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7 ついに始まる彼の覚醒

「ロヴシャさん! そっちに、一人……逃がしましたッ!」

 遠くで苦しそうなタナチカの声が聞こえる。けれど構っている余裕なんて、なかった。


「リン……カ」

 返事はない。リンカは伏したまま、目を開かない。そのことにまず驚き、そして恐怖した。

 ――殺られる。

 はっとしてドアの方へと目を向ける。そこには、一人の男が腰を捻っていた!


 咄嗟に後ろに跳ぶ。目の前スレスレに黒色が奔る。

 脳天を狙った一撃は、かくして間一髪。けれどぼくは尻餅をついてしまった。


 自分でも判るくらい、視界が狭まる。その男から目が離せない。声も出ないし、手も出ない。身体が鉛のように重い。

 ああ、そうか。

 殺気とは、こういうものなのか。

 これほどまでに、人を呑み込んでしまうのか。


 意識の在り処を、ロヴシャの中からぼくに戻す。戻さざるを得ない。

 他人のことなんて、構っていられないから。自分の身のことしか考えられない。

 一宿一飯の恩義? もうそんなことに構ってられない。現に、意識を元に戻しているのに足が震えて立ち上がれない。自分の身も。自分の身で守れないもう無理だやめてくれ、ぼくは嫌だこんなトコロでしにたくない嫌だイやダ助けて生きたいしにたくない


「フン」

 ……と。

 ほんの数秒間もの、長い間――ぼくを睨んでいた男は、ぼくを鼻で笑った。

 そして二、三言い残して、ぼくに背を向ける。倒れたリンカを引き摺って、部屋を出ようとしていた。


「なんだよ、その態度……」

 まるでぼくを、歯牙にもかけない風じゃないか。

 子どものころのぼくを見た親や、高校卒業後のぼくを見た同級生……そいつらと同じ眼じゃないか。

 お前まで、ぼくを馬鹿にするのか?


 その時不意にリンカが目を覚ます。自分の状況を判っているのかどうか、気の抜けた声を挙げてばたばたと暴れる。しかしそんなことで、男の手から逃れられるわけでもない。

 二歩歩いたところで、男がリンカの目覚めに気付いてしまった。男はぼくと同じ眼でリンカを見下す。その冷えた視線が、ぼくに嫌な予感を覚えさせる。

 そして――数瞬後、それは的中した。


「! か、っは……」

 男は顔色一つ変えず、リンカの鳩尾(みぞおち)を蹴ったのだ。

 リンカは苦悶の表情を浮かべ、鈍い声を漏らし――そのまま気絶した。


 脚の震えが、止まった。

 視界が開けた。

 気づかない内に拳を握り、顎が引けていた。

 ぼくの中で――何かが弾けた。


「待てよ、あんた」

 思いっきり日本語だ。意味なんか通じちゃいないだろう。

 でも男は立ち止まった。少しは感じたはずだ。ぼくの殺気を。


「あんたのその眼は、ぼくが昔から一番嫌いだったモノだ。人のことを正当に見ない、クソッタレ達の眼だ……!」

 男は振り返りもしないが、去りもしない。判らないなりに、ぼくの話を聞いているのかどうか。

「そいつを……こんな世界に来てまで、向けられちゃ堪らないんだよ! 無視されて、女の子一人守れないで。そんなことするヤツを許すワケにもいかないし、そんな自分を許すワケにもいかない。だから」


 いいんだ、言葉の意味なんて伝わらなくていい。

 ただ聞け、ぼくの感情を!


「だからぼくは――あんたを倒させて貰う!」


 力を借りるよ、ロヴシャ!

 左腕を敵に向け、右の拳は握って脇を締める。男を見据えて、間合いを詰める。

 昨日、ロヴシャを通じて得た――攻めの体勢!


「――フッ!」

 対して男は、ぬるりと振り向く。そして軽い足運びで、ぼくの突きを大きく躱す。そのまま後退し、廊下を渡って別の部屋へと逃げてしまう。去りゆく右のふくらはぎに、灰色の刻印が光っていた。既に魔法を発動している証拠だ。


「待――ッ!?」

 追いかける。男の消えた部屋へ――足を踏み入れてすぐに、額へ鈍い痛みが走る!

