145話「枝分かれした歴史」
26:枝分かれした歴史
・升子、リイラ、来斗は暗闇の中を歩いていた。
とりあえず旧帝都を目指している。
しかし一般スカイカーでさえ数時間かかる距離だ。
少女二人の足では一晩歩いても届かないだろう。
スカイカーは使えない。
使えばそれを足がかりにライラ達に見つかってしまう可能性がある。
「・・・」
来斗を抱いたまま升子は歩く。
目尻には時折リイラの姿が映る。
自分についてきたこの年下の親友に対して礼は言わなかった。
この道の先に待つものなど何もないだろうに。
引き返せとも言わなかった。
このままただ無謀な道を辿らせる事もないだろうが
純粋に自分に着いて来てくれたことが何より嬉しい。
その想いを自慰的に無駄にしたくはなかったから。
バッテリーが切れそうなP3を見る。
ライラから20件以上の着信が来ている。
いつもなら2件と待たずに返信するであろう相手だが
ついに行動に出てしまった今の自分に合わせる顔も放つ言葉もない。
どうしようもなく会いたい顔だがしかし今は見捨てられた方が都合が良かった。
きっと送られてきたメールを1つでも見たら
この足は直ぐにでも踵を返し、懐に宿したコールを発動してしまうだろう。
「・・・・・・」
リイラは何も言わない。
本当に自分の唯一の味方としてどこまでもついて来てくれるのか、
それとも自分が諦めてくれるのを待ち続けてくれているのか。
ただ、人並み外れた体力を持った升子でないリイラには
この林道は厳しい様子だった。
既に空は暗く時折地を走る枝に躓いては転びそうになっている。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」
表情も見えない暗闇の中リイラの疲労を示す声が微かに響く。
「・・・リイラ・・・」
足を止めた。
振り向こうとしてその頬をリイラの指が遮った。
「・・・何振り向いてるのよ。先を急ぐんでしょ。」
「・・・でも・・・」
「まだまだ削り足りないんでしょ?ならもっと先へ進むわよ。」
「・・・リイラ・・・」
もう一度だけ振り向こうとした時だった。
眼前の闇を何かが貫いた。
「っ!!」
一瞬の後に目を開けると前方にあったいくつもの木々が消し飛んでいた。
代わりに木々のあった場所に人影が空から降ってきた。
「・・・見つけた。」
「・・・ユイム・・・!」
それは正しくユイム・M・X是無ハルトだった。
「・・・何の用?また私の邪魔をするつもり?」
「升子ちゃん、僕が相手になるよ。」
「・・・・・」
「吐き出したくても吐き出せない、削りたくても削れない。
そんなもののためにリイラちゃんを巻き込んで
家を出てこんなところまで来たんでしょ?」
「・・・あんたに何がわかるって言うのよ・・・」
「分かるよ。どうしたらいいか分からないんでしょ?
ライラくんを傷つけていながらどんな顔をして
会ったらいいのか分からないんでしょ?
でも、升子ちゃんがやっていることは卑怯だよ。
その胸に来斗くんを抱いて、リイラちゃんを侍らせて、
ライラくんに見捨ててもらいたいって思っていながら
その二人を人質にしている。本当は見捨てられたくないから。
でもそれでライラくんに許されたら今度はそんな自分が許せない。」
「・・・あんたは・・・!」
「リイラちゃん、来斗くんを。」
「・・・はいはい。」
リイラが升子から来斗を受け取る。
「リイラ・・・!」
「いいんじゃない?せっかく向こうから来てくれたんだし。」
リイラは二人から離れると、その近くにスカイカーが着陸した。
「へえ、珍しい。我慢出来てるんだ。」
リイラが車内に入り、座ったままの兄を見て言葉で撫でる。
「・・・ユイムさんがどうしてもって・・・」
「ま、いい判断よね。あんたが出て行ったんじゃ元も子もないわ。
ここはユイムに任せておきなさいよ。」
リイラがライラの隣に座る。
「でも、升子はもうカードを使えない。
それなのにユイムさんを相手にするなんて・・・!」
「・・・何もパラレルだけが戦いじゃないでしょ。」
「え・・・?」
同時に升子が隣にあった大木を引き抜いた。
「ユイムウウウウウウウウウウウウ!!!」
それを力のままにユイム向けて投げ飛ばす。
「パワー・行使!」
それをユイムは強化した腕で受け止めて地面に置く。
そして走り出した。
「こないならこっちから行く!」
「!?」
猛スピードで突進してきたユイムが升子の顔面に拳をぶち込む。
瞬く間に升子の足が地を離れ、その華奢な体が勢いよく吹っ飛ばされる。
背後5メートルにあった大木に激突し、その大木が根元からへし折れた。
「どうしたの?殴られたほうがスッキリするなんて女じゃないでしょ!?」
「くっ・・・!」
口元から血糊を零し、それでも升子は立ち上がる。
「怪力戦ならこっちの方が上!!」
地を蹴るとミサイルのようにその小柄が突っ込んでいき、
ユイムの腹と顔に2発のパンチを同時に打ち込み、
シャツの裾を掴んで真横に投げ飛ばす。
「ぐうううううううううううううう!!」
3本の大木を蹴散らしながらユイムが15メートル先まで吹っ飛び、
陸の岩礁に叩きつけられた。
「・・・ぐっ・・・!」
無数の瓦礫の中からユイムが起き上がる。
(こっちは力で身体能力が5倍になってるってのに
何のカードも使わない生身でそれ以上の怪力ってどうなってるのよ~~!!)
