142話「たった一人の限界」
23:たった一人の限界
・ケーラ・ナッ津ミLクは現在高校2年生の少女。
15になるまで父親の顔をほとんど知らず
それまでは現代にしては珍しい山TO古来の家に生まれ育っていた。
幼き日に母親に内緒で5つ年上の異母姉のミネルヴァと出会い、
自分の家族関係を初めて知った。
「あのクソ野郎は腕っ節の才能はないがきっとその祖先は
歴史に名立たる闘将だったんだろうよ。
あたしが9つで並みの大学生選手にも負けなかったんだ。
だからあんたにもその血が流れている。
いずれは姉も、見知らぬ祖先も超えてみな。」
その言葉を頼りに失われつつある山TOの技を磨きながら
パラレルを始めその才能を開花させつつあった。
街で一番の学園に入った。
中学1年から部活に入れるため12になるとすぐにパラレル部に入った。
そこで初めて友達と言うものを得た。
「ケーラちゃんもパラレル部入る?」
「じゃあ、これからはライバルだね。ケーラ。」
「・・・はい。」
最強の鎹とも言えるティラとラモン。
しかし同い年にはこの二人を超越したライバルがいた。
それがユイム・M・X是無ハルト。
自分が足りない魔力を補うために棒術や技術を学んだのに対して
彼女はその異常とも言える魔力暴走体質をこれでもかというほど
使用した暴力的とも言える凶悪な戦術を愛用していた。
出力が弱い代わりに汎用性が高いフレイムのカードも
彼女にかかれば一発で山1つを焼き尽くしてしまえる程のバカ出力となっていた。
結果2年と持たずに部活は崩壊。
多くの先輩後輩は二度とパラレルをやらなくなってしまった。
ユイムも罪悪感を感じているのか滅多に部活に顔を出すことはなく
当時既に恋人同士であったシュトラとよく行動を共にするようになり
顔を合わせることも滅多になくなってしまった。
たまに廊下ですれ違っても1対1では声も掛けられないほどに疎遠と。
もはやパラレル部はほとんど部活として機能しなくなった。
だがそれでもケーラがパラレルで腕を磨くというのをやめていい理由にはならない。
顧問であるMMの許可を得て独りで部室でその腕を磨き続けた。
時折参加した地区大会でも一度も負けたことはなかった。
泉湯王国復興支援試合から一週間。
始まりの季節と言える4月ももう数日で終わり。
「・・・本当にいいの?」
「はい、お願いします。」
部室。
頭を下げるケーラの前にはティラとラモンがいた。
あれからケーラはさらに腕を磨くために
異常な程のハードメニューを自作して行っていた。
今日は今までミネルヴァしか破ったことのない
ティラとラモンのタッグを相手に独りで練習試合を行うらしい。
「・・・はじめっ!」
一瞬の躊躇を置いてミネルヴァが号令する。
実力者たるミネルヴァでなくともこの試合が無謀だということは明白だった。
ケーラは確かに個人戦では現状無敗だし全国でも通用する実力者だろう。
しかし全国で通用するタッグを相手に独りで相手しようと言うのは
常軌を逸している。半年前にミネルヴァがやってみせた時は
ミネルヴァが全国でもトップの実力者であると同時に
少なからずティラ達が萎縮していたのも原因だ。
あの頃はダイダロスを活用した今の戦術もなかったし
全国でも通用するだけの体術もまだなかった。
きっと今同じことが出来るかと言われれば
ミネルヴァを以てしても首を横に振らざるを得ないだろう。
それをミネルヴァより数段劣るケーラがやろうと言うのだ。
「・・・ケーラさん・・・」
自分のメニューをこなしながらライラが心配そうに見つめる。
やがてメニューがひと段落する頃にはずぶ濡れになってケーラが床に倒れた。
「ケーラちゃん!」
「大丈夫!?」
「・・・は、はい・・・。申し訳ありません・・・」
しかしケーラはダイダロスの直撃を受けて
顔を二人に向けるだけで精一杯なほど消耗していた。