「石つぶてだあ……?」

 そう。飛んできたのは、何の変哲もない石ころだった。握りやすい大きさの、ただの石。

 それでも痛みは本物だ。イスラムの過激な地域には石打ちの刑なる死刑があると聞くし、受け続ければ死に至るだろう。当たるところに当たれば、骨折も即死も免れまい。

 ……石ころで即死、なんて笑えない冗談みたいだ。でも、今は侮れない。


「見た目の割に、正々堂々と戦わないのか?」

 男はテーブルに立って石を弄んでいる。オールバックの頭髪はドラマで見る暴力団のようなのに、キャットファイトはする気がないらしい。餞別(せんべつ)とばかりに、また石を投げてくる。今度は正面からなので、難なく避けてやった。今見た感じ、加えて頭に受けた感じからして、投石自体はごく普通だ。魔法で強化しているということは無いだろう。


 つ、と垂れてきた血を拭って、ぼくは再度攻撃を仕掛ける。大きく二歩踏み込んでの正拳突き。しかしこれも(かわ)される。

 気が付けば男はぼくの左側にいる。至近距離の投石を、脇腹に喰らった。痛みを覚えた時には、男はもうその部屋から消えていた。


「ちょこまかと……ッ!」

 廊下に出たぼくを、男は待ち伏せていた。一つ、二つと更に石を投げてくる。片方は受け止めたが、片方は(もも)に喰らってしまった。そしてまたすぐに、男は別の部屋に入っていった。


「なんだってんだよっ」

 このテンポの早さからして、男の魔法は移動に関するものだろうか? 例えば、一瞬にして数歩分の距離を《削除》する……瞬間移動的な魔法。

 それならば辻褄(つじつま)が合う、か?

 ぼくの攻撃を何度も避けたのは、その魔法を使ったため。攻撃手段に投石を用いているのは、瞬間移動によって広げた間合いから一方的に攻撃するため……というところだろうか。


「いや……一つだけ、妙だ」

 もしそうだとすれば、何故ぼくの攻撃をギリギリのところで躱すのだろう? 常に一定の距離をおく方が、リスクも少なく投石のメリットが増えるはずなのに。ぼくに攻撃のモーションを取らせることで、より激しく疲れさせようという魂胆か?


「……ダメだ。わからん」

 かぶりを振る。もう少し様子を見ないと、判断出来そうになかった。


 そしてまた違う部屋へ。遅れて入ったぼくは、――そこの光景に仰天した。

 いわば、死屍累々。三十畳ほどの部屋の中に、六つの身体が横たわっていた。三つは知らない男のものだが、三つはさっき知り合ったものだ。……そう、タナチカを含む衛兵達。彼らもまた、そこに倒れていた。

 三体三で、相打ちになったのか。それにしては、知らない顔たちとの距離が微妙に開いている。……となると。


「あんたがやったのか、タナチカさんも……!」

 倒されたリンカさんに気付いたとき、タナチカさんが叫んでいたのを思い出す。この男に負けて、力いっぱいに知らせて、そこで力尽きた。きっとそうだろう。

 唇を噛み締めるぼくを、部屋の中央に立つ男はまた嘲笑する。窓の光で伸びた影が、(たお)れた衛兵の顔を黒く染めていた。

 悔しいが、この男は本当に強い――!


 男が何か話す。やはり言語の違いは大きく、言質が取れたわけではない。

 それでもぼくには、この男がやったという確信があった。仮に違っても、倒さなければならないことに変わりないのだ。リンカさんと、ぼくのプライドの為に。


「必ず倒してやるんだよッ!」

 再三、突進する。今度はやや左に回り込んでの接近。スピードも少し落として、方向転換しやすいようにする。

 今度こそ当てようという左ジャブ。……だったが、またギリギリのところで後ろに避けられる。追撃しようとした時には、見る影もなかった。

 相変わらず、回避速度が異常だ。やはり瞬間移動の魔法使いなのか?


