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パラレルフィスト~交差する拳~  作者: 黒主零
5章:パラレル交差する明日へ
144/158

143話「強さ違えば進みの素」

24:強さ違えば進みの素


・その日はやってきた。

4月最終日。

部活が始まると同時にケーラはライラを誘った。

「ケーラさん?」

「ライラさん。決着をつけさせてください。」

動いた。

「・・・・・・・」

ラウラの目配せで事情を汲んだミネルヴァがコート中央を空けて

そこへ二人がカードを懐に忍ばせながら移動した。

何度目だろうか。

ライラとケーラは去年から何度か邂逅した。

まだユイムの体を借り素性を知る前から続いていた。

それでも二人の間に明確な決着が付いたことはなかった。

ケーラの放った決着という言葉の意味がそこにあるとは思えないが

自分の強さに自惚られるほど足が浮いていないライラは応じる他ない。

「・・・ライラくん・・・ケーラ・・・」

ユイムはシュトラと違いただ喉を鳴らす事しか出来ない。

「・・・準備はいいな?」

ミネルヴァが問うた。

ライラもケーラも言葉なく頭を軽く垂れる。

「公式戦ルールで行く!・・・はじめっ!!」

号令が掛かると同時に互いにカードで宙を切った。

「ステップ・行使サブマリン!」

「レンゲル・行使サブマリン)!」

ライラが駆け、ケーラが杖を握る。

1秒の後に10メートルはあった距離は圧縮され、

ライラの足とケーラの杖がぶつかり合う。

そして床を踏む音より早く次の攻撃が絶え間なく空を切り裂く。

相変わらずケーラの棒術は見切るのは難しく

完全防御を行うにはまだ未熟すぎる。

尤もライラの神速の足技もまたケーラが捉えるには速すぎた。

しかしここまでは以前までとまるで同じ。

それに甘んじてしまえば決着どころか停滞に他ならない。

「ミョルニル・行使サブマリン)!」

距離を取ると同時にケーラは新たなカードで宙を切る。

発動が唱えられると瞬く間にその手に稲妻が迸り、

鉄槌のように形状を装いライラ向けて振り下ろされる。

これを蹴上げるのは不可能。

ライラは側面に滑り込み第一打の直撃を避けると同時に

ステップを止め、発動したカードで床へと潜る。

牙を持たず泳ぐだけではサメでも艦を沈めるのは叶わないだろう。

ケーラは稲妻の鉄槌で真下の木造を穿った。

「くっ・・・!」

完全に動きを把握された上での攻撃が無機質の中を泳ぐライラを打ちのめし、

無様に散らばった木片からライラが追い出される。

この時点で互いに既に2枚。

公式ルールと言われれば残る2分で使えるはあと1枚のみ。

(・・・なるほど。今までも薄々感じていましたが

全力の勝負をするに3分で3枚は少なすぎる。

・・・いや、古代の剣士はひと振りで相手を仕留めたという。

ならばむしろ3枚は多すぎる。それを過小と感じてしまう内は未熟の証か。)

(・・・今のケーラさんは今までのどのケーラさんよりも強い・・・。

まるで限界まで研ぎ澄まされた剣のよう・・・。

体に刻んだ無意識が彼女の戦術を凌駕出来なければ一瞬で討ち取られる・・・!)

