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デイ・ノートの魔女  作者: 志茂川こるこる
6章:羊皮紙の長旅に天風は吹き抜ける
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魔女は暖炉で温まり…

*それを見るのは初めてだったが、どこか懐かしい匂いがした。魔女たちと、同じ匂いだ*

 魔女は暖炉で温まり、客となった男はテーブルでおとなしく座っていた。猫たちもいつもどおり、好きなところで屯している。


 その状況に困惑しながら、ルシェは腕を振るって料理を作った。味付けをしていると、ヤエが後ろから現れ、粉末の小瓶を置いた。それを受け取って丁寧に混ぜると、心地よい香りがフワリと立ち込めた。いつもより多めに作り、どれくらい食べるかわからないので、大皿へ山盛りにし、ゆっくりとそれを運ぶ。シャーノも摘んでおいた野草を取ってきたり、足りない水を井戸から汲んできたりして手伝った。


 幾つかの料理が並んで、夕食はいつにもまして贅沢になった。男は目を丸くしていたが、シャーノが遠慮なく大皿から料理を取って食べ、ルシェも同じようにすると、観念したようにそれに習って、あまり噛まずに飲み込んだ。そうしてもう一度目を丸くして、今度はよく噛んで食べた。



 ルシェはしばらく、交互に喋る師匠と男を眺めて観察していた。初めて見た時よりもずっと、ルフォロという男はよく喋るし、表情もよく変わった。ヤエがネタばらししている時は特に驚いていたし、短剣の助言をルシェがしたと聞いた時の顔は、はっきり言って面白かった。呆れたような、バツの悪いような、悔しいような顔を一瞬だけして、直ぐに自嘲気味に笑った。


「彼が?追い返した?…どうやって?」少し大きな声で、ルフォロは言った。その声に、観察に集中していたルシェは少し驚いた。


「殴ったら、気絶した」と、シャーノは言った。「僕もびっくりです」


「調合は大の苦手で、どうしようか悩んでいたんだけど、何とかなりそうね」魔女はシャーノを撫で回しながら笑う。


 ルフォロは目を丸くしながら、3人を順番に眺め、最後にルシェを見て小さく頷いた。


「私の知っている全てで、もし私に魔法をかけるなら、夜明け頃でしょうね」魔女は撫でるのをやめて言った。「シャーノは彼の寝床を準備してあげて。ルシェは夕飯の片付けと、お茶の用意を。ああ、そうだ、お茶菓子が戸棚にあったわね」


 シャーノがスルリと椅子から降り、続いてルシェも降りた。シャーノは廊下へ、ルシェは竈へ向かう。茶葉を取り出し、いくつかをヤカンに放り込んで、水を入れた。いつもどおりの手順に安心しながら、ルシェは聞き耳を立てる。


「さて、ツィーロさん。お疲れのところ申し訳ないけれど、私の名前を知りたいかしら?」


「ええ、ぜひとも」


「では、お願いごとを2つ聞いてもらいます」


「なんなりと」


「夜のお茶会に参加すること。これは日が昇るまで続くから、ちょっとしんどいかもしれないけれど」


「大丈夫です。実にならない作戦会議より、ずっと良い」


「もう一つ。夜明けにここを訪れる人がいる。大勢でね」魔女は困った顔でため息をついた。「この予想は、外れてくれれば嬉しいんだけど」


「それで、自分は何をすれば?」


 そこまで聞いて、ルシェは身に起きている異変に気付いた。そしてそれは、はっきりとした疑問になり、振り向いた先にいるヤエの笑顔と、その笑顔が、いつも悪戯をしている時の顔であることで、確信に変わった。


「まずは長いお茶会から、ね」


 その言葉を最後に聞き届けて、ルシェは膝から順に崩れた。支えきれない体を床に寝転がせ、以前教えてもらったとおり、頭を強く打たないようにする。そういえば、シャーノも降りてこないな、とぼんやりした意識の中で、ルシェは考えていた。



 調合室はいつにもまして静かだった。廊下にある棚が、炉火の音も防ぐようだ。この部屋までは届かない。


 ヤエはツィーロを調合室まで引きずって転がした。鎧を丁寧に剥ぎ、それらを並べていく。作業は簡単に済んだ。装飾短剣だけを回収して丹念に調べ、ヤエはそれを背中に巻いて留めた。


 食事に入れた薬で、シャーノもルシェもぐっすり眠っていた。ルシェは揺り椅子に。シャーノは机の側で寝かせてある。ルシェの膝に魔女の本を置き、そっと手を添えさせた。引っ叩いても起きないような状態だろう。


 ヤエはもう一度、ツィーロの装備を丹念に調べた。外套のポケットから干物が出てきたくらいで、特別なものは何もなかった。きっと魚が好きなのだろう。干物は作業机に置いた。


 ヤエは最後に、隠し扉が開くかを再確認して、ルシェを椅子ごと、その上に移動させた。シャーノの方をちらりと見て、ちいさなため息を吐き、


 調合室を出ると、猫たちが並んでいた。1匹が中に入ると、それに続いてゾロゾロと中へ入っていく。それを見届けて、ヤエは扉を閉め、その側に移動させておいた大きな棚を倒した。けたたましい音を立てながら、積んであった小瓶や香草が幾つか舞って、廊下に散乱した。壁掛けの小さな絵が落ちるほどの衝撃だったが、調合室からは物音一つ聞こえなかった。

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