144話「選ばれし夜、選ばれなかった闇」
25:選ばれし夜、選ばれなかった闇
・5月を迎えた。
最初の一日さえ行けば土日と合わせて五連休だ。
自然と生徒達の歩みも軽快に思える。
「それで、ライラ。連休中の部活はどうしましょう?」
「そうですね。中等部の子達が増えたことですし
そろそろ1軍2軍の編成を決めてはどうでしょうかケーラ。」
部室へ行くまでの道すがらに部長と副部長が打ち合わせをしている。
それ自体に何ら不可思議なことはない。
しかし、昨日までと違う部分があった。
「ねえライラくん、ケーラちゃん。
いつの間に二人ともお互いの名前を呼び捨てで呼ぶようになったの?」
「昨日からですよ。」
「・・・ライラくん、昨日家に帰ってこなかったけどまさかケーラと・・・?」
「え?いや、ケーラとそんなことはしていませんよ!?」
「・・・何でもかんでもそっちに話を持っていこうとしすぎなのよバカユイムは。」
升子が呆れながらもしかし驚いてもいた。
ライラが女の子を呼び捨てにするのが自分とリイラ以外では初めてだ。
そのどちらもがライラが少女だった頃からの話、
男として振舞うようになったライラは敬語を崩さなかった。
そのライラが敬語を崩すようになったということは、
ラウラが言ったようにやはりライラは女性であることを選んだのだろう。
ライラの本質は女性。元々そうなのだから当然のことである。
「升子?どうかした?」
「・・・何でもないわ。ただバカ騒ぎするユイムがムカつくだけよ。」
「ううう、もう半年近く一緒に暮らしているのに升子ちゃんが冷たすぎる・・・。」
「あんたが自分でしたことを思い出してそれで慰めなさい。」
「あうううう~~~~!!」
「もう、升子?いくらなんでもユイムさんにそこまで言わなくても・・・!
去年のユイムさんはブランチに操られていたんだから。」
「・・・そのブランチも今年に入ってからは全く見ないわね。
ひょっとして1年活動したら1年眠るとかそんな感じの生き物?」
「・・・確かに最近見ないね。
後でキリエさんにいつからブランチが現れるようになったのか聞いてみよう。」
夕方。
部活を終えて帰るだけだったライラとユイム、シュトラに
キリエから連絡が入った。
「え?子供が生まれた!?」
「そうです。あなた達の間で作られた二人の子供が
先ほど心臓を活動させました。もう試験管の中で暮らす必要がないそうです。
私は既に病院にいるのであなた方もすぐに来なさい。」
それを聞いた3人はすぐにスカイカーを呼び病院へと向かった。
「・・・・・」
「私達は家でごはんを作って待っていましょう。」
「そーだねー。今日も疲れたし。」
「・・・ヒカリは結局一回戦負け。」
升子、シキル、ヒカリ、ラウラはスカイカーでX是無ハルト邸に向かった。
病院。
3人がやってくるとすぐスタッフによって病室に案内された。
どうやらこのスタッフも議会の役員らしい。
やがて、以前一度だけ来たことのある病室へやって来た。
部屋へ入ると元気な産声が響いていた。
スカイベビーカーの中に生まれたばかりの赤子が二人。
その念願の姿に3人は思わず涙をこぼした。
ライラとユイムの間に生まれたのは女の子で
名前は来夢・M・X是無ハルト。
シュトラとの間に生まれたのも女の子で
名前はシュトラインド@・YM・X是無ハルトとなった。
また、これを期にライラとシュトラも戸籍上の名前が変わり、
ライランド・M・X是無ハルトとシュトライクス@・YM・X是無ハルトとなった。
未だ同性婚が出来ないのだがキリエの計らいにより
入籍したのと同じ状態に取り繕われたのだ。
担当医から育成に関しての注意点などを教えられ、
3人はキリエと共にX是無ハルト邸へと向かう。
「でもシュトラさん、
いきなりラストネームが変わってしまって大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。X是無ハルトのご両親はともかく私の両親は
ユイムさんとの婚約にもライラくんとの婚約にも賛成してたんだから。」
「勿論私はシュトラさんのご両親にも許可を取って戸籍の変更を行いましたよ。」
「あ、いえ。キリエさんを疑っているわけではないですよ?
