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6 泥土這えども追立てし

 とっさにレレイウが、刻印について教えてくれた。

 だからだろうか。ぼくのイメージは自然に、彼女の魔法へと引っ張られた。


 いのちを奪うことを主題にした、その魔法。

 致死性にかけてなら、おそらく最強の異能。

 人の運命を無惨(むざん)にねじ曲げる災厄の畢竟。


 おそらくその暴発を()けるためだろう。彼女は生命の気配に敏感(びんかん)だ。

 どうやら彼女には、周囲の生命の在処(ありか)を感知できている節がある。

 いつだったか、ぼくがここに来た次の日だったか。幽体離脱したぼくを「半分死んでいる」とも表現していた。これもその証左だろう。


 ぼくもそれをしたいと思った。

 周囲の、それも広範囲の生命体を探し出せれば、憑依の幅も広がる。そう考えた。


 つまり。

 ぼくの魔法の――オウビイスケイプの射程を、いまから広げる!



「ぐぅ……っ!」

 五感が広がる、どころじゃない。水に溶けて薄くなっていくような感覚を覚える。

 自分が遠のきそうになる。強烈な睡眠薬でも飲まされたようだ。

 でも、倒れるわけにはいかない!

 ぼく自身を中心に、いのちの気配を探る。イアを!


「見つ、けたぁ!」

 南東、街を迂回(うかい)して、去っていくふたつのいのちがある!

 一人が一人を抱えているからだろう、脚もそう速くはない。これならまだ追いつく!


「オウビイスケイプ、切断する」

 魔法を止める。いつの間にか、壁に手をついている。

 疲労感がどっと襲う。脈も速い。

 でも急がなきゃ。歯を食いしばる。

「レレイウ、リンカ、呼んで」

 それだけ言って、ぼくは家を飛び出した。



 走る。ただ走る。方角だけが頼りだ。南東へいそぐ。

 こっちの方は家もまばらだ。進むほど畑が増えて、人も減っていく。

 走り出したばかりなのに、すぐに息が上がる。まだ意識がフラつくようだ。

 でも敵は待ってくれない。のんびりしているヒマはない。

 なにも考えずに走る! イアを、助けるんだ!


「い、た……!」

 一キロくらい走ったか。その背中をとらえた。

 誰かを抱えて走る後姿。顔は見えないが、間違いない!

 ぼくはそいつ目がけて、スパートをかけた!



 と。



 そいつが首だけをこっちに向けるのが目に入った。

 次の瞬間。

「なっ――」

 ぼくの視界はまた暗転した。足許もなにも見えなくなる。闇の中で、自分が思いきり転倒したのがわかった。


「しゃらくさいな!」

 立ち上がりながら、自分の前にいるはずの人間に憑依する。次の手が来ても対処できるように。


 だが()りついた瞬間、ぼくは困惑した。

 まったく視界が晴れない。

 敵の方ではなく、眠っているイアに憑いてしまったのか? でも憑いた人間の脚は絶えず動いている。


「……、そうか!」

 そしてすぐに理解した。

 この敵自身もまた、闇の中にいる!

 つまり、他人の≪光≫だか≪視界≫だかを削除するとき、こいつ自身も同時にそれを失うんだ!


 裏付けるかのように、ぼくの視界だけが明るむ。敵のはまだ暗い。

 やはり、魔法に制限時間か有効範囲――おそらく後者――があるらしい。


 整理するとこうだ。

 あの敵の魔法は、起動すると自身を含んだ半径数メートルの人間の視界を奪う。

 あいつが闇の中でも変わらず走れるのは、訓練の賜物(たまもの)だろう。


 じゃ、どうする?

 このまま一定の距離を保ちつつ、敵のスタミナ切れを狙うべきか。

 向こうはひと一人抱えてるんだ。いくら鍛えてても、疲れは溜まるはず。

 

 でもぼくのスタミナの方が先に尽きてもおかしくない。

 すでに、索敵に相当なエネルギーを使っている。

 それに身体を鍛え始めたのも、ここ数日の話だ。基礎体力に大きな差があってもおかしくない。


「やっぱり早く仕留めるしかない!」

 だが突撃したら何も見えなくなる。攻撃なんてできたもんじゃない。

 考えているうちに、一歩ずつ敵は遠ざかる!

 どうしよう。悩み、あたりを見渡す。すると遠くに、あるものが目に入った。


「オウビイスケイプ、再起動だ!」

 あれに賭ける!

