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5 けれど最後に勝つ者は

「さて、どうかしら?」

 シラを切るイアとぼくを、ベラミアが交互に見る。今度は顔に出ていないハズだ。

「あンだ、同じ物との距離は二度と詰められねェと思ったが。ブラフなのか?」

 顎に手を当て、わざとらしく考え込むベラミア。結局彼が出した答えは、こうだった。


「まどっちでもイイか。このまま攻め続けてれば、ハッキリすることだッ」


 そして再び攻め立てる。

 この事態には、冷や汗を流さずにはいられなかった。


 というのは、イアの制限が見破られたことだけが理由じゃない。

「正気なの?」そう口にするイア。きっとぼくと同じ気持ちなのだろう。

「あァ? たりめェよ」とベラミアは当然のように返した。けれどそれは、まるで当たり前じゃないんだ。


 もしぼくがベラミアの立場なら、彼と同じ判断は出来ない。

 その理由は『もしイアが同じ物体へと複数回移動できるなら、この展開を続けて不利になるのはベラミアの方だから』だ。


 移動を魔法に頼っているイアと違い、ベラミアは常に身体を動かし続けている。攻めるにも避けるにも、体力を消費し放しだ。

 いくら彼が兵士的だとしても、このままならベラミアの方が先にスタミナを切らすに違いない。そしてスタミナが無くなれば、イアの攻撃を(さば)くことも不可能になるのだ。


 けれど。

 そんな不安を、ベラミアは考慮していない。

 己の直感に従い、後先考えずに戦っている。

 この部屋にある全ての物との《距離》を《削除》させ――魔法を使えなくさせようと、躍起になっている。


 それは、常に考えてしまうぼくやイアには出来ないやり方。

 だから怖い。

 理屈抜きで悪い可能性を排除してしまう、単純バカであることが――怖い。



「サテ」

 そしてその時は、間もなく訪れてしまった。

「オレの見立てじゃあ、この部屋でねェちゃんが《距離》を《削除》してねィ物体は、残り一つ。そこにあるデカい植木鉢だけだ。テェブルや椅子、そっちの棚とかは全部済んでィるよな」


 二歩の距離で相対するイアとベラミア。笛木鉢は、その二人から等間隔……ベラミアは左、イアは右におよそ三歩ほどのところにある。

「これで、ねェちゃんが実は同じモノにもう一回飛べるとか。実は、……そうだな。気体との《距離》も《削除》出来るとか。そういう事だったら、間違いなくオレの負けだ。でも違うなら、判るよなあ」


 ベラミアは息が上がっている。ここまでの展開で、(いちじる)しく疲労しているのが明らかだ。よく見れば膝が笑っているし、イアに向ける拳も少しブレている。

 にも関わらず、笑顔だった。

 勝利を予感したのかもしれないし、この戦いを楽しんでいるのかも知れない。その両方であるようにも思える。白い歯が、なんにしたってぼくの不安を掻き立てる。


「イア……!」

 気が付けば、声が飛び出していた。自分でも信じられないくらい情けない呼び方だった。

 負けないで。大丈夫なの。ぼくが代わろうか。――たった二文字の呼び名に、色んな意味を込めていた。込めずにはいられなかった。


「任せてカイガ」

 けれど、イアは。

 赤ら顔、つよい眼差しをベラミアから離さないまま――優しい、そして力強い。そんな答えを返してくれた。


「私はね。こいつらを、思い通りにはさせないよ。ロヴを悩ませたりするヤツは――絶対許さないから」


「……!」

 この言葉で、ぼくはあることを悟った。

 そして思わず顔が(ほころ)んでしまった。


 だってそうだろう。この人は――狂おしいほどにロヴシャに恋焦がれているんだ。

 命を危険に晒すような戦いですら、ロヴシャの為ならば喜んで臨む。そんな覚悟を決めているんだ。

 そして自らの気持ち故に負けない、と。確固たる自信を持っているんだ!


「……羨ましいな、ロヴシャ」

 ぼくは呟く。

 だって、そうだろう。

 これほど綺麗で、これほど強い人に、これほど愛されているのだから。


 弱気な心を自省する。イアを見習わなきゃ、と思う。

 ぼくは今ここで、動くべきではないんだ。

 ぼくが守りたい人の為に。



「待たせたかな。もういいよ」

 ベラミアに対し、イアが言う。

「やれると思うなら、やりなよ。返り討ちにしてあげる」


「上等だ――ッ!」

 真っ直ぐ向かうベラミア、そこから繰り出すジャブ、フック。

 数発を避けたところで飛び出したストレートが当たるかという刹那――イアはやはり、植木鉢へと飛んだ。


「予想どォり!」

 間髪入れず、ベラミアが左側へ頭から飛び込む。同時に伸びる左手。

「――ッ」

 やや油断していたと見えるイアの足元に、左手から飛び出した糸が緩く巻きついた。右手にあったのと同じものを、左にも隠していたのだ。

 その糸と、イアの靴下は同じ麻の素材。群青の髪が地に落ちかける。


 イアはたまらず、糸ごと靴下を脱ぐ。そしてヘッドスライディングしたベラミアを尻目に、一歩、二歩と距離を取る。続けてそこに落ちていたナイフを拾い上げ、投擲の体勢へ。

 これは避けられないはずだ! ぼくはそう確信して、倒れたベラミアの顔を見た。


「ふヒっ!」

 しかし。

 その口角は、大きく吊り上っていた。


「かかった――オレの勝ちだナっ」

 倒れたまま、音を立てて平手を地に着ける。同時に叫ぶ!



