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4 無頼と少女が鎬を削り

「どっちだっていい。あなた達をロヴに会わせるわけにはいかない!」

 イアが叫ぶ。キッとした眼つきには、紛れもない闘志が映り込んでいた。


「お、おい。ベラミア? そんなこと、予定になかったろう」

 そこで口を挟んだのは、扉の先の細い男。音程が高くてひ弱そうだ。顔は見えないけど、きっと臆病者なんだろう。

「黙ってォよ! こんだけナマ言う女、放っとけェてのか」

「ベラミアが正しい。戦うべきだ」

 先ほどから喋る男と、別のもう一人。二人の言葉に、細い男は口を(つぐ)んだらしかった。

 そして手前の男は改めて、口を開いた。


「それじゃ行くぜ、ねェちゃん。隊長に(なら)って、殺る前に自己紹介をしておく。オレはベラミア=ガラム。北方制圧軍第四班の一兵卒。バルドレオン様の名の下に――いや違うな。隊長を弔う為に、お前を誅する」

「イア=ロンダマイト。所属は、……特にない。ただロヴの為に戦うだけ」


 二人の口上には気になる点があったが、茶々を入れる暇はない。言い終わると同時に動いたのは、男――ベラミアだった。

 やや歩幅小さめに、イアへと近づく。マントやら服の裾やらがブワっと揺れて鬱陶しい動きだ。

 イアは体を右にブレさせ、テーブルの上のフルーツナイフを片手に握る。右にナイフ、左に錐を取って一歩後退。ベラミアの手先足先を注意しながら、一歩、また一歩と下がる。


「そゥれ!」

 部屋の一辺の中腹に来たあたりで、ベラミアが仕掛ける。身体を前に突き出した右ストレート。

「ここでっ」

 待ってましたとばかりに、イアがほくそ笑む。胸元で花田色の刻印が光る。次の瞬間、ベラミアの拳が殴ったのは群青の残像だった。


 舌を鳴らしながら、ベラミアの首がバっと曲がる。その眼がテーブルの向こうのイアを捉えた。椅子との《距離》を《削除》したのだ。

 イアはナイフを投げるべく、既に振りかぶっていた。ベラミアはそれを一瞥(いちべつ)すると、すぐさましゃがんだ。テーブルに遮られ、イアは視界も手先も泳がせる。


 ベラミアの行動を、ぼくはナイフを避ける為の動作と捉えた。恐らくイアもそうだろう。だから危険性は無いだろうと甘く見てしまった。

 けれど実際は違った。

 ベラミアは下からテーブルを蹴り上げ、引っくり返したのだから!


「きゃっ――!?」

 テーブルがフワっと浮き上がる。その上に置かれていた果物やミルクがイアに降りかかる。小さな悲鳴と共に、イアは両手を上げる。咄嗟にそれらを防ぐ体勢。

 これがまた裏目に出てしまう。ベラミアはテーブルの裏から横に回ってイアへと右手を伸ばす。腕の長さは足りないが、裾から伸びた何かがイアの左足首に巻きつく。するとイアは膝から崩れ、へたり込んでしまった。


「――!」

 花田の刻印が光るが、ワープは起きない。すぐさま、投げ損なったナイフでベラミアの腕から伸びるモノを切る。そうして初めてイアの身体が消える。右後方に四歩ほどの距離がある暖炉との《距離》を《削除》した形だ。