「ステップ・行使サブマリン)!」

「レンゲル・行使サブマリン)!」

両者が選んだのは新たな一手ではなく最初の一手。

ライラは腰を低くして前に出した左足を曲げ右足を銃弾に見やる。

ケーラは杖を左手に右手を前に構えまるで剣士の居合が如く築いた。

足は銃弾、杖は真剣。

得物を備えた二人を囲むは必殺の城壁。

その虚空の領域を見れたのはこの場ではミネルヴァとユイムだけだった。

この二人、立ち止まり息を潜めたことで間違いなく一歩を踏み出している。

1秒が無限に、無限が1秒に錯覚するほどの集中が脳を空洞にする。

淀みも滞りもなく知能が本能と一緒くたの岩塊と変わる。

今、この二人は2段は上であろうユイムでは太刀打ち出来ない領域に立っていた。

そのユイムが畏怖を交えた汗を床に垂らした瞬間、

ライラの右足とケーラの杖が音より先に光より速く激突を果たした。

杖が折れ、靴が弾け飛び、

「くっ・・・!」

左手首がねじ曲がり、右足首が捻る。

「・・・っ!」

肘と膝が同時に限界を破ると同時にそれぞれの2発目が放たれ

ケーラの左肩をライラの足が、ライラの下腹をケーラの杖が穿った。

いつもならこれで終わっていただろう。

だが気付けば互いに次々と3発目以降を連ねていた。

ライラの足がケーラの腹を穿てば同時に杖がその脛を払い、

損傷箇所を瞬時に直した杖がライラの顎を下から突き上げた。

「・・・っ!」

気付けばライラの目は天井で、耳はゴングの音で埋もれていた。

「ラウンド1終了だ!30秒休め!」

ミネルヴァの声を聴いて初めて二人は時間という概念を取り戻した。

「・・・うううっ!!」

顎をさすりライラが起き上がる。

悲鳴を上げているのは顎だけでなく両足と腹全体もだ。

ケーラの方も両手首が激痛に苛まれていた。

(・・・勝てないな。)

ライラがゆっくりと立ち上がる。

古い言葉で明鏡止水というものがあった。

拙くも自分達はその境地に足をつけたかもしれない。

しかし同じ領域に立つほどにその差異は鮮明な姿へとなっていく。

移動に必須で代用の効かない自らの足と、

いくらでも修復と伸縮が可能な彼女の杖では余りにも分が悪い。

「ライラさん、」

ケーラが口を開いた。

「何ですか?」

「この前のアレを使ってください。」

「・・・この前のって・・・」

「ラウラさんが言うジュネッスを。」

到達点ジュネッス。天死の力を完全に制御した状態。

暴走ネイティブ状態よりかはまだ生ぬるいかもしれないが

しかしそれにしたって試合で人間相手に使うには強すぎる。

ティラとラモンのタッグを相手にするよりも厳しい戦いになるだろう。

だが、ケーラの目に慢心や油断の色はなかった。

「・・・分かりました。」

その目が赤く染まり、背中から2枚の翼が生えた。

傍目では変化はないが両腕の力が大幅に増強される。

「・・・あれが天死・・・。」

ケーラがつぶやく。

確かにそういえばケーラは今まで臨戦態勢の天死と遭遇していなかった気がする。

「そろそろですね、行きましょう。」

「・・・はい。」

ケーラのその言葉を空気が伝えるより早くその目が電気信号を読み取っていた。

ライラ自身も緋瞳をこれほど自然に扱うのは機会自体が少ないこともあり、

頭の中でどうしようもないほど違和感が暴れている。

この力、これからも使うならばなるべく使い慣れた方がいいだろう。

「・・・っ!」

今のライラはブレインを使っている状態に等しい。

ケーラが何か動こうとすればそれがスローモーションで目に入る。

彼女の脳から指の先端まで電気信号が走るのが見える。

その後やっとケーラは動けるのだが緋瞳の前ではあまりに遅すぎる。

ケーラが指先一つを動かすよりも早くライラの未だステップの通用していた蹴りが

彼女の腹に叩き込まれ、その体を10メートルは吹っ飛ばす。

「ぐっ・・・!」

迂闊だった。

この力は余りにも強すぎた。

天死としての力を使えないだけで天死に変わりはないラウラ相手だから

まだ圧倒でも勝負と成立できたが完全に人間のケーラでは

天死の力にパラレルカードを加えた攻撃はあまりに殺人的すぎた。

「ケーラさん!」

「・・・大丈夫ですよ。」

10メートル先と言う眼前でケーラは杖を使って立っていた。

ライフの上からでもその威力はケーラの体を刻んでいて

腹部から血が滴っていた。肋骨は間違いなく折れただろう。

「ケーラさん、天死の力ではライフが適用されないようです!

一度元に戻ります・・・!」

「心配はいりません。」

「!?」

直後。

突如ライラの両目を水の塊が襲った。

(これは・・・汗・・・?いや、ケーラさんのクイックか!

目が塞がっていたら緋瞳が・・・・・!)

緋瞳を瞑ったライラにケーラが走った。

手に持った杖でライラの顎と後頭部を素早く穿つ。

(・・・痛みで手先が鈍りましたか。)

ケーラがライラの背後に立つ。

そのライラはすぐに水を拭い緋瞳でこちらを見やる。

そのあらゆる生物を処する眼がケーラの中の答えを呼び覚ます。

(・・・やはり、そのようですね。

私は、私を圧倒する存在を求めている。

そしてそれを倒すことでより強くなりたいんだ・・・。)

