101話「新たなるF」
14:新たなるF
・病院。
学校が終わり次第ライラは升子の病室に向かう。
昨日升子が言っていた通りいつ生まれてもおかしくない。
大体今週以内が一番可能性が高いとのこと。
身に覚えが・・・否、身にしか覚えがない事だが
当然そうやって放り投げられる問題でもない。
キリエから報告を受けたからか議会役員達やら専用スタッフやらが
病院のあちこちに居る。
本当は子宮内にいる子供でも検査したほうがいいのだろうが
出産間近となっている現状で負荷をかけるのはまずいという判断がされて
今はただ出産を待つだけとなっていた。
当然既に調査準備は整っていて病院の一室に設けられている。
「・・・私、嬉しいの。」
病室。
升子がライラに向けて口を開く。
「そうだね、もうそろそろ生まれるものね。」
「それもそうだけど。姿が違うとは言えライラが傍にいてくれて・・・。
前まではライラと一緒にゆっくりなんてしていられなかった。
だからこうしてライラと二人きりで
ゆっくりっていうのがなんだか嬉しくて・・・」
「升子・・・」
ライラは鞄を置くとユイムから受け取った変のカードを握った。
「え?」
「変・行使」
そして発動するとライラはユイムの姿から
一昨日と同じかつての自分の姿になった。
「これで、どうかな?」
「・・・うん。やっぱりライラは優しい。
こっちきて、髪とかしてあげる。」
「わ、久しぶりだなぁ・・・。」
ベッドに升子に背を向けて座り
升子が自分の櫛でライラの髪をとかし始めた。
チェンジで変えた姿のためあまり意味はないことを
二人共理解していたが小学校時代や中学校時代を思い出すような
かつての習慣に口を挟むようなことは互いにしない。
わずか数分程度だが時間が巻き戻ったような感覚が湧いてきた。
「ありがとう、」
「・・・声、元の声に戻せるんだね。」
「チェンジを使ったからね。
ナイトメアの方のチェンジが解けて元の姿に戻れても
多分もうこの声は出せないよ。前に10月に一度だけ元の姿に戻れた時に
色々確認してみたけどもう16歳だからか胸がちょっと膨れてる以外は
ほとんど男の体になってたんだ。下の穴もほとんど塞ぎ掛かってるし。
・・・まいったよ、本当に男になってるんだもん。」
「・・・ごめんね。今度は父親にしちゃって・・・。
ライラだって女の子なのに・・・私が我慢すればよかったのに・・・。」
「・・・ううん。僕も升子には感謝しているんだ。
こんな形でその感謝に応えることになるとは思わなかったけど。」
「・・・ライラ・・・」
「升子、結婚はできないよ?それでもいい?」
「・・・うん。私はもう大丈夫。
・・・本当はユイムが殺したいほど憎い。
でも、そのユイムがライラを幸せにしてくれるんでしょ?
だったら多分今は許せなくても
その内笑って見守れるようになるんだと思う。
人ってそういうものだと思うから・・・。」
「・・・升子・・・」
「さ、終わり。次はライラがやってくれる?」
「・・・うん。久々だからうまくいくか分からないけど。」
ライラが靴を脱いで升子の背後に
升子の体を股の間に入れるようにして座る。
そして先ほど自分の髪をとかしてくれた櫛を使って
リボンをほどいてから髪をとかしていく。
ロングヘアー時代のこの今の自分の髪よりも数倍ほどの
長さやボリュームがある金髪だった。
これをとかすのは相変わらず中々の作業になりそうだった。
どうやればこれだけの量を上手く捌けるか。
しかしこうやって考えながら升子の髪に触るのも数年ぶりだ。
中学1年の終わりの頃にはもうパラレルに熱中していたから
多分その前以来3,4年ぶりだろう。
「・・・そういえばさ、あのシュトラって子とも結婚するって本当?」
「え?あ、うん。そうだよ。」
「・・・ユイムは何となく分かるけどどうしてあの子を好きになったの?」
「・・・シュトラさんは僕がユイムさんの姿になっちゃってから
出来た初めての友達の一人なんだ。
実際に最初に僕がライランドだって事を伝えたのはキリエさんだけど
まだ何が何だか分かってなかったから聞かれて答えちゃったんだけど
シュトラさんは僕が自分から話した最初の人なんだ。
それからも僕のことを気にかけてくれていたし
時には叱ってくれたりも逆に頼ってくれたりもした。
初めての人でもあったんだ。
・・・もしかしたら僕の好意って言うのは種族を増やすための
本能なのかもしれない。でもあの二人だけはそうじゃないって想いたいんだ。
ううん。あの二人だけじゃない。
ティラさんやライムさん、
ケーラさんだって僕にとってはかけがえのない親友。
