7 少女が全てに幕を引く
受けの構えを取る。ロヴシャがホルトンと相対したとき、初めて取った体勢に近いモノだ。
攻め難いが対応力のある、守りの構え。
歯を食い縛る。恐怖が僅かでも紛れるように。
ハッキリ言って今回は勝算ゼロだ。遅かれ早かれ、ぼくも今のイアと同じようになるだろう。
この男、エンダルとは、あまりにも相性が悪すぎる。
付け焼刃の武術と、幽体離脱の魔法で敵う相手じゃない。
策を弄する相手であるとか。広い場所で戦えているとか。せめて、その巨躯ゆえに持久戦が苦手だとか。あるいはレレイウを見捨ててしまえば。
そういうことなら、ぼくにも戦いようがある。
けれどこの狭い部屋で、純粋な力比べをしようというのでは! 対処の仕方など、何もない。
その上《疲労》を《削除》されてしまうのでは、どうしたって勝ち目なんて有り得ない。
レレイウを放っておくなんてのは言語道断だ。
「レレイウ」
愛しの少女を顎でしゃくり、目でも合図を送る。
時間を稼ぐ。きみは逃げてくれ。
一か八か、細い男のいる扉へ向かうでもいい。
もしも――ぼくがまだ知らない――きみの魔法で、そこの分厚いはめ殺しの窓を突き破れるのなら。それもいい。
とにかく、生きてくれ。
そんなことが伝われば良いと、内心思っていたのだけれど。
でもレレイウはきょとんとするばかりで、まるで読み取ってはくれなかったようだ。
「ちょっとだけ、悲しいかな」
苦笑しながら前を向く。ま、想定の範囲内さ。
こうなったら――判ってくれるまで時間を稼ぐまでだ!
「来いよ、肉達磨!」
精一杯強がった日本語を、腹から絞り出す。せめて気迫だけは、負けるわけにいかないから。
そのエンダルは、今まさにぼくに身を屈め――ぼくに突進した!
バカの一つ覚え、と言うべきか。やっていることはイアに対するそれとまるで変わりない。全体重を乗せた、全速力のタックルだ。
でもだからこそ秀でた一芸であり、この場における恐るべき攻撃でもある。
レレイウを守らなければならない今のぼくにとって、出来ることはたった一つしかないのだから――!
「はあッ!」
何を隠そう。こちらからもぶつかり、組みかかるだけだ。
相撲の立会いと言うべきか、ラグビーのスクラムと言うべきか。
とにかく我武者羅に立ち向かい、エネルギーを相殺するしかない!
互いに二歩の踏み込みから、衝突する。
結果はもちろん、ぼくの力負けだ。
エンダルはぼくの突撃をものともしないかのように、押し切って。
そしてぼくを壁まで叩き込んだ。
「がはッ……」
肺から空気が漏れる。イアの身体から伝わったよりか軽いとはいえ、激痛が襲い掛かる。
それでも、まだ倒れるわけにはいかなかった。
レレイウへと目標を変えようとするエンダルに飛び掛かる。
「そいつに手は出させない!」
狙いは首や頭、とにかく肉の付いていない部分。
いやーーもうこの際、どこでもいい。兎に角一発くれてやろうと拳を繰り出す。
けれどそれも、片手で軽く払い除けられてしまった。そしてもう片方の突っ張りで、倒されてしまう。
それでも。
諦めるわけにはいかない。
レレイウに傷一つ付けさせはしない!
「逃げてくれ、レレイウ!」
ぼくはまた叫ぶ。今ほど言葉の壁を痛感したことはない。
もっとも言葉が通じていたとしても、レレイウは逃げられなかったかも知れない。
彼女はすっかり怯えきり、その場に立ち尽くしていた。
ぼくは這い蹲って、エンダルの足首を掴む。けれど振り子のような一振りで、またもや吹っ飛ばされてしまった。
「……」
エンダルの大きな手が、ゆっくりとレレイウに伸びていく。
「やめろ、やめてくれ」
ぼくの言葉に耳を傾ける様子も無い。
そのまま、右手がレレイウの首にかかる。
それと、同時に。
ドクン。
それはぼくのものか、レレイウのものか。大きな心音が一つ、聞こえた気がした。
その間もエンダルの指には、力が籠められて行く――すると。
細く白い首筋に、何かが浮かびだす。
ドクンッ。
また一つ。今度はさっきよりも、大きくゆっくりと聞こえた。
何かが失われる、予兆のような。とても嫌な音だった。
音に合わせるかのように、レレイウの刻印が濃くなった。
そして、また一つ。
やけにゆっくりとした鼓動が、心に響いてきた。
ドクンッ!
三つ目の脈拍。
生命の証。
変化が表れたのは、その音が聞こえた時だった。
「が……」
エンダルの巨体が、傾く。
レレイウの首を掴んでいた手が、離される。
そのままゆっくりと、沈んでいく。
「ま」
意味を為さない呟きと共に、身体が重力に引かれて落ちる。
倒れたまま、動かなくなる。
瞳孔が開き、呼吸が止まる。
「え……?」
ぼくは目を丸くした。一体何が起きたのか。
もう一度這って、エンダルに近づく。その身体に触れる。
やはり呼吸はない。鼓動も同じく。
全ての動きが止まっている。
まるで、間違いようがない――これはまさしく。
「死んでいる、じゃないか」
ゆっくりと、立ったままのレレイウを見上げる。
呆然としていたのが、恐怖に染まって行く表情。
その頬から首、鎖骨にかけて広がった、非対称の刻印。
混ざり気のない、漆黒の模様。
白い肌に光っていたそれが、ゆっくりと消えていく。
あまりにも侵略的な、闇の色。そこから、連想するものは、不思議と一つだけだった。
純粋な、死。
「レレイウ。きみの魔法は、まさか」
だからその正体には、強い直感があった。
「《いのち》の、《削除》」
「……いっ」
ぼくが呟くのと同時に。
「やああああああああーッ!」
目玉を剥き出しにして、レレイウは――長い長い、叫びを上げた。
いつもお読み下さりありがとうございます。
今回の更新で、第三章が終了となります。
初期から構想している予定に従えば、全十章のうち三分の一(弱)が消化されたともいえます。
五章あたりを書ききってもなお人気が伸びない場合は、六、七章あたりに短縮して完結させるかも知れませんが……今のところは考えてません。
話を戻しまして。
ここを一つの区切り・あるいは記念と致しまして、是非ここまでの評価・感想を頂ければと思います。「ここがよく判らなかった」「こんなシーンをもっと見たい」等、なんでも結構です。返信の上、シーンの追加・変更や外伝での補完等を視野に入れて検討したいと考えております。
お手数ですが、どうぞよろしくお願いします。 賀来大士