翌朝、シャーノは…
翌朝、シャーノは一番に起きて、ヤエの寝室をノックした。いつもなら何かしらの返事があるのだが、それがなかった。ルシェのところへ行ってみると、何匹かの猫に囲まれたルシェがヤエに捕まっていて、布団に丸まって寝ていた。
「師匠」シャーノはいつもどおり、一応呼んでみた。
「うん?」くぐもった返事が帰ってきた。ヤエはルシェの頭に顎を乗せている。
「ペトラさんの所に行ってきますけど…」
「うん」
大抵それからいくら何を言っても起きないので、シャーノは諦めて魔女の家を後にした。
暦の上では春に差し掛かっているのだが、この地方特有の、地面にとどまる寒さと森の空気が、魔女の家を包んでいた。この寒さに途方に暮れていると、朝の見回りをしていた猫が足元に擦り寄ってきた。ヤエが猫では満足せず、ルシェを抱枕にするのもなんとなくわからなくもない。
ペトラの家までの共を1匹引き連れ、村を抜けてそれが見えた頃には、体は温まっていた。相変わらず鬱蒼とした木々の合間にあって、煙突からは煙が出ていた。もう起きているらしい。玄関をノックすると、すぐに扉が開いて、ペトラのニヤリとした笑顔が現れた。「よく来た。どれ、ワシの朝食を少しやろう。食べ終わったら、裏庭へ行く」
「ほれ、シャーノ、落とさず受け取れ」
ペトラは一言告げて、こぶし大の石ころを放物線上に投げた。シャーノはそれをしっかりと受け取った。
「これを、何かに使うんですか?」
シャーノが尋ねると、ペトラは次の石ころを拾い上げて、それをしばらく手で転がしていた。
「お前さんにはどうやって多くのことを教えようか考えたが」ペトラは手のひらの石ころをしばらく眺めて、言った。「今持っているそれを捨てていいぞ。ほれ、受け取れ。そう、それだ。細々とした雑多なものをすべて取り除けば、ワシが教えられるのは、今受け取ったそれが全てなんだ。ああ、そんな風に首を傾げるな。シャーノ、今ワシが放り投げた石ころを受け取るとき、お前さんはどうやった?自分がなんとなく自然と行っている動作の殆どは、幼い頃からの積み重ねで出来ていて、大抵その理由までは覚えていない。頭で考えず体で覚えろというのはこういうことだろうな。ほれ、次はさっきより重いぞ」
そうしてペトラは一回り大きい石ころを投げて、シャーノはそれを受け取った。「そう、今、膝を曲げただろう。腕だけでは支えきれないから、膝も使ったわけだ。いいか?これは石ころだけの問題ではない。歩く、走る、跳ぶといったことに留まることはない。説明のために石ころを使ったが、説明するのにはそれで十分だな。つまり、必要な所に必要な力を入れて、ワシらは生活しているだけのことだ。わかるか?全てだ。教えられるのはこれだけだ。これしかないが、それをどう使うかは、シャーノ、お前次第だな」