もちろん升子もそうだよ。升子は僕にとって最初で一番の親友だから。」
「ライラ・・・。」
「ん?」
「その喋り方もう癖になっちゃったんだね。」
「え?・・・あぁ、そう言えば昔は違ったっけ?」
「ボクっ娘じゃなかったしもっと泣き虫だった。
あの頃のライラは可愛かったなぁ・・・。今もだけど。」
「あ、あははは・・・。でももうほとんど覚えてないや。
案外自分の口調って覚えられないものかもしれないね。」
「・・・まあ、そうかもね。
でもそれがライラの今の姿形なら私は全然構わないわ。」
「升子・・・」
「・・・ところでまだ?」
「あ、うん、ごめん。久しぶりだから中々うまくできなくて・・・!」
「あのお姉さまとかゴリラ女にはやらないの?」
「えっと、実はつい最近まで僕が女だったってこと明かしてなかったんだ。
ユイムさんやシュトラさん、キリエさんは
大体予想はついてたみたいなんだけど・・・。」
「・・・記憶喪失のユイムに見せて男のライラに見せて
実は生えてるだけの女の子でしたってわけね。」
「そ、そう言われると・・・確かに慌しいかも。」
「絶対何人かははっきりと事情を理解していないのもいるでしょ。」
ミネルヴァとか。
「そ、そうかもね。でもまだ僕が記憶喪失のユイムさんだって事しか
分からない人も多いから。中等部メンバーとかMM先生とか
X是無ハルトのメイドさん達とか。」
「・・・MM姉さんはあれ絶対気付いてるわよ。」
「え!?嘘!」
「リイラから聞いたけど逆にあんたら隠す気あるのかって言われたもの。
どうせ控え室とか部室とかで隠す必要が薄くなったから
本名で呼ばせてたとかそうじゃないの?」
「・・・・・そうかも。」
なお先日の地区大会でも控え室入りを果たすまではMMと一緒だった。
「でもなるべく他言しないように勅命が出てるんでしょ?
だったらMM姉さんはわざと気づいていないふりしてるのかも知れないわね。
あの人って今一応教師なんでしょ?」
「一応っていうか担任で顧問なんだけどね。」
「それに6月に初めてチーム風と試合した時だって
あなた昔と同じようにリイラとMM姉さんの喧嘩止めてたし。
少なくとも朗先生は気付いてたし。」
「あ、やっぱりそうだったんだ・・・」
「・・・まあいいけど。」
それから面会時間ギリギリまで病室にいたらライラは帰っていった。
次にここへ来たのは6時間後だった。
夜中1時過ぎに升子の容態が変化してまもなく出産するとの
連絡があり急いでキリエと共にスカイカーで向かう。
そこまで距離がなかったからか10分程度で到着し
すぐに病室へ向かう。
既にユイムとリイラ、葵が来ていた。
「・・・義理の姉が兄になって今度は父親になるなんて。」
リイラがぼそっと恨み節。
しかしそれに応対する余裕はない。
升子は安定剤を打たれているから眠ったように静かだが
それでも激痛は続いているようだった。
ズボンの股間の部分がひとりでにもぞもぞ動いている。
それを確認した葵が部屋を離れると
ライラが升子のズボンと下着を脱がす。
やはり升子の入口からは赤子の足が出ていた。
そしてやがてもう片方の足が出てくる。
「移・行使!」
主治医が駆けつけてカードを発動。
赤子を母体を傷つけることなく体外に移動させた。
同時に深夜の病室に産声が上がった。
「泡・行使!」
すぐに主治医が泡のバリアを張り赤子を外気から守る。
ライラ達がとりあえず赤子の股間を見る。
「は、生えてる・・・!」
「男の子のようですわね。」
「ってことは普通の人間・・・でいいんだよね・・・?」
3人が確認してからリイラが升子の下着とズボンを履かせ、葵を呼ぶ。
「生まれたか!はは、本当に生まれやがってこいつぅ~!」
喜ぶ葵だがすぐに赤子は議会役員によって運ばれていった。
「・・・慌ただしいですね。」
「安全を期すためですわ。それよりもあなたは、」
キリエが促しライラが升子の顔を見る。
「升子・・・?」
その表情はひどく青ざめていた。
すぐに看護師達が容態の確認を急ぐ。と、
「・・・ごめん、ライラ・・・」
「升子、どうしたの?」
「・・・止められなかった。」
「え?」
直後建物全体がひどく揺らいだ。
「地震・・・!?」
「・・・!?ら、ライラくん・・・か、体が・・・!」
ユイムが体を抑えてうずくまる。
「何ですの!?」
キリエが窓の外を見る。
と、月を背に何かがこちらに迫ってきた。
それは両腕が猛禽類のそれと同じように鋭く禍々しく変貌し、
背中から2枚の翼を生やしたまるで人型猛禽類とでも言うべき異形だった。
「あれは・・・・!」
ライラが見上げ、それが迫る。