし。)
回避しながら追憶をする。
残り時間は13秒。
このまま逃げてもいいがそうして勝ち目があるとも限らない。
幸いステップとガイザレスの相性はいい。
だから、ライラは接近を始めた。
「・・・そう来たか。」
ユイムが笑い、ガイザレスの範囲を広げる。
範囲が広がったことで威力は下がり、
掠めたライラは怯むことなく前進する。
ユイムが発射を終えた直後に一気に距離を詰め手を伸ばす。
両手でユイムを抱きしめる形に抑えて強化した脚力で空高く跳躍する。
そして20メートルの高さの天井に到達するとそれを蹴って、
超スピードで舞台に急降下する。
(スクリューパイルドライバー・・・?
いや、回転してないしこの腕の力からして投げるつもりでもない。
と言う事はこのままもろともに地面に突っ込むつもりだ・・・!なら!)
ユイムがガイザレスを中断してポケットの中の1枚に触れる。
「行きます!!」
直後ライラがユイムを抱えたまま地面に激突。
凄まじい衝撃がユイムの全身を襲った。
が、同時にライラの体からは煙が上がった。
「・・・ぐっ、」
体から力が抜け、ライラがユイムから離れて転倒した。
ユイムを地面に叩きつけるのと同時に彼女からゼロ距離爆撃を受けたのだ。
倒れたまま隣を見やる。
どうやらユイムは意識を失っているようだった。
「勝っ・・・・た・・・・」
しかしライラもまた手からカードを落とし、意識を失った。
・タイトル戦が終わりX是無ハルト邸。
すっかりここでの生活にも慣れてしまったライラは
今もまた疲れた体を癒すため自分に与えられた部屋で仮眠を取っていた。
・・・少なくとも最初の時点では間違いなくそのつもりだった。
のにいつの間にか自分の股間にユイムが彼女の股間をこすりつけていた。
「ゆ、ユイムさん・・・?」
「う~ん、やっぱりもう反応しなくなっちゃったみたいだね。」
わずかに肥大しただけのそれを素股していたユイムが不満げにつぶやく。
ブランチとの最終決戦以来ライラの中の男性としての機能は
もうほとんど消えていた。もう、自分とユイムの間で子供は作れない。
もうライラはただの少女となりつつあった。
「でもま、いっか。ライラくんは僕のお嫁さんなんだから。」
「・・・ユイムさん・・・」
「ん?」
「僕、ユイムさんと出会えて幸せですよ。」
「・・・本当に可愛いなぁ、この子は。」
そうして二人は唇を交わした。
・交差した道はやがてまたパラレルの未来を作り出す。
ティラはKYMシップの社長として宇宙に行くための
新しい乗り物の開発に乗り出した。
ラモンは技師としてその計画の第一人者となった。
ケーラは山TO古来の技の道場を開き、また新たなパラレルの流派を築き上げた。
シキル達は泉湯王国に帰り、
かつての旅館から泉湯王国をまた楽しい国として復活させた。
ラットンは高校卒業後にミネルヴァと同じ実業団に参加した。
民子はいつまでも二人の面倒を見ている。
中等部メンバーはパルフェを新たな部長として再動。
高校に進学した最初の全国大会では見事優勝を果たした。
円cryンの両親は天死の文明を歴史に残すため政府議会に招待された。
ハイキュリアスは意外と早く妹と再会を果たしとりあえず殴られた。
キリエは大臣は引退したがニート化するのを拒まれたため
とりあえず議員の一員として世界秩序のため働いている。
たまに公式戦にも参加するようだ。
リイラは昔馴染みの少年と恋愛中らしく姉をもやもやさせている。
升子は来斗の成長を見守りつつ勘当された家族と少しずつだがヨリを戻しつつあるそうだ。
剣人はあれ以来一切姿を見せなくなったが
多分またパラディンと数百年もの壮大な鬼ごっこをしているのだろう。
そして、ライラはパラレルカードの店を開いて
ユイムやシュトラと共に子供達にパラレルを教えている。
ユイムのような王道かライラのような円cryン流かで時々喧嘩になるが。
「ユイムさん、」
「ん?なぁに?」
「ここでまた私達みたいにいい出会いが始まるといいですね。」
「・・・うん、そうだね。」
子供達が元気に拳を交えるのを見ながらライラとユイムは肩を並べて微笑んだ。