朝日が昇る少し前。…
朝日が昇る少し前。寒い廊下で待っていたルシェは、勢いよく開いた扉から走り去ったヤエに心底驚いた。追いかけようと踏み込んだ途端、隣で座っていた長老猫もろとも首根っこを捕まれ、間もなく暖炉の前に並べた椅子へと座らされた。三代目魔女マリが、「すぐ戻ってくるから」と言って、温かいお茶を淹れ始めた。
「えっと…」
ルシェがあたりを見回して戸惑っていると、猫を膝に載せられ、完全に動きを封じられた。瞬きを数回して、ひとまず長老猫を撫でる。
「寝込みを娘に襲われるなんて、夢にも思わなかった」クスクス笑いながら、マリは小さな木樽を手渡した。
「何か、手伝えることはありますか?」ルシェは木樽を受け取りながら尋ねた。
「あら。ふふふ…察しが良いのね」
「はい」ニコリとルシェは笑って、答えた。マリも釣られて微笑む。寝起きのままルシェを招いたので、部屋は散らかっていた。作業机には無造作に本が積み上げられていたし、取り換えられた蜜蝋が転がっている。どちらも高価なもののはずだ。
「私より賢い娘に、可愛らしい弟子が手伝ってくれるなら、すぐ済みそうね…ええと、大けがをしている人がたくさん居るわ。それぞれの傷に合わせて薬品を揃えるから…どうも、街中の薬を出しても足りないらしくて」
「陣取りの人たちですね?」
「そうよ」少し目を伏せて、マリは頷く。「ロナイは交易の国なのに、まさか陣取りになるなんてね。フロリベル側はほとんど傭兵だから、そのままこっちに流れてきてしまっているの。色だけ付けた軟膏を傷薬として売り出すような人が居るくらいには、物が足りないわ。…さて、それじゃあ、大釜でまとめて作っちゃいましょう。薪を足してくれるかしら?足りなくなったら、廊下の角にいる衛兵さんに頼めば貰えるから」
コクコクと頷きながら、ルシェはマリをじっと見ていた。いつも捕まっては膝に乗せられているので、なかなか機会がなかったのだ。さすがはヤエの母親ということだけあってか、全体的に似ている。白い髪、薄手で丈長の白い服を羽織っている。瞳は少し濃い茶色で、ヤエとは違った優しさがあった。寝不足のせいか、少し顔色が悪いようだ。
ルシェは突然頬を摘ままれ、少し驚いた。ニコリとマリは微笑んで、「小さいころのヤエみたいね」と呟いた。観察しているのに気づかれたらしい。ルシェも釣られてはにかんだ。
「そういうところは、あの子とは大違いね」
ルシェは頭を一撫でされて、香草を磨り潰す道具を受け取った。
「量が多いものは私がするから、ルシェは少ないものをお願いね。箱番は同じだから…隣の部屋から、9の32、11の6、28の3を、それぞれ一掴みして持ってきて」
はい、と返事をして、ルシェはちらりと膝に乗っている長老猫を見た。のそりと起き上がって伸びをして、猫は暖炉から少し離れたところで座り込んだ。