「おいおい。いいカッコだが、格好悪ィな。自分でそう思うだろ」

 ベラミアは下卑た声を挙げる。イアはさっきのテーブル返しで、おやつだったハズのミルクを頭から被ってしまっていた。青い髪、高い鼻には白い液体が付着したままだ。

 こんな場面でなければ、この姿には他に思う所があったろうけど。今そんな余裕はなかった。


 再び開いた距離を目にして、ベラミアは攻撃の手を休めることにしたらしい。指をポキポキと鳴らし、背筋を伸ばす。

「やっぱりオレの予想は正しかったろゥ? あんたは実戦経験が乏しい。だからちゃぶ台返しへの対応が御座なりになったンだ」

 今となっては、ぼくもそう思う。少なくともベラミアの方が経験豊富だ。その場にあるモノへの応用力が違う。

「大人しく殺されたらどゥだ? オレには、ねェちゃんの魔法が何なのかも判っちまったぜ。《距離》の《削除》だろ、そいつは」

 その通りだ。ぼくが日本語でそう呟いたとき、ベラミアと目が合ってしまった。

「当たりみてェだな。ねェちゃんはポーカーフェイスだが、そっちのにィちゃんの顔に出てたぜ?」

 ……しまった。御免よとイアに念じながら、ぼくは小さく舌打ちした。


「奇遇だね」

 しかしイアの声は尚、気丈だった。

「私もあなたの魔法が判りかけてきた所だよ。《脚力》の《削除》――違う?」

「ほう」

「直接、または素材が単一の物体を介して触れた相手を立てなくするのね。私たちを拘束しようとしてたのも、その魔法を考えれば納得しやすいし。そうでしょ」


 ぼくの思いも寄らなかった、イアの推理。

 対するベラミアの答えには、少しだけ待たされた。

「こんな時、隊長ならどう言ゥだろうか考えたが……多分こゥだ。『その慧眼(けいがん)に免じて、答えてやろう。その通りだ』。しかし、何故わかったンだ、ねェちゃんよ」

「効果については、身を以って体感したからね。どんな力の入れ方をしても、脚だけはどうしても動かなくなった。だからすぐに知れた」

「発生条件は」

「あなたの格好から推理したまでよ。ダボついた長袖のパンツとシャツ、目障りなマント。そしてさっき右手から伸びたモノ――あれは太く太く()った糸だったね。それらは全部、麻で出来ている。この地域の人は、今の季節じゃ大体皆麻の服を着ているからね。それに合わせたんでしょう? これら全部を考慮しての推理だよ」


 そういえば、とベラミアの出で立ちをよく見てみる。上下はどちらも同じ素材なのが光の加減で判る。裾も同じく切りっぱなしで、大きく開いている。股上の浅いサルエルパンツとオーバーサイズのカットソーと言った方が、通りが良いだろうか。

 その背中には粗悪なマント。これも確かに、麻に見えた。


 イアの答えを聞いたベラミアは、ここで呵呵大笑とした。

「そうか、そうゆゥことか! ガッテンだ、ねェちゃん。あんたは頭デッカチのタイプだな。オレや隊長のような、戦闘ありきの人間じゃねェわけだ。傑作だな傑作だな。ここまで簡単に見破らェたのは、生まれて初めてだ!」


 ひとしきり笑い終えたベラミアは、声のトーンを少し下げた。

「魔法アリの戦いにおいては、そういう頭の良さってのが勝敗を別けることもある。つっても、ハッキリ言って……そういうのは、オレらのような一兵卒に何より不足している。もしオレとあんたの魔法が逆だったとしたら、この短期間で敵の魔法を見抜けはしなかったろゥよ」

「それはありがと」

「敵の強さを認めるッてのは、隊長がよくやってたコトだからナ。ねェちゃんの知力の高さは、しっかり受け入れるさ」

「自虐的なんだね。でも、含みがある……でしょう」


 ホルトンの殺気が増す。ややリラックスした体勢が、元に戻った。

「そゥよ、判ってンだろ? 戦いの基礎の基礎は、そんなもんじゃねえ。根底にあるのはいつも、体力と経験だ――!」

 そしてまた、イアへと突進を開始した。


 あくまで敵の動きを封じた上で、殴りかかろうとするベラミア。それに対し、イアは魔法を使って常に距離を取り続ける。並行して物の投擲(とうてき)で攻撃するが、ベラミアに処理される――そんな展開が連続した。

 それだけ見ていれば、イアがテンポを取っているように見える、けれど。

 ぼくには気がかりな点が二つあった。


 一つは、この戦場が決して広くは無いということ。十五畳ほどの広い部屋ではあるけれど、所詮は部屋の中だ。距離を取るにも限界がある。

 先日のアーネストのように移動できればまだ良かったけれど、入り口は他の男たちが塞いでいる。何かの拍子にベラミアの攻撃が届いたところで、不思議はない。


 もう一つは、《距離》の《削除》そのものの使用制限だ。確かリンカさんを救出する直前のミーティングの中で、イアはタナチカさんにこんなことを言っていた。

『私の魔法は素の状態だと、目に見えたものとの距離を一日に一度だけ一瞬で詰める……って効果があるの』

 つまり、イアが《距離》を詰められるのは――その場にある物体の数までだ。けれどこの部屋にあるモノの数には、もちろん限りがある。

 だからこのまま戦い続ければ、イアは魔法を使えなくなるんだ。


 もしそうなれば、イアに勝ち目はない。

 頭脳と魔法を武器にする彼女は、攻撃の術を失ってしまう。


「おう、ねェちゃん」

 そして、その心配は。

「さっきからアンタ、同じ場所に二回以上瞬間移動しちゃいなくねェか?」

 敵に見破られるという、最悪の形で形を成すことになった。

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