ライフの効果が切れたことで物理的なダメージはなくなったのだが
精神的ダメージや幻痛はそう簡単に消えてはくれず
失った体力と共にケーラから立ち上がる気力さえ奪ってしまっていた。
とは言え時間稼ぎ要員でもあるラモンは当然として
ティラの体力も半分以上は奪えていた。
「ケーラ、その辺にしておけ。
最近試合ばかりだ。それも無謀なものばかり。
一体何が不満なんだ?この前練習でユイムに負けたことか?」
「・・・いえ、そんなことは・・・」
ミネルヴァに肩を借りながらもケーラは素直に妥協することが出来ない。
そしてその理由を彼女自身も明確には把握出来ていない。
明らかに自分らしくないとは実感している。
それでも体を迸る何かが、感情を走らせる何かが彼女を動かしてやまない。
「最近ケーラがおかしいよね。」
夜。
ユイムが言葉を走らせる。
天井のシミを無意識に数えながら自分に覆いかぶさる最愛の人に問う。
「・・・そうですね。」
少し腹の中の何かが引きずられながらもライラは応える。
「・・・僕が無理矢理倒しちゃったからかな?」
「・・・ケーラさんはそんなに弱い人ではありませんよ。
でもケーラさんが勝てば勝つほどにミネルヴァさんと言う
大きすぎる壁が立ちふさがってしまいますから・・・」
「む、ライラくんがセックス中にほかの女の子の話をしている。」
「ユイムさんが先じゃないですか・・・。」
「・・・へえ、」
その言葉に心が躍り上とは裏腹に下の口がより締まる。
翌日。
一人だけ違うクラスの授業の中ケーラは惑っていた。
最近の自分は焦燥しすぎている。
今まで自分の実力を嘆くことは度々あった。
ユイムがタイトルを防衛したのを耳にする度に
誰もいない部室で一人己を戒め続けた。
(・・・仲間が出来てしまったから・・・?
いえ、他の誰かを自分の弱さの原因にしてしまえるなど
より自分を弱くしてしまう方便に過ぎない。猛省しなくては。)
目に見えない、頭では理解できない何かにケーラは追い詰められていた。
部室。
「・・・・・ケーラさん。」
シュトラが口を開く。
誰もが練習で体を動かす中ケーラは部室の端で正座して黙想を続けていた。
既に30分は経過している。
「・・・あのバカ。」
見かねたラットンがケーラの方へ向かおうとするも
「やめなさい。」
それを升子が止めた。
「あの人のことよく知らないけどきっと行動より思考のタイプよ。
それなのに今まで動きすぎた。
自分の苦手分野で安易に解決させようと自堕落していたのよ。
ああやって素直に得意分野に引き下がっていれば何か見つかるはずよ。」
しかし升子の声はラットンに届いていなかった。
「・・・あ。」
升子が掴む襟から握力が伝わりラットンは首が締まり気を失っていた。
「升子・・・」
「やめてライラ。そんな顔で私を見ないで・・・!」
非常に残念そうな視線を受けてラットンを胸に抱きながら升子はたじろいだ。
「・・・・・。」
ミネルヴァはそんなケーラを眺め続けていたが
終ぞケーラが自ずから目を開けることはなかった。
夜。
「なあMMさんよ、あの子って普段どうなんだ?」
居酒屋でミネルヴァが問うた。
「そうね。滅多に自分を見せない子よ。」
砂肝を口に運びながらMMは答える。
同じテンポで酒を含むミネルヴァとは対してシラフのまま。
「でもきっと誰より自分を見せたい子なのよ。
あの子の家庭事情は4年前にあの子のお母様から聞いたわ。
その時にあなたのこともラットンさんの事もね。」
「・・・そうかい。」
「あの子はね、自分が及ぼす全ての諍いを背負い込もうとしたがるのよ。
それを糧に自分を鍛えないと価値には成り得ないと思っているのかもね。」
「難儀な奴だ。どんな狭い範囲であれ全てを背負うなんて
人間には出来やしないって言うのに。」
「あの子は下手に器用な分不器用なのよ。」
「それは分かる。」
今含み終わった物よりなお強い酒をミネルヴァが注文した。