糸を張ったような…
糸を張ったような空気が地面に落ち込んでいるようだった。村の入口までに幾つかの家を通り過ぎたが、どの家も鎧戸がしっかりと閉まっていた。申し訳程度にだんだんと暖かくなってきていて、雪の粒が少しだけ小さくなってきている。
平坦な雪道に穴を開けるように、シャーノとルシェは進んでいく。ようやく村長宅が見えた時、屋根から雪を下ろしている村長と、それを心配そうに眺める婦人が見えた。彼らもこちらに気づいたようで、いそいそと屋根裏の窓から家へ戻っていった。
二人と一匹が丁度家の前に着いた時、村長が玄関から出てきた。「うちに用事かな?二人で出かけようというなら、ワシは村長として、若者の無茶を止めなきゃならんなぁ」笑って、村長は首を傾げた。
「村長さんに、お届け物です」ルシェも釣られて首を傾げる。
「あぁ、よかった。止めると言っておいてなんだが、節々が痛くてな。さ、入って入って。少しくらい休んでいっても構わんだろう?お茶を用意してくれているから…」
二人は暖炉の前でいつもの様に手を広げ、真ん中で猫が座っている。そうして温まっていると、婦人が微笑みながら広間の奥から出てきた。
「ふふ…魔女の伝統ね」婦人がお茶を注いで、カップを持ってきた。
「火のあたり方ですか?」ルシェは首を傾げながら、カップを受け取る。「あ、いただきます」
「そうよ。濡れた手で香草を掴んだり、調合してはならない…だったかしらね。はい、シャーノも」
「いただきます。…奥さんも、薬を作れるんですか?」
「あら…もしかして、私の事、ヤエちゃんから何も聞いてないのかしら」パチパチと瞬きをして、婦人は驚いた。「もちろん私も調合できますよ。ふふ、流石にもうヤエちゃんほど上手じゃないけれど。うーん、マリよりは、まだ上手かしら。あの子はちょっと、下手だったから…」
婦人のつぶやきで、シャーノはさっぱりわけがわからなくなったし、ルシェは傾げた首が反対側になった。その様子を見て、婦人は可愛らしく口をすぼめて、拗ねたように言った。「薄情な孫娘ねぇ」
「えっと、孫娘ってことは、マリ姐さんは村長さんと奥さんの娘さんなんですか?」ルシェは尋ねる。
「いえいえ。あの子は、私が若い頃の旦那さんとの子どもですよ」婦人はコロコロと笑った。
「前に村長が、奥さんとは再婚だって言ってましたね」
「もしかして」くるくると髪をいじって、婦人は言った。「あの子、私の名前も教えてないのかしら」
シャーノとルシェはコクコクと頷く。それを見て、婦人は困ったように微笑んで、足元に寄ってきた猫を抱き上げた。
「この子は私が居た頃にはまだ生まれていなかったわね…気まぐれで飼ったら、どんどん連れてくるんだから…もう」
「良ければ、名前を教えてもらっていいですか?」ルシェは言って、首を傾げた。おかしな質問をしたと、自分で疑問を持っているようだ。
「わかりました。改めてまして」ニコリと微笑んで、婦人は言った。「デイ・ノートの魔女二代目、ニーエ・ノルといいます。よろしくね」