 右後方に足音。ばっと振り向くと、敵は石を投げる直前だった。

「そこか!」

 肩のあたりに投げてくる。避け、直進。

「今度は逃げんなよ――!」

 そのまま、顔面を殴る!


 ゴッ、という手応え。我ながら少し驚いてしまう。

「当たった……?」

 ぼくのストレートは、男の顔面に命中していた。鼻に直撃だった。


 そのまま左でボディを狙うが、これは手で受けられてしまう。男は連続して体を捻り、また後ろへ下がる。

 ――いや。身体を捻った、というのは正確さに欠ける表現だ。男の足首を掴んでいたタナチカさんを、蹴って振り解いた、というのが正しい。彼女はいつの間にか目を覚まして、妨害してくれていたようだ。

 舌打ちして、男はもう一歩下がる。そしてあろうことかタナチカさんの頭を蹴り飛ばす! 男はまた部屋を抜け出す。

「タナチカさん!」

 思わず抱きかかえる。意識はなく、ぐったりしている。けれど脈も呼吸も正常だった。可哀想だけど、今は放っておくしかない……あの男を倒すことに、集中しないといけない。優しく寝かせて、ぼくは男を追った。


 足を動かしながら、ぼくは頭をフルに回転させる。さっき当たったストレートについて、考えを巡らせる。あれは当たったけれど、満足のいくものじゃない。その理由は二つあった。

 まず打ち所がイマイチだ。鼻の骨が折れたかも怪しい。次はもっと有効な場所に当てないと、そのうちこちらのスタミナが底を尽きてしまう。

 次にぼくの肉体がイマイチだ。ぼくの意識についてきていないし、強度も不十分。ロヴシャと違って筋肉も関節も鍛えられていないから、同じパンチでも威力が劣っている。指を痛めないよう、次はせめて掌底にした方が良さそうだ。


 そしてそれより大事なのは――何故当たったのか。

 始めの三回は、すべて躱されてしまった。しかしあの四回目だけは、改善点があるながらも命中した。その違いは、タナチカさんが捕まえてくれていたことだ。それゆえに、回避行動を取れなかったのだろうか? 

 誰かに抑えられていると、魔法が使えないということか。それとも……。


「!?」

 違和感が引き金となって、ぼくの脳を覚醒させる。男の姿、動きを、もう一度思い返す――そして。

「ひょっとするなら――ッ!」

 一つの仮説が組みあがる! 

 それを確かめるべく――ぼくは、一か八かの賭けに出た。


 ロヴシャのいる部屋の前の廊下。男はそこに戻っていた。その足元には、相変わらずリンカさんが横たわっている。

「お願いだ――リンカさん。無事でいてくれ!」

 切に祈る。その間に男はまたつぶてを投げてくる。

 ぼくは、避けない。

 鳩尾に喰らった一撃に後ずさる。けれどまた前進する。


 目の前、廊下に立っている男は、ニヤリと笑う。挑発のつもりだろう。

 ぼくは気にもせず、そのまま近づき、手を振り上げる。そして――




 ()()()()()()()()()()()()()()()()()




 廊下に居たはずの男の姿は、その時消滅した。

 男からは、狼狽(ろうばい)の色が見て取れた。口走る言葉も、意味を為していない。

 口をパクパクさせて、固まっていた。


「まったく、とんだ食わせ者だね――あんたの魔法が、瞬間移動でもなんでもないなんて」

 男の混乱など、知ったことではない。ぼくは日本語で、勝手に話し続ける。


「ああ。ぼくも初めは、瞬間移動してるんだろうなって思ったさ。あんな速さで避けるもんだから。でも。あんたが攻撃を避けるのに、いつもギリギリまで引き寄せること――それだけが疑問だった。そんなことしないで、ずっと遠いところから石投げ続けてれば一方的に勝てるんだからさ」


