4 語れど張合う父と子と
オレは足早に、朝食を摂った小部屋へと戻った。
しかしそこはもぬけの殻。宮殿中を走り回り、親父を探す羽目になった。
どこぞの佐官やら、若い芸術家やらが茶化してくるのを聞き流しながら。いくつ扉を開けたかも判らねえ。
給仕から情報を得、ようやく見つけたのは屋外だった。
黄色い地面がむき出しの、何もない平野。
劇場の建設予定地だって話を、聞いたような聞かないような。
「こんなところにいたのか!」
なんのつもりなのか。親父は一人でそこに立っていた。
オレの声に目を開き、何か言うか……と思いきや。
そのまま、黙っていた。
その沈黙はヤケに居心地悪かった。
「ちょっと頭を冷やしてみたんだけどよ」
だからこっちから切り出さずにはいられなかった。
「さっきの話、断らせちゃくれねえか。オレには、性に合わねえよ」
なおも、口を開く様子はない。
「オレが求めるのは、オレ自身の手で、マクデヌアに報いることだ。オレはオレの恨みを晴らすためだけに戦いたい」
口に出すと、我ながら勝手を言っているもんだ。でも退くつもりはなかった。
「一国の兵として戦うってのは、それに反してるわけじゃねえが。最善ってわけでもねえ」
自ら膝をつき、こうべを垂れる。
この地域での、嘆願の姿勢だ。
「だから頼みがある。オレに、今の生活を続けさしちゃあくれねえか。今のまま、オレは一人で、戦っていきてえんだ」
柔らかい日差しが注いでいる。
しかし風は強い。やはりまた雨が来るのか、なんて考えが頭をよぎる。
この、不自然な体勢のまま、どれくらいいただろうか。
三分も経っちゃいないだろう。しかしどうにも慣れない格好なので、首やら足やらが疲れてくる。
しびれが切れてきて――足はむしろ痺れてるが――、オレは顔を上げた。
「――!!」
眼球の紙一重に、ナイフがあった。
ゼロ距離で鈍い光が反射する。
「なっ」
咄嗟に後ろへ飛び退く。反射的に、続けて構えをとった。
「なにすんだ親父! 頭下げてるからってそりゃねえだろ!」
「自惚れるなよ、ドラ息子めが」
メシのときとは違う、低い声。
空気の震えが目に見えるようだった。
「かような危険も察知できなくて、なお一人で戦うというのか」
「っつったって、今のは――」
「殺気がなかったとでも言うか」
「ッ!」
図星だった。
今のナイフは、感じ取るにはあまりに緩慢。そして無感情だった。
「ああ、そうだよ! それがなんだよ。タイマンだったら、殺気を感じられるかどうかが肝だろ!」
「一義的には、それで正しい。加えてそう教えたのは、間違いなく私だ」
「だったら!」
「しかしだ」
親父はこれ見よがしに溜息を吐きやがった。
「友人からの誤射。足場の強度や、無生物を間接的に利用した攻撃。そうしたものを勘案する必要はないとでも言うのか」
その言い方には、いい加減にプッツン来た!
「暴論だ! そんなことは一言も言ってねえだろ」
「言質などはこの際二の次だ。問題はそれがお前に身についているか」
ナイフをしまいながら、やはり冷めた声を出しやがる。
「っあーー!!」
その態度がうざったくて、オレは頭をかきむしった。
「何が言いてえんだよ。男らしくハッキリ言ったらどうなんだ!」
「ハッキリ? 判り易く、の間違いだろう」
「うるせーー!!」
どこまでオレの神経を逆なでする気だ!
そうだ、親父はいつもこの調子なんだ。下手に出たオレが馬鹿だった。
「そこまで言うなら仕方あるまい。無学なおまえのため、簡素に言い換えてやろう」
拳を握りながら、次の言葉を待った。
「私に力を示してみろ。それが出来たら、条件を呑んでやる」
「つまりどういうことだよ」
「わずかでもいい。私に傷をつけてみろ」
「そういうのを待ってたぜ!」
聞くと同時に、オレは突進した!
親父がようやく手をかざす、そのときにはすでに拳のとどく距離にまで来ていた。
「先手必勝!」
軽いごあいさつをかまそうと左腕に力をこめた。
かざした手がぶれているのが目に入る。空間に文字でも書いているのか。
鼻っ柱までコンマ三秒、というところでその手が下ろされる。
なにか魔法を使ったのかもしれないが、もうこの拳は止まらない。
――と、思ったが。
「遅い」
「!?」
拳がハンパなところで止まった。ように見えた。
気が付けばそれは、親父の人差し指一本に止められていた。
危険を感じて、左腕を引こうとした。
「ぐっ……?」
それもできなかった。まるで自分の身体ではないように重い。
左腕だけが水気の少ない粘土に埋まっているかのようだ。
少しずつしか戻せない。
「何をしている」
しまった。そう思ったときにはもう遅かった。
腹に蹴りを入れられる。反射的にまた後ろに跳んで、衝撃を和らげる。
「なんだっ……たんだ」
初めと同じ距離に戻ってしまった。左腕はもう自由に動かせた。
「だから無学だというのだ」
親父は足を肩幅に開き、右手を首のあたりに掲げる。先ほどまでと同じ格好。
武闘家というより、画家が絵筆を持つようなソレだった。
「私の能力を知らないのか? アホウめが」
「まるでオレが知っているとでも言いたげじゃねえか」
「そんなことも忘れている間抜けとは思っていなかったのでな」
「バカにしやがって!」
ぜってえ殴ってやる。心に決めながら、頭を巡らせる。
忘れている、ってことは、かつて覚えていた、ってことか?
数えるほどしかない親父との会話を、必死で思い出す。
「おまえが6、7歳の頃に間違いなく聞いているはずだ」
「十年前かよ!」
とりあえず文句を言った。が、それで何か思い出しかける。
いつの日か。オレと妹、そして弟の誰かに向けて、喋っていた。
その中に聞き慣れない単語があった。たしか『カンセイのサクジョ』。
「……で、カンセイってなんだ?」




