「猫にそんな義理…
「猫にそんな義理もないか」
「何だ、猫頼みか?」広間へと入ってきた男が、ぶっきらぼうに尋ねた。
「そんな事はしないよ。…失敗した、という様子じゃないみたいだね。収穫があった?」
「逃げられた。というか、俺が気づかなかったんだが…どうも、焚き火に何か盛られて、気づいたら朝だったよ。城下町に向かってたみたいだから、先にこっちへ来てるんじゃないか」
「ああ、それは参ったね…乗り気じゃ無いにしても、こうも失敗続きでは」
「もう使える人手も使い果たした」そう言いながら、男は猫の鼻先に指を近づけてみる。「猫の手も借りたいくらいだな」
「ま、そうだなあ…しかし、城下町側も失敗しているし、裏手を突くか。念のため自分は残って後を尾けるから、君はもう一度村に戻ってもらおうかな」
「とんぼ帰りじゃないか」
「代わるかい?」
「コソコソしたのは嫌いだ」
「よろしく頼むよ」
男はため息をつきながら猫をひとなでして、黙って出て行った。
「ま、こんな風にね」
エピネルはヒソヒソと、ルシェに囁いて、二人は壁から離れた。
「ここだけ壁が薄いんですか?」
「そ。板切れで補強してあるだけだから…聞きたくなくても聞こえちゃうのよね。いやあ、びっくりした。道中会ったの?あの人」
「はい。私は、隠れてたんですけど…」
「突っ伏してる方の人は、少し前から気にしてはいたけど、何もなさそうねえ。そこの人は、傭兵って感じじゃなさそうだし…念入りに観察しておこうかしら」
「私も、師匠に伝えてきます」
「うん、そうした方がいいね。あ、待って待って、ほら、お使いだったでしょ。厨房にあるし…外に出るとき、あんまり気を張らないようにね。猫ちゃんも連れて行かないといけないし」
扉を開けて、ネピネルとルシェは倉庫から厨房へと戻ってきた。どこにしまったかなーと、ネピネルが呟いているが、盗み聞きの後のせいか、ルシェにはわざとらしく聞こえてくる。
「はい、これね」
エピネルは戸棚の奥から、真っ青な液体の入った小瓶を取り出して、ルシェに渡した。ルシェの手の平に収まるほど、それは小さい。
「多分ちゃんと説明してくれると思うけど…何に使うのやら」
「ありがとうございます」
礼を言って、ルシェはそれをポケットにしまいこんだ。エピネルの向こうに、長老猫をモフる男が見えて、ルシェと男は目が合った。
ルシェは腰扉を抜けて、まっすぐ彼の方へと向かった。長老猫はそれに気づいて、男の手から少し離れ、テーブルの端へ足を揃えて座った。「なー」と一声鳴く。
「君の猫かな」男は微笑んで尋ねた。
「はい。いたずらしていませんでしたか?」ルシェは猫を抱きかかえて、はにかんだ。
「おとなしい、利口な子だね。全然大丈夫」
「えと、それじゃ、ごめんなさい、急いでいるので」
「うん、じゃあね。また連れて来てくれよ、猫」
ルシェはペコリとお辞儀をして、店を出た。
「いたいけな女の子を口説くつもりかしら」厨房から、頬杖を突いたエピネルがにやりと笑って言った。
「いや、初めて聴いたけれど」男はエピネルを見て、言った。「喋るんだね、君」