けど、これで家族になれたんですね。僕達。」
「・・・うん、そうだよ。」
「ライラくんが女の子だから出来たんだよ。
男だったら来年まで待たなきゃいけなかったし。」
「・・・でも、心配なこともあるのよね。」
シュトラが窓から暗闇の地上を見下ろす。
・X是無ハルト邸。
「・・・・・。」
升子が廊下を歩いている。
胸には来斗、そして背中には荷物。
「升子?何してるのよ。」
「・・・リイラ、」
後ろからリイラが声をかける。
「・・・あんたの気持ちもやろうとしていることも
分かるつもりだけどそんなことをしてもお兄ちゃんは喜ばないわよ。」
「・・・分かってる。でも、何だか居場所がないみたいで・・・。
事前にキリエさんからライラ達を入籍した扱いにして
ラストネームを変えるって事を聞いて、私にも声をかけられたわ。
佐野・M・升子にしないかって。
・・・でも、その気遣いが痛いのよ。
私とライラの間にはこの子がいる。
でも、この子を作ったのはユイムと私。
結局私とライラは昔から何一つとして関係性が変わっていない。」
「・・・はぁ、ホントあいつはそこら中から恨みを買うわね。」
「・・・私を止めるの?」
「あんたは私ほどじゃないけど頑固だから。
止めても無駄だって分かってる。
でも、あんたを一人にしておけないわ。
・・・あんたの気が済むまで私も付き合う。
・・・もうあんたにはその子と私しか残ってないんでしょうから。」
「・・・ツンデレ。」
「何よ全く。」
そうしてリイラ、升子、来斗は誰にも気付かれないようにX是無ハルトの屋敷を出た。
「・・・・・・。」
ラウラが窓から外を眺めていた。
「・・・どうしたのラウラ?キリエさん達帰ってきた?」
夕食の用意をしながら、
つまみ食いをしようとしていたヒカリにラリアットを食らわせながら
シキルが尋ねる。
「・・・いや、しばらく誰も帰ってこないよ。」
それだけ言って倒れたままのヒカリを引きずって食堂を出て行った。
「え!?リイラと升子が!?」
廊下。
ヒカリが声を上げた。
「そう。どこかの誰かさんのせいでね。」
「・・・それってライラ先輩のこと?それともユイム先輩?」
「両方だよ。とりあえず二人には連絡を入れようと思う。」
「・・・で、あんたは何してるの?」
「きっと今日、今までにないくらい面倒な事が起きる。
だからあの二人が置いていった予備のカードもメールに添付しておく。」
「・・・升子達が何かヤバイのでも起こしそうって?」
「・・・僕に残った天死としての最後の力が教えてる。
今日、嵐が来るって・・・。」
カードを添付しながらラウラが夜空を見上げた。
車内。
キリエに子供ふたりを託しライラ達3人は升子&リイラの捜索に向かった。
「どうして・・・升子、リイラ・・・」
「・・・私は何となく分かるな。
升子ちゃん、居心地悪そうだったから・・・」
「シュトラさん・・・?」
「あの子はね、ライラくんには勿論ユイムさんにも負い目を感じている。
泉湯王国の3人みたいに政府議会からの指示で
一緒に暮らしていたり、ライラくんの妹だから一緒に暮らしているリイラちゃんとも
違ってあの子がX是無ハルトにいるのは完全にあの子のワガママ。
それにライラくんが女の子でいたいって思っていたのに
ライラくんが好きなユイムさんを使って子供を作った。
あの子は自分がライラくんを傷つけていると思ってるのよ。
・・・他の誰もそう思ってないとしてもね。」
「そんな・・・」
「僕にも分かる。
誰かを好きだって気持ちと申し訳ない気持ちが重なって・・・、
いてもたってもいられないんだよ。
だから自分にとって唯一の理解者だったリイラちゃんを連れて
あの家を去ったんじゃないかな?」
「・・・・・・」
「まあ、でもライラくん。
ライラくんはこの際何も悪くはないよ。
責任を感じる必要も拳を振り上げる必要もない。
・・・升子ちゃんとは僕がやる。」
送られてきたカードを握りユイムが正面の闇を見やった。