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5 その愚連隊を想起せよ

 タナチカ、そしてリンカという人は、この街の南部を担当する衛兵なのだという。

 それだけ聞くと、リンカは人質として相応しい立場の人間ではないのではないか? と思える。

 つまり、もっと明らかにシンボル性の高い……例えば皇族とか、政治家とか、そういうのを攫った方が騒動に箔が付くし、脅迫としての効果も高いのではないか、ということだ。


 けれどそれは、ぼくの勘違いらしい。

 この街は、王が避暑地として一時的に利用する為の夏季宮殿都市なのだそうだ。そのため、春である現在は高等な政治機関が存在しないという。伴って、皇族だのそういう人は、今この周辺には居ないのだとか。

 結果繰り下がって、リンカを含む東西南北の衛兵部隊長は、現在のこの街で最も権威ある人間の一角……と言って良いそうだ。警備はもちろんのこと、数日後に開催される祭りなんかも主導している、と。


 そう説明してくれたイアは今、南部営所の一室に閉じこもっている。中からはジーン・ケリーみたいな足音がタカタカ鳴り続けている。延法具作りとはフットワークが大事なのだろうか。

 一方で彼女以外の、ぼく達――ロヴシャ、レレイウ、タナチカ、そしてぼくの四人は、その隣の応接間でテーブルを囲んでいた。変わらずぼくはロヴシャの感覚を受容している状態だ。ここでロヴシャとタナチカの二人は、味方兵力の確認を行っていた。やはりというか、ぼくとレレイウには口が出せなかった。


 タナチカによると、探索に出せる人員は二人人、そのうちそれに特化しているのは僅かに一人。突入となれば、すぐに動けるのはタナチカを含め三人。ロヴシャとイアを入れれば五人。北・東・西の部隊に応援を頼みたいのは山々だが、出来れば彼らに借りを作りたくないのだという。寡頭政治としてのいざこざがあるように思えたが、詳しくは判らなかった。


「特別少なくもねえが、多くもねえな。相手の建物や人数によっちゃ、足りねえかも判らん」

 正直に、ロヴシャがこぼした。

「通常の警邏(けいら)業務だけなら良かったのですが、生憎と祭りが近いのです。そちらから捻出しても、戦闘員はこの程度が限度です」

「生誕祭じゃあなあ。入れ込む奴が無駄に多いからな」

 呆れ顔が見て取れた。

 ……ぼくはそれより、ロヴシャの憂慮するような言葉を気にせずにはいられなかった。


「でっきたよー!」

 なんて、能天気に。

 イアはノックも無しに、そして唐突に入室してきた。豪快なドアの開きにレレイウは跳ね、タナチカは身構えた。


「流石に早いな、イア」

「好きだからね! でも全然驚いてくれないねー」

「おめーの手腕は疑ってねえからな」

「それよりなーに? 難しい顔してるけどー」

「あ、と、それはですね」


 パタパタと上機嫌なイアに、タナチカが説明をする。人手が少ない……と。

「そっかー。うーん、贅沢は、言えないのか」

 口では平気そうにしているけれど、表情は少し固い。やはりそれも、気にせずにはいられなかった。


 自分に、言い聞かせる――心ある者であれ、ぼく!

 イアはぼくを呼んでくれた人だ。日本から連れ出してくれた人だ。

 その彼女が困っている、ならやることは一つじゃないか。

 腹を括る。そして、自分の肉体を動かすべく、意識を集中した。


「! ロヴ。カイガが、挙手してる」

「ん。どうしたアリモーチョ。腋でも……」

 そこまで言いかけて、止める。ぼくの眼を、真っ直ぐ見つめる。


「手伝おうってのか? ……危険だぜ」

「イエス」

「そうか」

 ニッと笑う。何故だかそれが嬉しかった。


「……あの。わたしも」

「え、レイちゃんも!」

 レレイウはまさにおずおずといった様子だ。

「寝食のお礼は、致します」

 でもその言葉は、腹から出る強さがあった。


「あの、失礼ですが、お二方は」

「おっと、タナチカには紹介がまだだったか。こっちはカイガ=アリモーチョ。こっちはレレイウ。まあ、……なんていうか、その……、……」

「うちの自警団の見習いなの」

「そう、それそれ」

 ロヴシャ、嘘下手すぎでしょ。


「実践経験はまだ無いし、戦闘力で言ったらオレやイアほどじゃあない。でも味方だ。役に立つぜ」

「まあ、そういうことでしたら、お任せしますが……」

「よし」

 タナチカは一瞬眉をひそめたように見えたが、ロヴシャを信じているらしい。

 ここでようやく、話題がイアへと移った。


「で、イア。完成したんだな?」

「あたぼーヨー! これで根城はばっちしー」

 と、急にバスローブを脱ぎだす!

