141話「到達点(ジュネッス)」
22:到達点
・泉湯王国復興支援試合。
タッグ戦2。ライラとシュトラが1年ぶりにタッグを組んで試合に臨む。
「ライラくん、ちゃんと私に合わせられる?」
「もちろんです。僕、これでもシュトラさんのお嫁さんなんですから。」
「・・・ライラくんさ、」
「はい?」
「・・・本当に可愛くなったわね。」
「そ、そうですか・・・?」
「やっぱり自然体だからかな・・・?」
会話を挟みながら歩くといつもより断然早く会場に到達した。
「それでは!タッグ戦2を始めたいと思います!
山TO氏からはライランド・円cryン選手とシュトライクス@・イグレットワールド選手!」
「・・・あの人に僕の名前を呼ばれるのに違和感が・・・」
「あぁー・・・・」
「チーム泉湯王国からは
ヒカリ・軽井沢・SKA選手とラウラ・ラリーラ・来音選手です!」
「ハロハロー先輩達。」
「・・・・・。」
ヒカリとラウラが舞台に上がる。
「ヒカリさん、ラウラさん・・・。」
「きっと先輩達はタッグ戦2に来ると思ってたよ。」
「私達とやろうって言うの?」
「・・・そこまで実力差はない。」
4人が言葉と視線を交わす。
「それでは!見合って見合って・・・はじめっ!」
号令と号砲。同時に4枚のカードが宙を切る。
「ステップ・行使!」
「グリップ・行使!」
二人同時にお馴染みの強化カードを使い一気に相手との距離を詰める。
「やっぱり円cryン流か。なら、ストリーム・行使!」
ヒカリが魔力ビームを広範囲に撒き散らす。
「くっ・・・!」
回避運動に入るが放たれた魔力は射程を犠牲に得た範囲が
広すぎて回避は難しそうだった。
それを判断した二人は回避を止めてそれぞれ飛び蹴りとアッパーで
魔力ビームを相殺させた。
が、
「改めて一騎打ちと行こうか。」
いつの間にか接近していたラウラがライラの右手を掴み背負投げ。
「くっ・・・!」
「あなたとのリンクは切れても培ったデータは消えない。
ブリザード・行使!」
カードが発動されライラの両足が氷付けとなった。
両足が動かせない状態ながらも腹筋を使って立ち上がるライラ。
それを再び一本背負いにして地面に叩きつけるラウラ。
「さて、こっちもやろうか先ぱ・・・」
「ヒカリぃぃぃ~~~!!」
「え・・・?」
「ずっと試合で戦えるのを待っていたわよ!
よくも私の前でユイムさんを殺したわねぇ!」
ヒカリの襟をまだ強化されたままの手で掴み上げて
ハンマー投げのようにヒカリの小柄を振り回す。
「ぎにゃああああああああああああああ!!!」
「ライフがかかってるから死にはしないわ!
それでも死んだほうがマシってくらいのトラウマをあげるわ!」
やがて振り回す速度が音速に達し、掴んでいた服が
粉々に引き裂かれ全裸になったヒカリは光の速さで
場外数百メートル以上吹っ飛ばされていった。
「あら何よ。これからだったのに。」
手の中に残っていた生地の切れ端を払い除けて不満に唇を尖らせる。
「ライラくん、手、いる?」
「いえ!大丈夫です!」
ライラは地面を転がりながら両足の氷を削り、
自分を掴んだラウラの手を逆に掴んで投げ飛ばす。
同時に完全に両足の氷を削りきり立ち上がる。
着地したラウラも全く同じ構えを取った。
「チェンジ・行使!」
ラウラが発動するとその姿をあの時の天死となったラウラと同じに変えた。
ただし男性としての姿ではなく通常時と同じ中性的な姿で。
「え、えええ!?」
「大丈夫。見た目だけだから。」
真紅に染め上がった両目でラウラが返す。
あの緋瞳がとても偽物には見えない。
たった一度の踏み込みだけで5メートルの距離を詰め、
人間のそれより何倍も面積を持った腕でライラを殴り飛ばす。
「ラウラさん!それ本当に・・・」
「タダのチェンジだから。」
「いや!飛んでるでしょ今あなた!」
空を舞うライラに翼を広げ飛翔したラウラが迫る。
ライラは疑心100%だが実際にラウラは嘘を言っているわけではない。
チェンジの効果は外見を変えるもの。
翼を生やしそれが飛行するための翼としての機能を発揮できる形状ならば
問題なく飛行ができる。天死の変貌した腕もそうだ。
長さを長くして関節を増やし重量を多くすれば
通常の何倍もの腕力を発揮できる。
緋瞳はただの偽物だが腕と翼が天死のそれに近い性能を持っていれば
本物だと疑えてしまえるだろう。
当然ここまで機能的に活躍させられる程のチェンジを行えば
消費魔力は半端ないだろう。
「ぐっ・・・!」
空で殴られたライラが地面に勢いよく叩きつけられる。
その衝撃でライラの両目が緋瞳に変わる。
一瞬天死としての本能が蘇りそうになったが
水に入れた砂糖のようにすぐに消えてなくなった。
そしてその緋瞳でラウラを見てやっとカラクリに気付いた。
「ラウラさん・・・。ならば僕も!」
立ち上がったライラの背中から翼が生える。
両腕は変貌せずただ腕力だけが上がる。
それまでが人型猛禽類と言った形状だったのが
今ではそこまで人間から姿を変えていない。
「・・・天死としての力を完全に制御した人間・・・。
到達点・・・!」
「さあ、行きますよ!」
そして先程までのラウラとは比べ物にならない速度で
一気に距離を詰め彼女を殴り倒す。
「ぐっ・・・!」
受身すら取れずにラウラは地面を転がる。