 例えるなら、昨日のホルトンとロヴシャの戦いだ。

 リーチの長い攻撃が出来る方は、短い方に対して安全なところから攻撃し続けることが出来る。それは投石と徒手空拳においては更に顕著(けんちょ)だ。

 長い距離から石打ちを続けていれば、ぼくはいつか死んだはず――けれど男は、それをしなかった。


「実際のところ、あんたには不可能だったんだ。あんたは別に、距離を稼ぐことが特別得意なわけじゃないんだからな――」

 肩を握る手に力を込める。リンカ、タナチカ、名も知らぬ衛兵。その恨みを込めて。


「分岐点は、タナチカさんが足を掴んだことだった。もし瞬間移動が出来るなら、彼女の手をすり抜けるくらい簡単だったろう。……でもあんたは甘んじて、ぼくのストレートを喰らった。これが疑問が加速させた。その結果、一つの仮説に辿りついたんだ。つまりあんたは――ぼくの視覚を惑わしてるんじゃないかって」


 ぼくは男を引き寄せ、正面に向かわせる。その強面は、震えていた。


「結論から言ってしまおうか。あんたの魔法は、《目測》――いや恐らくは《個体識別能力》の《削除》だ! 対象――今回はぼく――の視覚を操り、自分の幻を見せる魔法だろうよ。現に、さっきあんたはぼくの真正面にいたのに――その時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 一か八かの賭けというのは、こういうことだ。

 無防備になって攻撃を受けるのを覚悟で、リンカさんの身体へと幽体離脱。彼女の視覚を受容し、男の魔法を暴く。結局のところ、幽体離脱中に鳩尾に当てられたことも含めて、思惑通り。賭けは成功したのだ。

 仮説が外れるか、無防備になっている間に致死量のダメージを喰らうか、リンカさんが失神したままだったら、この賭けは失敗だった。けれど幸いにも、全てが上手くいった。


「これなら、常に距離を保たなかったことも、タナチカさんに捕まったことも、説明がつく。移動力が特別高くはないあんたは、ぼくに自分の幻影を見せて攻撃させ、時間を稼いでいた。その間に歩いて距離を取っていたんだ。タナチカさんに捕まったのは、彼女にかけた魔法が、とっくに解けていたから。くたばってるとタカを括っていたんだろう? しかしそれが、誤算だったわけだ」


 そして魔法にかかっていなかったのは、ぼく以外の……リンカさんも同様だった。その彼女の感覚を共有することが可能だったからこそ、こうして見破ることが出来たわけだ。


「さあ、もう納得出来たか? そろそろ解決編は終わりだよ。あんたのこと、倒させて貰う」

 言葉の雰囲気を感じ取ったのか、男は後ずさる。けれど逃がす気はない!

 意識をリンカさんからぼくの身体へと戻し、右腕に力を込める。

 狙うのはただ一点――ボクシングの漫画で知った、急所の一つ。

 頭を揺らして脳震盪(のうしんとう)を引き起こす、いわゆる天国のチン――つまり(あご)だ!


「一点突破ァ!」


 全力を込めた掌底で、打ち抜く――!

 男の身体が一瞬浮かび上がったような感覚。そのまま音を立てて、倒れこんだ。


「……ッ、はあっ……」

 数秒経っても、男は立ち上がらない。目も開けないし、指さえまるで動かない。

 そのまま、のびていた。



「か、勝った――ッ!」



 一種の興奮が、心の底から湧いてくる。

 えも言われぬ勝利の感動が、広がった。

 それは単に強敵を打ち破ったからじゃない。タナチカさんを、リンカさんを脅かした者を倒せたから。


 そして何より――ぼくを馬鹿にした者を、見返すことが出来たから!


「出来る。出来るんだ、ここでなら……っ」

 日本とは違う、この世界で! 

 幽体離脱という、不思議な能力があれば!

 ぼくはもう――惨めな思いをしなくて済む!

 クソッタレ達に、一矢報いることが出来るんだ!


「やり直せる――やり直すんだ! ぼくは、ここで!」


 誰一人横に居ない、廊下の真ん中で。

 ぼくは、高笑いをあげた。

 喜びの涙が一つ、いつの間にやら目尻を伝った。


「これまでの十九年――全部清算してやる!」

本日(2015/03/17)より、活動報告の方で各キャラクターの魔法についてプロファイルしていきます。

どうぞ併せてご覧くださいませ。

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