八話
薄暗い洞窟の中で、一人の男――、九楽明が意識を失ったまま蔦でぐるぐる巻きにされ、ゴツゴツした地面に放置されていた。
その周囲には夥しい数の骨が散らばった洞内には松明が焚き付けられ、柔らかな光が洞窟内を照らしている。
静かだった洞窟内に、入り口の方からの喧騒が反響した。
十数体から構成されたゴブリンの部隊が、それぞれ獲物持って来たのだ。
理由は、東のゴブリンの群れを支配する王に、食事を届けに。
それらを王の前へ置くと、彼等は次の獲物を仕留めるべく、武器を手に、また外へと戻って行く。
食事が届けられれば、始まるのは一つだけだろう。
肉を喰らい、骨を砕き、血を啜る。
彼女の前には部下達が仕留めて来た普通の獣や家畜、魔物の死体が亡骸が何体も捧げられていた。
群れの中で最も優秀なオスを選び、次代の王を産むため、女王はその栄養を血の一滴まで蓄え続ける。
そして、
その光景をこの場で唯一人、目の前で見ている不幸な生者が居た。
「ん……んッ!?!? なっ……に……」
本人からすれば、目が覚めたら目の前で獣やら家畜やら魔物やらを食っているシーンがいきなり目に入ったのだ。
何が何だか分からず、声を上げた明は、咄嗟に口を噤んだ。
凄まじい殺気が飛ばされていた。
食事の手を止めた女王だったが、すぐに興味を失ったかのように視線を逸らし、食事を再開する。
殺気がどういうものなのかまだ把握しきれていない明は、突然の威圧感と一瞬で競り上がった恐怖で、生物としての本能が、半ば反射的に口の動きを止めたのだ。
(何だよ、アレ……それにどこなんだここは……)
周囲を把握しようにも縛られているせいで動きが取れず、下手に動こうものなら目の前の化け物に何をされるか分からない。
明は自分を縛っている蔦をどうにか外せないかと考えを巡らせる。
(くそッ、がっつり縛ってるな……)
僅かに自由が効く指先が結び目らしき箇所に届いているが、離れ過ぎていて完全には届ききらず、縄を解くという考えを捨てた。
次にアキラはグッと体に力を張り引き千切ろうと試みるが、ミチ……という音だけがして、暫く試みるが千切れる気配は無く、こちらの考えも捨てた。
明はステータスの肉体Lvを見たが、MAXである3のままになっている。
明自身は自覚していないが、肉体Lvをフルにした明の力は結構なものになっていて、もしも闘いの技術や、今以上に十分な戦闘経験を積んでいれば、2級冒険者にも引けを取らない実力者になっていた事だろう。
しかしそれはあくまで今の力の結果であり、明の持つ肉体Lvの上限は成長を積む度に上がり続けている。
逆に、何もしなければそれは上がることは無い。何かを実際に体験し、乗り越える事で経験となって成長する。
明の体を縛っている蔦は、特殊な材質を持つ樹に出来る特殊な蔦で、根元は簡単に切り落とす事が可能だが、それ以外は蔦全体が鉄のような強度で生成されており、一般では切った後に長さやサイズの調整が難しく需要が無いが、それを加工可能な専門職の人間が作った犯罪者を縛ったりする縄や、冒険者が魔物を捕獲するのに罠として使うなど、一部には厚い需要があって使用されている。
そんな物をなぜゴブリンが入手出来たのか。
曲がりなりにも自然で生きる者としての知恵が働いたか、運と偶然の産物だったのかは分からない。
閑話休題。
結局、体を縛られ、根本的なこの状況から抜け出す術が浮かばなかった明は、冷たい汗を流していた。
簀巻きにされて身動きの取れないアキラを、食事を終えたゴブリンキングが、見下ろしていたからだ。
いつも以上に少なくてすいません。
ネタバレ(?)では無いですが、次回から軽い山に入ります。そのあと山場を終えて一章が終わって二章に入ります。