「《脚力》、《削除》!」



「やあッ!?」

 瞬間、イアが崩れる! バランスを失い、制御不能になったナイフが、明後日の方向へ飛んでいく。誰もいない壁に当たって、ぽろりと落ちる。


「何だ。何だこれは!」

 ぼくは一瞬、混乱した。ばっと振り返ると、レレイウもへたり込んでいる。

 だけどぼくや、扉の先の男たちはなんともない。

 何故イアとレレイウが? ……考え、すぐに理解する。


「そうか――!」

 この世界に来て二日目、ロヴシャの部屋で目覚めた時に気付いたことがあった。この家は一面、白い石造りなのだ。

 言い換えれば、この床と壁は素材が単一の物体。その全体にベラミアの魔法は伝導する。


 そして今のイアとレレイウは、素足。

 ぼくや他の男は、皆他の素材の靴下を履いているけれど、彼女らは素肌でこの床に触れざるを得ない。

 となれば――この床に立つことは、イアには不可能だ!


「さあ終わりだぜ。ねェちゃん!」

 ベラミアが裸足になる。自分の魔法の影響が、自分に伝わりはしないタイプなのだろう。

 そして全速力でイアへと駆け寄り、その喉頭へ手刀を伸ばす――。


 ああ、終わりだ。

 ぼくはそう思った。

 後ろで息を飲む音がしたから、きっとレレイウもそうだろう。

 真っ直ぐな指先が、ただの一点へと真っ直ぐに吸い込まれて――



「ざぁんねんでしたっ」



 再び、残像を(えぐ)った。

「!?」

 ぼくは、声のした方へ眼を向ける。

 しかしてイアの実体は、既にベラミアの頭上にあった。



 とっ、と小さな音と共に、イアはそこから落下して。

 そして初めから持っていた錐で、ベラミアの天辺(てっぺん)を貫いた。



「二つ見落としてたね、ベラミア」

 両膝をつき、静かに(たお)れた男。

 それを見下ろしながら、イアが語りかける。

「一つ目。一口に物と言っても、色々あるじゃない。取り外せないとはいえ、天井や梁だって立派な『物』でしょ?」

 ぼくはすぐにもう一度上を見遣る。その光景には絶句せざるを得なかった。


「二つ目。いくら石造りの家だからって、全面的に同じ素材とは限らないの。天井に、床や壁と同じく重い素材を使うのは大変なの……判るよね」


 この家は床と壁が一面同じ石だ。だから、天井も同じかと錯覚するけれど……実は違う。

 屋根の内側に、木造の小屋組――いわば、骨組み――があって、その上に天井が作られているのだ。


「あとはもう簡単。あなたが勝利を確信して、油断した瞬間――素材の違う梁への《距離》を《削除》して、急所を突いた。それだけだよ」


 頭の天辺――上部中央といえば、ミステリー小説なんかでよく狙われる場所だ。アイスピックやナイフを突き立てれば、脳髄を傷つけられて死ぬ。

 もう二度と、ベラミアが起き上がることはないだろう。


「ね、カイガ。勝ったよ」

 ウインクしてくるイア。その姿は、驚くほど様になっていた。

 その格好よさに対して、ぼくは親指を立てた。


「ん。何それ。上の事? そうなの。ここの天井、一部木で出来てるの」

「……。イエス」

 んなことは見りゃ判るよ。納得できる行動だったぜって意味だよ。


 ま、いいや。後でゆっくり理解してもらおう。ぼくもイアも、もう少し勝利の余韻に浸るべきだ。

 まだ顔にミルクかかってるけどね。


「……う」

 ぼくもイアも、はっとして黙る。ベラミアが、何事か(うめ)いていた。

「ああ、こりヤ……負けだ。オレ、死ぬな」


 (かす)れた声に、その場の全員が耳を傾けていた。

 一人の男の、最期の言葉に。


「まあでも、こんなこともァるか。仕方ねえョな……だから後頼むぜ、エンダル」


 そのままベラミアは息を引き取った。


「だけど、そうだ」

 この呻きで、ぼくの意識は現実に戻った。

 これで終わりじゃないんだ。彼の仲間はまだ二人いる。


 そして今――扉の向こう。

 あまりにも大きな人影が、揺れ動いた。

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