ヤエは目を細め…
ヤエは目を細め、ユイは振り返った。奇妙な紋様を浮かべた男の顔と、その手に、白雪が指す幅細の剣。
剣へと映る雪が、体に刺さる。ユイはそれを確かに避けた。しかし、ヤエがそれを阻んだ。嗄れた声が千切れ、血が喉へ上がる。
男は剣を引いたが、それは抜けなかった。顔を上げ、体を離し、腰に下げたナイフを手に確かめた。
そしてもう一度前を確かめた時、彼は確かに、流れるような雪を見た気がした。
白髪の魔女だと、男は気が付かなかった。肋骨の少し下を穿たれて、男は崖の下へ落ちた。一言、「魔女」と叫びながら。
体をくの字に曲げて、魔女ユイは剣を引き抜いた。絶え絶えに息をしながら、老婆は杖にしがみついて膝を付けない。
「ヤエ…」うつむいた顔から目だけを輝かせて、ユイはヤエを見た。
「内側をどんどん腐らせて、崩す。魔女の名にふさわしいのね」
「…ああ、そう…ね。私の、娘子の中で…一番、あなたが聡いことを…忘れていた…」
「悪いけれど、もうたくさんなの。母親の言いなりになるのも、祖母の監視の下で暮らすのも、自分の子孫を根絶やしにしようとする曾祖母の手伝いをするのも…」
ガツ、と音が響いた。
雪が沈む。
拙い足取りだ。
振り上がる杖が、ヤエの方を向こうとする。
ヤエはその場で振り返るとき、
フロリベルの装飾短剣が、老婆の心臓を貫いた。
ユイは空気と一緒に、もう一度血を少し吐き出した。少しだけよろめきながら、よたよたとヤエに近づいていく。
ヤエはそれを見ないように、もう一度崖の方を向いた。雑音が下から聞こえてくる。「合理的で、理知的ね。復讐って」
「…何、よ」
「憎しみだけでは力を得られないもの。フロリベルを崩して、徒党を組んでロナイ城まで攻撃して、私の家を焼いて…もう良いでしょう?」
「…ええ。でも…そう、ね。一つだけ、貴女に…勝てそうね」
「私に勝つ?」
「変わらず、ここが…冬の森も、私の、魔女の…庭で」
ユイは、振り上げた杖を振り下ろした。とっさにヤエは頭を庇ったが、それが仇となってしまった。
杖はヤエの頭を狙っていなかった。
杖が足元に刺さり、雪が割れる。
この崖の淵、雪の下が地面ではない事を、この時ヤエは初めて知った。




