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6 丹田震える覇者の一撃

「お前、これは――《硬度》の《削除》か!」

 ロヴシャが叫ぶ。慄くような表情。

 対するホルトンは、変わらない鉄仮面振りだった。

「最早隠しようもなし、答えてやろう。その通りだ……《硬度》の《削除》。それが、我が天賦の魔法……」


 魔法だって……?

 ゲームでしか聞かないような単語に、ぼくは耳を疑う。でもホルトンは、ハッキリとそう言った。


 ぼくの疑問など、二人が知ろうはずもない。ホルトンは言葉を続ける。

「効果は見ての通りだ。手で掴んだももの硬さを奪う能力。元に戻すことも可能だ……」


 ジリっと、ロヴシャが睨みを利かせる。多分、侮ってはいけないという意思表示だと思う。

 ホルトンの、魔法――にわかには信じられないけど、ぐにゃりと曲がった棒の感触は、魔法でも使わなきゃありえない――は、正直言って地味だ。

 要するに、硬い物を柔らかくする魔法。例えばそんなのが下手にマンガや映画で出てきても、さほど脅威には感じないだろう。

 しかし、それを目の当たりにするぼくは……恐怖さえ覚えていた。


 ヒュッと音を立てて、ホルトンが腕を引く。ロヴシャの腕に挟まれていた棒は、一瞬でホルトンの手へと戻る。

 いや、違う。それは最早、棒とは呼べない。


「……鞭か」

 ぽつりと、ロヴシャが呟く。

 そう。柔らかにしなる、それは鞭に他ならなかった。


「無論、ただの鞭ではない。直径三センチ、樫材の鞭だ。世界でただ一つ、私の手の中にしか存在しない。強度と破壊力は間違いなく――この世の鞭で最も高い」


「ご丁寧に、どうも――!」

 そう言うと同時に、ロヴシャの重心が僅かにずれた。きっとホルトンとの距離を詰めす算段で。

 しかし、その瞬間――ロヴシャの足元に、鞭が払われる!


「……ひゅう」

 間一髪で、命中はしなかった。それでも……接触した地面は、深く抉られていた。これにはロヴシャも、顔をしかめる。

「オレの記憶じゃ、鞭ってのは対人戦闘じゃそうそう使わねえ……一撃の威力が低いからな……」

 しかしその知識は、ホルトンの前では何の意味も為さない。それはぼくの眼にも明らかだった。

「コイツに当たったら、骨折じゃ済まねえってことだな、ええ?」

 ホルトンは、もう答えない。けれど、当たればどうなるかは自明のことだった。

 間違いなく、一撃で骨が砕ける。当たりどころによっては即死。四肢に当たっても、次の攻撃が避けられくなって、結局死ぬことになるだろう。

 今度こそ万事休すか。ぼくはほとんど投げやりになりながら、ロヴシャの反応を待った。


 そのロヴシャは、構えがかなり変わっていた。腰を落とし、膝を曲げ、バランスを取るためにか腕を大きく広げている。

 それは多分――逃げの構え。間合いを維持し、横や後ろに動きやすい反面、詰め寄って攻めるには向かない格好だ。

 そして、そのまま。ホルトンとの睨みあいに入る。


「……」

「……来ないのか」

 しばらくの後、ホルトンはそう言った。

「先ほどのように、こちらとの距離を詰めてくるかと思ったが……そうか。ならば」

 一呼吸置いて、ホルトンが踏み込む!

「こちらから行かせて貰う――!」

 大振りな縦の振り下ろし、斬り返し。続く横の薙ぎ払い!

 全ての鞭の動きがぼくの想像以上に大きく、速い。それでいて、ホルトン自身の動きはかなりコンパクトだ。連撃も効く。驚くほど、隙がない!

 それに対してロヴシャが出来ることといえば――最早、一つだけだった。


「……逃げか」

 相変わらず淡々と、ホルトンが呟く。それは苛立ちか嘲笑か、あるいは何も感じていないのか。意図は知れないけれど。

 しかし、ロヴシャが逃げているという点についでは、まったくその通りだった。


 フットワークとバランスを駆使し、間合いを保ちながら全ての攻撃を避けている。危なげない――と言って良いのかは判断出来ないが、度重なる攻撃を一度も喰らってはいないのは確かだ。

