13話「たった一人の挑戦者」
13:たった一人の挑戦者
・2年前。
ユイムが起こした魔力暴走事故によって
パラレル部の当時50人いた部員の内48人は
重傷を負って病院送りになってしまった。
偶然当日風邪で休んでいたシュトラはその事故を機に
部活に寄り付かなくなってしまったユイムを追うように部活にも来なくなった。
「・・・・・・一人、か。」
ケーラは一番軽傷だったからかすぐに退院して部活に復帰したのだが
その時には誰もいなかった。
一応ユイムもシュトラもまだ在部ではあるのだが。
「ナッ津ミLクさん。本当に廃部じゃなくていいの?」
「はい。私、またみんなでパラレル出来るって信じてますから。」
それから2年間ケーラは一人で練習を重ねた。
しかしその間にも多くの部員はトラウマを持ってしまって退部した。
退部しないでいてくれたティラとラモンもしばらくまともに立つことも出来ない程の
重傷で練習どころか学校にも来れなかった。
それでも一人で杖を振るい、腕を磨いた。
いつしか顧問のMMも部室には顔を出さなくなった。
あの事故から1年。
ユイムは姉からバトンを譲り受けてタイトル戦に挑み始めた。
森をも焼き払う程の膨大な魔力をこれでもかと言う程
強力なカードに込めてガンガンぶっ放つスタイルで
次々と挑戦者達を殲滅していった。
同じ頃やっと傷の癒えて退院したティラとラモンが
部活に戻ってきてくれた。
大会には参加できなかったけれど部活動は再開された。
クラスは違うけどたまにユイムやシュトラも入れた5人で
食事をすることもあった。
けど5人でいるとどうしてもギクシャクしてしまう。
特にユイムは責任を感じているようでなるべく距離を置こうとしていた。
ユイムが5回目のタイトルを防衛した頃にはそう言う食事会もなくなっていた。
そして6回目を終えてすぐにユイムは海上エキシビジョン中に
船が事故で記憶喪失。
学校に来なかった期間は一週間程度だが
その間に姉であるキリエからの申請でユイムはパラレル部を退部。
シュトラも後を追って退部した。
3人。
3人になってしまった。
部活の最低人数5人を下回ってしまい一気に廃部の危険性が浮上した。
必死に前いた部員達を集めて復活させようとしたけれど
やはりトラウマは簡単に消えるようなものではなくて誰ひとりとして集まらなかった。
そんな時だった。
記憶をなくしたはずのユイムが自分の前に現れて再入部を希望した。
嬉しかった。
けれど記憶がないということはあの負い目を感じていたユイムではないということ。
つまりちょっとしたキッカケでまた魔力暴走事故が起きるかも知れない。
だから少し意地悪に条件を出した。
それをあのユイムはまるで人が変わったように難なくクリアしてしまった。
程なくしてシュトラも戻ってきてまた5人でパラレルが出来るようになった。
平行が交差する日が来たのだ。
せっかく取り戻せた日々。
もう終わらせたりはしない。
・ケーラがレンゲルのカードで出した杖を振るう。
対戦相手の取り出したカードを発動前に叩き落として
足を払い、転倒した隙にサンダーを発動。
一気に大ダメージを与えて見事勝利を果たした。
「・・・私はもう負けない。運命にも自分にも。」
カードを戻して懐にしまって舞台を後にした。
・控え室。
2時間後にある次の試合が来るまで
5人で食事をすることになった。
「またみんなで食事会が出来るんですね。」
ケーラが紅茶を飲みながら物思いにふける。
「?どういうこと?」
「ユイムちゃん覚えてないかもだけど、
去年くらいまではよく部活終わりにお茶会とか食事会してたんだよ?」
ティラが言うとライラはシュトラに小さく目配せ。
シュトラは溜息1つ付いてから頷く。
「まさかまた出来るようになるとは思わなかったけどね。
・・・まあ、ちょっと私のせいでもあるんだけど。」
