彼女の愛する…
彼女の愛する人たちの生い立ちであったり、滅びかけた国の今までとその後であったり、弟子から弟子へと受け継がれた調合書もその一つだ。血まみれになっていた綺麗な短剣と、由緒ある無骨な鎧、或いはそれを着ている人物の行方…きっとあげだしたらキリがない。どんなことであっても、正確なことはいつだって後から補填されていく。
デイ・ノートの魔女を受け継ぎ、ルシェは家名のコールを名乗ることができるようだ。ようだ、というのはつまり、ルシェ自身も正確なところを把握できないだろうというのが事実である。受け継ぎはヤエ自身から直接行われていないし、それを見つけたのがとても遅かったからだ。
調合内容が書かれた分厚い羊皮紙の束は、言ってしまえば本当にただの紙束を適当な形でまとめていただけであった。そこかしこに記された効能と、調合した本人の疑問とその弟子が入れた修正は、当時のルシェが抱えて持つ程の量だった。使い勝手も悪かったので、まとめて本にしてもらうことを思い立ち、ルシェはマリ姉さんの所へ持っていくことにした。慣れた足取りでロナイ城の階段を登っていく途中、一緒について来ていたソリューが足元で絡まって、見事に廊下へ撒き散らしてしまったのだ。調合書には目録も無く、結局マリ姉さんと一緒に、手作業で丁寧に分類していった。
インクが滲んで張り付き、重なっていたものがあった。それを剥がすと、「5代目魔女、ルシェへ」と一言、散った文字で書かれていた。急いで書かれたものだろう。前後のページはルシェが覚えている限り一番最後にあったものだ。マリ姉さんは何も言わず頷き、ルシェの頭を撫でた。翌日の早朝にはもう、ルシェはフランツの馬車に揺られていた。
「言伝をね、頼まれているんですよ」御者台の小窓へ振り向きもせず、鍔広の帽子がパタパタ揺れている。「4代目様からですが」
「師匠から?」ルシェはソリューを膝からおろして、小窓から身を乗り出した。
「ええ、セネル君を預けに来たときにね。大きな本を大事そうに抱えていたら、伝えるようにと」
食えない老人だ、と思う。同時に、羊皮紙の束を本にするところまで、ヤエは考えていたということにもなる。
「好きなようになさい、とのことです」
ルシェはぼんやりとそれを聞いて、しばらくふけっていた。馬車の振動を受けていると、だんだんと嗅ぎ慣れた大地の匂いが漂ってくる。どうやらそろそろ、デイ・ノートの村に着くらしい。




