目を細めながら…
目を細めながら口角を上げるエピネルを背にして、口ひげの衛兵はそそくさと宿屋を後にし、ルシェはそれを追いかけた。
エピネルが踵を返して戻ると、ちょうど受付のカウンタ・テーブルで、さっきの男と鉢合わせた。
「わ、びっくりした。お会計?」
と、エピネルが尋ねると、男はちょっと吹き出して、謝った。
「いや、前の会計も宿に泊まった時も、黙りだったから」
「沈黙は花なのよ」
「金じゃなくて?」
「それもあるわ」
硬貨を渡して、男は出て行こうとした。
「多いんだけど」
「また来る」
そう言って、男はまっすぐ大通りへと向かった。
「…見失ったかな?」
「格好いいヒトだった?」ヤエは小瓶を受け取りながら、聞いた。
「お茶目なヒトでした」ルシェは笑いながら、答える。
ルシェが戻ってくると、マリの部屋は綺麗に整えられていた。ヤエが暖炉の近くで本を読み、口ひげの衛兵はマリに呼ばれて隣の倉庫へ入っていった。
「エピネルさんは、ちょっと苦手なのよね。…こらこら、あなたのじゃないから」小瓶の匂いを嗅ぐ長老猫を抱きかかえて、ヤエは頭を撫でた。
「苦手なんですか?」
「マリ姐さんに似てる」への字に口を曲げながら、ヤエは言った。
「ああ…」ルシェは頷いて同意する。どうにも、反りが合わない人同士というのがあるらしい。
「そうだ、師匠。宿屋の酒場で、魔女の家に来た人と、私達がロナイに来るときに合った人、居ましたよ」
「あら」ヤエはパチパチと瞬きをした。「護衛で男爵に付いて行ってもらったけど、屋内でならあまり役に立たなかったかな。問題事は起きなかったのね」
「家に来た人はずっと突っ伏して寝ていました。もう一人は、私が酒場の倉庫にいる時に、外へ出て行ったので。あと、もう一人、知らない人が居ましたよ。多分、私達を襲わせてる人だと思います」
「あの時、念のため隠れていてよかった」片手で猫を撫で回しながら、ヤエは首を傾げた。「ということは、エピネルさんからそのうち連絡がくるかしら」
「マリさんの弟子でロナイに居る人って、エピネルさんなんですね」
「マリ姐さん、ね」マリは後ろからルシェを抱きかかえて、ズルズルと椅子まで引きずって膝に載せた。「あちこち不穏ね、ヤエ」
「倉庫整理は終わったの」
「ええ。男爵ちゃんが殆どやってくれてるわ」
「私達、明日にはもう出発するから」
「急ね」
「用事は済んだし、そろそろシャーノが寂しがる」
「あなたが寂しがってるんじゃないの?」
「はいはい」
ヤエは長老猫を床に降ろして、椅子から立ち上がった。「もうすぐ積もるわ、雪」