「たった1年だけど色々あったよね。」
「・・・そうだね。」
「・・・・・・・・」
自分以外の4人が何か感慨深そうにしているのを見て
ライラはまた少し迷いを蘇らせた。
その表情の変化に気付いたシュトラは
机の下でライラの手を握り首を横に振った。
細かい事は分からないけれどネガティブはするなということだろう。
多分この空気から自分が妙なことを考えるだろうと先読みした上での行動。
確かにもしここでこの空気に耐えられず自分が正体を明かしてしまえば
自分は楽になるかも知れない。
けれど少なくともシュトラを除いた3人にはショックだろう。
せっかく一致団結して大会に臨めて一回戦勝利したこの空気を
自分の気まずさを放るためだけに壊してしまうのは偲びない。
いつかは話さなければいけないだろう。
でもそれは今じゃない。
時にはみんなを騙すことがみんなのためになる・・・のかもしれない。
「そう言えばユイムちゃん。
今夜はお姉さんが代わりにタイトルに出るんでしょ?」
「ええ。つい一昨日義手が届いたんで。
びっくりしましたよ本物の腕と寸分違わないで指紋まであるから
カードを使えるんです。
一ヶ月近くも製造に時間がかかるのも分かる高性能でしたよ。」
「すごいよねキリエさん。」
「あの大会の時もあんな行動に出るとは思わなかった。」
「あ、やっぱりみなさん気付いていました?」
「そりゃそうですよ。
あまりお会いしたことはありませんが分かりますよ。
・・・・その、腕がありませんでしたし・・・・。」
「・・・あ、」
「えっと、一か月前の事故で亡くしちゃったんだよね?」
「・・・・はい。僕はその場にいなかったので分からないんですけれど・・・。」
と、言ったところでシュトラに軽く足を蹴られた。
「あ、でもいたとしても覚えてませんか・・・。」
慌てて取り繕う。
他の3人は気付いていなかったが
今の発言は少しまずかったかもしれない。
今までのユイムに関する話は本当に記憶にないからいいが、
あの日の事は自分も本来の姿でその場にいた。
だからつい記憶喪失のユイムとしてではなく
ライランド・円cryン本人としての弁を述べそうになってしまう。
・・・と言うかシュトラは少し気が効き過ぎるのではないだろうか。
わずかな矛盾も許さないその姿勢は少しキリエに似ている。
・・・運命というかどうして自分の素性を知った人物は同じような事をするのだろうか。
まあ、間違いなく相手が正しいのだから文句はないけれど。
「でもこのまま勝ち進めば3回戦目が終わるのと同じ時間くらいに
タイトル戦だよね?ユイムちゃん、お姉さんの試合は・・・」
「・・・あのお姉さまなら心配いりません。
だって僕よりも前にタイトルを防衛しまくっていた覇のお方ですもの。
義手がなく脚でカードを使わざるを得なかったあの時ならともかく
万全に近い今の状態のお姉様はきっと今の僕じゃ勝てませんよ。」
そう、もう自分ではあの人を止めることは出来ないだろう。
だから・・・。
「・・・・・・・・・・・。」
シュトラと目を合わせる。
もしもの時はこの人と二人掛かりで挑む必要がある。
その時まで遅くとも後5ヶ月を切っているのだから。
食事を済ませて1時間後。
2回戦を行なった。
相手も相当な手練であったが1回戦と同じようにストレート勝ちで終わった。
3回戦は1時間後。
「うにゅ~、ちょっと疲れたかも。」
ティラがソファにもたれかかってよくわからない鳴き声を漏らす。
「試合でのダメージは終われば治るとは言え
疲れは治らないからね・・・。」
ラモンも背伸びをしてはゆったりと座る。
いくらタッグに特化した能力とは言えタイマンでの実力は
そこまで高くないふたりだ。
2回戦では少し追い詰められていた。
自分はともかくシュトラとケーラも無傷ではなかった。
これは3回戦は危ないかも知れない。