「ユイムさん・・・!」
ライラが車の外に出ようとするがリイラに止められる。
「離して!」
「あんたは誰の味方なの!?ユイム?升子?その両方でしょ!?
だったらじっとしていなさいよ!」
「で、でも・・・!」
「・・・!ちょっとまって!」
と、そこで今まで沈黙していたシュトラが口を開いた。
「シュトラさん!?」
「P3とスカイカーの様子がおかしい・・・。
どっちも動かないわよ!?」
「何ですって!?」
ライラが自分のP3を見るがバッテリーがまだ残っているにも関わらず
スイッチをいくら押しても機能しない。
リイラの物も同じだった。
やがて地鳴りのような物が聞こえてきた。
「今度は何!?」
二人が殴り合っている音ではない。
まるでこの森そのものが動いているような激震。
「大地震でも起きようって言うのか・・・!?」
「いや、それは少し違う。」
と、ドアが開かれパラディンが現れた。
「パラディンさん!?」
「動いたのは地盤ではないよ。・・・奴だ。」
パラディンが1枚のカードを出し、それを夜空に向けて投げた。
「光筋・行使」
発動するとこの森一帯だけが夜から日中に戻ったように空が明るくなった。
しかしそれと同時にこの異変の正体が姿を見せていた。
「あれは・・・!」
空に膨大などと言う領域ではない程の魔力の塊が浮かんでいた。
そしてそこから巨大な腕が森に伸びていて大地を直接揺らしていた。
さらにその腕からは人の形をした泥のような物体が次々と放たれていく。
「何ですかアレは・・・!?」
「あれはブランチだ。」
「え!?」
「私の推測でしかないがブランチとは
”選ばれなかった者達の意識集合体”だよ。
生まれることの出来なかった存在や、
歴史が枝分かれしたことで排斥されていった無念が集まった存在。
彼らは何年かに一度ああやって集合した無念を削るために活動している。
その中で見つけた”目的”が、」
「・・・ごく少数の人間に強力な力を与えて人類全体を自滅させる・・・!」
「そう。ブランチにとってはあの手段こそが本来の目的であり
人類全体の自滅と言うのは目前の目安に過ぎない。
・・・まあ、何にせよ。あれは人類の敵だ。
私も手を貸さざるを得ない。いずれ、彼もここへ来るだろう。
・・・ところで彼女達は何をしているんだい?」
「ユイムさんは升子を止めようとしてくれているんです。
でも、状況が変わりました。リイラ、あの二人を止めるけどいいよね!?」
「・・・仕方ないわね。」
「リイラちゃんはここにいて来斗くんを。」
車からライラ、シュトラ、パラディンが降りてユイム達に向かっていく。
「・・・何よあれは・・・!」
「まさかブランチ・・・!?」
ユイムと升子が殴り合いながらそれを眺めていた。
やがてそこへ人の形をした泥が無数に飛来する。
「ガイザレス!」
ユイムがパワーを解除して魔力を放ち、一気に100体以上の泥人形を粉砕する。
が、粉々になっても1から形を取り戻して再び無数の泥人形が生まれた。
「くっ・・・!魔力が集中しない・・・!」
「何やってるのよ!」
升子が近くの大木を引き抜いて泥人形をなぎ払う。
が、突如その足を何かに掴まれた。
「え・・・!?」
それは泥の腕。
よく見れば足場全体が泥に支配されつつあった。
「升子ちゃん!」
ユイムが大地を抉り、升子の手を引いて走る。
しかし先程の戦いでのダメージから速く走ることが出来ない。
「ユイム・・・」
「笑ってもいいんだよ・・・!」
「え?」
「誰かを傷付けてしまったとしてもまた笑ってもいいんだよ!
一度しかない人生をたった1つの色で埋め尽くすのは勿体無いもの!
そりゃ、居心地が悪いことだってあるかもしれないけど
自分が幸せになることに遠慮をしたらダメだよ!」
「ユイム・・・」
その時。
「ならば、生きる事が出来なかった命はどうなるのだ・・・?」
「!?」
声。
同時に二人に向かって空から巨大な魔力の塊が降り注ぐ。
それは、ユイムのガイザレスでも相殺出来そうにない出力。
「このっ!!」
ガイザレスを放ち、数秒ほど激突させるがその後闇の中に吸い込まれる。
魔力の塊は半分近く削られていたがそれでも
まだ100坪程度ならば消し飛ばすくらいの力を残していた。
そしてそれがまっすぐユイム達に向かってくる。
2発目を放つのも逃げるのも不可能。
「くっ・・・!」
ユイムが身構えた時だった。
「え・・・?」
体が持ち上がり視界がどんどん小さくなっていく。
「・・・升子ちゃん・・・!?」
升子がユイムを投げたのだ。
「・・・私の命は私の自由。なら、こうしてもいいでしょう?」
「升子ちゃん!!」
「来斗を・・・宜しく・・・。」
どんどん小さくなっていく視界の奥で升子は闇の中に消えていった。