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デイ・ノートの魔女  作者: 志茂川こるこる
2章:呪われた血と
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ヤエが玄関扉を…

 ヤエが玄関扉を開けると、猫たちは次々と先に入っていった。どうやら慣れているらしい。ルシェの腕からスルリと降りて、3匹目も奥へと消えた。真っ暗な広間は、明かり窓の光で綺麗に2つに分けられていた。陽の当たるその先に一人掛けソファがあり、ペトラはそこに腰掛けた。彼は手招きして、3人に、好きなところに座るよう促した。


 ヤエは、ソファ少し離れたテーブルの椅子に座った。シャーノとルシェもそれに倣おうとしたが、ヤエがペトラの正面にある長いソファを指さしたので、そちらに向かった。背もたれの上には、一緒に付いてきた猫が1匹、丸まっていた。



「馬を借りる程に切羽詰まっておるらしいな」二人が座ると、ペトラはヤエに言った。


「用心するに、越したことはないと思ってね」


「なるほど、それで、坊主をワシにか」


 ペトラは少し身を乗り出して、足先から頭の毛先までシャーノを観察した。「手伝いしかさせとらんのだな?おい、坊主、名前は?」


「シャーノです」シャーノは答える。


「…何だ、まあ、お前さん達の都合だからあれこれと言うべきではないな。ワシはペトラだ。見てくれ通りのジジイだ、好きな様に呼べ」ペトラはニヤリと笑った。なんとなく、ヤエと笑い方が似ていると、シャーノは思った。


「で、昨晩、男が村から走り去っていったが、アレがお前さん達に何かしたんだな?」


「傭兵だったわ」ヤエは頬杖をついた。


「おい、おい!」ペトラは叫んだ。「傭兵だと?ノート・ロナイ城での馬鹿騒ぎが、どうして辺鄙な村に飛び火する?それにアレは逃げ去っていったんだぞ?」


「流石に詳しいわね」ヤエはため息を付いた。「マリ姉さんの所が狙われるのはわかるんだけれど、ルシェにまで危害が及ぶ理由がわからない。逃がしたのは、彼が下っ端で、何も知らなかったから。捕まえていても仕方ない。ただ、ちゃんとマリ姉さんには手紙を送ったから、すぐに調べてくれるはず」


「…ふん、お前さんがそう言うなら、何とでもなるのだろうな。そうか、つまり、護身術程度で良いんだな?」


「それは爺が決めてくれたほうがいい」


「ハ、ハ!無責任な師匠だ、なあシャーノよ!そっちの嬢ちゃんも、そう思わんか?ルシェというのがこの嬢ちゃんだな?よし、よし、それぞれ得意分野があるのは素晴らしいことだ。シャーノは受け持ってやろう。明日の朝、起きてすぐにここへ来なさい」


「よろしくお願いします」


「丁寧なのは関心だな。だが、そう畏まるものでもない。二人は、今日は帰りなさい。ワシは、ワシの教え子と少し話がある」


 ペトラはヤエを窺い見て、ヤエは頷いた。こうして二人はヤエを残し、魔女の家に戻ることになった。



「分からんな」


 シャーノとルシェを見送り、ペトラは扉を閉めて、言った。「素直で、頭も悪そうに見えん。どうして名をやらんのだ?」


「私は私の決めた基準がある」ヤエはきっぱりと言った。「家族には名を分けよ、だったかしら、それ。…魔女の継ぎ手自体、私は疑問に思うわね」


「ふん。歴代の魔女は皆、弟子を取って直ぐに名をやっておったな。お前さんは家系から離れていた時間が長すぎたか。ああ、悪い意味でじゃない。あちこち旅をして、たくさん見聞きして、たくさん選択肢があることを知ったわけだ」


 ペトラは先ほど座っていたソファに戻って、座った。「それで?お前さんが手に負えんから、シャーノをワシに任せるわけではあるまい。何か理由があるのか?」


「私の手に余る」


「…何かの冗談か?アレがお前さんの手に余るって?どこが問題なんだ」


「命のやり取りを見過ぎている」


「…フロリベルの孤児院から拾ったんだろう?」


「ええ」ヤエはぼんやりと目を細めて、言った。「洗い物をしている。不審な男を見つける。念のためフライパンを片手に後を追う。ルシェを攫おうとしているのを見つける。手に持ったフライパンで後ろから頭を殴る。…まあ、ここまではわかるわよね」


「上出来な弟子じゃないか。用心深いし、ちゃんと対処もできたんだろう?」


「そう、殴った。たった一撃で気絶させたわ」ヤエは呟く。


「ふん。力が強そうには見えんがな」


「面で殴っていない」


「面?」


「剣で言うならば、刃を当てるように、殴った。きっと初めての暴力でしょうね。手が震えていた」


「知識では、相手を殺せる殴り方をしている、というわけか。…よく死ななかったな」


「傭兵は簡単な兜をしていたけれど、壊れていたわ」


「ハ、ハ!まるで炉火に入れっぱなしの鋼だな。誰かが丁寧に打って仕上げてやらんと、どうなるかわからんわけだ」


「そう。だから、私の手に余る」ヤエは微笑んだが、少し寂しそうに見えた。


「まあ、いいだろう。魔女の血統は今、お前さんが主だから、お前さんが基準を決めればいい。シャーノは、ちゃんと受け持ってやろう」「それで、あの嬢ちゃんが狙われる理由は、本当にわからんのだな?」


「皆目検討がつかない。けれど、大丈夫。対処はしたわ」ヤエは頬杖をつくのをやめて、立ち上がった。隅で様子をうかがっていた猫達が、玄関へ集まってきた。


「何かしたのか?」ペトラは尋ねた。


「ええ」ヤエは答える。「魔法をかけてあげました」


 そう言ってヤエは微笑んで、ペトラの住む家を後にした。

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