「!?」

 ぼくはよからぬ期待をした、……でも話は甘くなかった。普通に下にも着てた。ウールっぽいチューブトップとホットパンツ。ただその露出度以上に、彼女の胴体を巡るボディ・ペインティングの方が、もっとずっと目を奪った。

「これが天才と名高いイア・ロンダマイトの延法具……」

 ぼそりとタナチカ。その姿には、現地人でさえ圧倒されるらしい。


 イアは右手に持った筆で、自らの紋様をなぞる。残った全身でを使って、不思議な舞いをしていた。

「剣の舞。みたいなもんさ」

 ロヴシャがぼくに言う。ボルテージを上げるためのものなのか。こんなに綺麗なもの、だったんだな。


 ピッ! っとイアが立ち止まる。筆を光に向けながら、高らかにこう叫ぶ。

「この先、四百五十六メートル! そこに、リンカはいるよ!」

「テレナン!」

 イアの言葉を聞くが早いか、タナチカが誰かを呼んだ。その人は忍者のように天井裏から現れ、タナチカから指示を受けるとまたすぐに消えた。


「……だ、誰ですか」

 珍しくレレイウが喋った。相当驚いたらしかった。

「話にあった、探索専門の仲間です。魔法は《生活音》の《削除》。本人のスキルも相まって、忍ぶことについては随一の腕です」

「それは、それは」

 何故か知らないけど、ドン引きなレレイウだった。


「とまあ、制限時間のこともありますから、イア様を信頼して迅速な対応を取りましたが」

 引かれたことに気を留めず、タナチカはイアに訊ねる。

「今のはいったい、どういった理屈なのですか?」


「『引我応報』……なんて、わたしは名づけてるけど」

 なんかちょっと恥ずかしげにしていた。

「使用者の魔法の威力を弱めて、代わりに効果範囲を広くする延法具よー。私の魔法は素の状態だと、目に見えたものとの距離を一日に一度だけ一瞬で詰める……って効果があるの。その威力、つまり一瞬で詰めちゃう効果が無くなる代わりに、見えない距離のものでも距離を把握することが出来るようになったわけー」

「合点がいきました」

「話が早いっ!」


 延法具……というのは、それほど魔法を柔軟にするのか。ぼくも感心する。

 便利なものだと思うのと同時に、やはり武器や靴とは勝手が違うんだな、とも思う。不思議な力への装備品は、やはり普通とは違うということか。


「これは興味で訊くのですが、ロヴシャ様の……『橙々発止』としての強さも、イア様の延法具の力添えがあったりするのでしょうか」

「それは、ねえよ。オレは二度と延法具は使わねえと決めてる」

 その顔は、苦々しげだ。

「オレも一度だけ、『引我応報』と似たタイプの……自分の威力を弱めるヤツを使ったんだけどな。あんときは、ああ思い出したくねえな。急に体が酸素を必要としだしたから、酸欠で死にかけたんだ。身体が酸素を必要としないって効果が弱まったんだな。でもオレの肺や血液は、既に酸素を供給できるようになっちゃいなかったから……な」

「……ご愁傷様でございました。ですがその姿、見てみたい気もします」

「なにおう」


 そんな会話をしばらく聞いていると、テレナンと呼ばれた忍びが現れた。タナチカが彼から状況を聞く。

「イアさんが仰った通りの建物の中に、隊長を無事を確認したそうです。おおよその屋内の人数、構造も把握しました」

「ではすぐに作戦会議、十五分後を目安にそこへ突入だ。全員集めてくれ!」


 こうしてぼくら余人を含めた七人が集結し、リンカ救出作戦へと動き出した。

 図らずも、これが――ぼくの、初めての戦いとなった。

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