8 第二の生を往くがため
飛び起きた。
「あいつら、……は……?」
起き抜けにそう口走ってしまった。けれどもう、敵の姿はない。
陽のまぶしい部屋の中、ぼくは見慣れない部屋のベッドに寝ていて、目に入るのはちぢこまったレレイウだけだ。
「レレイウ?」
とっさに挨拶が思い浮かばなかったので、ひとまず名前を呼ぶ。この一帯だけか、文化圏すべてでそうかは判らないけれど、こっちの人々はあんまり挨拶をしない。
レレイウはおそるおそるといった様子で、伏せていた目をゆっくりぼくに移す。
なんだろう。ぼくががばっと起きたもんだから、驚かせてしまったんだろうか。
でも訊けたもんでもない。なんとなく頭を掻く。
その拍子に、周りの様子が目に入る。
ぼくが寝ているのと同じ、石と麻布でできた簡素なベッドが、ほかに二つ並んでいる。そして手前のものに、イアが寝ている。
「あ、ここはあれか」
レイアウトを見て思い出す。南部営所の療養所だ。鮮血の箒星の関係者を、一時的にここへ担ぎ込んだっけ。
ほんの数日前に来ているはずなのに、もうずっと前のことのようだ。忙しくしてたからかな。
「よか、った」
ぼそり、レレイウがつぶやく。ぼくはあわて気味に、オウビイスケイプを起動する。
「もう、眼が合わなかったら、どうしようかと思った」
やっぱり不思議な感想を言うな、と思う。思うばかりで翻訳できないけど。
「生きてて。よかった」
「……!」
うわ。
続けざまにすごいことを言われてしまった。声は小さいけど、心底嬉しそうに。
ぼくは今までにないくらい恥ずかしくなって、口をパクパクさせてしまう。
やばい。何言っていいかわかんね。
翻訳どころの話じゃなくて、日本語でも言いたいことが浮かばない!
しばらく目が泳いで、気が付くとぼくは、ピースサインをしていた。
「?」
きょとんとしたレレイウが、ぼくの真似をする。
その口元がちょっとだけはにかんでいるような気がした。それがすごくまぶしく思えて、目を逸らしてしまった。情けないな、ぼくは。
「イ、イアは」
目を合わせられないままでたずねる。
「そこにいる。さっきまで、起きてた」
「おお」
ぼくより早く起きてたなら、大した問題はないんだろう。よかった。
「あなたが、頼ってくれたから、なんとかなった、って言ってた」
「イエス。……ひとり、無理」
今回はそれを痛感させられた。いまのぼくは、まだまだだ。
タイマンならともかく、二人を倒しきることはできなかった。体力、魔法、それぞれの技能と複合。課題がたくさんだ。
それでも勝てたのは、最後にイアを頼ったからだった。あの小さなガラケーに飛びついてくれなかったら、今どうなっていたか知れたもんじゃない。
「イア、嬉しそうにしてた。カイガが、信じてくれた、って」
「イ、エス」
信じてくれた、か。
ぼくは一人でやるつもりでいたから、頼ってしまったことにむしろ恥じ入ってしまうけれど。
まあレレイウに言ってもしょうがないし、そもそも言葉にできない。
「あの二人は?」
「どこかに捕まえてあるって、聞いた。けど、詳しくは」
「おお!」
安心して自然と息がもれた。よかった。
生きたままであれば、なにかの形でロヴシャの役に立つだろう。
当座は丸くおさまった、かな。
「ありがとう」
ぐぐっと、ぼくは上体だけで伸びをする。いや、したつもりだったけど思ったより伸びない。身体の芯まで疲れが残ってるみたいだ。全身がギチギチ言うようで、顔がひきつる。
「!?」
レレイウに眉根を寄せられてしまった。
……。
そんなにヤバい顔してたかな。
とりあえず歯を見せてみる。
「あ、の」
まだどこかぎこちない様子で、レレイウ。
「これ、食べる?」
そう言ってトレーを差し出してくれる。水と、ふかしイモ? のようなもの。
うっかり生唾を飲みこんだ。音が鳴る。
形だけ手を合わせて、ぼくはすぐそれらにがっついた。
思えばロクにご飯を食べてなかったな。
あの二人に襲われる前、ちょっとつまんだきりだ。その前は二日間寝続けてたし。
そりゃ戦ってるときすぐスタミナが切れるわけだ。それでよく渡りあえたな、とさえ思う。
なんて思ってるうちに、すべて平らげてしまった。
その様子をぽけーっと見ていたらしいレレイウと、また目が合った。
「いままでで一番、生きるのにまっすぐな、カイガ、見た」
「そう?」
まあでも食べ物にがっつくのは、けっこう生き物っぽいよなあ。
そういえば、いつからぼくを名前で呼んでくれてるんだっけな。訊きたいけど、これも言葉にできない。
ぼくの考えなどつゆ知らず、レレイウは近くの机に合った果物(?)を取って渡してくれる。おいしいよ、と言うので、ぼくはすぐにかぶりつく。
「そういえば、あれも食べ物?」
「ん?」
「昨日踏んでた、もの」
うどんのことか。そういえば、あれが何かさえ言ってなかったな。
ていうかやっぱり一日寝てたか、ぼくは。
「イエス」
「食べて、みたい」
「! イエス!」
興味を持ってくれたのがうれしくて、手元の果物を落としたり。
それをレレイウが拾ってくれたり。それでも腹が鳴るぼくのために、もっと食べ物を持ってきてくれたり。
思い切り食べながら、訪れてくれたリンカさんやタナチカさんなんかに、軽く挨拶したり。
遅れて目を覚ましたイアに、バタバタされたり。
そんな穏やかな時間が流れて。
悪くない時間だったけど、ちょっと物足りなくもあった。
そろそろロヴシャの、大きい笑い声が聞きたかった。
そして、事態が変わったのは。
寝てまた食べて、日が傾きだしたころのことだった。
同じ療養所の中、イアがペラペラと話しているところに、テレナンさんを引き連れたリンカさんが、ちょっと真剣な顔で入ってきた。
テレナンさんが口を開く。
「ご報告いたします。ロヴシャ=デュースノム様が重体にございます」
自分の口が開くよりさきに、ぼくはイアを見た。
イアは。
一瞬で顔を白くして、目を大きく見開いていた。
何か言い出す前に、テレナンさんが続ける。
「ここから西へ数里行った村にて、保護されております。一命は取り留めておりますが、現在は絶対安静。万が一ということもありうる、という状態です」
「ありえないよ!」
テレナンさんが言い切るかどうかのうちに、イアが叫ぶ。
「ロブがやられるなんて。そんな怪我してるなんて! そんな――」
「イア」
――また、だ。
今もまた、考えるより先に、口が出ていた。前はこんなことなかったのに。
でもこれでいい。
尊敬する人に、情けない声を出させたくない。
「行こう。ロヴシャは大丈夫。迎えに、行こう」
イアは目をぱちくりさせて、それから頷いた。
そうだ。あの筋肉ダルマがくたばるはずはない。
だから会いに行こう。
この世界で生きてくには、きっと四人でなきゃいけないから。
執筆の労力と反響が釣り合わず、また年単位で筆を休めてもモチベーションがほぼ上がらなかったため、ここで打ち切りとさせていただきます。
もし、いまでもお待ちくださっている方がいらっしゃれば、申し訳ありません。
打ち切りののち、要望が多ければ(モチベーションが上がれば)再開も考えております。




