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デイ・ノートの魔女  作者: 志茂川こるこる
3章:石ころたちの春
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夕暮れより少し…

 夕暮れより少し早い頃になると、ペトラの家は群生する木々の影に覆われて、すっかり暗くなった。石ころも見えづらくなったので、シャーノとペトラは早々に家へ戻ることにした。


 ペトラは家に入るとすぐ、暖炉で燻っている火を起こした。束ねてあった薪木を暖炉脇で崩して何本かを放り込んで、部屋は少しだけ明るくなった。シャーノは玄関の側に置いてあった薪木の束を2つ抱えて、崩した薪木の側に置いた。それは魔女の家と同じやり方だったし、もしかしたら、ペトラから教わったのかもしれないとシャーノは思った。


 ペトラは満足そうにニヤリと笑って頷き、調理台においてあった大鍋を暖炉の中に置いた。昨晩それは無かったし、今朝用意したのだろう。そのまま火にあたるようなので、シャーノは椅子を1つずつ持ってきた。二人はそれに座って、少しの間ぼーっとしていた。


 

 暖炉の側が十分に温まってきた頃、ウトウトしていたシャーノの膝に、猫が登ってきた。撫でているとそのまま丸まったので、どうやら居座るつもりらしい。


 ふと隣のペトラを見ると、薄目で炉火を眺めながら腕を組んでいた。眠っているのかもしれない。一緒にいてわかったが、ペトラは喋るときは長く喋るが、それ以外の時はそれほど喋らないようだ。独り言も聞いたことがない。


 火に照らされたその姿は屈強な戦士の面影を残していて、組まれた腕に浮いた筋や、あちこちに見える傷の跡がそれを強調していた。シャーノはこの無口な二人目の師匠のことを気に入っていた。だから、ペトラが言った言葉にはほんとうに驚いた。



「ワシはな、シャーノ。逃亡兵なんだ」


 呟くようなその言葉は、それでもはっきりしていた。シャーノは少し言葉の意味が理解できず、ペトラの方を向いたまま2.3回瞬きをした。


「そうなんですか?」ぼんやりと意味を理解して、シャーノは言った。


「そうだ。平和な村を襲撃する部隊の、副隊長だった。デイ・ノート村の歴史は知っているな?」


 シャーノは頷いた。


「5代目アーサ・フロリベルが亡くなった時には既に、ノート領地での取り合いが決まっていた。指揮を執るはずの者が死に絶え、跡取りが一斉に名を挙げた。戦果を挙げた者が、跡取りを決めることになった。こればかりは誰にも止められなかった」そう言って、ペトラはため息を一つ吐いた。「しかしそれらはどうでもいいことだ」


 どうでもいいことなのか、とシャーノは首を傾げた。ペトラはそれを見て、いつもの様に笑った。「ハ、ハ。そうだ。どうでもいいことだ。ワシは殺しが嫌になったし、凄惨な村の連中は闘志があった。くだらない争いで命を落とした者を嘆いた。」


「ワシは数々の兵士を丸め込んで、村を制圧した次の日には隊を離れた。ノート領の制圧部隊に一人で乗り込んで、村の開放を助けることを告げた。…あれは本当に大変だった。なにせ丸腰で行ったし、相手は本気で殺しにかかってくるからな。その時に使ったのが、シャーノ。お前の師匠に教えたモノで、今お前に教えているモノだ。いいか?薪割りの斧は薪を割るためにあるが、人の腕を落とすことができる。暖炉は身を暖めるためにあるが、鍋だって温めることができるな。全ては心の持ちようだ。お前さんがフライパンでルシェを守ったように、ワシが教えることで誰かを殺めることもできる。しかしだな、シャーノ。お前が今まで見てきたもの全てに、それは言える」ペトラは立ち上がって、大きな手でシャーノの頭をワシワシと撫でた。「全ては心の持ちようだな」


 そう言って、ペトラはニヤリと笑った。シャーノは頷いて、はい、と言った。その膝の上で窮屈そうにしながら、猫がそのやり取りを眺めていた。

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