今のケーラには無敗という現状ですらぬるま湯に過ぎない。

負けないようにではなくより強くなりたい。

今まで決して欠けていたものだ。

それを理解した今ケーラ・ナッ津ミLクはもっと負けない。

明らかに自分が有利にも関わらずライラは気圧された。

独りで無数の人間を殺せるであろう天死であるこの姿の自分が

不思議とこの人間の少女には勝てる気がしなかった。

ましてや手加減などしていたら逆にこちらが殺戮されてしまう。

「うあああああ!!」

ライラが駆けた。

10メートルを一瞬で走るライラがケーラに向かって蹴りかかる。

当然まだステップは適用されている。

先程と違い全力と弁えての蹴りだ。直撃して死なない生物はいないだろう。

だが、放った右足が伸びきる前に何かに弾かれた。

「え・・・?」

それはケーラの杖だった。

電気信号さえ見切る緋瞳でもそれは見えなかった。

そして次の瞬間には鳩尾に衝撃が走っていた。

また緋瞳に映らぬ杖だった。

どうやら驚くべきことにケーラは杖を振るうに神経を使っていないらしい。

まるで彼女の杖が別個に動体となり彼女の意思とは別に動いているようだ。

(・・・いや、まさかと思うけど今のケーラさんの全ての攻撃は

クイックと同じく時間より早くなっている・・・!?)

(・・・妙だ。まるで私に緋瞳が宿ったようにライラさんの動きが止まって見える。)

ただ無心に杖を振るうだけで面白いようにライラが宙を舞う。

ライラが杖をつかめば一度杖を打ち消してから新たな杖を作り出し、

的確に急所だけを穿っていく。

杖による威力はそこまで高くはない。

強化された天死の肉体からすればやや怯む程度の痛みしかないが

その天死が防御も回避も、距離を取ることすら出来ないのは異常だ。

(なら・・・!)

「!」

ライラがケーラの両肩を掴むと天井まで飛翔した。

この至近距離では杖も威力を出せない。

それにこの後放たれるであろう一撃は赦してしまった時が最後になるだろう。

素早くケーラは1枚のカードを手にとった。

「はあああああああっ!!」

直後ライラが音速でケーラを地面に叩き落とす。

しかし、ケーラは愚か地面にすら衝撃が走らなかった。

「!?」

「こちらですよ。」

次の瞬間にはケーラはライラの背後にいた。

どうやらライラの懐からスイムのカードを奪っていたらしい。

投げ飛ばされても地面には当たらずむしろその速度を

そのまま利用して地面から壁を伝い天井から姿を現してライラの背後を奪っていた。

レンゲルで首を後ろから固め、両足で翼を踏みつける。

「はああああああああっ!!」

そして回転しながら地面に落下する。

地面が割れ、衝撃波が窓を粉々にする。

しかしライラは直撃を避けていた。

両腕がフリーだったのが原因でライラは腕立て伏せをする構えで威力を避けていた。

だが、

「・・・・・・う、」

やがてライラは人間の姿に戻り倒れた。

胴体への直撃は避けられてもスクリューパイルドライバーの

威力が塞いだ首に集中していたのだ。

それもライラがこのような防ぎ方をすればより締まるようになっていた。

強化された天死の肉体でも急所の一点に

自分の力を利用された一撃を受ければ耐えきれるものではない。

そしてそれはケーラも同じ。

「・・・・・・・・」

レンゲルを握り締めたまま気を失っていた。

「ここまでだな。」

ミネルヴァがコートに立った。

ユイムが議会に連絡をしてからライラとケーラは共に病院に運ばれていった。


夜。

ライラが目を覚ました。

見覚えのない天井。病院だと理解。

瞬時に日中のケーラとの試合を思い出す。

自分は喉を潰されて負けた。

天死故に既に喉は治ってほぼ万全の状態だ。

隣を見る。

「気が付きましたか?」

「ケーラさん・・・」

隣のベッドにはケーラがいた。

「今日は付き合っていただいてありがとうございました。

お陰でやっと私は強くなれたような気がします。」

「いやいやいやいや!ケーラさんは会った時から強かったですよ!

今日だってナイトメアカードを使わなかったにせよ、

僕は全力で向かったのにまるで勝ち目がなかった。

まだまだ自分の未熟さを感じましたよ。」

「・・・私もですよ。今までの自分がどれだけ浅ましかったのか。」

「いや、ケーラさんがそれだとしたら僕なんか・・・」

「いえいえ・・・。」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「「ふふふ・・・」」

夜だというのに二人は顔を合わせしばらくの間笑った。

「これからもよろしく、ライラ。」

「はい、ケーラ。」

そして最後には握手を交わした。

初めてユイムと結ばれたあの夜以来の充実した夜だった。

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