1話「無理も道理も憧憬の後で」
1:無理も道理も憧憬の後で
・パラレルカード。
それは今から数百年前に突如雨のように無数に降り注いだ
魔法を宿したカードである。
かつては仕組などが解析されないまま戦争の道具と利用されたり
効果も未知のまま強力すぎるカードを使ってしまったがために
国1つが滅んだりとても危険な代物だった。
その時の名前はナイトメアカード。
しかし時代が進むにつれてカードの雨も収まっていき、
仕組や効果も分析されて現代では
これを試合用に開発利用した格闘技が大流行して久しい。
・海。
1年に6回行われるパラレルカードのタイトル試合で
600回連続タイトル防衛を果たしている名門中の名門である
X是無ハルト(かいぜむはると)一族が所有する豪華客船。
来月行われる601回目のタイトルに向けて
X是無ハルト主催でエキシビジョンとも言える海上試合が組まれた。
X是無ハルト一族からは末娘である15歳のユイム・M・X是無ハルトが、
挑戦者は同じく15歳の少年であるライランド・円cryン(まるくらいん)が
リングの上に立った。
当然多くの人物はユイムが勝利すると確信していただろう。
実際当事者であるユイムもライラもその結果を揺るぎない未来と
脳裏で理解していながらカードを構えていた。
だが、結果は誰も予想だにしない結果に終わった。
1ラウンド開始17秒でユイムは倒れた。
たった17秒でライラはユイムを撃破してしまった。
そして、その意外すぎる結果に遭遇してしまったユイムは・・・。
・「……う、」
体が揺れている。濡れている。痺れている。
「……あれ、ここは……?」
目を開ける。視界一杯に青空が映る。水が目に入る。
「水…………海……海!?」
慌てて体を起こす。運良く足がつくほど浅い場所だった。
「……僕は」
自分の名前を確認する。
ライランド・円cryン。15歳。皆からはライラと呼ばれている。
「記憶は……あるみたいだ。あれ?」
右手を見る。そこには1枚のカードが握られていた。
「変のカード……?」
表面を見る。絵柄がモノクロになっている。
つまり使用済み且つ使用期限切れ。
こうなるとどれだけ呪文を唱えようとも意味のないただの紙切れだ。
「チェンジって……何を変えたんだ……?」
とりあえずカードをポケットにしま……
「ってあれ!? なんで僕スカート!?」
自分の体を見下ろす。
何故か女子の制服を着ていた。
しかもこれはどこかで見覚えが有る。
「……確かユイムさんが試合前に着ていたのと同じ制服だ……。
ってことはまさか……!?」
もっとよく自分の姿を手探りで観ていく。
視線の高さが自分とあまり変わらない。
そう言えば背丈は同じくらいだったような気がする。
胸をまさぐってみる。
ないわけではないがぶら下がっていても気付かない程度ではある。
次に下。
恐る恐るスカートと下着を同時に掴んで中身を覗く。
暗くてよく見えないがスリットが見えた気がする。
胸ポケットには生徒手帳があり
そこには確かに彼女の顔と名前が記載されていた。
「僕、ユイムさんになっちゃってるの~!?」
ユイム・M・X是無ハルト。
自分と同い年でありながら去年6回連続でタイトルを防衛した強者である。
素直に言って尊敬してるし憧れてるし女性としても・・・。
だからその彼女と公式試合で戦えてまるで夢のようだった。
そして、そんな彼女にまさか勝てるなどとは想像すら出来なかった。
まぐれで一撃当てられるかどうかと言った程度だったのに。
「……どうしよう……。
ここがどこなのかも分からないし
どうやったら元の姿に戻れるんだろうかも分からないし……。
と言うか本物のユイムさんはどこに行ったんだろう……?」
「ユイムなら行方不明ですわ」
「へ?」
声。浜辺の方。
振り向くと一人の少女がいた。
ユイムと似たような顔、失礼ながら比べ物にならないスタイルの良さ、
そして肘のあたりでキツく結ばれた両袖。
それはまさしくユイムの姉であるキリエ・R・X是無ハルトだった。
「き、キリエさん!?」
「…………念の為に聞いておくけれどあなたのお名前は?」
「ら、ライランド・円cryンです…………」
色を失ったカードを見せる。
「………………そう。
愚妹かと思って気配を殺して近寄ったら
様子がおかしいからもしやと思ってみれば」
「あ、あの、やはり僕はユイムさんの姿になってますか?」
「姿だけじゃなく声もよ。チェンジのカードで変わってしまったのね」
「や、やっぱりそうですか……」
「…………あなた、うちに来る?」
「え?」
「行く宛あるの?」
「……そ、それは」
「それに私の失敗であの子を逃がしてしまったので
身代わりも必要なのですわ。」
「み、身代わり!? と言うか一体何があったんですか!?
僕、あの試合で勝ったところまでしか記憶がないんですけれど……」
「…………追々話しますわ。車を待たせてあります。
それで我がX是無ハルト家へと向かいましょう」
キリエが肩を上げる。
「……は、はい」
ライラはユイムの姿のままキリエの袖を掴みエスコートをした。
・迎えに来た無人制御スカイカーに二人で乗る。
とりあえず濡れたままではということで服とタオルを貰う。
「…………あの、」
「何かしら?」
「……見てもいいんでしょうか?」
「何を?」
「ですから、その…………」
赤面するライラ。合点の行かないキリエ。
数秒後にやっとキリエが到達。
「ああ……、なるほど。そういうことですか。
ご心配なく。その体なら好きに使って構いませんわ。
……といいますか先程見たし触ったのではなくて?」
「う、そ、それは……」
「ほら早く着替えなさい。
このスカイカーは上流階級用ですから
庶民のものと違ってすぐに着いてしまいますわよ」
「あ、は、はい」
確かに窓の外を見れば新幹線並みの速さで景色が変わっていく。
だから急く事であまり考えないようにして服を着替えた。
「それで、一体何が……?」
「まず、あの試合は既に三日前となります」
「え、じゃ、僕は三日間も眠っていたということですか!?」
「恐らくは。で、あの試合の後ですが。
突然ユイムが魔力を解放したのです。
恐らく負けたショックでキレたのでしょう。
封印していたはずの災害級カードをその場で使ってしまい
船は真っ二つ。私達も両親を失いましたわ」
「……あ、」
「それから私はユイムを追いましたが
どういうわけかあの子のカードには非殺傷設定が消えていて
パラレルカードではなくナイトメアカードとなっていたのです。
それで私は両腕を…………治療してから探すと先程あなたがいたということです」
「………………そうだったんですか」
「当然あの事件は世間を騒がせましたが内容は一切報じられていません。
つまりユイムが起こしたという事を知るモノはほとんどいません。
そこであなたにはしばらくユイムの代わりを引き受けて頂きたいのです」
「え、僕がユイムさんの!?」
「そう。あなたも元の姿に戻る必要があります。
本物のユイムを探すためにもあなたの力が必要なのです」
「…………少し考えさせてください。いろんなことがありすぎて」
「…………分かりましたわ。けど、今日は我が家でおやすみなさい」
「……はい、キリエさん」
そうして二人を乗せたスカイカーはX是無ハルトの家に到着した。