 まだ敵に憑いていた意識を飛ばすと、すぐにぼくはまた走り出した。


 いったん十メートルほどに開いた距離が、また縮まりだす。

 九、八、七。六を超えたあたりで、またぼくの視界は暗転する。

 もう転ぶわけにはいかない。

 歩幅を心もち小さくする。直感で、能力で、バランスを取る。身体を操りながらもどかしさを感じる。

 例えるなら、両手に持った菜箸(さいばし)でそれぞれ針と糸をつまんで、(あな)に通す。そんなことを何度も繰り返しているようだ。いつもよりずっと遠くから操っているからだろう。精神的な疲労感があまりに大きい。


 それでも繰り返す。

 ほかに方法は思いつかない。


 四メートル。近づくほどに、魂が悲鳴を上げるようだ。

 三メートル。もう器用な攻撃なんかできそうになかった。

 二メートル。とにかくこいつを止める! それだけだ!

 一メートル。もう当たればなんでもいい!



「アックスボンバアアァァッ!!」



 右腕をくの字に曲げて後頭部に当てるだけ! 

 とっさに出た攻撃だったが、うまく命中した。ぼくの視界が戻ってくる。


 敵は思いきり前のめりになる。抱えていたイアが投げ出されて、その上に(おお)いかぶさる。

 イアに手が伸びればよかったけれど、ぼくの集中が持たなかった。そのままの勢いでまた前に倒れ込む。憑依していた意識も戻ってしまう。


 やや遅れて、イアが短く叫んだのが聞こえる。ぼくは一呼吸おいて、こんどはイアに憑依する。

「な、なに! 犯罪!?」

「イエス」

「わっカイガ! ていうか誰この人! そもそもなんでこんなところに!?」

「離れて!」


 ぼくの叫びに応じて、イアはとっさに近くのカカシへと瞬間移動する。

 周囲は変わらず畑のようだ。イアの方はおそらく安全だろう。


 その間に敵は立ち(ひざ)でぼくをにらんでいる。ぼくも立ち上がっている。

「なんで攻撃できたんだって顔だね」


 幸か不幸か、やはりまだぼくに、タネあかしできるほどの表現力はない。

 理解できないだろう日本語で話す。


「文字通りの鳥瞰(ちょうかん)だよ! 向こうに留まる鳥の視点を借りた。猛禽(もうきん)の眼は、遠くからでもよく見える。はるか遠くの自分自身を見ながら、なんとか走りぬいたんだ!」


 敵はなにかを吐き捨てるように言う。

 判るように言え、とか、おおかたそういう意味だろう。

 もちろん、ぼくに言葉が判ったとしても、言う気はないけれど。


 遠くに(たたず)む鳥への憑依。

 人間以外に憑りつくのも初めてなら、百メートル以上離れたところから自分の身体を操るのも初めてだったけれど。

 想定以上の疲労と引き換えに、上手くいった。


「……それで……、どうするのかな、あんたは」

 これも日本語だが、訊くだけ訊いてみる。

 改めて見ると、女だったのか。くせの強い赤髪が、シンメトリーになっている。


「イアの誘拐(ゆうかい)は失敗だ。彼女は目を覚ましたし、ぼくも追いついた。おまけにあんたの魔法は攻略したよ。やぶれかぶれでかかってくるか?」


 どうやらそれを挑発と受け取ったらしい。赤髪はふたたび魔法を発動する。右腕の刻印が光る。

 そのままぼくに殴りかかる。単調で腰の入りも中途半端だ。ぼくは軽くかわす。

 さっきと違っていまはイアから身体を操っている。疲れは残るが、操作はだいぶスムーズだった。

 続けざまに脇腹にジャブを二発入れる。赤髪はよろめく。


「ぼくが尊敬する人に手を出したんだ。女性だろうと倒させてもらう」

 右ストレートを刺す。もう、フラついていた。

 それでも赤髪は、なんとか拳を当てようとしてくる。でもお粗末だった。

 誘拐をたくらんだことからして、だまし討ちは上手くても一騎打ちは不得手なんだろう。

 力のないパンチを右手で掴んで、ぼくは言った。


「殺しはしないよ。捕虜(ほりょ)にしたほうが、ロヴシャが喜ぶだろうから、ね――!」

 トドメを指すつもりで、ぼくは腰をひねって左腕に力をこめた!




 その腕が、伸びない。




「カイガ!」

 イアが呼ぶのとほぼ同時。ぼくは突然、何者かに殴られた。

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