チェンジで外見を固定しているからかその翼や腕に土埃は付かない。
それでラウラが本物の天死でないことが観客にも明らかになった。
ライラに至っては天死としてすら見られていない。
「・・・流石本物・・・!」
ラウラが立ち上がりライラに向かっていく。
ライラはその腕を掴み一本背負い。
さらに倒れたままのラウラを、片手で腰を掴み持ち上げて投げ飛ばす。
まるでミサイルのようにラウラが空を貫き壁に叩きつけられる。
「フレイム・行使!」
さらに空中で翼を大きく広げたライラの周囲に
直径1メートルの火炎弾が20個発生する。
「天死の力を使いながらパラレルカードを・・・!?」
「カラミティフレイム・オールレンジシフト!!」
ライラが指示すると20個の火炎弾が全て意志を持った生き物のように
独特な動きで空を飛び回り加速しながら次々とラウラに放たれていく。
そしてラウラを中心に爆炎と土煙が巻き起こり、
やがてチェンジの効果が切れ元の姿に戻ったラウラがその中に倒れ伏した。
「そこまで~っ!勝者・山TO氏!」
アナウンスが入ると同時にライフの効果が切れ、
ライラも元の姿に戻る。
「ライラくんまた強くなったわね。」
「そうですか?」
独りであやとりして暇を持て余していたシュトラが近付いて来る。
「・・・仕方ないけどヒカリを探しに行かないと。」
目を覚ましたラウラが会場を後にする。
ライラは閉口していたが構わずシュトラは口を開く。
「でも、流石ライラくん。久々のタッグだけど問題なくやれたわね。」
「だって、僕とシュトラさんの仲ですから。」
「・・・ねえ、ライラくん。」
「はい?」
「このまま仮眠室へ行かない?」
「え、ええええ!?」
「だってライラくん可愛すぎるんだもん!
今すぐ抱きたい!ずっとおあずけされていた胸でもやってあげたいもん!」
「いや、あの、シュトラさん・・・」
「そこまでですよ。」
「あ、」
シュトラに迫られていると控え室側からケーラがやって来た。
「ケーラさん、」
「・・・思えば1年前の試合の時からお二人は怪しかったですね。
もちろんお二人の、いえユイムさん含めて3人ですか?
その関係を否定するつもりはありませんので。
・・・とりあえず勝ってきます。」
「はい。頑張ってください。」
「ま、あんたが負けるなんてことないだろうけどね。」
そうして3人がハイタッチをしてケーラが会場へとすれ違って行く。
「それでは!シングル戦1を始めたいと思います!
公式ルールのためこのシングル戦1を山TO氏が勝利した場合
そのまま山TO氏高校パラレル部の勝利となります!
では!その山TO氏からはケーラ・ナッ津ミLク選手!
対して泉湯王国チームからは
琥珀オルタ・EXP・エース選手です!」
ケーラと対戦相手の二人が舞台に上がる。
「・・・あ~あ、」
控え室となっている教室。
ラットンが紅茶を飲みながらため息をこぼす。
「どうしたの?」
向かいに座りクッキーを貪るユイムが尋ねた。
「きっとこのままだとストレート勝ちよ。
愚妹は手加減知らないから。」
「あれ?二人って姉妹なんだっけ?」
「・・・あんた、そんなことも知らなかったの?」
「うん。ケーラとミネルヴァさんが姉妹って言うのは知ってたけど。」
「はぁ・・・。あんた女にしか興味ないくせに
身近な女の関係くらい知っていなさいよ。」
「え?何、ラットンもレズレズしたい?
ごっめんね~!僕もうシュトラとライラくんの物なんだ~。」
「・・・そんなこと聞いてないわよ。」
急に体をくねくねしだしたユイムに呆れてため息を潰すように紅茶を含むラットンだった。
二人が見るテレビ画面では、
「せっ!」
ケーラがレンゲルを振るうと面白いように対戦相手が吹き飛ばされる。
ラットンの言った通りケーラには一切の手加減がなく、
明らかにパラレル歴1年未満の琥珀オルタを蹂躙というレベルで圧倒している。
琥珀オルタがカードを懐から出した瞬間に
そのカードが生んだ死角を正確に突いてレンゲルでカードを払い落とし、
鳩尾、喉、後頭部と言った急所ばかりを連続で穿っていく。
その結果30秒と待たずに琥珀オルタは意識を失いその場に倒れ伏した。
当然の結果ではあるがむしろ全国区の中でもトップクラスといっていい
ケーラを相手にしたならば素人にしては出来すぎた結果だろう。
その念がケーラを再び自虐の時間に苛む。
「勝者!山TO氏高校のケーラ・ナッ津ミLク選手!
よってこの泉湯王国復興支援試合は山TO氏高校の勝利です!
いやあ!すごいですねぇ!少なくとも私が担当した試合では
山TO氏は棄権以外で負けたことはないですよ!
そしてあのケーラ・ナッ津ミLクちゃんはその中でも完全無敗!
まるでミネルヴァ・M・Hル卍選手を彷彿させる成果です!」
「姉さまをご存知なのですか?」
「え!?まさか本当にミネルヴァ・M・Hル卍さんの関係者!?
お姉さまってまさかそっち系!?」
「いえ、そういうのは身内にいますが私は違います。
・・・純粋に姉なだけです。ラストネームは違いますが。」
「おお!姉妹ですか!なるほど!
あなたのその無敗の強さはお姉さま譲りなのですね!
このDJ・キングJ・美鈴金子、1年間あなたの試合を見続けておきながら
今更になって理解するとは、アナ失格ですな!」
DJは陽気に笑う。
それと比例するようにケーラは誰にも見えない陰で翳りを縋った。