五話
「うぅ……きもぢわるい……」
「聞こえますか? 上着脱がしますよ」
路地から出てすぐのベンチに女性を座らせた女性の、匂い元の一部である上着を脱がし、傍に置いた。
これで幾らかはマシになる筈だ。
「さて……」
どうしよう……。
酒の町というくらいなのだから酔っ払い用の収容所とかは無いんだろうか。
それとも冒険者ギルドに連れて行けばいいのか?
「あ、あの……!」
「え?」
どうしようかと扱いに悩んでいると、背後から声が掛けられた。
緊張を孕んだまだ幼さの残る声は、気弱な性格を思わせた。
振り返ると少女が一人見上げていた。
「え、えっと、その、人は私の仲間で……か、返してくだひゃいッ!!!」
「うわッ!? び、ビックリした……」
「あっ……す、すいません。でも、その人は仲間なので、か、返してください……!!」
「いや、俺は……」
そこで俺は気づいた。
視線が集まっている事に。
周りの酔っ払いの方々が据わった目でこちらを凝視していた。
ちょっと? そこのオジ様剣の柄に手置かないでください。違います誤解です。
「返すというかそんな、俺はただこの人を連れて来ただけで、本当に、信じてください違うんですよ」
もはや少女ではなく、俺は周りに身の潔白を訴えた。
「で、でも私、貴方が怖い顔して路地に入るの、見ました……!」
「ちがッ!? 俺とは別の男が入ったから、何か引っ掛かって後を付けただけで! 何もしてない! 寧ろ被害者だ! ゲロ臭いこのヒトをここまで運んで来ただけ感謝してほしいくらいだ! ほらッ!」
少女を含めた視線が女性に向いた。
俺は一気に捲し立てた。
「襲われそうになってたんだけど、直前で……その……な? それで男達はどっか行ったんだけど、この人だけ残されて、流石に放置するのもアレだし、運んで来たんだ」
「そ、そうなんですか? ホントですか?」
「あ、ああ。本当だよ。ここから人が出てくるのを見た人がいる筈だ。絶対ッ! 本当の本当に何もしてないぞ!」
チラリと周囲を見ると、さっきまでの雰囲気は嘘のように皆酒を飲み交わしていた。
た、助かった……。
「あのっ、疑って、ごめんなさいです……! 私、勘違いして……!」
「いやっ! 大丈夫だから! それよりもこの人をお願いできるかな?」
「は、はいっ。後は私が…………」
可愛らしい擬音が付いてしまいそうな足取りで女性に近付いた少女は、ピタリと動きを止めた。
「あ、あの…………一人じゃ、運べなくて……」
困った少女がウルウルと見上げて来た。
よく見ると、とても可愛かった。
まだ中学生の半ばくらいだろうか? ふわふわした腰まで伸びた金髪に、ぴこぴこと忙しなく動く犬耳が、さらに可愛さを引き立てている。
不覚にもドキリとしつつ、俺は全然構わないと、女性を運ぶ事になった。
「ひ、一つ聞いても良いかね」
「はっ、はい! な、なんですか?」
「その耳と尻尾は、ほ、本物なのかね?」
「えっ? そ、そうですっ!」
「ほ、ほぉう……」
この少女、名をレトリーと言うらしい。
このレトリーの仲間だという俺が背負っている女性を彼女達の宿まで運ぶ道中、俺はどうしても気になりレトリーに話し掛けたのだが、どうも怯えられているようで、声を掛ける度にシュンと垂れ下がっている尻尾がビクンと勢いよく跳ね、また下がる。
見ていて面白く、大変和む。
触りたい。特にあの毛触りの良さそうなあの耳。
しかし初対面の、それも強姦魔と勘違いされた後の男にいきなり耳を触らせてくれなどと言われれば、きっと今以上に怯えられるだろう。誤解はまだ解けていないのかもしれない。
それこそ事案発生待った無しだ。
あれこれ言ったが、前提の問題として、生憎俺にそれを頼めるだけの度胸が無かった。
事案以前の問題だった。
「あっ、もうすぐ、着きます……! 本当に、ありがとうございました! それと、ホントにごめんなさいっ!」
「そんなに頭下げなくても、もう気にしてないって」
それよか俺はまだ着いてないのにもう着いたかのような口振りが気になったんですが。
気持ちは分からんでもないが、そんなに早く別れたいのだろうか。
だが残念、まだ着いてない。
「あ、そういえば、このヒトの上着置いて来ちゃったんだけど、大丈夫かな?」
「た、多分……。ギーネさんはあんまり洋服とか気にしないし……汚れてたから、仕方ないと思います」
「そうか。なら良かった。もし何か言われたら、一応謝っておいてくれ」
「はいっ……! あっ、ここの宿です」
ようやく着いたようだ。
そのままレトリーに案内され、一階の食堂兼ロビーまで運び、そこで俺は二人と別れた。
レトリーは最後までペコペコと頭を下げていた。
可愛かった。
「ん……?」
『酒豪の宿 一泊50ゴル』
ゴル……? 円みたいなものか?
「どいてもらえるかな?」
「あっ、すいません……」
この世界の通貨はどういう仕組みになっているんだろうか。
そんな事を考えながら店の入り口に立ち止まっていたら、機嫌の悪い雰囲気を纏った声がした。
俺は慌てて道を譲り通りへ出た。
途中旨そうな匂いに惹かれつつも、俺はギルドに向かった。