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1 いつか傍らに座す為に

 魂からの絶叫、とはこのことだろうか。レレイウの声は、それだけで身の毛がよだつようだった。

 長く長く続き、と思えば唐突にぷっつりと途切れる。そして、その場に座り込んだ。


「レレ、イウ」

 反応はない。まさに放心状態だった。口を半開きにして、虚空を(なが)めている。


 その肩に手を伸ばしかけて。

 ぼくは、手が震えていることに気が付いた。


 それがエンダルの攻撃のせいであったら、どんなにか良かったろう。

 だけど違う。理由は明らかだった。

 

 レレイウが、怖いんだ。


 目を落とすと、エンダルの死体が転がっている。

 壮絶な戦いの末に敗れた、ホルトンやベラミアのそれとはまったく違う。

 傷がない。突然の死ゆえだろう、戦いの覚悟が刻まれた顔もしていない。

 さっきまで生きていたのがウソのようだ。

 真新しいマネキンでも見ているような気分がする。


 ――いまレレイウに触れたら。

 ぼくもこんなふうに、死んでしまうのだろう。


 震えた手はもう伸ばせない。

 気づかないうちに、後ずさってもいた。

 どんな目でレレイウを見るべきかも、判らなかった。



 そのときイアが何かを喋り、束の間の静寂を破った。まだ立ち上がれはしないようだったが、最後に残った男に向け、声を絞り出している。

 ぼくはイアに憑依して、次の言葉を待った。


「見てたでしょ――ウチの秘蔵っ子はね、手で触れるだけで人を殺すわよ。それでも、一人でかかってくるつもり?」

 ぼくと同じように、レレイウの魔法を悟ったのかどうか。そう言って、細い男に凄みをきかせていた。


 そうか。もしあの男がまだ襲ってくるようなら、レレイウの心配をしている場合じゃなくなる。イアが負傷したいま、戦えるのはぼくだけだ。部屋の入り口にいる男へと、向きなおる。


「ベラミア、エンダル……くそっ!」

 けれど。

 男は一瞬だけ、踏みとどまろうとしていたものの。

 逃げるようにして、その場を去っていった。



「一段落、かな……」

 激しい足音を聞いて、緊張の糸が解けたのか。イアはそこで、一つ息を吐いた。

「ゴメンね、カイガ。ちょっとまだ、動けそうにないんだ。……レイちゃん、大丈夫?」

 その呼びかけにもやはり、レレイウは反応しなかった。真っ白な壁に向かって、目を泳がせている。


「問題アリって感じだね」

 数秒ののち、イアが言った。

「困ったなあ。どうしたんだろう。魔法の代償なのかな」

「代償?」ぞっとして、思わず訊き返した。

「モノによってはね、発動にあたってなんらかの制限やリスクが課されることがあるの。私なら触れたことのあるモノとの≪距離≫を削除することはできない。ロヴにも、時間的にも能力的にも抱えてる」


 そういえばロヴシャは、ホルトンとの決着をつける時にそんなことを言っていた。

『この能力は、色々と制約があってね――出来れば使いたくないし、使ったら必ず敵を倒さなきゃならねえ』

 ロヴシャの制約と言うのが具体的になんなのか、ぼくは知らないけれど。でも、一般的になんらかのデメリットが付随しうるってことなのか。


「ただ、能力の種類や大きさとリスクになんらかの法則があるわけでもないんだよ。だから、いまレイちゃんがそれを受けているのかどうかさえ、私には判らないの」

 ずっ、と居住まいを崩しながら、溜息を吐いた。

迂闊(うかつ)に触ると、私もどうなるか判らないし。このままにしておくしか、ないのかなあ」

 イアの目は悲しげだった。


「ごめん、レレイウ」

 一人ごちる。ぼくは、自分が恥ずかしかった。

 イアはレレイウの魔法を知ってもなおひたむきに、仲間として、助けることを考えているんだ。

 なのにぼくは、知らずに恐れが先んじていた。どんな魔法を持っていようとも、レレイウはレレイウのままなのに。自分の胸を叩き、気合いを入れた。


「そういえばカイガ」

 思い出したように、イアが言った。

「あなたの魔法で、レイちゃんの考えを理解することとかできないの?」


「えっ?」

 思わず声が出る。言葉の真意が判らなかったからだ。

「あっ出来ないのかな。私たちはまだ、カイガの魔法の正体が全然判んないからさ。言葉を理解できること以外に、何かないのかなって、思ったんだ」

「むう」


 そういえばそうだった。

 自分自身では、他人に憑依する≪幽体離脱≫の魔法だって納得してたけど。そのことにはまだ誰も気づいてないんだった。

 っていうか自分でも、これがみんなと同じ――≪何か≫を≪削除≫する動きなのかどうかさえ、よく判ってないんだけど。


「……ん?」

 まてよ。

 ぼくは、乗り移った先の人がもつ感覚や理解を、読み取ることができる。

 だからいまレレイウに憑依すれば、少なくとも身体的な異常がないかどうかをチェックすることは出来るだずだ。やってみる価値はある。


 ぼくはイアに目を合わせ、一つ大きく頷いてから、レレイウへと向きなおる。

 座り込んでぼんやりしているレレイウを、胡坐(あぐら)をかいて直視する。

「何かする気なのね。わかった。ここで見てるよ」

 背後でイアが言った。合わせてぼくは、意識をイアから引っぺがす。

 そして、レレイウへと入り込んでいった。





 幾何学模様のタペストリーが、目に飛び込んできた。

 見たこともない逸品だ。ぼくは狼狽する。

 ここはどこだ?


「――はき――、……ねえ」

 その前には、ベッドに横たえた一人の女性。力ない手を、こちらに伸ばそうとしてくる。

 二十代前半だろうか。まだ若く見えたが、もう先は長くなさそうだった。


 その指先に答えた手は、ひどく小さかった。五、六歳のそれだ。レレイウなら、もっと大きいはずなのに。

 幼い手が握る力は、本当に微かだった。女性を心配しているのが感じ取れる。


「も――、ど。……アルィ――。……」

 女性の言葉は、聞き取れない。声を出せないほどに、衰弱している。

 その様子のせいだろう。思わず、といったふうに、手の握力が増した。


 その瞬間。

 女性は目を見開き、間もなく動きを止めた。

 死を迎えたのは明らかだった。


 同時に、部屋に怒鳴り声が響く。子供は男に襟首を掴まれていた。

 凄まじい剣幕で、何を言っているかは判然としない。

 ただ不思議と、最後の言葉だけは伝わってきた。



「死神め。お前なぞ生むんじゃなかった! すぐにここを出て行け。名を捨てて!」



 その一言で、ぼくは気づいた。

 これはレレイウの過去の記憶だ。

 不意の魔法を引き金とした、悲痛な出自のフラッシュバック。

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