服の隙間から…
服の隙間から、猫が滑り出た。男はそれを確認して、しびれた手足を伸ばし、乗っている雪を払う。しばらく待っていたが、雪が止む他に変化は無かった。
猫は少しの間毛づくろいをしていたが、するりと荷台から降りて立ち去った。それを目で追いかけていると、村の入口のすぐそばにある家から子どもが出てきた。猫がその足に擦り寄ると、頭を撫でられ、こちらをチラリと見る。子どもも、それに習ってこちらを見た。そして家の方へお辞儀をして、猫と子どもは村の奥へと歩き出した。
もう一度あぐらをかいて、それらをぼんやりと眺める。すると、後ろから声をかけられた。
「ダメそうね、ツィーロさん」
「驚いた」そう言って、男はゆっくり振り返った。「ええ、残り全員、手を出す前にやられたでしょうね」
「あら…見に行っていたような口ぶりね」老婆はのんびりと言う。
「向こうの家の」男は老婆の後ろの方角を示した。「ご老人が住んでいました。いやあ、ビックリしましたね。どうしてこんな辺鄙な所にいるのやら」
「賞金首か何かが住んでいたかしら?」
「フロリベルの砦落としですよ。知らないですか?…訓練兵の頃から、小噺としてずっと伝わってますね。"赤刃の手斧は柵を薙ぎ、革手袋が悲鳴を絞める。それが出来なくなるならば、知らぬ内に消えること"…だったかな。玄関口に赤い手斧がありました」
「手斧くらいなら、他にいくらでもあるでしょう」
「隊の記録には、戦果と病症の記録があります。家から出てくるのを見かけましたが…腕から肩にかけて、右側を火傷しています。年齢も大体それくらいのようですし、小傷もあちこちにありました。間違いないでしょうね」
「そう」老婆は杖をコツコツと地面に突いた。「それで、魔女はどうにかなるのかしら?」
「さて、どうにかなるんでしょうか」
コツ、と杖が鳴る。老婆は村を見据えて、黙ってしまった。
「ロナイ城の魔女は、城下町を落ち着けるのに手をかけているでしょうし…村の方は、今のうちにしか仕掛けられないですね」
「そうね」
「最初から、私を向かわせるつもりでしたね?」
男が疑問を投げかけると、老婆は目を伏せ、深く息を吸い、吐き出した。「…ええ、そうです。そのつもりで、全て手配しました」
「はぁ…相変わらず食えない人だ」ため息混じりに笑って、男は続けた。「ま、傭兵とはいえ、ここまで使い潰すようなやり方なら、最初から受けなかったでしょうし…正解ですね」
「貴方は人が良すぎる。よく生き残って来れましたね」
「嫌味とは珍しい。しかし、そうですよ。善良であり続けるために、剣を取ることを選んだのですから」
男は外套の下に手を伸ばし、ゴソゴソと毛玉を取り出した。
「あら…猫?」
「ええ、暖を取りに来たみたいで。小奇麗ですから、飼い猫でしょうね。…さ、悪いけど、そろそろ行かなきゃならないから」
そう言って、男は猫を撫でた。少し目を細めて、猫はひと声鳴いてから、荷台を降りた。




