男がこちらを見つけると…
男がこちらを見つけると、真っ直ぐ進むことを決めたようだった。
染みるように色を変えた空と、所々染み付いて赤くなった雪の真ん中。男は、ここに居るはずの仲間が居らず、その女が一人で座っていることで、大体察したようだ。その隣で猫が2匹、足を畳んで座り込んでいる。
「魔女か」男は尋ねながら、剣を抜いた。
「答える前に切られそうね」魔女は切り株の上で、呟くように言った。「すごい気迫。只者ではない」
「以前目見えた時は油断していた。あれが毒なら、俺は死んでいただろうな」
男はそのまま歩みを止めない。ザクザクと雪に穴を開けながら、魔女へと向かう。
「仕留めるべき相手に褒められても、手加減はしない。悪いが、付き合ってもらうぞ」
「誰の差し金かしら」魔女はニコリと笑う。「悪いことなんて…そうね、少ししかしてないはずなのだけれど」
「さあな。俺たち傭兵は、食い扶持のためだ。ここにいた連中はどうした?」
「私を狙っていたようだから、対処したわ」
飛びかかれば届く距離で、男はピタリと止まった。剣を構えて、魔女をジロリと見る。魔女は変わらず、膝に頬杖を突いてニコニコしている。ため息をついて、首を傾げた。
目を伏せて、魔女は言う。「待っていても、私は死なないわ」
その一言が終わる前に、男は踏み込んだ。
袈裟に流れる刃を、体を傾けるだけで避けた。そのまま横に払われる剣は、途中で失速して魔女に届かない。男はバランスを崩して、雪上に倒れた。
驚いた男は剣をかざして威嚇したが、魔女はそれを横目に言った。「バレイ出身、下士官の下っ端。身なりを整えてすぐに傭兵になったのね?侵略してきたフロリベルからの仕事を受けるなんて、ちょっとした皮肉かしら」
「魔女め!」男は叫んだ。「俺のことを、仲間から聞いたか!」
「あなたの事は知らないけれど…この切り株の周りが、大きく抉れているのは知っているわ」そう言って、魔女は微笑んだ。「デイ・ノートの森は魔女の庭で、私の手足。木の芽も枝葉も、同じものは一つとして無い。今度は10人?100人かしら?…何人集めても、勝ち目はない。諦めてくれないかしら」
「やれやれ」男が向かってきた方の茂みから、ペトラが顔を出した。「心臓に悪いな。急に雪を平たく均し出した時は、とうとうおかしくなったと思ったんだが…もっと穏便に出来ないのか」
「どういう意味?お小言は聞きません。…見つけ次第叩きのめすような人よりも、十分穏便じゃないかしら」
「有無も言わず飛びかかられたら、そうするしか無いだろう」ペトラは肩をすくめた。
「猫たちの方が図太いわね…っと」男は倒れたまま、急に現れたペトラの方へ剣を向けた。しかし、ヤエに手の甲を打たれ、ヤエはそれを取り上げた。「見たところ、まとめ役みたいだし…色々と聞かせてもらえるかしら」




