九話
06/現在九話改稿中です。
08/後半部分を大幅に改稿しました。
感情の色が一切浮かんでいない底冷えした瞳に、体中の産毛が逆立った。
見下ろすその視線から目を逸らす事が出来ない。
まるで極寒の冷気に中てられているかのように体の芯が冷えていく。
脳がガンガンと警報を鳴らしている。
『恐怖』が体を支配し、この場所から、目の前のバケモノから逃げたい気持ちが溢れそうになるのを必死に抑え、引き千切れそうな理性を繋ぎ止める。
もし恐怖に呑まれれば、暴れ転がってでも逃げるだろう。
それくらいに俺は目の前で見下ろしてくる存在に恐怖を抱いていた。
「……」
何かしてくるでもなく、じっと見下ろすだけで、視線だけが交わる。
――――ニイィィイッ。
「ッ!? ……え?」
――ぱさっ。
「縄が、切れた……」
どういう事だ……? これは……逃がしてくれるのか……?
目の前の女が口を凶悪に歪ませ笑みを浮かべて腕を振り下ろした瞬間、確実に俺は殺されると思った。なのに何故か縄だけが切れた。
しかも武器を持っているわけでも無いのに、触れもせず、腕を振り下ろしただけで縄を切った。おかげで身動きが取れるようになり、体の自由もきくようになったが、何で縄だけを切ったんだ……?
「っ……」
立ち上がろうとした時、グラリと視界が揺れ、慌てて膝をついた。直ぐに立ち直り女の方を見ると、先程までの無表情では無く、薄ら笑いを浮かべ、変わらず俺を見ていた。
ただ、その表情からは見下すような、馬鹿にしているような、そんな感情を連想させた。
「お、オマエは、何なんだ? 何でこんな場所であ、あんなモノを食って……」
「……」
返事は無い。ただただ視線だけがぶつかる。俺は目を離さず、体は前へ向けたまま洞窟の出口の方へ下がる。が、不意に、
「ッ!?」
バキィ!!
「がッ!?」
何が、起きた……!?
女が笑ったかと思うと、瞬く間に距離を縮め迫っていた。次の瞬間には頬の痛みと共に吹き飛ばされていた。
「……」
ダンッと地面から離れた女の踵が腹に落とされた。口から大量の空気が漏れ、あまりの苦しさに咳き込む。
「カハッ!」
頭を掴まれ地面に叩き付けられ、口内が切れて出血してジワリと血の味が広がった。頭や目頭かはも出血しているのか、何かが顔を伝うのが分かる。
「……フッ!」
「ィイッ゛!?」
頭を掴まれ浮かされたまま、上半身を重点に打撃が加えられる。さらに、牙のように鋭い爪が肉を裂き、その傷口が高熱を帯びたかのように熱い。胸に炎が燃え移されたかのように熱い痛みが襲う。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「……オマエ、ニンゲン? ナンデ、イキテル」
「人間、だよ……ゴホッ、ゴホッ」
生きてはいるが、上半身の痛みが尋常では無い。けど、死ぬ程じゃない。本当にそうでないのかは分からないが、まだ大丈夫だ。とんでもなく体の動きが速く、攻撃の威力も高い。多分勝てない……けど、死にはしない、筈だ。肉体Lvを3にした状態でこの有様という事は、この目の前の女はどれだけ強いのか――。
再度捉えられない速度の腹部への攻撃をモロに喰らい大きく弾き飛んだ。足腰にも相当キているせいか、ガクガクと小さく震えながらも立ち上がった。
幸いなのか距離が空き、体が解放された。ボロボロの肉体を奮い立たせ、距離を詰める。明らかに油断しているのか避ける素振そぶりは見受けられない。ならばと。相手の顔面へ容赦無い一撃をぶち込む。
「ぐッ!? 固ッ……!?」
確実に当たった筈だった。なのに鉄を殴ったような固さの感触の何かに塞がれた。無論、その間女は手足頭一つ動かしていない。
(じゃあ、今のは一体……)
「ォ、ラァッ!!」
今度は右の蹴りが脇腹に直撃した。だが同じように、見えない何かに阻まれた。さらに何度も打撃や蹴りを喰らわせるが、全てが見えない何かに塞がれ、一発のダメージも与えられなかった。やはり女はその間一歩も動かなかった。
「ナカナカ。デモ、オマエジャコワセナイ。マダマダ」
女はそう言って嗤うと、次いで体を捻った。気付けば俺は壁に叩き付けられていた。グワングワンと揺れてボヤける視界の中で、女はそうこの場から去って行く。
まるで相手にならずに倒された俺は立ち上がる事も言葉を発する事も出来ず、女の後ろ姿が消えるのを黙って見ていた。
それからどれだけ時間が経ったのか、入り口から差し込んでいた光は消え、すっかり夜の闇が差し込み暗くなった洞内で俺はやっと立ち上がれるまでに回復し、骨が転がり血がこびり付いた不気味な洞窟を、満身創痍のまま後にした。