8 その功績は彼のものに
「カイガ!」
台所の方から、イアが現れる。咄嗟に涙を拭って、ぼくは返事をした。
パタパタと駆けてきて、わたわたと話し掛けてくる。……けどしまった。意識を自分の中に戻してしまったから、意味が判らない。ぼくは急いでイアに憑りつかせてもらう。そしてぼくの人差し指を立てた。
「なに、その指? ま、まさか上にまだ誰かいるのっ!?」
ババっと天井を向くイア。
「……ノー」
「違うの? えっと……おばあちゃんか誰かがこう言ってた、みたいな」
「ノー!」
全然違うから! 翻訳出来なかったからもっかい言って、ってことだよ。
今度は、人差し指を立てた後、四本の指で手招きしてみる。
「……? 一瞬だけこっちに来い?」
「ノー」
「あ! もう一回言ってってことか」
「イエス!」
「なーんだ。びっくりした」
安心したように顔を綻ばせた。
「その男さ。『鮮血の箒星』のリーダー格の一人なの。知ってた?」
ぼくの足元を指差しながら、イアが言った。
え、何。リーダーだったの? この男は。
「ノー」
「だよねー。いやー、そっかー。これってつまり、カイガが倒したってことでしょー?」
「……? イエス」
どうしたんだろう。そんな露骨に、リアクション取り辛そうにする理由があるんだろうか。
「や、つまりさ。この男とロヴは、何度も戦ったんだよね。でもその度に、逃げられちゃっててさ。いやー、それをカイガがねー……」
「オーゥ……」
ひょえーーーー。
そうだったのか。なんか、凄いことしちゃったみたいだなあ。
確かにあの鉄砲玉みたいなロヴシャと、この幻術使いでは、相性が悪そうだ。
でももし……ぼくが戦ったのがこんな場所でなく、また男が逃げることに専念していたら。絶対に勝てなかったんだろうなあ。
こうして下すことが出来たのは、アーネストに戦う意思があったから。加えて、タナチカさんの妨害があったから。更にぼくの魔法が、見破る上で相性が良かったというのも多分にあるだろう。そこは認めなきゃいけないし、ぼくがロヴシャより強いなんてことは、ないはずだ。
それでも。
ぼくにしか出来ないことが出来た……というのは、尚嬉しいことだ。
「っと。確認、かくにん」
イアがしゃがみこみ、アーネストの状態を確かめる。
「目立った外傷なし、一時的に脳震盪を起こしてるだけ……かな。レイちゃん。さっきロープ貰ってたよね?」
レレイウから太い縄を受け取ったイアは、アーネストをグルグルに締め上げていく。なんか妙に手つきが慣れていて、怖い。
これでよしかなー。なんてイアが言うのに合わせたように、ロヴシャが顔を出した。
「あ、ロヴ。げん……きッ!?」
声が裏返る。イアの目を通して見たぼくも、正直そんな気持ちだった。
「ケガをするにも限度があるでしょー!?」
身体のあちこち、切り傷だらけ。ぼくなら立ってられない……そんな状態だった。肩のあたりなんか、噴水みたいにピューっと血が出ている。
「いや、相手が思いの外強くってよ。オレとしたことが苦戦しちまった。《入射角》の《削除》と《着火》の《削除》……それが同時に襲ってくるんだもんよ。スリリングって言葉じゃ足りないくらいだ」
そう言いながら勝っちゃうんだから、ロヴシャは凄いもんだなあ。
「ちょっと聞けよ、イア。ホントにヤバかったんだぜ」
「そんなことより止血ー!」
自分のバスローブをちぎってロヴシャへの包帯代わりにする。これも手際が良い。巻き付けるのが好きなのかな?
ロヴシャはその間も、話したがっていた。やっぱりどこか、子どもみたいだ。
「そんなの、帰ってからいくらでも聞くから! そこにリンカさん倒れてるの、判らないの!?」
「ん、ってあー! リンカー!」
そんな感じで、大慌てで。
倒れた味方、四人の救出、ならびにアーネスト含む八人の拘束を行った。
全員を南部営所へと担ぎ、看病、事情聴取、衛兵団上層部への引き継ぎ……。そんなことを手伝っているうちに、いつの間にか夕方になっていた。
「そこでオレは気付いたわけよ。二刀流の方のナイフは軌道が変わると言っても、勾配のついた突きが平行になるだけだってことによ!」
ロヴシャの刻印と同じ、橙色の光に包まれながら。
ぼくとロヴシャ、イア、レレイウ、そしてリンカさんとタナチカさんの六人は、南部衛所の一室でグロッキーだった。ただ一人、ロヴシャは例外だけど。
「そこでオレは、合計三本のナイフを一本ずつ確実に処理しようと決め……おいイア、寝てんのか? 寝てるな? こいつめ」
イアを小突く。起きる気配はなかった。
「ふ、ふふ」
「お。リンカ。おめー話聞いてたのかっ」
「違うなー。まだちゃんと、みなさんに今日のお礼してないなと思ってね?」
「ああそう」
「みんーな。今日はほんとーに! ありがとなーっ。おかげで助かった上、『紅蓮の箒星』も一部ながら、逮捕出来ちゃった。特にアーネストを確保出来たのはデカいなー。今回も逃げられると思ってただけに」
「……イエース」
リンカさんがウインクしてくる。よせやい、照れるなあ。
「全くな! まさかアリモーチョに先を越されるとは思ってなかった。オレが、まあ負けなかったとはいえ煮え湯を飲まされた男だからな。それをダウンさせるなんて、すげーことだぜ? 負けなかったとはいえ」
「ノ、のおーう」
なんだよ、ロヴシャまで! ぼくはぼくのプライドのためにやっただけだよっ。
「オレが全員倒すって言いながら、親玉をおめーに任せちまったっつー点では……借りを作っちまったとも言えるくらいだしな。オレからも礼を言う」
「まあ、そういうわけで、感謝の意を込めウチの店で祝杯を上げたいんだけど……もう少し後の方がいいかなー」
「あの直営のパブか。まあ、イアが……レレイウは寝てるのか?」
「いえ」
「んじゃ、一等かじり甲斐のある肉を用意しといてくれよ。それが頃合になったら向かおう」
「主賓はカイぎゃーだと思うんだけどなー。ロヴしゃんは我儘というか、なんというか……」
「じゃ、二人前だ。それで一石二鳥だろ?」
こうしてぼく達は、この日の夜を陽気に過ごした。
酒場は大きな祭りの準備の為、心なし内装が派手だった。祭りの前で自制しているのか、食事目的の客は多いのに酒飲みは少ない。そんな中でぼく達だけは、互いにエールを飲み交わした。ぼくはまだ19だけれど、日本じゃないから違法じゃないだろう。
ところで。
この日から衛兵は、移民の受け入れ態勢を厳しくした。『鮮血の箒星』の要求が、移民に関するものだったからだ。
これにより、新たに移民が増えることは大幅に減った。だがその代わり、それまでに身分を偽って入り込んだ民については、実態調査が手薄になってしまった。
そして、結果として。リンカさんが捕まる直前に入ってきた移民によって、この街は大きく揺さぶられるのだが――それはもっと先の話だ。