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デイ・ノートの魔女  作者: 志茂川こるこる
4章:葉脈の集う場所たち
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「護衛、よろしく」…

「護衛、よろしく」と、ヤエは口ひげの衛兵に一言だけ告げ、最後の大瓶を抱えて階段を降りて行った。おつかいを頼まれたルシェの足元には長老猫もいたので、もしかしたら猫に言ったのかもしれない。



 道のりを朧げにしか覚えていないルシェのために、口ひげの衛兵はルシェの斜め前を歩いていた。ルシェは長老猫を腕に抱いて、衛兵についていく。傍目から見ると、ルシェが迷子のように見えなくもない。


 ルシェは衛兵の背中を観察し飽きて、大通りを眺めた。以前通った時よりも活気付いているが、どこか慌ただしい。チラホラと怪我人らしき人がいて、松葉杖を突いていたり、服の下に包帯が見えたりしていた。


 口ひげの衛兵はそういった怪我人や傭兵らしき人を目ざとく見つけて、警戒しているようだ。ルシェやマリを襲ったのも傭兵だったので、ルシェにとってこれは有りがたかった。


 軽口も叩かず黙々と進んだ。少しピリピリとした空気の中、大通りを折れて裏道に入る頃には、ルシェも見たことのある景色になった。だんだんとそれに近づいていくと、衛兵も少し気が抜けたらしく、ルシェの方を振り向いて建物を指差した。「さ、着きましたよっと」



 ヤエとシャーノとルシェの三人で、夜中に尋ねた宿屋だった。昼間に見るのは初めてで、三階建のそれは少し気の抜けた風体に見えた。看板は斜めになっていて、掠れて読めない文字が名前を教えてくれない。


「それじゃ、外で待っておりますので」わざと丁寧にお辞儀をして、口ひげの衛兵は言った。


「ついてきてくれないんですか?」ルシェは笑って、いじわるを言ってみる。


「いやぁ、そうしたいのは山々なんだが、俺にもついていけないワケがあるからね」


 苦笑いで首筋を掻いている衛兵の後ろに、見覚えのある紺色が見えた。「こんな話があるわ」と、ルシェが思っていたより澄んだ声で、その女性は言った。


「こんな話があるわ。街中の酒場で競い飲みをしては勝ち、支払いを負けたヤツに押し付けてはマヌケな恨みを買い、ついに乱闘騒ぎを起こして店2軒をダメにして、それが上司にバレて近衛の任を外されたアホが居るの」


 がしりと肩を掴まれて、口ひげの衛兵は逃げられず、振り返りもしない。みるみるうちに、ひげがへの字に曲がっていく。


「ソイツは店を出るときに必ず得意げな顔で、エールビールの泡をヒゲに乗せ、丁寧なお辞儀をする。付いたアダ名'衛兵男爵'だったかしらね?」


「もう10年以上前の話だろ?」


「10年以上ツケを払わない奴がノコノコ現れたんだから、捕まえないわけにもいかないのよね」


「だぁーかぁーらぁー、店を壊したのは俺じゃないしぃ、支払いは負けた奴が払うのがぁ」


「当の負けた奴が国外逃亡じゃどうにもならないでしょう?それに、ふっかけたのはあなたなんだし、お店は未だに損してるわけ。いい?」


「嬢ちゃん」衛兵男爵はルシェを見据えた。「こんな女になるなよ?」


 ベチン、と両頬を後ろから挟まれて、口ひげがくしゃくしゃになるのを、ルシェは眺めるしか無かった。そしてルシェは、この女性店員の印象がガラリと変わってしまった。

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