「だが、それで何になる? ロヴシャ=デュースノム……詰め寄らなければ、貴様はいつまでも私には勝てるまい」


 ぼくが思った通りのことを、ホルトンが尋ねた。

 指摘の通りだ……武器を持たないロヴシャは、間合いを取ったところで、いつまでも攻撃に移れない。それでは、勝ちなど到底見えない。

 攻めの手を緩めることなく、ホルトンは続けた。

「その上、ほとんど定型的な私の攻撃に対して、貴様の回避は不規則な、全身運動だ……時間が経てば経つほど、疲労度に差が出るだろう」

 敵ながら成程と思える指摘だった。言われてみれば、ホルトンとロヴシャの運動量には明らかな差がある。そして蓄積された疲労は、攻めにせよ守りにせよ、足枷となってくる。


「さあ、知らねえな」

 ようやくロヴシャが口にしたのは、そんな言葉だった。

「そんだけゴチャゴチャ抜かして、自分が有利だっつーんなら……さっさとオレを殺してみろ。その鞭で、ぶっ壊してみればいいじゃねえか」

「減らず口を」

 そこで会話は途切れた。

 静かな戦いになった。ただ、鞭が風を切る音は、間断ない。それがぼくには、死へのカウントを刻む針の音のようで、聞くに堪えなかった。



 けれどその音は、長く止まなかった。

 ホルトンが攻める。ロヴシャは避け、躱し、距離を取る。またムチが飛び……その繰り返し。

 これが恐らく、二、三十分も続いただろう。その頃になると、一周回って感覚が麻痺しだしていた。ただ、ロヴシャの身体の動きに身を任せるだけになっていた。


 そしてふと、ロヴシャの脚が止まった――ホルトンの攻撃が、止んでいた。



「どうした、ハゲ野郎? 頭だけじゃなく腰まで歳喰ったか?」

「……」

 ホルトンは、息が上がっていた。構えは解かず、眼もロヴシャから離れないが、傍から見ても疲れているのが明らかだった。無理もない、これだけ長い間、命をかけた戦いの中で、動き続けていたのだから。


「動きが小さくたって、運動には違いねえ。戦いともなれば、精神の疲れだって関係してくる。その上、お前は……手ぶらのオレと違って、そんな長いモノ振り回してんだ。重さを考慮すりゃ、オレの方が先に疲れる道理は無えだろ」

「……貴様」

「見た目と名前に騙されかけたが……お前のその鞭、棒の時より軽くなってるわけでもねえんだろ? んなもん何十分と振り回してたら、そりゃオレより疲れる」

「そんなことはどうでもいい! 貴様は……何故」

 ホルトンには焦りが見えた……狼狽していた。何のことだかぼくには判らなかったが、その叫びで……ぼくは、とんでもないことに気付いた。


「何故……、息一つ乱れていない!」


 言われて、はっとする。

 そう。ロヴシャからは、呼吸の音がしていなかったのだ。

 いや、正確に言うなれば――ロヴシャは()()()()()()()()()()()()


「お前より若いから――ってのもあるが」

 対するロヴシャは、飄々と。

「もう薄々、気づいてるだろ」

 言いながら、構えを変える。

「それがオレの、魔法だからだ!」

 再びの、後屈立ち。ただ、左腕を敵に向け、右の拳は握って脇を締めている。攻めの体勢……だろう。


「《呼吸》の《削除》――か!」

 目を見開くホルトン。ロヴシャはそれに、気迫で応じる。

「そうだ。そして、ここからが」

 丹田に力を込め、叫ぶ!




「『橙橙発止』の本領発揮だ――!」




 瞬間、ロヴシャの身体が光を放つ!

 心臓部を中心に、胸板や肩までが――橙色に輝いていた。


「なんだ、その刻」

 眼前のホルトンが言った……、

「印の大き」

 かと思いきや、耳元で。

「さは……!?」

 言い終わる頃には、その背後で聞いていた。


 そしてロヴシャは左手で、、ホルトンの肩を掴む。そばの首筋が、緑色に淡く光っていた。

「冥途の土産に、教えてやるよ」

 ホルトンの頬を、冷や汗が伝ったのが見えた。


「オレが生まれつき持つ魔法は、《呼吸》の《削除》。オレの身体は、酸素も呼吸も必要としてねえんだ。頭働かすにも、筋肉動かすにも、酸素を行き渡らせる意味がない。その分、他人よりも遥かに疲れにくい……」

 滔々と、ロヴシャは続ける。

「そして、他の特徴の一つが、コレだ――本来呼吸によって消費され、同時に得られるはずだったエネルギーを、一度に爆発させることが出来る。その間、オレの身体能力は数十倍に高まる――!」


 ホルトンは、肩を震わせ始めた。鞭を握る右手から、血が垂れていた。

「だがこの能力は、色々と制約があってね――出来れば使いたくないし、使ったら必ず敵を倒さなきゃならねえ。だから、お前の弱点を探した。鞭の攻撃を、避けて、避けて、避け続けて――そして、お前の攻撃が、背後の敵に対して不利だっつーことを確認した。その結果が、この状況ってわけだ」


 言い終えた刹那、ホルトンが逆時計回りに反転しようとして――出来なかった。瞬間的に伸びたロヴシャの右手が、彼の右腕を握りつぶしたからだ。それにより、ホルトンは鞭を地に落とした。

「諦めろ。お前の負けだ。初めに言った通りにしてやる。……安心しろ、オレはお前が死ねばそれでいい。苦しめるつもりはない……」

 ホルトンが、わずかに首を回し……ロヴシャと、眼を合わせた。


「ハステーロの亡霊、ロヴシャ=デュースノムは――お前を呪い殺す」

 言葉と同時に。

 音速の拳が、ホルトンの心臓を貫いた。

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